海やらなんやら
「いやー、夏休み始まったねぇ」
「宿題しなさいよ」
*****
「ってことで海だね」
「そうね」
「シェリ姉、冷たいよぉ」
「我慢しなさい、エミ」
アリアはビーチパラソルの下でエミの次にサンオイルを塗られるのを待っている。ちなみに柘雄に塗って、と頼んだのだがまだ心の準備が出来ていないから、と言われたため、仕方なくシェリ姉に塗ってもらうのだ。
「それよりも直美、アリアちゃんにサンオイル塗っちゃって」
「え!? 良いの!?」
「やっぱ亜美、お願い」
「はいはい」
歓喜の表情の直美を見て、去年もこんな感じだったなぁ、とシェリルは思いつつ、亜美にサンオイルを渡した。そして亜美は柘雄にサンオイルを渡し、海の方にさっさと歩いて行った。そして直美も。さらには塗り終わったエミとシェリルも。つまり
「……え」
「柘雄が塗ってくれるの?」
「あ……」
海の方に目を向けると中学生、高校生、大学生、社会人がにやにや笑いながらこちらを見ていた。柘雄は少しだけ呆れつつ
「それじゃあ……塗っても良いかな?」
「……えっと……優しくね?」
3秒後、余りの冷たさに驚き、思わず体を起こしたアリアがいた。そして柘雄に上半身裸を直視されたが
「……うん、大丈夫だよ」
「なにが!?」
思わずアリアが突っ込むくらいには場違いな感想だった。ちなみに柘雄は大して何の感想も抱かなかったそうな。
*****
「アリアちゃんの裸を見た、ね。死刑」
「直美、行き過ぎよ。精々スイカ割りのスイカ役よ」
「そうね、唐竹割りくらいなら出来るわ」
柘雄は僕が悪いのか、と思いながらため息を吐いた。そしてその腰に打ち込まれる拳。
「痛い痛い」
「柘雄のスケベ」
「アリアが起き上がったんじゃん」
「冷たかったんだもん」
手に着けて馴染ませないと、という助言を敢えてしなかった直美と亜美の表情が暗い笑みを浮かべる。そしてそれを見てエミはビビっていた。ちなみにシェリルは唐竹割りの素振りをしていた。
「……とりあえず、一旦離れる?」
「んー、そうだね」
なんとなく逃げた方が良い、という意見が一致したので二人で手を繋いで逃げ出すが
「しかし回り込まれてしまった!」
「なんで砂場でそんなに速く走れるのさ!?」
「く……アリア、何とかして突破法を探してみよう」
直美に隙は無い。だから隙を創らないといけない。アリアと柘雄が真剣にそう考えた瞬間、
「何歳下カップルに絡んでいるのよ」
「良いじゃないか……」
チョップを受け、砂場に倒れた直美は力無く言う。それを無視して
「アリア、付き合う大学生……ううん、直美は考え直した方が良いと素直に思うわ」
「あ、あはは……」
*****
アリアがすいすい泳ぐ。それを眺めながら追いかけていると
「わわ!? 足が着かないよ!?」
「一気に深くなったみたいだね」
「だねー」
アリアの身長が低い、というのが本当の理由なのだが幸いなことにアリアも柘雄もそれに気づかなかった。そして
「柘雄はゴーグル無しでも泳げるの?」
「プールならともかく海じゃ無理かな」
そう言いながらゴーグルを着ける柘雄。なんとなくその顔に水をかけるアリア。むっ、とする柘雄。そしてその様子を遠くから録画する直美。
「や、やめなさいよ」
「今のアリアちゃんは今しか撮れないのよ!」
「真っ当なことを言うなら盗撮やめなさい」
瑠璃は直美のデバイスを操作して録画データを消去し、
「シェリルもエミも泳いできたら?」
「あの二人に近づいたら負けな気がする」
「泳げないし」
「んー? エミちゃん泳げないの?」
「うん」
なら泳ごうか、という直美に担ぎ上げられ、運ばれて行った。その顔は戸惑いしかなかったが、直美を理解している二人は
((泳ぐじゃ済まない))
と、確信していた。
*****
「ほぅ、アリアの裸を見たのか」
「どうしてそんなに伝達速度が速いんだ……」
柘雄がテーブルに突っ伏している。それを眺め、達也は少し口元を緩める。
「婚約者なんだろう? 婚前交渉くらいしているんじゃないのか?」
「その辺りはプラトニックだよ……」
「直美が聞けばつまらないと言いそうだな」
「言われているよ……毎回のように」
柘雄はため息を吐きつつ、体を起こした。
「未成年だからといってそういった欲望を我慢しろとは言わんが……お前たちの関係は不思議だな」
「性欲無くても恋愛は出来るだろ……」
「それもそうだな」
達也は少し笑う。そして
「部署内でもお前、有名だぞ」
「何でだよ!?」
「亜美と、そしてアリアに付き合える男というのがでかいな」
アリアに付き合えるとはどれほどの器の大きさか、そう言った感じで柘雄は本人の与り知らないところで有名人なのだった。そして
「それで僕はどうして呼び出されたんですか?」
「硬くならなくて良い。向こうのように話せ」
「分かったよ……それで?」
「ああ、お前の勧誘だな。断られた場合でも話はあるが」
「勧誘? 何かのプロジェクトのテスター?」
「いや、就職だ」
……柘雄の顔がきょとん、とした。それを愉快に思いつつ、お冷やを注ぐ達也。柘雄の分も注ぎ直して
「え!? どういうこと!?」
「落ち着け、他の客もいるんだぞ」
「……どういうことだ。いきなり過ぎて理解が追いつかないんだけど」
「だろうな……そうだな、まずは柘雄にその話を出したのは亜美、お前の姉だ」
「ありえないだろ」
思わず真顔になった柘雄に笑い出しそうになる。それをぐっと堪えて
「亜美はお前のことを評価しているぞ。身内贔屓を抜いても充分だと思える程度にはな」
「だからって……それで良いのか?」
「内の部署は人手不足なんだ。ユーザーが増える度にそう実感する」
「つまり補充要員?」
「そう言うこともできるな」
達也の身も蓋もない言葉に柘雄はため息を吐いて
「ーーアリアだろ」
「さて」
「アリアのために、僕を雇いたいんだろ?」
「ふっ」
答えを出したのなら良いか、と達也は思いながら
「お待たせしましたー。ラーメン二杯っす、ごゆっくりどうぞー」
「柘雄、伸びる前に食べろ」
「……それは良いんだけど本当に奢ってもらって良いのか?」
「気にするな。そんなことよりさっさと食え」
達也と柘雄がラーメンを啜る音がしばらく続いていると
「ん? 達也と柘雄か。一体どういう組み合わせなんだ?」
「そういうそっちこそ瑠璃と流沙を連れているじゃないか。就活の一環か?」
「そんなところだ」
何故か鉢合わせた。とりあえず席を一緒にして
「それで? アリアだけじゃ飽き足らず柘雄まで勧誘しているの?」
「そんなところだ。瑠璃はどうするんだ?」
「さぁ? 就職するつもりだけど真央のところ、あんまりホワイトっぽくないし」
「ぶっちゃけグレーだな」
「……曲がりなりにも俺が務めているんだがな……」
「否定するのか?」
「まさか」
おい、と柘雄は思ったが口には出さない。そしてその晩、
「何、あんた就職するの?」
「うん、そのつもりだよ」
「確かに学歴社会は消えたけどさ……何かしらの技術はあるの? それも無いならきついよ?」
「達也に誘われた。だから少し悩んでいる」
お姉ちゃんの表情が石のように強張ったのを見て、少ししてやったりと思った。
柘雄はそろそろ爆ぜた方が良いと思いました
アリアちゃんのまな板もとい絶壁を見るなんて……
次回、真夏の争乱(のつもりだがそこまで書けるかは分からない)




