夏休みは近い
「さてと」
タツノオトシゴで加速する。そのまま剣を握りしめて、抜きざまに斬りつけた。それは《クトゥルー》の表面を切り裂き続けて
「あぁもう! 全然倒せない!」
残り体力は1千万だ。まだ10分の一しか減らせていない、そう思うとかなり辛い。アリアは片手だけでしか剣を握れないのを鬱陶しく思いながら剣を振るい続ける。
「きっとこれ、マモンとかレヴィの方が楽だと思うんだよね」
*****
「あ、勝ったんだ。お疲れ様」
「ん、ただいま……でももうやだ、もう戦いたくない」
「え? どんなボスだったの?」
《クトゥルー》の体力を0にするとボス部屋の前まで戻された。そしてそこで暇そうにしていたシンと合流して一息吐く。そのまま身振り手振りを交えて説明していると
「あ、お姉ちゃん……」
「お、エミじゃん。どうしたの? まさかとは思うけどもうここに挑みに来たの?」
「うん、そうだよ」
アリアは追いつかれかけているという事実に愕然とする。さらにエミの背後にいるジャックを覗いたベルとレヴィ、マモンとシェリ姉という遠距離特化パーティを見てさらに愕然とする。
(僕が苦戦した《クトゥルー》に対策を練ってきた!?)
いくらエミでもそんなことは出来ないのだが、アリアは持ち前の奇抜な発想でそこまで至った。そしてエミを睨んで
「エミ、僕は一人で《クトゥルー》を倒したよ。エミはどうするの?」
「え……えっと……」
「まずは一緒に挑むわよ。アリアを基準に考えていたら何もかもがおかしくなるわ」
レヴィの言葉にエミが頷いた。それにアリアは頬を膨らませたがマモンに頬を突かれ、噴き出していた。
「アリアちゃんかーわい」
「むぅぅ……マモンはソロで挑まないの?」
「ん? 挑むよ?」
「え?」
「レヴィもベルもジャックもそのつもりだよ? シェリちゃんとエミちゃんは知らないけどねー」
マモンの言う通りなのだろう。三人は頷いている。ちなみにそれを知らされていなかったのか、エミは目を見開いてシェリ姉の袖を引っ張った。
「一緒じゃないの⁉︎」
「そもそも《魔王の傘下》はソロプレイヤーの集まりらしいのよ……でもエミ1人は辛そうだし協力するかな」
「ありがとう、シェリ姉!」
「はいはい」
シェリ姉はエミの頭を撫でて錫杖を鳴らした。そして
「鍵は使い回せるの?」
「みたい。まだ僕持ってるし」
「そう。シン、先に挑みたいのなら譲るけど?」
「遠慮するよ。ソロで挑むのは止めた方が良いって言われたからね」
「アリアちゃんに?」
「そうだよ」
「んー、近接だからかな?」
マモンはさすがの高速思考でそれを見抜いた。
*****
「ジャック、エミを守ってあげて!」
「あいよ!」
ジャックの鎌がエミを叩き潰そうとした足を切り落とす。そのままタツノオトシゴを走らせて、《クトゥルー》に近づくが
「っ、さりげに墨がうざい……っ!」
「ジャック、エミ、散会!」
「おう!」
「うん!」
二人が別れた瞬間、高速で弾丸が叩き込まれた。それは《クトゥルー》の足を次々と着弾した。しかし
「弾丸だとダメージが小さいからね……マモン、ベル」
「そうね、レヴィ。行くよ!」
矢を振り絞り、マモンは詠唱する。
「「《セブンソード・メテオ》!」」
七本の剣が矢となり、はたまたその姿を保ったまま《クトゥルー》へと飛来した。それを危険だと察知したのか、《クトゥルー》の足が左右に分かれ逃げるようにしたが
「悪い、それは無理だな」
巨大な氷が足の行く手を阻んでいた。そしてベルはにやりと笑って
「海中で蛸を燃やし尽くしてみるのも悪くない」
「え、ちょ」
「《フレアバースト》8192!」
絨毯爆撃のような爆発が《クトゥルー》の表面で起こった。そしてベルは杖を《クトゥルー》の額に向けて
「《ヘルズスナイプ》2048!」
弾丸と見紛うような魔法が《クトゥルー》の足へ降り注ぐ。そして足を弾いた。残り二本だ。しかし
「シェリちゃん、エミちゃんをお願い」
「マモンはどうするつもりなの?」
「楽しんでくるつもりなのよ」
マモンはそう嘯きながら弓をしまった。そして二本の剣を腰の鞘から引き抜いた。
「双剣、《アストライアーの間違えた慈愛》」
「星獣装備を使うなんて久しぶりにみたわね」
「弓の状態だとアリアちゃんが作ったのの方が性能は良いからね」
双剣形態と弓形態のある武器、それがマモンがアストライアー戦で手に入れた《アストライアーの間違えた慈愛》だ。そして
「この双剣の特性は単純明快、斬撃残像。斬った場所に斬撃が残る、それだけの双剣」
「そろそろ星獣が来てもおかしくないわよね。そこんとこどうなのよ、ジャック」
「そうだな……あまり明かせないが……夏休みの第一週から第四週まで連続する予定だ」
「詰め込んだね」
「ふん……だがすでに獅子座と乙女座、牡牛座が出たんだ。残り九個の星座から四を引いても五,残る」
正直に言えば詰め込んだスケジュールだ。ジャックはそれを理解していながら何も言わない。
実際はどの星座が出るのかは知っている。羊、双子、蟹、天秤だ。しかし天秤のモンスターかが難しい。リブラバランスという単語が頭に浮かんだ。
「それで星獣が全て終わったらどうするの? ソーニョは終わり?」
「さて」
ジャックは答えをはぐらかしながら鎌を背中にしまった。そしてそのまま
「マモン、何があった?」
「えっとね……追跡討伐イベントになったみたい?」
マモンの言葉にアリアが苦戦した理由が分かった気がした。
*****
「クトゥルフ神話系のモンスターが出現するダンジョンが出たそうだな」
「らしいな。だがそれぞれ特殊なエリアのどこかにいるそうだぞ」
セプトの言葉に魔王はため息を吐く。
「やはりプロジェクトに関わってはいないのか」
「ああ」
セプトはラーメンを啜りながら頷いた。そして
「どうも傾向がおかしいのだけは聞いている」
「傾向がおかしい?」
「ああ、どうも物理攻撃を受けないように特化しているようだ」
「ほぅ。だがそれは別段珍しいわけじゃないが」
「……全てが、だ」
魔王が疑問に思いつつ、ビールを一口飲むと
「風の、炎の、闇の、そして今回みんなで狩りに行った《クトゥルー》の四体が、だ」
「ふん……それは随分と偏っているな」
「AIベース……いや、マグナがどうもアリアに対抗心を燃やしているようでな」
「呼びましたか?」
「ん? あぁ、いたのか」
「今来たところです」
カウンター席に座ったマグナはマモンに注文をして
「それで私が何かしましたか?」
「お前というかお前のコピーと言うか、な」
「あぁ、あっちのマグナですか。今はどんな感じですか?」
「アリアに対抗心を燃やしまくっている」
マグナはそれを聞いて顔を綻ばせた。しかし
「対抗心、ですか?」
「アリアに負けたのが強い印象だったんじゃないのか? 俺だったらそう思うな」
「……あぁ、そうですね。確かに負けたのは印象に残っています」
「だからだろうな、対アリア用モンスターのように変更がされている」
「それをどうしてお前が知っているんだ? お前の部署はAI関連じゃないのだろう?」
「ああ、そうだな。だから俺はそれを知っても誰にも言わなかったわけだ」
マグナと魔王の攻めるような視線を受けても達也は何も言わなかった。
夏休みですよ夏休み
シンが初登場したのってこの辺りかな?




