ミノタウロス
アリアの剣が振るわれる度に、《スケルトン》の剣がそれを相殺する。アリアの冴え渡る剣技はすでに他の何かに塗りつぶされていたのだ。だからこそ、ここで磨き治す。それがアリアの思考にして狙いだった。
「アリアさん! 二体目の《スケルトン》がポップしました!」
「あら、そっちはキャンデラに任せても良いかしら?」
「はい! 任せてください!」
キャンデラの剣がアリアに向かっていく《スケルトン》の背後から斬りつけた。しかしそれは、ダメージと言うには微々たる量だった。《スケルトン》はその名の通り、骨なので《致命的位置》と一部以外は硬いのだ。
「関節を狙えばなんとかなる……? っ!」
薙ぎ払われる剣を剣で受け止めて、受け止めきれずに結晶の床を滑る。どうして四方八方結晶に囲まれた神秘的な空間で私は必死になって戦っているんだ、とも思った。
「ま、思い続けているけど、さ!」
薙ぎ、払い、振り下ろし、突き、切り上げ。それらの攻撃を見極める。有効範囲、安全圏、そういったものが少しずつ、理解できてきていた。
今ならアリアさんの言っていた言葉の意味が理解できた。何故、スキルを使わない方が良いのか、と。それはきっと、軌道が固定されるからこそ、見極められやすいのだ。それは相手が人型の、究極的にはプレイヤーを想定している言葉だったのだ。
「アリアさん!」
「あら、どうしたの?」
こんな状況なのに平然とした答えに少し笑い出しそうになりながらも、結晶の壁を背後に立つ。
「今からこっちの《スケルトン》を片付け次第、そっちに援護に行きます!」
「ふーん? ならば、私はどうしようかしら?」
アリアさんは惚けたような口ぶりで、剣を振るい、《スケルトン》の剣を高く弾き返した。そしてそのまま、二歩で懐まで飛び込んで、肋骨に剣の柄を叩き込んだ。
「《致命的位置》は関節と肋骨、そして頭蓋骨ね……人間のようね」
「っ、分かりました!」
柄を使っての連続攻撃が肋骨を殴打する。それをじっくりと眺めていたい気持ちもあったが、キャンデラの目の前にはもう一体の《スケルトン》が剣を振り上げている。
「あぁもう……邪魔!」
手首を少し逸らせ、振り下ろされる剣の柄、を握っている手首に剣の先端を差し込む。そのまま、捻る。
ぽきん、と小気味良い音が鳴りながら手首から先が地面に落ちた。STRでは負けていたが、AGIでは優っている。それが《スケルトン》の手首解放成功の秘訣だ。
「よっと、ほい!」
剣を失ったのならば、そこまで怖くはない。冷静に攻撃を見極めながら、返しで《スケルトン》を倒しきった。そして自信満々な表情でアリアさんを振り向くと、
「あれ」
ぱちぱち、と乾いた拍手の音が聞こえた。そしてその発生源は私を眺めていた。
「見事、って言うのも変な話なのだけどね。《スケルトン》の手首を切り飛ばすのではなく、外すなんて初めて見たわ。手先が器用と言うべきなのか、分からないけどね」
「あ、え、褒められているんですか?」
「ええ」
くすくす、と上機嫌そうにアリアさんは笑って
「あなたならすぐに私たちの場に上がってこられそうね」
「え? それってどういう意味ですか?」
「さてと」
答えはない。そしてアリアさんはまた、螺旋階段を上り始めた。そしてそれから、いくつ昇ったことだろう。
「20階層、ですか? まだたったの、って感じですね」
「ええ、以外と疲れたわね……」
「でも、まだまだあるんですよね?」
「ええ――私の記憶が頼りになるのなら、100層まであるわ。あの時も1人じゃなかったわね」
「え? 誰と一緒にいたんですか?」
「旦那と義姉よ。どちらも、《傘下》の仲間……」
アリアさんの表情が和らいでいる。なんだか羨ましい。そういったことが出来る相手が旦那だなんて。
「さてと、そろそろ休憩を終わりにしても良いかしら?」
「え、あ、はい」
「まだまだ余裕がありそう? それとも、もう辛いかしら?」
「余裕です!」
「そう。なら構わないわ」
アリアさんは魅力的な笑顔を見せる。それに見惚れそうになっていると、アリアさんはさっさと階段を上がりきり、姿を消した。えぇ~、と思いながら階段を駆け上がる。すでに剣の音が聞こえている。だからいつでも、剣が抜けるように柄に手を掛けていると
「キャンデラ! 危ない!」
「え?」
広範囲への衝撃波、それが私の体を打った。助言の通り、高めていたSTRのおかげで防御力がある……だから、耐えられた。しかし、吹き飛ばされ、壁に激突した。
「キャンデラ……っ、動かないで!」
「え?」
「っ!」
目の前に小さな背中があった。そして彼女は剣を振るい、正面から相手、《ミノタウロス》の斧を受け流し、受け止め、防いでいた。見える横顔は必死な様子で、焦っているようにも見えた。
「アリアさん!?」
「キャンデラ、私が次に斧を弾いたら立ち上がって《ミノタウロス》の背後に回り込みなさい! 良い?」
「っ、はい!」
相手の握っている斧が、がいん! と、耳障りな金属音を立てて剣と激突する。本来なら耐えきれないはずなのだが、アリアは違った。インパクトの瞬間に手首を引き、斧を滑らせる。そしてそのまま、大根を二回りほど太くした手首に切りつけた。当然、切り落とせないが
「今よ!」
「はい!」
回り込んで、剣を構える。そのまま、斬りつけようとしたが
「叩き付けの衝撃波を避けて! ジャンプ!」
「は、はいぃ!?」
「薙ぎ払いはしゃがんで避けて!」
「ひぃぃ!?」
「振り降ろしは確実に避けて!」
「ひゃぁぁ!?」
悲鳴を上げながら逃げ惑う。《ミノタウロス》の圧倒的な存在感に負ける。っていうか怖い。あの虚な目で斧を振るのがマジ怖い。小学生の頃に見た夜中の西洋人形みたいに怖い。あ、嘘。あっちの方が怖い。そう思うと、
「あ、なんだか可愛いかも」
「どういう感性をしているのよ!?」
アリアさんは動揺しながら、斧の薙ぎ払いをしゃがんで避け、立ち上がりざまに膝を切りつける。そのまま、振り切ったモーションのまま、剣を逆手に持ち替えて、逆側から膝を切りつける。高速の連続斬りが、膝を責め続けていた。
「どうしてそんな執拗に膝を……!? まさか、膝が弱いんですか?」
「なんでよ……単純に私より大きいのだから、私以上に膝に体重がかかっているのは分かるでしょう? だから機動力を奪うのよ」
「なるほ……え? そんなの、モンスターに通じるんですか?」
「部位において耐久が設定されているのだから、おそらくとしか言えないわね!」
アリアさんは《ミノタウロス》の斧を必死に弾いて、前に出る。そのまま、股下をくぐり抜け、背後から膝を切りつける。
「キャンデラ! 避けなさい!」
「え?」
見惚れていたからこそ、気づけなかった。すでに薙ぎ払いのモーションに入っている《ミノタウロス》に。そして、目の前で剣を振りかぶっているアリアさんに。でも、気のせいかもしれないんだけど……あの剣、私に向けられていない!?
「ちょっと痛いかも」
「えぇぇぇ!? 嘘ォ!?」
剣の腹で打ち上げられた。それだけなら、まだ驚く程度で済んだ。現実を疑わないで済んだ。
しかし、アリアさんは打ち上げた私を追って地面を蹴り、壁を蹴る。そのまま回転しながら私の襟首を掴み、頭の下を通り過ぎた斧に目もくれず、着地すると同時に私を反対側の壁に投げた。そして、挟み撃ちのような体勢を取って
「キャンデラ、大丈夫?」
「目が回っていますぅ……」
「そこで大人しくしていなさい。終わらせるから」
その言葉に嘘偽りなく、間もなくアリアさんは《ミノタウロス》を倒した。
牛メイン回
エウローペ―? 誰それ忘れた




