同居生活
「アリア、もう少し力を抜いてよ」
「うぅ……抜いているってば」
「抜けてないよ」
お察しの通り、そういったいかがわしいシーンではない。ただの入浴シーンだ。そう、ただの入浴シーンだ。
「力抜いているつもりなんだけどなぁ」
「まぁ難しいよね」
「むぅぅ」
アリアは背中を洗っている柘雄の手をくすぐったく思いながら笑う。アリアに限らず、二階堂家では体は手洗い限定なのだ。肌が弱いのもあるかもしれない。まぁ、それはさておき柘雄はアリアの肌に触れながら少し緊張していた。
(すべすべだなぁ)
決してふくよかではない、それどころかスレンダーを通り越した細さに柘雄は菩薩の表情だった。幸いなことに、アリアはそれに気づいていなかったが。
「ほら、手を上げて」
「はーい」
脇下などもきちんと洗われたアリアは仕返しとばかりに5分後の柘雄の髪の毛を泡立てた。
*****
「柘雄って全然エッチじゃないんだよ」
「知るかそんなこと」
「それにさ、一緒の布団なのに平然としているんだよ?」
「だからなんだよ」
「さらには一緒にお風呂に入ったのにさ、手を出さないんだよ!」
「だからそんなこと知るか!? 彼氏自慢か!? そうなのか!?」
「違うよ?」
猛り狂うきりにアリアは首を傾げる。そんなアリアに行き場のない怒りを覚え、きりは両手をわなわなとさせる。しかしやはりアリアはそれに気づかない。そして
「柘雄はさ、おっぱい触っても何も言わなかったんだよ?」
「それこそ知らねーよ!? 惚気か!? 惚気を言うためだけに私を呼び出したのか!?」
「ううん、宿題写させて」
「KO☆TO☆WA☆RU」
「そこをなんとか!」
「今日の仕打ちで私は友情を見直そうと思っているんだ」
なんで、と純粋に首を傾げるアリア。そしてその顔を見てきりは額に青筋を立てていた。ぶん殴りたい、といった感じだ。
白織屋の店内に客は二人、アリアときりだけだ。だからこそ騒いでいても文句を言う客はいない。
「五月蠅いんだけど」
文句を言う店員はいたけど。正確にはバイトなんだけどね。暗黒面を覗かせたバイトだ。
「アリア、それで結局江利先輩とはどこまで行ったの?」
「え?」
「寝たり風呂入ったのは分かったけどセックスはしたの?」
「ううん」
「なら良い。していたら助走を付けてぶん殴っていた」
「フライパン貸そうか?」
「あ、お願いします」
シェリルの言葉に躊躇いなく頷くきり。思いの外キレかけているようだ。それにアリアは顔を引き攣らせた。
*****
「それで柘雄くんの彼女ちゃんとの同居生活について色々聞かせてもらうわよ」
「先輩、人の妹のプライバシーを考えてください」
「良いじゃないのよ。あなたの妹だけの生活じゃないのよ?」
「でも同居生活について聞きましたよね?」
顔を逸らす先輩を見つめ、シェリルは小さくため息を吐いた。そして
「アリアとの同居生活って言われてもね……別段、変なことはしてないよ?」
「そうなの? 裸エプロンとかお風呂で洗い合いとかしていないの?」
「……」
なんで顔を逸らした。シェリルと先輩は顔を見合わせ、頷いた。そしてシェリルは
「アリアちゃんの裸エプロン、どうだった? エロかった?」
「うーん……肌が綺麗だなって思ったよ」
「そう。それは凄く……残念ね」
「アリアは可愛いから良いんだよ」
「ようやく柘雄も分かったわね」
手をがしっと握り合う二人。そしてそれを見て先輩は自分がハブられているのを実感し、少し寂しいと思った。
*****
「アリア、可愛いよ」
「えへへ、ありがと」
柘雄の前で着替えるアリアにはもはや、恥じらいはあまりない。しかし柘雄の方には少しの恥じらいがあった。だからこそ着替える際はアリアに向こうを向いていて、と頼むが視線を感じる。まぁ、構わないのだが。
「それじゃあ明日も学校があるんだ」
「うん」
「昼ご飯はどうするの? 帰ってくる?」
「うん、そのつもりだよ。お願いしても良いかな?」
「良いともさ」
アリアはそう言いながら台所に足を運んだ。そして冷蔵庫を開けて
「む、むぅ。材料無さげかな?」
アリアと柘雄が同居している建物は二人しか住んでいない。柘雄の両親もアリアの両親もどちらかの家に泊まる、と思っていたからこそこれを知っているのはシェリルとマグナぐらいしかいない。直美たちを会わせればもっと増えるのだが。
「明日は何が食べたい?」
「アリアの作る物ならなんでも良いよ」
「んー、じゃあ今晩は何が良い?」
「質問の順番が逆じゃないかなぁ」
苦笑する柘雄、その手はアリアの小さな手を握っていた。そのまま仲良く歩いている姿を見ると、人々は兄妹のようだと思っていた。もっとも髪の色が余りにも違うため、首を傾げられていたが。
「柘雄は何が食べたい?」
「んー、アリアと同じ物?」
「魚でも焼こうかな? 鮭とかどう?」
「美味しそうだね」
「んじゃそれで」
アリアは頷きながらスーパーマーケット、ィオンモールに入る。いきなりのクーラーに少し寒く思いながら色々なお店を見る。
「アリアは良く来るの?」
「そうでもないよ。普段は西新のサニィで買っているし。柘雄は?」
「買い物に付き合わされたことがないよ」
「え!?」
「基本的にお姉ちゃんが行っていたからね」
「そうなんだ」
柘雄の雰囲気的に連れて行かれそうだ、と思ったんだけどなぁ。そう思いながらウィンドウショッピングを楽しみつつ、目的の食品売り場へ。そしてそのまま色々と眺めつつ、柘雄の押すカートの籠に入れていると
「お、アリアじゃん。柘雄と買い物か?」
「うん、そうだよ。流沙は一人なの?」
「いや、親に連れられて……なんだ、随分と色々買うんだな。そんなに柘雄は食べるのか?」
「ううん、三日かもっと分」
「そんなに買ってもそれだけしかもたないのか?」
「食べ盛りだし」
アリアはそう言うが実は柘雄よりもりもり食べている。そして柘雄はそんなアリアを微笑ましく思いつつ、少量で満足する男だった。ちなみに美味しくないから多く食べないのではなく、美味しいのだが姉に取られることが多かったこともあり、余り食べなくなっていたのだ。
「同居ってどんな感じなんだ? 大変なのか?」
「そうでもないよ。洗濯に掃除、料理もちゃんと出来ている……つもりだよ」
「そうなのか?」
「うん、僕より出来ているよ。任せっきりになっちゃってるけどさ」
「でも洗濯物干したり取り込むとき、手伝ってくれているじゃん」
「それは……うん」
アリアの身長が足りないから、という言葉を飲み込んだ。そしてそれを察した流沙は少し微笑んで
「困ったことがあったらすぐ頼れよ」
「うん、そうする……かも?」
「今のところは大丈夫だからなんとも言えないけどね」
柘雄とアリアの自信なさそうな顔に苦笑しつつ、流沙は少し考える。おそらく日本の誰よりも速く結婚しようとしている二人、その助けになれることはないのか、と。
「……流沙、何しているの?」
「え?」
振り向くと
「知り合いなの?」
「ああ……それじゃ、またな」
「ばいばーい」
「また今度」
そして流沙とその親が立ち去った後、
「流沙の方が歳上みたいだね」
「うん」
流沙のお母さんはとても若かった。
作者が登場人物の一人に猛烈な敵意を抱く




