疑惑
「アリア、その剣は一体なんですか?」
「私が初めて創った剣よ……そう、本当の意味で初めて創った剣」
見た目はただの細い剣。でも、鍔はない。柄と剣身の細さにほとんど差は無い。それほどまでに細さだけを突き詰めた剣だ。
「――随分と、細いですね」
「ええ、細さだけを追求した剣よ……マグナ、使ってみる?」
「いえ、遠慮します。私が使っても、意味はありませんから。私はあなたに作ってもらったこの銃だけを極めるつもりですから」
「あら、そうなの……でも、その銃、私が創ったわけじゃないのよね……マグナ、新調したくない?」
「嫌です。この銃を手放すのはなんとなく、不義理な気がします。それにこの銃を置いて他の銃に目をくれるなんて不倫です、浮気です」
マグナは愛銃、《アルス・マグナ》に頬ずりをしている。あ、谷間に挟みやがった。
「ぶん殴るわ」
「え、何をいきな危なっ!? 今鼻を掠めましたよ!? なんでいきなり全力の拳を!?」
「分からないなら自分の胸に聞いてみなさい」
「……意外と大きいです」
そして、拳が放たれる。訳も分からず、マグナは床に転がった。
*****
「アリア、ちょっと手伝って欲しいことがあるのだけど」
「あら、レヴィが私に頼み事? 一体何かしら?」
「どうも最近、マモンの様子が気持ち悪いのよ。さくっとぶん殴ってあげて欲しいの」
「ごめん待って、殴れって事?」
「そうよ」
「なんで」
「気持ち悪い動きばっかりしているのよ。蛸の真似みたいで気持ち悪いわ」
何故彼女はそのような動きをするのだろうか、とアリアは思いながら店内を見回した。しかし、店内にマモンはいない。
マモンはどこにいるのだろうか、と思っていると
「マモン、今日はまだログインしていないわ。出オチを狙うわよ」
「え? どういうことなの?」
「マモンがログインした瞬間にアリアの熟練度やスキルレベルを高めた最強の一撃を放つのよ」
「あの、レヴィ? 私にも一応、良識って物があるのよ? いきなりマモンにスキルを放つのはいささか抵抗があるわ」
この会話を聞いていた店内の客は(いささかだけなんだ……)と思ったが、巻き込まれるのが嫌なので何も言わなかった。
「せめて不意打ちくらいに留めないかしら?」
「そうねぇ……どうしようかしら? ……アリア」
「ええ」
何かが高速でこの店に近寄ってきている。それを二人は瞬時に察し、そっと体勢を整える。扉を蹴破ってきた奴の顔面を蹴る準備をしていると、扉が開いて
「失礼します」
「……あなた、何者?」
「雰囲気からして、ただのプレイヤーじゃないみたいね」
「――何故、それを……いえ、今はそれどころではありません。アリアというプレイヤーはあなたですね?」
「あなたが探しているアリアかは分からないわよ。同名プレイができるからね」
「いえ、おそらくあなたでしょう」
そのプレイヤーは眼鏡をくいっと上げる動作をする。もちろんかかっていない。
「……あなたと関わりが深いAIがこちらの会社に迷惑を掛けているのはご存じですか?」
「……ごめんなさい、あなたが何を言っているのか理解できないわ」
「本当に、ですか?」
「ええ。あなたが言っている子は分かりますが、迷惑を掛けるような子じゃないわ」
「……本当に?」
「ええ」
「……別人か?」
そのプレイヤーは舌打ちをして、店を後にしようとした、その瞬間だった。
「アリア、ただいま戻りました」
「同じく戻りまして候」
「……間の悪い」
レヴィの呟きはその男の耳に届いたのか、男は足を止めて
「あなた方にも聞きたい。AIが我が社に迷惑を掛けているのですが……心当たりはありませんか?」
「な、なんのことですか!?」
「さ、さぁ……知りませんねぇ」
張本人二人はかなり動揺しながら、何とか口を開いた。そしてそれを相手は訝しんで――
「あなたたち、知っているのですか?」
「「……」」
「知っているんですね?」
「「シリマセン」」
目の前にいるよ、と二人は思いながら笑いを堪え、口に出す。そして――
「まぁ、例え知っていたとしてもあなたのような無礼な方には教えませんが」
「ええ、あなたのように名乗りもしないで問いかけるような者には何も教えることはありませんね」
「っ、これは失礼しました。私はXXX株式会社のプログラム課課長、鯉幟正義です」
((何故リアルネームを?))
二人の疑問の答えは、彼はプレイヤーとしてではなくあくまで業務としてきていると考えていたからだ。もっとも二人はそんなこと露知らず、むしろ何故名乗ったみたいな態度で二人は眉を顰めた。
かつてマグナが攻撃を仕掛け、便乗したオバマによって徹底的に電算機器を狂わされた会社の名前だったからでもある。
「そのAIの名前は何と言うのですか?」
「マグナという名前……らしい、です」
鯉幟の眼が、マグナの頭の上で留まった。そこにはマグナの名前が堂々と表示されているからだ。
「どうなされました? 体調が悪いのならばログアウトして休むべきですよ」
「あ、いえ……たまたま、同名のプレイヤーがいらっしゃったもので少し戸惑っていただけです……失礼ですが、AIではありませんよね?」
アリアは少し、困った。マグナは本当のことを口にする、と思ったからだ。何故なら、彼女の本分はAIなのだから。しかし、
「私は人間ですよ」
「ええ、マグナは人間ですよ。私が保証します」
「……そう、ですよね。申し訳ありません、変なことを聞いてしまって」
「いえいえ、過敏になってしまっただけですよ。大丈夫ですよ、そんなこと、誰にだってあるのですから」
マグナの言葉に鯉幟は頬を緩めて、
「それでは失礼します」
そして彼が立ち去った後、不快ため息が4つ、店内に吐かれた。
「まったく、間が悪いわよ」
「タイミングの悪さが世界一ですわね」
「面目ない……」
「データに目を通すべきでしたね……とんだ失態ですよてへぺろ」
オバマの言葉にマグナとレヴィがため息を吐く。そしてアリアは小さく笑って、
「何にせよ、さっきのこと、話してもらえるかしら?」
「「え?」」
「――二人でしょ。攻撃していたの」
「「……」」
二人は顔を見合わせ、同時に顔を顰めた。その意味は看破された、というものだ。
「いつから気付いていました?」
「まさか、気付いてなんかいなかったわよ――でも、なんとなく二人には隠し事があるように見えたからね」
「隠しきっていたつもりなんですが……」
「バレていたとは……」
二人が肩を竦めた。そして、ふっと微笑んで
「ええ、私たちが攻撃しました」
「で、理由は? 暇つぶしならもっとマシなことがあると思うわ」
「――アリアを護るためですよ」
「アリアを護りたかったんですよ」
「……護られずとも、と思うのだけど……その辺り、信頼がなかったのかしら?」
「「違います!」」
「あら」
「私たちは攻撃は最大の防御ということで相手を叩き潰すつもりでした。アリアを信頼しているが故に、速めに相手の力を削ぐためにです」
それ、最終的に私がやらないといけないの? アリアがそう思って顔を顰めていると、二人はいつの間にか姿を消していた。
「レヴィ」
「分かっているわよ……何も見なかったし、何も聞かなかったわ。それで良いんでしょう?」
「ありがとう、レヴィ。ここにいたのがあなたで良かった」
レヴィは小さく息を吐いて、椅子に腰掛けた。そして
「アリア、少し聞いてもらっても良いかしら?」
「なにを? 余り難しい話は無理よ」
「大丈夫よ……簡単な話よ。ベルは卒業したら就職するつもり、マモンと私もそのつもりだった。でも、成功したのは私とベルだけ」
「……」
「マモンは実家で働けるけど……なんだか、今までと変わってしまって、嫌な気持ちなの」
鯉幟は重要キャラの予定、今の今まで忘れていたけど




