爪を噛む者
アリアは柘雄の子供を産みたい、と思っていた。だからこそ、アリアは少し戸惑っていた。
柘雄が自分を見る目が少し、苦悩していると気づいたからだ。きっと無防備だからそう言う行為をしようとしていないのだろう。そんな風に思い、もの凄く申し訳なかった。だから
「柘雄は結婚したらどうするの? 住みたい地域とかある?」
「そうだね……山の近くは虫が多そうだから海か、河が良いかな」
「おーぅ、気が合うねぇ」
思わずにやにやしてしまった。そのままアリアは目を閉じて
「結婚したらきっとすぐに赤ちゃん出来ちゃうのかな」
「……そんなことは無いよ」
「ううん、そうさせるよ。私の魅力でめろめろにしちゃうから」
「……はは。そっか、期待しているよ」
「うむうむ」
腕を組み、偉そうに振る舞うアリアに柘雄は笑いを堪えきれなかった。
*****
「そういうわけで無事復帰しました」
「お帰り、アリア。体調は良いのか?」
「うん、そのつもりだよ。だからこのタイミングに間に合って良かった、って思うよ」
星獣イベントに一つ、参加できなかった。羊のイベントは無理だとしても、もう星獣装備を越える者は創り出せる。それがアリアの自分を誤魔化す言葉となり得た。
「……アリア、その腰の剣は……」
「ん? あぁ、これね」
アリアはよくぞ聞いてくれた、とでも言いたげな顔で笑った。そして腰の剣を抜いた。その剣には剣身が無かった。
「その剣は……何だ?」
「《モード・刀》」
「ん? 剣身をすげ替えられるんか」
「一発で見抜かれると少しショックだよ……」
お前は体調を崩していた間もそんなことを考えていたのか、魔王は呆れながらアリアの様子を眺めていた。しかしアリアの体調が良くなったのは魔王も内心、喜んでいた。
「シンは今日は……どうしたんだ?」
「眠っているよ。僕が迷惑掛けちゃったから……」
「そうなのか……」
「寝る前の一言だって『楽しんでおいで』だったんだよ……もう、疲れて寝ちゃっているのに」
「愛されているな」
「えへへ」
アリアの表情が満面の笑みになっている。それを眺めていると魔王は自分と明日香の生活を考え……何も言えなくなっていた。
「アリア、リアルのシンといちゃいちゃしているのか?」
「うん、しているよ。まぁ、全然シンはエッチじゃ無いんだけどね」
「そうなのか……(シン、きちんとアリアを満足させろよ)」
普段のアリアとシンのやり取りを見ていると本当に婚約者なったのか、と少し疑問に思ってしまった。
「ところでアリア、その剣の使い道が俺には分からないんだが」
「ん? これはネタ装備だよ。僕も使う気は無いよ」
「そうなのか」
「でも熟練度あげには最適な装備の予定。とりあえずは星獣を倒してから店頭に並べてみるつもり」
「そうか……無理はするなよ」
「してないよ。僕は最強なんだからね」
その言葉を指し示すようにアリアは剣を抜いた。その剣はどれだけ眺めても――普通の剣にしか見えなかった。
*****
がりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがりがり。
人間であれば爪を噛んでいる、と他人事のように考えた。
*****
「……あれ」
地面を蹴り、一気に駆け出したアリア。しかしそのアリアに向けて激流が放たれた。さらに続けて放たれた津波のようなそれを避けて
「蟹かぁ……」
「大丈夫?」
「大丈夫だよ。とりあえずきちんと避けられているからね」
アクセルシンクロしないかなぁ、とアリアは思いながら剣を握りしめる。そのまま低い姿勢で《煉獄の黎明剣》を振るった。炎の属性を帯びた剣は水と正面から激突し、なんやらかんやらあった。アリアは押し流された。そもそも津波に剣で切っても無駄だよねー、と思いながら押し流された。
「アリアちゃん!?」
「……何?」
「どうして避けなかったの!?」
マモンは思わず、といった様子で叫んだ。それにアリアは小首を傾げ、
「落ち着きの無い子って、柘雄はあんまり好きじゃなさそうだし?」
「……いや、きっと天神乱漫なアリアちゃんが好きよ」
「なんだか漢字が違う気がするよ……」
アリアは言いながらゆっくりと走り出した。そしてその姿が加速した。波紋を残し、巨大な蟹へ一撃が叩き込まれた。前回、前々回は星獣イベントにアリアがいなかった。だからこそ、改めて思う。妹は異常だ、と。
「水の上を走った!?」
「マジかよ!?」
「《バニシングレフト》、《エクスプロードライト》」
シェリルの高速の拳が正面から激流を迎え撃つ。それを眺め、マモンは矢を番えた。そのまま目を細めて
「《トリリオンライン》」
一本の矢が、それから分裂した1兆本の矢が放たれた。それは機関銃のように迫る津波を射貫くが
「蟹を見失いそうね……」
「大丈夫でしょ、アリアちゃんは不動性ソリティア出来るし」
「それのどこが大丈夫なのかなぁ……」
*****
水の上を走るのは初めての経験だ。どっかの何とかトカゲも出来るらしいし、なんだか負けたような気分だ。そんな風に思いながら足が沈むより速く足で水面を蹴る。そのまま加速し続け、
水面に巨大な波紋が産まれた。
「何よ今の!?」
「余りにも速過ぎた速度はソニックブームを産む……今、アリアちゃんはマッハを越えたのよ」
「はぁ?」
二人の会話はアリアの耳に届いていない。だがアリアはマッハを超えた速度の中で蟹へ接近していた。右足を水面に突っ込み、無理矢理減速する。そのまま両手で握った《煉獄の黎明剣》を遠心力上乗せで放った。それは僕へ向けられていた蟹の爪の外殻を砕き、そのまま斬り飛ばした。
「奥義、水面渡り」
たたたん、と音を立てて水面が波紋を起こす。洋紅色の髪の残像を蟹が薙ぐが
「遅くて遅くて、もう」
成長したアリアには届くわけが無かった。
*****
「そう、弱かったんだね」
「うん、弱々の弱っちゃんだよ」
「何それ」
柘雄は苦笑しながら味噌汁を啜った。そして
「アリアの外見は日本人らしくないけどさ、味噌汁好きだよね」
「うん、お母さんがいつも変な物を創るけど味噌汁だけは普通だったんだ」
「そうなんだ」
「うん、それだけは普通だったんだ……」
柘雄もアリア宅、二階堂家にお邪魔したことが何度かあった。だからこそ、それは頷ける。まぁ、何も言わないけど。
アリアの横顔を直視してしまったら、欲望を抑えられるとは思えなかったからだ。
次回、柘雄爆ぜろ
作者が書こうとしている展開はそれを本心から願うだろう




