私と変わった世界で
ゴールデンウィークが始まった。アリアは少し眠たげに机の上のホログラムカレンダーを眺めていた。
半身を失った喪失感は、とうに薄れている。だからと言って寂しくないわけはない……だが、時折、帰ってくるのでそこまで寂しいわけでもない。
「おはようございます、アリア。今日の予定は何もありませんが、そろそろ起きないとシェリルが怒りますよ」
「おはよう、マグナ。とりあえず今日の朝ご飯は分かったりする? 良い匂いがするのだけど」
「朝ご飯はシェリルの作ったスクランブルエッグとエミの焼いたパンですね。トースターですが」
「あらら」
*****
「アリア、気分はどうかな?」
「どうって言われてもね、相変わらずってかんじかな? 眠気とか?」
「そっか」
アリアは柘雄の膝の上に座りながら、ぼんやりとしていた。そしてそのまま、丸くなって二度寝しようとしたが
「ツゲオさんに迷惑掛けちゃダメだよ?」
「あー、うん。おはよぉ、エミ」
「眠ろうとしているお姉ちゃんにおはようって言われてもねぇ」
「おはよう、エミ。寝癖、凄いよ」
「あー、まだ洗面所行ってないんで見てないです……どんな感じですか?」
「なんだかもじゃもじゃしているよ。僕が整えようか?」
「あ、お願いしm「ダメ。柘雄にしてもらうのは私だけなの」
姉の独占欲にエミは仕方ないなぁ、と思いながら言葉を取りやめて
「それじゃ、お姉ちゃんの髪を梳いてあげてください。洗面所の場所、分かります?」
「うん、分かるよ。ところでエミ、さっき洗面所にシェリルがいたみたいなんだけど」
「あ、だったら急いで行った方が良いかもしれません。その方が面白そうです」
「……」
シェリルの妹だな、と柘雄は改めて理解してしまった。そして3分後
「あら、柘雄じゃない。女が汗を流しているのに入ってくるなんて変態ね」
「シェリルには欲情したりしないから大丈夫だよ。僕が欲情する相手はアリア一人だけだから」
「もぅ……恥ずかしいなぁ」
アリアは顔を赤くしつつ、柘雄の脇をつんつん、と突いた。照れ隠しなそれは、眺めていたシェリルにとって拷問のようにも感じられた。
*****
「リンク……イン」
またこの世界に足を踏み入れる。でも、彼女はいない。だからコレが初めての、私のあの世界への旅立ち。
一ヶ月ほど、怖くてログインできなかった。あの世界がどう変貌しているのか、分からない。同じ記憶があっても、何も変わらないのだ。
「――おや、アリアですか。どうしたんですか?」
「……マグナこそ、どうしたのさ?」
「射的勝負中ですよ」
マグナと勝負しているのは、名前を知らないプレイヤーだった。そしてマグナは連続して弾丸を放ち、圧倒的な点差で勝ったみたいだ。
「さてと、アリア。気分はどうですか? 久しぶりですよね?」
「ええ、今、かなり不安なの。マグナにエスコートして欲しいわ」
「承りました、マドモワゼル。ではこちらへ、どうぞ」
「あら、ありがとう」
そんな小芝居を経て、私はカーマインブラックスミス本店の最上階に足を踏み入れた。そして、立ち並ぶ数多の剣等の武具に圧倒された。
「随分と多いですね」
「アリアが作るのを楽しんでいた節があったので、やり過ぎたんでしょうねぇ」
「僕は馬鹿でしたからね……でも、私だって色々と武器を作りたいんですよ」
アリアの言葉にマグナは少し驚きながら、そっと微笑んで
「では、早速アリアには剣を創ってもらっても良いでしょうか? 私も剣を使えるようになりたいのです」
「え? そうだったの? なら素直にそういってくれればきっと作っていたと思うわよ?」
「ええ、私もそう思います……ですが、少々、そう思い立った時にはアリアがログインしてこなかったので」
「あー、ええ、そうですね。ごめんなさい、と私が謝りますわ」
マグナはそっと微笑み、アリアの手を握った。余りにも自然な動作だったので、誰も何も思わなかった。
*****
「アリアちゃんに百合の気配!」
「何言ってんのよ」
*****
「アリア、そこで何をしているんだ?」
「えっと、とりあえず相違点を色々探っている感じ? 魔王も何か気付いたら色々教えて欲しいわ」
「全体的に違いすぎて何も言えないな」
「あらら」
アリアはやんわりと微笑んで、そっと本を閉じた。その本はアリアの書いている日記だった。過去のアリアが書いていた日記だった。
「この日記、字は汚いしくだらないことしか書いていないのに……どうして、読み進めてしまうのかしら」
「それがアリアの辿った足跡だということだろうな……どうだ、過去の自分の気持ちは分かったか?」
「いえ、まったく。まったくもってアリアが何を考えているのか、私には理解できません……」
困ったように笑いながらアリアは日記を傍らの机に置いて、
「魔王、何か用事でもありましたか?」
「ん、まぁ、少しな。ちょっと最近ログインしていなかったから、少し心配だっただけだ……だが、大丈夫そうだな」
「ふふ、ありがとう、魔王。そんな気遣いをされると少し、嬉しい反面恥ずかしいね」
「そうなのか」
明日香もたまに言うが、俺にとってはそういった感情が分からない。女心を男が分かるのは無理なのだろうな。
「アリア」
「どうしました?」
「ナイフを二本、創ってもらっても構わないか?」
「ええ、構いませんよ……ですが、どうして?」
「誰かさんの引退試合の際に愛用のナイフが二本とも、斬り裂かれてしまってな……どうも、あいつとの繋がりのナイフや剣、全てを斬り裂いていったらしい」
「え? それってつまり……」
自分のいた痕跡を全て、消し去ろうとしたのだろう。そう思うが、
「詰めが甘い……あなたのことを忘れられるはずがありませんのに」
「まったくだな。あの天真爛漫その物が騒いでいないと、少し寂しいな」
「っふふ」
「っくく」
何がおかしいのか分からなかったが、二人で笑った。そして、
「っし、作りましょう」
*****
二本のナイフは、すぐに完成した。今回のテーマは並び立つ、だったので名前も並ぶものに因ませてもらった。
《風》《雷》とシンプルに名付けられたそれは、現在魔王の手元にある。完成したとは言え、調整しないで終わりというのはいささか、心地悪い。だから、自分の満足いくまでに創り直し、改造し、打ち直す。
「以外と凝り性なんだな」
「あら、アリアがそういったことをしなかっただけですわよ。私は意外と凝り性なんですよ」
「そうか……お前たちは、昔と比べて、はっきりと分かれたな」
「え?」
「以前はどっちのアリアも明るく、元気だった。だが、いつの間にかお前たちははっきりと分かれていた……不思議だよ、正直に言って」
魔王はそう言い、店から出て行った。そして、独り――
「……アリア」
「っ、オバマ?」
「ええ、アリア。どうも気分が優れないようですね」
「言わないでよ……で、何か用かしら? それとも雑談でもする?」
「ええ、雑談でもしましょうか。まぁ、アリアにとって雑談をしたいテンションかは分かりませんが」
「うふふ」
アリアの微笑みは、マグナの続いた一言で凍り付いた。
「そう言えばアリアと結婚しました」
「――――――――っ!? はぁ!?」
「まだ初夜は迎えていませんが……どうしました? 顔が真っ赤ですよ?」
「アリア、え、う、え!?」
「あぁ、言っていませんでしたね。消えそうになっていたアリアを私がもらい受けましたよ」
「なっ……え、それはつまり……」
「ええ、彼女は生きていますよ」
何が何だか分からない。何なのだこれは!? どうすれば良いのだ!?
時間が無ーい!
再試が終わって家に帰って5時間ほど爆睡していました
危うき危うき




