Ⅹコマンドメンツ
「何故剣をしまうんだ?」
「妨害したら存分に見られないからね」
「……舐められたものだな」
「だって僕が最強だからね」
アリアの宣言にスカイは唇を舐める。そのまま剣を構えて
「行くぜ、ガイア!」
「ああ!」
ガイアが剣を構えつつ、左手を、空いている手を突き出した。そしてそのまま
「《ダークボム》!」
「むぅ……」
アリアは不満げな声を出した。それはまるで《クトゥルー》の吐いた烏賊墨のようだった。アレを思い出し、少しだけ嫌な思い出に浸っていると
「俺は黄昏の道を行く、《解放》! 《黄昏の道》!」
「光よ、《解放》! 《過ぎ去れし思い出ー空》、《約束なお守りー心》!」
二人の剣が《解放》形態になった、とアリアは思う。その性能を思い出そうとしてーーそれはダメだ、と思った。正々堂々としないと、と。確かどっちかには即死属性があったと思う。
そして烏賊墨の中から闇色の槍が4本、飛んできた。咄嗟にそれを避け、烏賊墨を見つめていると
「《ダークバースト》!」
「《バースト》系スキル……っ!?」
MPを使い切るつもりなんだ。ガイアは魔法剣士、MPは重要なはずなのに。そう思いながら闇の本流に向かって一本の剣を抜き、斬りつけた。
「《Ⅹコマンドメンツ》、闇を払うにはちょうど良い剣だ」
「っっ、スカイっ!」
「任せろ! 《レイヴ》!」
「この剣の特性は名の通り、10の姿を持つことーー」
アリアは言いながら高速の突撃を見据える。その様子は油断そのものだ。スカイの速度では僕を焦らせられない。アリアがそう思った瞬間、
「《二重解放》!」
スカイの速度が加速した。アリアはその速度に反応しきれない。いや、できる。出来るのだがーースカイの速度を見くびっていた、だから反応が遅れ……アリアの小柄な体の中心、鳩尾に剣が突き刺さった。
「これで!」
「……残念だったね」
「なんだと!?」
「ガイア! 追撃だ!」
「っ、ああ!」
二人は動揺を即座に殺し、再び仕掛けようとする。アリアは《Ⅹコマンドメンツ》を振るい、スカイたちを払い除けた。
(危なかった……マジで)
スカイの剣に即死属性が無ければ死んでいた。アリアの安堵は二人に気付かれない。だが
(アリアの表情が変わった?)
二人の前に立つ、アリアの表情からは笑みが抜け落ちていた。その様子を訝しんだ二人は気付けなかった。
アリアから油断が、慢心が、消え去って、すでに、背後で、剣を、振りかぶっている、と。
「せぃっ!」
「っ、ガイア⁉︎」
「っっっ⁉︎」
ガイアが光となって消えた、それを目視してスカイは気づいた。アリアの姿が見えない、と。高速で動き回っている、それを指し示すかのように地面は弾け、木の幹が抉れる。
(手加減していたのは分かっていたけどよ……こんなに差があんのか⁉︎)
「行くよ、スカイ。これが僕の全力全開!」
「嘘つけぇっ⁉︎」
「《七星剣ー天魔覆滅》!」
瞬間、前後左右あらゆる方向からの斬撃がスカイの体を斬り裂いた。
*****
「手加減して死にかけたって馬鹿じゃないの?」
「僕もそう思う……」
正座させられ、アリアはシェリルに怒られていた。ちなみにエミはアリアのそれを知り、深くため息を吐いただけだった。
「アリアちゃん、次は最初っから全力で、良いわね?」
「うん、僕一人で全部薙ぎ払うよ」
アリアの言葉に魔王は目を細めて
「構わんが負けるなよ」
「僕を誰だと思っているのさ?」
「シンの素敵なお嫁さんだ」
魔王の軽口にアリアはにやけ顔になった。ちょろい、とシェリルは思いつつ何も言わずにーーシンの背中を叩いた。
「この幸せ者め」
「……反応に困るよ」
シンは肩を竦めてアリアを見つめた。それに気づいたアリアは少し、笑って
「行ってくるよ、シン」
「まだだけどね」
「え」
*****
「それじゃあ3回戦だね」
「また時間が随分と飛んだ気がするんだけど」
「気のせいだよ、シェリ姉」
アリアは腰の剣を二本引き抜いた。しかしその抜く手も、抜いた剣も誰も目では見えなかった。目では追えなかった。唯一、マグナだけが何が起きたかを読んでいた。そしてアリアの姿すらも消えた。
「悪いけど宣言なんかしないよ」
アリアの声だけが聞こえた。そして《感知》スキルと《探知》スキルが次々とプレイヤーが消えていくのを知らしめる。誰もアリアの姿を知覚できない。
アリアは考えていた。余裕なんて、油断なんていらない、と。スカイに負けかけたのを思い、真剣に、全力で切り続けていた。
(弱い、弱い、弱い、弱い、弱い)
アリアは呆れながら切り続けていた。視界内で動く者を全て切り続けていると……気づいたら終わっていた。
(……早く、君と戦いたいよ)
アリアは脳裏に浮かぶ少女に笑いかけた。
*****
『世界大会九州予選、ここに終幕! 圧倒的な力で全てを薙ぎ払い続けた、最強ギルド、《魔王の傘下》は伊達じゃ無い! 怯まず、臆さず、誰も全損しない! 日本よ、世界よ、これが《魔王の傘下》だ!』
アリアは剣を投げ、背中の鞘でキャッチしながらため息を吐いた。3,4,5回戦の全てを戦い抜いても弱いとしか思えなかった。誰一人として強さを感じなかった。
「それじゃ、また明日」
「ん、お疲れさん」
全員と挨拶を済ませ、リンクアウトする。そのまま自室で目を覚ましてーーデバイスを頭から外す。そしてベッドから起きて壁に掛けてあるカレンダーを眺める。そこに書いてある予定ににへら、と頬が緩む。
「明日だよねー」
ようやくだ、と思うととても楽しい。そう思っているとメールが一件、届いた。それを開いてみると
「あ……なんだかお母さんみたいだね」
エカテリーナから届いた明日の心配に少し笑う。荷物でこれがあった方が良い、などのリストがあった。暖か言う上着があった方が良い、などの内容をありがたく思いつつ、返信を書く。
『明日、会おうね』
送った。そして
『迷わないで来られますか?』
私をなんだと思っているのか、と憤慨し、しかしその顔は笑っていた。
*****
地下鉄に乗り、空港まで移動する。そしてそのまま事前に購入しておいたチケットを見せ、どこに行けば良いのかを教えてもらう。この時点でエカテリーナが心配した迷子になっていたのだが、アリアはそれに気づかなかった。
「ん、飛行機に乗るのは何度目だっけ」
少し思い出しながら歩いて飛行機の中に入る。そのまま指定した席に座って目を閉じて……少し眠い。だから寝た。
福岡空港から1時間と少し掛けて成田国際空港へ。そして成田国際空港から3時間ほど掛けてモスクワ国際空港へ。つまり余り眠れなかったのだ。眠気で眼を細くしつつ、目を手で擦りながらパスポートの審査を通過してーー
『アリア、そんなに目を擦ったらダメですわ』
「ん……エカテリーナ?」
『ええ、お久しぶりですね、アリア』
「久しぶり、エカテリーナ」
私たちは人目も憚らずに抱き合った。そして
『さぁ、私の家に行きましょう』
「そうだね、そうしよう」
手を繋ぎながら歩いて行く洋紅色の髪の少女はとても注目を集めていたことに気づかなかった。
244話。何かの2乗っぽいけどそんなことはない
次回、ロシア観光編
作者がどこまで調べられるか、そこが重要だ
Ⅹコマンドメンツ、知っている人も多いでしょうね
作者はあの完結した漫画が今でも好きです




