右手と左手
「アリアちゃん、調子が悪いのならきちんと頼りなさい」
「うん、今度からそうするよ」
「それで良いわ」
シェリ姉は少し微笑みながらタオルを絞り、私の額に乗せた。そしてそのまま私の体に布団を掛けて
「熱いかもしれないけどしっかりと休みなさい。体調が元通りになるまで無理しちゃダメよ」
「うん、そうするつもりだよ」
「とりあえず料理と洗濯は私がしておくからしっかりと寝ていなさい」
「うん、ありがとう……でも、ごめんね」
「そこはごめんじゃないでしょ」
「んー、かもね。ありがと、シェリ姉」
*****
「柘雄、アリアちゃんは寝ちゃったから」
「そっか……ありがとう、シェリル。また明日」
「明日は学校でしょ……私、休むから気にしないで学校を楽しんできなさい」
「なんだか言葉に棘があるよ……え? 休むの?」
「こんな調子のアリアちゃんを放っておけないでしょ」
シェリルは大げさなほどにため息を吐いて目を閉じた。そして手を振りかぶって
「今、私の代わりに休もうかななんて思わなかった?」
「なんで……分かったの?」
「別に何ででも良いでしょ。柘雄が思っている以上に私は頭が良いのよ」
「……それ、関係ないよね?」
少し呆れつつ、柘雄は真剣な表情で
「学校は僕が休むよ。シェリルは高校卒業した先もあるんでしょ?」
「柘雄こそ就職のくせに」
何故かシェリルは睨むような眼だ。そして
「就職が決まったからって勝った気にならないでよね」
「何にだよ……」
「ふん。それよりも柘雄、あなたは私の義弟となるのだから敬語を使いなさい」
「え!?」
その後、しばらく柘雄はシェリルに翻弄されていた。
*****
「つまりアリアは現在、ログインできない状況なんだな?」
「うん。それからログインしていたらログアウトさせて休ませて」
「分かった……体調を崩しているのか?」
「うん」
エミの言葉に魔王は頷いて
「何か飲みたいものはあるか?」
「イチゴミルクが飲みたいです」
「そうか。アスカも何か飲むか?」
「では紅茶でお願いします」
魔王は頷きつつ、飲み物の材料をオブジェクト化させる。そしてエミとアスカはそれを飲んでいると
「アリアさんは体調を崩したのですか?」
「うん、寝ているんだって。シンがわざわざ学校を休んで一緒にいてくれているんだって」
「ふむ……同居しているんでしたっけ?」
「うん」
「ふむ……生理ですか」
「せいり?」
「大人になろうとしている女の子への通過儀礼のようなものですよ」
「アスカもなったの?」
アスカは苦笑しつつ、頷いた。そして
「まぁ、最近は何故か来ていませんが」
「ぶふっ!?」
魔王が吹き出し、そして咽せた。その様子を眺めてアスカは愉快そうに笑った。エミはそれを眺めて
「せいりが来ないってどういう意味なの?」
「……アスカ、それ、本当か?」
「ええ。一緒に暮らしていて、一緒に寝ているのですからね」
「……」
「ねぇ、どういう意味なの?」
「それはですね、赤ちゃんが私のお腹の中にいるんですよ」
「ええ!? ええええ!?」
慌てふためいたエミは無遠慮にアスカのお腹をペタペタと、しかし慎重にそっと触った。
「……あれ?」
「こっちでは分かりませんよ。リアルでないと」
「むぅ……」
エミは少し不満そうな顔だ。それを眺めていると
「私たちの子はエミちゃんみたいになるのでしょうか」
「……君に似るだろう」
「あら、あなたかもしれませんよ?」
「俺は……ないだろうな」
「もしくはアリアちゃんみたいに」
真央が顔を顰めた。それを眺めていると少し、愉快な気持ちになった。
「そう言えばお姉ちゃんもせいりだってシェリ姉が言っていたよ」
「……ええ、知っていますよ」
「ふむ……だがアリアとシンは同居中じゃなかったのか?」
思い出したように言い出したエミ、しかしその話題からこうなったのを忘れているようだ。それを二人は流していた。
*****
「さてと……シェリル、何をしているんだ?」
「何だって良いでしょ」
シェリルの握った虹色の巨大な剣、それが振られた。さらに続けての横薙ぎがアスモに避けられた。それを眺めながらアスモは嘆息する。触れるだけで斬られそうだから、ではない。その目が尋常ではないほど、鋭かったからだ。
シェリルは今の内にアリアに追いつこうとしている、アスモはそう理解していた。理解していたからこそ、俺がやるより適任がいるだろ、と思っていた。まぁ、別に良いんだが。そう思いながら剣を握りしめて
「とりあえずその剣は止めね? 使ったら俺がおっちぬぞ」
「その時はその時よ」
「男らしいなぁ……はぁ」
アスモは苦笑しながらシェリルの隙を探す。どこにあるのか、と思いながらちょっとずつ足を動かす。そして地面を蹴った。
「はっ!」
「《ソードリバーサル》、《エンチャント―フレア》!」
「無駄よ、《ライトニングボルテックス》!」
「嘘だろおい!?」
剣で、じゃなかったのかよ!? 思わず叫びそうになりながらアスモは《魔剣烏の詠》を振るった。そのまま魔法を吸収するスキルを使う。
「《マジックアブソーブ》!」
「ふぅん……《バニシングレフト》!」
左手が迫っていた。それを咄嗟に避け、その手が触れた木が消し飛んだ。
「はぁぁ!?」
「《エクスプロードライト》!」
「っ、嘘だろ!?」
《魔剣烏の詠》は魔法の影響を受けやすい。だからこそ《マジックアブソーブ》の影響はかなり強く残る。だからその右手から魔法を吸収できるはずが――出来なかった。そのまま右手で打たれ、爆発した。爆発の勢いで吹き飛ばされるが
「ダメージは少ない!?」
「ダメージ目的は左手よ!」
そう言うシェリルの背後には七本の剣が浮かんでいた。彼女の代名詞でもある《セブンソード》シリーズだろう。その精密な操作のために、彼女以外で扱えるのがマモンしかいないという反則じみた魔法だ。
「見せてあげる、対アリアちゃん用の《セブンソード》を」
「……遠慮しても良い?」
「ダメ」
そう言って放たれた七本の剣をアスモは避けて――全損させられた。何も分からないままに。
*****
《セブンソード》シリーズはシェリルがシェリルのために創り出した万能の魔法シリーズ。他の誰が使えようと気にしない、完全に自分のためだけの魔法だ。
*****
「アリア、気分はどう?」
「うーん、さっきよりは良いかも」
柘雄がその返答に安心しているとアリアは少し、柔らかく微笑んだ。その笑みに初めて、柘雄はアリアを女だと認識してしまった。女だと思えてしまったのだ。
「っ……」
「柘雄? どうしたの?」
「……何でも無いよ」
「……柘雄がそう言うならそうなのかな?」
柘雄は少し、困っていた。アリアがもしも、シェリルのように育っていたのならば、僕はこの欲望を耐えられるのか、と。幸いその心配は杞憂だが……柘雄はアリアを、今までとは違う理由で好きになっていた。
「……アリア」
「何?」
「……ちょっと、自分が嫌いになったよ」
「んー?」
アリアは小首を傾げ、からかうようにニヤリと笑った。
「私の魅力にやられちゃった?」
「うん」
「え”」
アリアの動きが固まった。
柘雄、性欲が芽生えるの巻き
一応書いておくと女性の初めて見る一面に、ってやつです
シェリルの隠し技はいずれ出します
アリアの体調が元に戻ったら、の予定
完結次第、書き直す予定だが単位を落とすかもしれない……さすれば出来るか分からぬ




