触手な気配が!
「弱点を狙って最高の一撃を叩き込む、ですか」
「ううん、違うわ。急所を狙って、一撃を叩き込むのよ」
「どう違うんですか?」
「ダメージを与えるってのと、殺すって違いよ」
理屈じゃないのかもしれない、精神論だ。キャンデラは理解を放棄しながら78階層の地面を踏んだ。結晶に反射してアリアのスカートの中身が見えていることに今さら気付いたが、何も言わない。インナーは大体共通なのだ、と思っていたけど自作っぽかったのだ。
(きっと見て欲しい相手がいるんだろうなぁ)
なんとなく慈愛の表情になっているキャンデラをアリアはおかしく思いつつ、広大なその層を見回していた。逆さ円錐になっている逆さ結晶の塔は上に行けば上に行くほど、広くなっていくのだ。
しかし、何も見当たらない。アリアからしてみれば、どこかに隠れている以上こちらから探しに行くのは危険だ、と思っていた。だが、キャンデラは違った。
「ちょっと探して来ますね!」
「ちょ、ちょっと!?」
「大丈夫ですって! 安心してください!」
そういう意味じゃないから、アリアはそう思いながら、伸ばしても届かなかった手を眺め、嘆息した。
*****
「森の中はアリアさん、得意だって聞いたから真っ先に突っ込むと思ったんだけどなぁ……」
キャンデラは姉から聞いた情報がまた、違っていたことで姉への信頼がますます薄れていった。もっともそれは姉が悪いわけではないことを彼女は知らなかった。
「――あれ? 今、何か動いた……? 気のせい、かな?」
何もいないはずの視界の中で、何かが動いたような気がした。きっと、木の葉とかだろう。警戒しないのも問題だが、警戒しすぎると視野狭窄に陥る。アリアさんに言われた言葉を改めて理解する。
「過敏になっちゃっているのかな」
これじゃいけない、と思いながら息を吐く。いつどこでモンスターが出現してもおかしくないが、リラックスしよう。
一回深呼吸しよう、そう思った瞬間だった。
潰されたのは。
「んーーっ!?」
体の上に、何かいる!? それは見えない。見えないけど重い。一体何なんだ、と重いながら身動きを取ろうとするが
「んごけない!?」
上手く発音できていない。冷静にそう思いながら必死に体を動かす。動けない。体力はじわじわと減っている。
透明な何かがのしかかり、押し潰そうとしている。直感的にそう理解して
「ァリアさぁぁぁふぁごっ」
頭まで地面に押しつけられた。それと同時に体力の減るペースが急速に増した。
一層ごとに体力が前回になるから良いものも、これではここで死んで終わりだ。そんな風に悲嘆していると
「あら、やっぱりこのモンスターだったのね」
そんな声と同時に体の上に乗っかっていたそれの重みが消え去った。そして、私の目の前に手が差し出されていた。
「アリアさん……アリアさぁぁぁん……怖かったですぅぅ……」
「そうね……《インビジブルリザード》、透明なトカゲよ。この世界じゃ存在感を放たないモンスターは擬態の確立がかなり高いわ」
「うぅ……留意しますぅ」
「そう、なら良いわ。とりあえず立ってもらわないと困るわね」
「え?」
「今、私の背後から襲いかかってきたもの」
逆手に握り、背中に回した刃がダメージエフェクトを散らしている。何も無い空間を刺し貫いて紅いダメージエフェクトを散らしている。それはつまり、そこに《インビジブルリザード》がいるということだ。
「体力は少なく、臆病な性格から一回でもダメージを喰らうとその場を離れ、こちらの隙を狙ってくるわ。だから背中を晒して、自分の耳を信じなさい。いくら透明だったとしても、音までは消せないわ」
「そ、そうなんですね……」
「それとキャンデラ。もう、この層からは独断行動は辞めましょう。私もあなたも、一人ずつでは心許ないわ」
アリアさんはそう言いながら、前方と後方に右手と左手を向け、牽制のように構えている。横が死角のような気がする、と思いながら私も剣を構えて
「アリアさん、どこから来ると思います?」
「そうね……まぁ、予想は出来ているから気にしないで良いわ。それよりもキャンデラ、耳を澄ませて、音に反応してね」
「あ、はい!」
アリアは目を閉じていた。それは視覚を切り捨て、残る4覚を優先しているからだ。本来なら味覚も要らないが、切り捨てられない。触覚は剣を握っているから必要。嗅覚は要らない。聴覚マジ大事。
かさっ
「「っ!」」
「アリアさん!」
「上よ!」
その言葉と同時に剣が振るわれた。それは上から跳びかかってきた《インビジブルリザード》を斬ったのか、ダメージエフェクトが舞い散る。しかしアリアさんはそれを無視して地面を蹴る。
透明な《インビジブルリザード》に追い打ちを加え、無事に討伐を果たして安堵する私。それにアリアさんは小さく息を吐いて
「キャンデラ」
「は、はい?」
「次は慎重に行きましょうね。もう、協力して戦うわよ」
「アリアさんってソロプレイヤーじゃなかったんですか? 協力できるんですか? 大丈夫ですか?」
「あなた、大分失礼ね……」
顔を引き攣らせているアリアさんを見ていると少し、可愛く思えた。旦那がいても当然だ。
*****
「キャンデラ、頑張って!」
「ぬぅっ!」
「キャラ変わってない!?」
キャンデラの剣が《デビルイソギンチャク》の触手を切り払おうとする。しかし、絡みつかれた。咄嗟に剣を引こうとしたが、抜けない。
「嘘でしょ!?」
「っち!」
白刃一閃。それで巻き付いていた触手が根元辺りから斬り裂かれる。巻き付いていた部分は繋がりをなくしたからか、力無く解けて地面に落ち、光となって消えた。
さらに続けて振るわれる剣が次々と触手の絡みつく余裕を与えずに、高速で切り落としていく。霞むような剣速は鋭い風切り音を鳴らしながら、斬り裂き続ける。
「――キャンデラ!」
「分かっています!」
アリアさんの背後に回り込もうとする触手を斬りつける。巻き付かれる前に剣を引いて再び斬りつける。それを繰り返してアリアさんを触手の魔の手から護る。
*****
「アリアちゃんに触手な気配が!」
「黙ってろ」
*****
「まさか幹を一刀両断するなんて!」
「ふふ、私だっていつまでも模倣の技で満足できるような女じゃないのよ?」
「カッコいいです!」
キャンデラの言葉に手をひらひらさせつつ、アリアは螺旋階段の途中に腰掛ける。そしてそのまま、おもむろにメニュー画面を開いた。
「アリアさん?」
「休憩がてら経験値を使っておこうと思っただけよ。キャンデラも休んだ方が良いと思うわ」
「あ、そうですね」
「それにきっと、そろそろ難易度も上がってくると思うわ。気持ちを落ち着かせるに越したことはないわね」
すでに充分難しいんだけど、とキャンデラは思った。しかし今までの戦いはどれも緊張感はあったが、苦戦と呼べる苦戦は……意外とあったわ、うん。
でも、結局乗り越えてこられているのだからなんとかなるのだ。そうキャンデラは自分に言い聞かせて
「アリアさん、絶対に二人で頂上まで行きましょうね!」
「ふぇ?」
きょとん、とした表情のアリアさんは困ったように眼を泳がせていた。それは私を見て、ばつが悪い、といった感じでは無かった。むしろ、
「今さら、何を言っているの? 最初っから私はそのつもりだったのよ」
「――アリアさん、頂上まで行けて、ダンジョンをクリアできたらリアルで打ち上げ会しません? 女子会ですよ女子会」
「素敵ね。良いわよ、出来なかったら出来なかったで女子会しましょう」
「ネガティブですねぇ」
「現実的なのよ」
感想欲しいぜいえいえいえ~、アクアジェットで(ry
次回、逆さ結晶の塔編最終回
僕を捨てて、私としての――




