姉を越えて――
アリアの漆黒の翼がシェリルを斬り裂こうと迫る。だがシェリルは7本の剣を束ねた盾で、それの接近を阻む。しかし
(軽い……? 一体、どうして?)
今の一撃を防げる理由が無い。だからこそ、剣が消えると同時に爆発するようにしていた。その爆発で回避するつもりだったのだ。だが、爆発は起きなかった。
「一体、何をしたの!?」
「秘密だよ、シェリ姉。それよりも、まだまだ続くよ」
「っ!?」
舞う漆黒の翼、それをシェリルはかいくぐる。速度は相変わらず半端じゃない。だが、威力が悉く失われている。
「《セブンソード・アーツ》!」
「《バニシングレフト》!」
「え」
7本の剣がシェリルの手に掻き消された。それにアリアが動揺した瞬間、シェリルは手を突き出して
「《サンダーボルト》!」
「っ、護れ!」
雷の奔流がアリアの漆黒の翼による壁に激突し、消滅する。自慢げに笑う妹を無視して両手を広げる。
「東の空には太陽を、西の空には月を」
「ん……?」
「南の空には龍を、北の空には天使を!」
「詠唱式魔法……? どうしてそんな、遅い魔法を?」
コレを使えばアリアの動きが止まる。そう確信していたシェリルの読みが一手上手だった、それだけだ。だがアリアはぼんやりと眺めていた。何をするんだろう、という好奇心、期待。そういった物があった。
「墜とせ《破滅の雨》!」
「おっと……ここまで広範囲殲滅魔法だと避けづらいなぁ」
触れるだけで全損しかねない雨を眺め、アリアは眼を細くした。そしてそのまま、背中から伸びる6対の翼を広げ、飛んだ。
雨から逃げるためではない。雨を降らせている根源の雲を、魔法で創り出されたそれを散らせば雨が止むと単純に考えたからだ。それは別に間違いでは無い。魔法にも耐久が設定されているからだ。そして――
「《トリリオンソード・レイン》!」
「悪いけどシェリ姉に構っていられる余裕はないよ!」
「なんだと!?」
そしてトリリオン本の剣が、1兆本の剣が迫るが、アリアは一瞬だけそれに向かって振り向いて
パァン!
と、音を立てて柏手一つ。そして
「《涅槃寂静》!」
「っ!? 剣が全て消し飛ばされた!?」
「さてと」
おかしい。いい加減シェリルはそう考えすぎて、何もかもを見落としそうになっていた。
(どうしてアリアちゃんは剣を使わない……? ううん、剣だけじゃない。どうして近接戦闘を仕掛けてこない? それに翼の一撃だって一撃必殺の威力があったはずなのに……っ!?)
分からない。分からない。分からないのなら――
「――――――――っ!! あぁっ!!」
「え!?」
「よし、叫んだらすっきりした。さてと」
すでに殲滅の雨を降らせる雲は散らされていた。その事実に少しだけ、残念に思いつつアリアちゃんを見据える。
前から存在していた、圧倒的な存在感は健在だ。だが、それは何故か今までのとは違う気がした。ベルから感じるそれに近かった気がする。だから分からない。
「アリアちゃん、一体どうしたの?」
「当てられたら教えてあげるよ」
「そう。ならどうして攻撃力がほとんど無いのか、聞いても良いかしら?」
「秘密、だよ?」
「あっそ。なら、大体分かったかな」
どうしてアリアが広域殲滅魔法、《ビリリオンソード・メテオ》を、それに正体不明の魔法、《涅槃寂静》を使えるのか。それは単純明快に、
「今のアリアちゃんは以前までのアリアちゃんとは違うステータス、どうかな? 今までのSTRAGIではなく、INTAGIとか?」
「……やっぱりシェリ姉は凄いなぁ。たったこれだけで、そこまで見抜いちゃうんだからね」
「お褒めに預かり、光栄の至りよ」
「でもね、この世界でまで、負けっ放しでいたくないんだ」
「……?」
「だからシェリ姉に勝つ。ここでぐらい、勝たないと嫌なんだ」
「……そっか」
妹や弟が抱えるコンプレックス、それを姉であるシェリルには理解できない。だからそもそも理解しないで
「それなら行動で示しなさい。アリアちゃんの望んだやり方で!」
「うん!」
撃つのは私の代名詞でもあるあの魔法、
「《セブンソード・メテオ》!」
「雷鳴よ、暗黒よ、今一つとなりて――全てを打ち砕け! 《ダークネスライトニング》!」
闇の雷と7本の剣が激突した。それは一瞬足りとも拮抗しなかった。雷が7本の剣を一瞬で消し飛ばし、その爆発で雷が消し飛んだ。
「《トリリオンソード・メテオ》!」
「《涅槃寂静》!」
再び、柏手。それが1兆本の剣を全て、一瞬で消し飛ばした。でも、遅い。
「え!?」
「同時に発動していただけよ」
7本の剣がアリアの体に向かって突き刺さろうとする。しかしそれは、高速で振るわれた6対の翼に阻まれた。
「危ないなぁ……ッ!」
「《バニシングレフト》!」
「無駄ァ!」
「《エクスプロードライト》! 《クロスヴァニッシュ》!」
両手での一撃、それがアリアの六対の翼と激突し――その翼を消し飛ばした。
「嘘!?」
「消えなさい、虚無の彼方に!」
「っ、《水晶の翼》! 《ライトニングトリシューラ》!」
全てを消し飛ばす両手と雷の投げ槍が空中で激突した。しかし、今回は翼のように消し飛んだりしない。一瞬だけ、拮抗したのだ。
「ふーん……シェリ姉」
「何よ」
「そのスキル、時間経過で威力が落ちるのかな? 完全に消し飛ばされるよりも少し、遅かったよ」
「……」
内心で冷や汗がダバダバシャバダバしている。どうしてアリアはこんなにもあっさりと見抜いてきたのか、それは単純にシェリルの手の輝きが減っているだけなのだがシェリルは気付いていなかった。絶対の一撃として使っていたからこその誤算だった。
「全てを引き裂け、《トルネード》!」
「《バニシングレフト》!」
左手で竜巻に触れる、それと同時に竜巻は消え去った。幻想殺し、という単語が頭に浮かんだけど逆の手だ。
「暗黒は虚無へと転じる――諍い絶えぬ世に、裁きの光りを! 《ホロウジャッジメント》!」
「《セブンソード・リアライズ》!」
「無駄だよ、シェリ姉」
初めて姉の土俵に上がれた気がする。アリアはそう言いながら、そっと手を振り下ろした。それに付随するかのように形を持たぬ形容しがたい色の光が螺旋大陸の中央に、そこに浮かぶシェリルに降り注いだ。
7本の剣を飲み込み、消し飛ばす光はそのままシェリルを飲み込み……何も、残さなかった。
*****
絶対強者、そう呼ばれ始めたアリアはすでに、誰かと競えるようなプレイヤーでは無かった。もう、誰の手も届かない圧倒的強者と成り果てていた。
「――空を願う鳥は、翼を広げた。目指した空に、己の翼で至るために」
「……」
「空を願う鳥は翼を羽ばたかせた。目指した空が、ぐんぐんと近づいてきていた」
「……」
「でも鳥は気付いた。目指した空に、目指した価値は無かった、と」
「……」
「だから鳥は――飛ぶのを止めた。コレがペンギンの始まり」
「え!? 歌じゃなかったの!?」
「歌だよ。ペンギンのペンゾリアンさんの歌」
「凄いネーミングだねぇ……」
シンが動揺していると、アリアは少し、突かれたような笑みを浮かべて、シンに背中を預けた。そして、目を閉じて
「もう、詰まんないよ」
「……アリア」
「だからもう……」
「アリア!」
「……なに?」
「そんな言い方、ないよ……」
シンの眼差しは怒っているようだった。でも、アリアには何故自分が怒られているのかさっぱり分からなかった。だから、何も言わなかった。すると
「アリア」
「……?」
「一度、また全力で戦いたいと思っていた……良いかな?」
「――うん、良いよ」
戦うべき相手を見失ってしまったアリアちゃん




