紛い物
「結晶の塔ってどんなダンジョンだったんですか?」
「結晶の塔は……そうね、素材アイテムばっかりが手に入るだけのダンジョンだったわ」
「そうだったんですか」
逆さ結晶の塔90階層、アリアたちはその螺旋階段の最後の段に腰掛け、そこに待ち構えているモンスターを眺めていた。
「あのモンスター、名前なんて言うんですか? 私、初めて見たんですけど」
「あのモンスターの名前は《ヴェノムファントム》。毒を塗った鎌と毒の息に気をつけないと状態異常耐性がなければ、死ぬわよ」
「……アリアさんでも、ですか?」
「ええ。それにあの《ヴェノムファントム》の鎌に五方星が描いてあるでしょう? アレは《ヴェノムファントム》を5回殺さないといけないってことなのよ」
「うぇぇ」
結果、二人で前後から挟んで滅多打ちにした。
*****
逆さ結晶の塔91階層では、
「あのモンスターの名前は《レイドウォーリアーズ》。10人単位の小隊で襲いかかってくるモンスターよ。そして見た感じ、10小隊はいるわね」
「えーっとつまり100人はいるんですか!?」
「ええ、そうなるわね」
結果、一体ずつを各個撃破して何とか突破した。
*****
「アリアさん、あのモンスターは……アリアさん?」
「……あ、ごめん。なにかしら?」
「どうしたんですか? なんだか、顔色が悪いですよ?」
「――かもしれないわね。なんて言ったって、あのモンスターは私の、仲間と同族なのよね。少し、あの子たちと触れ合いたいって思ってしまったわ」
アリアさんは自嘲するような笑みを浮かべ、そっと青いそれを指差した。
「《アブソリュートゼロ・フェニックス》、《アポロネス・フェニックス》、《タマミカヅチ・フェニックス》、《テンペスト・フェニックス》、《ガイア・フェニックス》――全て、《フェニックス》シリーズよ。どれも素早くて、魔法が得意よ」
「そうなんですか……アリアさん、戦えますか? 戦えないなら、無理をしないで良いですよ」
「――――――はっ、笑えますね。ひよちゃんとそっくりなだけで、ここまでメンタルにダメージを受けるなんて……脆く、弱い」
「あのー? アリアさん?」
「だからこそ私は《最強》なのよ」
アリアさんはそう言い、階段を蹴って一気に駆け出した。そして、一斉に反応する5体の、5匹の、5羽の《フェニックス》に向けて剣を抜き、駆け寄る。
『《フロストランス》!』
『《コロナランス》!』
「紛い物が、気を迷わせるな!」
裂帛の気合いと共に放たれた斬撃が、アリアさんに迫った氷の槍と炎の槍を斬りつける。ぴき、と氷が砕け散るような音が聞こえ、ぼん、と爆発するような音が聞こえた。
「っっっ!?」
「アリアさん!?」
「……い」
「え?」
「……る……い」
「アリアさん?」
「五月蠅いっっっ!」
地面が大きな音を立てて蹴りつけられた。そしてそのまま跳び上がったアリアさんの剣が、翼を切り落とした。さらに続けて足が、首が切り落とされる。これで《アブソリュートゼロ・フェニックス》が墜ちた。しかし、
「残り4羽……っ!」
『《エクレールランス》!』
『《テンペストランス》!』
「ひよちゃんみたいな声で、囀るな!」
人が変わったかのようにぶち切れているアリアさん。その剣は高速で閃いて、次々に迫る魔法の槍を受け流し、逸らし、斬り裂く。どう足掻いてもアリアは、奴らを殺すと決めていた。
彼女はひよちゃんという仲間、おそらくはテイムモンスターにどのような思い入れがあるのだろうか。それはキャンデラからしてみれば、理解が叶わないことでもあった。だが、キャンデラにも理解できることがあった。
それは――アリアがひよちゃんと呼ばれるテイムモンスターに思い入れがあり、好意を抱いている相手なのだろう、と。
「だから、邪魔を、するな! 《アークスラッシュ》!」
二連撃で両翼を断ち、スキル後硬直が解けると同時に首を切り飛ばす。《アポロネス・フェニックス》も墜ちた。残り、三羽。攻撃力よりも《致命的位置》を攻撃するしかないのだ
キャンデラは地面を蹴って、逆手に握った剣で《タマミカヅチ・フェニックス》に斬りかかった。そしてそのまま連続して斬りつけようとするが
『《エクレールストーム》!』
「っ、《アークスラッシュ》!」
正面から轟雷の嵐に剣を放つ。金属の剣ならば感電し、体力ががりがりと削られるのだが、この貸し出し剣は金属製では無い。どころか素材は不明だし、見た目も変わらない。
武器の成長系統樹があるのは多いが、外見の変化が無い分コメントに困る。もっともキャンデラはそういった地道なのも好きなのだが。姉は逆だが。
「なんで《タマミカヅチ・フェニックス》だけ日本の神の名前なんですかねぇ!?」
「さぁ……でも、もう良いわ。そっちは任せるわ、私は《ガイア・フェニックス》と《テンペスト・フェニックス》を殺すから」
「二羽同時にですか!? それ、大丈夫なんですぅ!?」
「ええ――むしろ、キャンデラが心配ねぇ」
なんで、とキャンデラは思いながら空中で腰を捻り、剣を振るう。《タマミカヅチ・フェニックス》の表面で雷がばちばち、と音を立てているが、無視して翼を斬りつける。しかし、一撃では切り落とせなかった。
「っ、失敗した!?」
『《エクレールテンペスト》!』
「あぁもう! 《アークスラッシュ》!」
打ち消すつもりで放った二連撃は、轟雷の竜巻と正面から激突して――吹き飛ばされる。体力が大幅に削られている上に、距離を取られた。まずい。
「完全に近接系二人に距離を取られるとマジ辛いよ……ねぇ」
剣を逆手に握りしめ、走る。上空で羽ばたいている《タマミカヅチ・フェニックス》は低い天井のせいで、キャンデラの攻撃が軽々と届く。地の利がないからこそ、キャンデラは戦えているのだ。
「よーいーしょっと!」
壁を駆け上がり、重力がかかると同時に壁を蹴る。そのまま空中で回転と捻りを加えて
「やっ!」
『《エクレールフレア》!』
「うわぉ!?」
剣がその片翼を切り落とすと同時に、炎と轟雷が混じったものが吐き出された。そしてそれは、キャンデラの身を包み込んで――いない。彼女は危険区域から離れていた。
「うぇ!?」
「危ないわよ、キャンデラ」
「アリアさん……倒したんですか!?」
「ええ、なんとかね。二対一は卑怯だと思うけど、やられたからやり返させてもらうわね」
「それが通じるのは小学生までですよぉ……でも、そうしましょう!」
「良い返事だわ、キャンデラ」
ぽーい
「また投げられたぁ!?」
「大丈夫よ、キャンデラ。残りは一羽なのだから上下からの攻撃に反応できないわ」
「一羽だからは関係ないですよねぇ!?」
「ええ、無いわ」
アリアはそう言い、壁を走る。丸い円のような室内だからこそ、ぐるりと一周して、
「《ミーティアスラスト》!」
「いつの間にそのスキルを!?」
「40層辺りかしら」
「ええ!? 随分と速かったんですね……」
「ええ。ステータスが伴っているのなら私が走った方が速いのだけど、そうも言えないから速めにとったのよ」
「え、じゃあ《星屑》も《隕石》も?」
「ええ」
私さっき取ったばかりなのに、とキャンデラは思った。だがそれは仕方が無いのだ。何故なら、アリアはその知識があったがキャンデラにはそのスキルが何なのか、分からなかったのだ。
攻撃スキルだと理解したのは名前に惹かれて習得し、スキル内容を読んだからだ。
*****
逆さ結晶の塔、最終層。そこに待ち受けていたモンスターは――
「遅かったね、僕」
「アリアさんが……二人!?」
「……帰りたい……」
落ち込んだアリアの前で、アリアは哄笑を上げていた。
次回、逆さ結晶の塔編最終回!




