敵わぬという理解
ベルはマントを翻し、堂々と立っていた。その姿を見てやいのやいの騒いでいる大学生二人を眺め、シェリルとエミは呆れていた。そして見せ場もなく、あっさりと斬られたベルを見て爆笑している二人を見て、ため息を吐いた。
*****
「ブブとは正直戦いたくないんだけどさ」
「奇遇だな、俺もだ。だがここらでちょっとお前に全力を尽くしてみるのも悪くない、そう思った」
「あのー、手を解放してくれたりは?」
「すると思うか? 俺はお前に勝つために戦うぞ」
「だよね」
アリアは剣を構える。ブブ相手に長い剣は向いていない。ここで抜くべき剣は短剣に該当する《比翼天連》だ。
「アリア」
「なに?」
「今回ばかりは勝たせてもらおう!」
「無理だよ!」
アリアの姿は消えている、わけでは無かった。だがベルはアリアを攻撃することが出来なかった。何故ならば、四方八方にアリアが存在していたからだ。
「残像だ」
「正しい使い方だが……その程度で俺を欺けるとでも?」
「うん、欺いてみせるさ!」
「ん」
「危な!?」
アリアのツインテールが片方、槍で突かれて切り落とされた。それを成したベルは無感情にそれを眺めていたが
「アリアのツインテールが!?」
「最近ブレブレだったアリアちゃんのチャームポイントが!?」
「これじゃシェリちゃんやエミちゃんと大差ないわ!」
何なのこの三人、とエミは冷静に思っていた。だが仮にも歳上、それが何かを言える相手ではなくしていた。
「……最強のプレイヤー……、そんなに魅力的なのかな?」
「「それは違うわ」」
「え!?」
「私は別段、最強のプレイヤーになりたいわけじゃなかったし」
「私もだよー」
「ならなんで、お姉ちゃんに挑んだの?」
「アリアに負けっ放しは腹が立つのよ」
「私もだよー」
なるほど、確かにエミにも姉に負けるのは嫌だった。例えそれがじゃんけんのような些細なものであろうとも。
「あ」
お姉ちゃんが分身している。残像ではなく、分身を創り出している。そしてそれらは一斉にベルゼブブに襲いかかったけど
「《白虎》」
「ええ!?」
高速の回転運動、それがアリアの小柄な体を軽々と天高く打ち上げた。分身は全て切り刻まれ、本体は高く飛ばされた。だがアリアには翼が有る。
「《透き通る翼》か……随分と飛ぶのに慣れているようだな」
「まぁねー。《アストライア―》やひよちゃんがいたからね、飛ぶのに抵抗はないんだよ」
「そうか、ロマンがあるな」
「でしょ?」
満面の笑みのアリアに向けて槍を一本、投擲した。それは当然のように剣で逸らされ、避けられたが
「え!?」
「何を驚いている? 槍の柄に意図を付けるくらい、お前もしていることだろう?」
「しているけどさ……っ!」
巻き付いている糸を切ろうとアリアは悪戦苦闘する。さらにその間にもブブの猛攻は止んでいない。新たな槍を抜いて
「《カストル》!」
「ふぇ!? ブブも飛んでいるじゃん!?」
「飛んでいない。ただ、愚直なまでの直進だ」
「っ!」
確かにその通りだった。そしてその槍はアリアの右腕を、封じられている片腕を斬り飛ばした。
「っ!? 《水晶の翼》!」
先ほどまでの速度とは段違い、ブブはそう思いながら残像を眺めていた。残像を産むほどの速度で飛んでいるからこそ、ソニックブームが産まれ――それがブブの体を打つ。
身動きがし辛いほどに凄まじいそれの中で、ブブは悠長に構えた。もはや目で追える速度ではない。だからこそ、目を捨てる。そして
「行くぞ、アリア。最後の一合だ!」
「応ともさ!」
アリアの背中の水晶の翼が陽光を受け止め、目映く煌めく。そして残光が線を引き……まるで、竜巻のような形をとった。
ブブが上空を見上げると、徐々に細くなっていく先端付近で何かが煌めいた。それは洋紅色の髪――そしてそれは高速で落下してきた。
「《虚無の槍》、《逆巻きの槍》。《二重解放》!」
二本の槍が溶けるように、重なった。そして――目映き光を放ち、一本の槍と化した。
「《涅槃の槍》!」
さらに
「開け、天門。閉じろ、地門。逆巻く思いを滾らせ、貫き通せ」
淡々、とブブは詠唱して
「《降霊クーフーリン》」
投げた。
*****
「僕の勝ちだけど……負けたようなもんだよ、こんなの」
「それは愉快だな」
両腕を失ったアリアは深くため息を吐いてブブの心臓を蹴りつけ、全損させた。そのまま再びため息を吐いて
「――エミ、シェリ姉、魔王。アリス、マグナ、オバマ。この状態じゃ戦えないよ」
「なら次は私が行くから。《ゴッドヒール》」
「お!?」
にょきにょきしてきた。アリアがそう思っていると、シェリルは無言で錫杖を構えて
「《セブンソード・メテオ》! え!?」
「《水晶の翼》の速度を甘く見たね! 《ヴォーパルブラスト》!」
「っ!?」
高速の剣を何とか避けようとした、が
「七天に歪め、《月夜見》!」
「嘘でしょ!?」
同時の8連撃、そんなに多くの同時攻撃を懐に飛び込まれた状態で対処できるはずもなく
(今までは手加減されていたのね……先制攻撃で終わらせたら詰まらないから、なのかな)
妹の思考を読もうとし、シェリルは切り刻まれた。しかし最後に突き出した手は、まな板に触れた。それに笑みを浮かべた、つもりでシェリルは光となった。
*****
「エミ、アリス、マグナ、オバマ。誰から行きたい?」
「私は誰でも構いませんよ」
「私もです」
「同じく」
「私行きたい!」
そう言うわけでエミは剣を扇を携え、姉の前に立った。だが動けない。姉から先手を譲られたのにもかかわらず、動けない。何故ならば姉から感じる圧倒的な圧力が、自分を押し潰そうとしているような錯覚を感じているからだ。
「どうしたの、エミ。まだ準備したい?」
「……」
「来ないならこっちから行くけど、良いかな?」
「っ、あっ!」
「へ?」
何とか体を動かし、扇を投げた。それはアリアの額に迫るが
ぱしっ
と、いう軽やかな音と共に音速近かった扇が止められた。そしてそれを姉は投げ返して
「エミ、この程度なら無理だと思うんだけど、どうかな?」
「っ!? まだやれるよ!」
「そう、なら頑張って」
投げ返された扇が地面に刺さっている。そしてそれを抜こうとした瞬間、目の前には細い足があった。咄嗟に両腕を交差させ、防御態勢をとるも
「《雷迅》!」
貫手。それがエミの心臓を刺し貫こうと迫るが間一髪、気道などの鳩尾を刺し貫いた。即死じゃない。だが死は近い、だから
「《ニーズヘッグ》! 《ヨルムンガンド》!《八岐大蛇」!
「ん、テイムモンスター……それもこんなにでっかいのばっかり?」
「やっちゃえ!」
やれるものならやってみろ、とアリアは思った。だがアリアの動きは止まらない。《ニーズヘッグ》の体を駆け上がり、無手のままで《八岐大蛇》の首を落とし、さらに続けて《ヨルムンガンド》の頭を蹴り上げて
「にょわ!?」
調子に乗って足場としていた《ニーズヘッグ》がその胴体を捩り、アリアを落とそうとした。剣を抜いていなかったアリアは咄嗟に《ニーズヘッグ》の鱗を掴み、耐えて――
「ジェットコースターみたいだねぇ」
いつの間にか楽しんでいた。そしてエミは敵わない、と理解して諦めた。
この後、エミがアリアを越えようとして挑むことはなくなった。だがそれは決して強くなる事を止めるわけではなく、むしろさらに強さを増したとシェリルは語った。
「もう、お姉ちゃんだけを目標にするのは止めるよ」
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