若旦那
「お客様、そろそろ夕餉を運び込んでも良い?」
「良いよ、杏奈」
「ところで柘雄は? さっき、どこかに行っていたみたいだけど」
「んー、旅館に泊まるのが初めてだからって少しテンション上がっているみたいで色々と見て回っているみたいなんだ」
さもありなん、と杏奈はアリアたちの泊まっている部屋に入り、一息吐いた。すると
「杏奈はここの従業員なの?」
「そうよ。真理愛との繋がりで雇ってもらったの」
「そうなんだ。恋人関係なんだよね?」
「そうだよ。でもアリアたちほど進んではいないけどね」
「そうなんだ」
「中学生からセックスしているなんてちょっとどうかって思っちゃうけどね」
「そうなの? なんで?」
「私はまだなのにってね」
なんだ、とアリアは思って苦笑する。そしてアリアは杏奈の頭を撫でて
「大丈夫だよ、杏奈ならすぐに真理愛と……そういうことが出来るからさ」
「まぁ、まだ怖いから良いけど」
*****
「おっと」
「柘雄、さっさとご飯を食べてもらわないと困るんだけど」
「あ、そう? ごめんね、真理愛」
「良いから。それよりも茸以外に苦手な物は無いんだよね?」
「うん、そうだよ。僕もアリアも茸は苦手なんだ」
「へぇ」
真理愛は従業員としての服装をしているが、態度自体は親しい友人と接するようなものだった。だがそれを柘雄は見咎めたりしない。友人として接しているのなら、今は友人として対応すると決めているからだ。
「あ、そうだ。後で暇だったら僕の部屋に遊びに来る?」
「真理愛の部屋に?」
「多分アリアは1カ所でじっとしているのは苦手だと思うし」
「うーん」
それはどうだろう。向こうのアリアと違い、こっちのアリアならばかなり落ち着きがあるのだ。だが
「うん、お邪魔するよ。近くにあるの?」
「この旅館の裏にある一軒家。一人暮らしだから特に何も気にしないで良いよ」
「ん、分かったよ。それじゃ、また後で」
「布団敷きに行くからその時にでも、ね。多分そろそろ夕餉が、晩ご飯が運ばれているはずだから」
「あ、そうなんだ」
柘雄は旅館のベランダから見える海の景色を振り返り、少し眺めて
「お風呂の時間とか決まっているの?」
「まぁね。部屋に張り紙があったと思うからそれを見てよ」
真理愛はそう言いながらどこかに歩いて行った。それを眺めながら柘雄はアリアの待つ部屋に戻ったが
「えー? 真理愛ってそんなに奥手なの?」
「そうなのよ。キス迫っても全然しないんだよ?」
「ふむぅ」
ガールズトークが盛り上がっているようなのでもう少し、散歩していようと思った。すると、再び、足音が聞こえ始めて
「ん、柘雄? まだ部屋に戻っていないの?」
「……戻れない、って言い訳しても良いかな?」
「あ、中で着替えとかしている感じ? それなら僕も待った方が良いかな? ってことでちょい待ち」
「うっす、若旦那」
「了解です若旦那」
「君たち……」
不快そうに顔を顰める真理愛を無視して二人は笑っていた。よく見れば、真理愛は何も持っていない。
「若旦那は仕事をしないの?」
「若旦那言うな……継ぐつもりはそんなに無いよ」
「そんなに?」
「土地はもらうけど要らないし、売るつもり。だから微妙に継ぐ」
「若旦那にはロマンが無いっすねぇ」
「若旦那はリアリストっすねぇ」
「五月蠅い!」
「真理愛の方が五月蠅いんだけど」
襖を開けて顔を出した杏奈に真理愛がため息を吐く。
「そもそも仕事をしていない杏奈に言われたくはないよ」
「「「若旦那が言うな」」」
「ちょ、柘雄まで!?」
「それに私はお客様のためにお布団を敷きました-、若旦那とは違いますぅ」
「杏奈……」
真理愛は小さく微笑んで
「とりあえずアリア、運び込んでも良いよね?」
「ばっちこーい、と言えば良いのかな?」
「いや、普通に言おうよ」
*****
「どうして混浴じゃないのかしら」
「そういう旅館じゃないから。家族風呂もないし」
「残念ね」
杏奈は少し驚いていた。まるで落ち着いている女のような口調のアリアを初めて見たからだ。
「アリア、よね?」
「ええ、そうよ。まぁ、杏奈にしてみれば私よりも僕の方が親しいのかしら?」
「僕って……あぁ、そう言えば二重人格って言っていたね。そんなにはっきりと分かれているの?」
「乖離していて近いから分かれていても、同じとも言えるわね」
「よく分からないけど複雑そうね。ちなみにどんな感じなの?」
「また僕の方が馬鹿やっているわ、って感じ?」
あ、アリアから見てもそうなんだ。杏奈は苦笑しながらアリアを眺める。きめ細かな肌はみずみずしく、もちもちしていそうだ。しかし胸は平らだ。
髪も濡れてつやつやと光り、妖艶さを醸し出している。だが胸は平らだ。
胸は生憎だが平らだ。やはり胸は平らだ。
「うん」
「なんだか今、もの凄く酷い事を思われた気がするんだけど」
「気のせい気のせい。なんだか雰囲気がエロっちぃなぁ、って思っただけ」
「そう? 胸がないからそうでもないと思うのだけど」
「ツルペタでもエロスはあるの」
「褒めてないよね? 使った言葉に悪意があるよね? もう少しマシな表現あるよね? ねぇ?」
「あっはっは」
「……杏奈のばーか」
「うっわ子供っぽい」
高校二年、中学二年の悪口に思わず爆笑してしまった。
*****
「柘雄はアリアとセックスしたの?」
「ぶぼっ」
「噴き出すほど驚くことかな?」
「……いきなりで驚いたんだよ」
柘雄はため息を吐きつつ、湯に体を深く沈めて
「真理愛こそ、どうなのさ」
「まだだよ。ほら、僕は奥手だからね」
「僕もそうだけどさ……」
「でもアリアはそうじゃない。アリアはどっちかって言うと積極的な、肉食系女子って言うべきなのかな?」
柘雄はアリアを良く理解しているなぁ、と思いながら目を閉じて
「確かにアリアは積極的だよ」
「まぁ、アリアからセックスしたって聞いていたから知っているんだけどね」
「なんで言ってるの……」
「あはは。アリアはその辺り、黙っていられない子だからね」
「全くだよ……そこも可愛いけどさ」
「惚気かい? それなら僕も杏奈について色々語ろうか?」
「それも良いけど逆上せそうだねぇ」
「全くだ」
なんやかんやあってお互い、自分の彼女を自慢したくて堪らなかった。
*****
「で、結局二人とも逆上せちゃった、と。何していたの?」
「猥談でもしていたんじゃないの?」
逆上せて倒れている二人を眺め、杏奈とアリアは少し苦笑していた。そして
「それじゃ、情けない男勢を眺めながら夜更かししようか」
「そうね。とりあえず何か飲み物でも買ってきましょうか」
「お菓子も買わないといけないわよ」
「そうだね」
義務ではないのだが、二人は意気揚々と部屋を出た。書き置きを残してたから問題は無かったのだが
『しばらくそこで反省していなさい』
と、書いてあり、二人は何のことだと首を傾げていた。そして思いの外買い込んできた二人に驚きを隠せなかった。
「しっかし福岡のお土産って明太子以外にもあったんだねぇ」
「それはそうよ。福岡だってきっと良いところがある……はず……だよね?」
「なんで自信が無くなっていくのさ……きっと良いところがあるって。ほら、九州にあるとか」
「いや、都会じゃん福岡」
真理愛はそう言いながらマンゴスチンジュースを飲んで
「結局さ、二人はどこまでいったの?」
「別段どこまでもいっていないけどね」
「うん、セックスまでだよ」
「そこから先ってあるのかな?」
首を傾げているアリアの頬を突き、ぷすぅ、と息が抜ける音に杏奈は笑う。そして
「何にせよ楽しいが一番だよ」
大体がそんな感じで盛り上がっていた。
ぺぺぺのぺ




