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鯉幟の惑い

 鯉幟は考えていた。このテーブルの上にある立派な料理は誰が創ったのだろう。いや、分かっている。手紙があるからだ。


『材料は持ち込んでいるから気にしないで良いよ。冷蔵庫にも色々あるから好きに食べなさい。それからパジャマの趣味が悪い』


 最後の一文は余計だ、と思いながら直美の仕業と理解した。


*****


「AIの奪取を急げ、ですか」

「お前が一番AIに近づいていると思う。名前を調べたのもお前だからな」

「……」

「どうした、鯉幟。顔色が悪そうだぞ」

「い、いえ……今朝、ゴキブリが部屋に出まして」


 社長は笑って


「なるほど、それは確かに顔色が悪くなるな」

「は、はは……」

「なに、そこまで近づいているのなら容易いだろう」


 それはどうかな、と鯉幟は思った。なにせ、現在進行形で水面下から攻撃されているのだ。それも、一切露呈せずに。


 内情を知っているからこそ、彼は考える。どちらに着いた方が得策か、と。そして、決して表に出せないようなこともしている自分の会社を見切るのに、そう時間はかからなかった。


*****


「うーん」


 昼休み、シェリルは飲み干したコーヒーの缶をスチール缶用のゴミ箱に叩き込んで


「柘雄、なんか知ってる? アリアちゃんたちが色々と画策しているみたいなのだけど」

「まぁ、知らなくはないけど……詳しいわけじゃないよ。でも、アリアはあんまり関わっていないみたいだよ」

「あら、そうなの?」

「直美とマグナが色々と動き回っているらしいよ」

「ふーん」


 柘雄はシェリルにアバウトに説明しながら空を見上げる。屋上でご飯を食べるのはいつものことだが、


「二人っきりだね」

「そうねぇ……アリアちゃんから乗り換えてみる?」

「あっはっは」


 悪戯っぽい口調を笑って無視して、校庭を見下ろす。元気のある生徒たちがサッカーをしているようだ。


「次の授業、なんだっけ?」

「歴史よ」

「苦手なんだよなぁ……はぁ」


 何事もなかった、そういう姿勢の柘雄に人知れず、シェリルは嘆息する。


 最近、クラス内で彼氏が出来ただの彼女が出来ただのそういった話題が多いのだ。少し焦ってしまったのかもしれない、とシェリルは自嘲する。

 ちなみにシェリルは告白されそうにはなっているのだが、高嶺の花ということや柘雄と共にいる頻度の高さから難度が高いのだ。つまり自分から攻めれば彼氏ぐらい出来るのだが――彼女はそういうことを理解できていないからこそ、攻勢には出られなかった。


「アリアちゃんと結婚したらどうするの?」

「そうだね……達也の会社に就職して、一緒に暮らすよ」

「セックスするの?」

「……するとは思うよ」

「ふーん。私、叔母さんになっちゃうんだねぇ……不思議」


 そしてアリアは母親になるんだ。シェリルはそう思い、本当に不思議な気持ちだった。

 思えば今、隣に座っている男の下半身の棒がアリアの穴に入ったのだ。ふむ、


「アリアちゃんの中、どうだった?」

「ノーコメントで」

「もう」


*****


「あら、お帰りなさい」

「……なんで、いるの?」

「テレポートよ。もう少し待ったら晩ご飯が出来るから」

「……」


 そうして晩ご飯が出来た。エプロンを外してテレポートしようとする彼女を見て、思わず


「ありがとう」

「――お礼を言われるようなことじゃないよ。私の目的のために、利用している代価だから」

「それでも、ありがとう」

「……は」


 笑っていた顔が一瞬で消えた。テレポートだ。


「……いやいやいや」


 テレポートに馴染んでいる自分がいて、鯉幟は少し自分に呆れ――ため息を吐く。そして、とりあえず手洗いをしようと思って洗面所に向かって……赤い顔の自分が目に入った。


「え……わ、俺は……どうして?」


 どうして俺は顔が赤いんだろう。


「……風邪でも、引いたのか? 熱もあるみたいだ」


*****


「あ、これまずいかもなぁ……はぁ」


 直美は小さく息を吐いて、そっと音楽の再生を止める。そして


「好意を持たれると困るから、女子大に行ったんだけどねぇ……そっか、そういった出会いもあるんだね。改めないと」


 好意を抱かれるのは危険だ。直美は前世で痴情のもつれで刺されて死んだからこそ、そう思っていた。その前世の洋紅色の髪を思い浮かべ、頬を歪める。


「ねぇ、アリアちゃん。私は好きな人がいても諦めるつもりなんだ」


 最後まで諦めないけど、最後には諦める。


「アリアちゃんはどうするのかな? きちんと、諦められる時は来るのかな?」


 愛別離苦、彼女には似合わない言葉だと思って思考を元筋に戻す。問題に思考を戻す。


「鯉幟、まさかね……」


 諦めるのならば受け入れても良いのかもしれない。直美はそう思い――自分の顔面を殴りつけた。上から目線になるな。私は人間だ。


*****


「あー、もう……分からない。マグナ、答え教えて」

『アリア、手助けを求めないでください』

「オバマぁ……」

『甘えた声を出しても無駄です』


 アリアは机に突っ伏してその宿題を眺める。破り捨てたい気持ちをぐっと堪えて


「この紙を燃やしたら宿題が無くならないかしら……」

『亡くなっても無くなりませんよ』

『まぁ、確かにアリアには難しい宿題ですよね……進路希望調査って』


 5分後


「シェリ姉、書いて」

「巫山戯んな馬鹿自分でやれ」


*****


「そう言うわけで進路希望調査、どうしたら良いと思いますか?」

『普通に就職で良いのではありませんか? うちの会社にすでに就職しているようなものですから』

「そう言えばそうでしたね」

『アリアさん用の机もありますからいつでも来てください。勉強しに来ても構いませんよ』


 優さんの言葉にやんわりと断りながら、とりあえず書く。そして


『近いうちにまた顔を出してください。オバマとマグナと話したいです』

「あ、はい。分かりました」


 もうオバマは私の中にいない。時計型のデバイスの中に、マグナと同居しているそうだ。ちなみに片付けが雑らしい。もっともマグナは料理が下手らしい。私のデバイスの中では何が起きているんだ。


「ところで優さん」

『はい』

「最近、何かありましたか?」

『何か、と言われても心当たりはありませんね……あぁ、そう言えば何かしているって聞きましたよ』


 2分後、通話は切れた。アリアはそれに頷きながら、手元の紙に大きく『就職』とだけ清書した。翌日、怒られるとも知らずに。


「さてと」


 デバイスを被り、目を閉じる。そして、


「リンクイン」


*****


「――何これ」

「とうとう追い詰めたと思ったんだけどなぁ……」


 逃げ回る狼のボスを追いかけていたはずだ。それがいつの間にか、巣に追い込まれていた。


「考えないとダメって事で一つ、どうだ?」

「どうって言われても反応に困るわよ……魔王」

「お前の魔法じゃ追いつけない、だから追い詰めるって単純な策が悪かったな」

「遅くて悪かったわね」


 シェリルはため息交じりに両手を広げ、


「《セブンソード・アーツ》」

「七本の剣を操るスキルか……楽しそうだな、それ」

「まぁ、慣れないと苦労するけどね……リーチとか、本数とか」


 シェリルはそう言いながら両手の延長線上にある剣を振るう。飛びかかってくる狼を斬り裂き、迫る狼を倒していると


「魔王、どうもこの群れおかしいわ」

「ほう? どうおかしいんだ?」

「数が減らないわ。当たっているし、経験値も入っている。でも、減らないわ」

「無限湧きか? どうする?」

「ちょっとこっちに寄りなさい。殲滅するから」


 ナイフと剣が近寄ろうとしている狼を斬り裂いていく。そしてシェリルは魔王の背中に張り付いて


「《ビリリオンソード・アーツ》!」


 薙ぎ払った。


シェリルたちは次回も続きます


ちなみに現在はアリアたち奔走と日常場面の二つをお送りしています

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