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劇場版ソーニョ・スキルズ・オンライン

注意、この話は現在の218話よりも2ヶ月ほど先の話となります

もっともメインストーリーとは何ら関係ありませんのでご安心ください

アリアはふと、思った。だからそれを口にした。


「林檎入りのサンドウィッチが食べたい」

「ほーい」


これは一夏の中の一週間の中の物語。救われなくて報われない、だけど一人だけは満足した7日間の出来事だ。


「だよね? ホノカ」


アリアはアイスを口にくわえ、行儀悪く椅子を傾けた。そして転けて後頭部を打った。


*****


その日、アリアは《始まりの街》に来ていた。何かという理由は無く、ただなんとなくという理由だった。

しかし適当に散策していても楽しい。アリアは弁当を食べながらそう思った。自分で作った焼き肉弁当だ。美味しい。


「ん……?」


なんだか挙動不審なプレイヤーがいた。まるで初めてVRの世界に訪れたかのように。だけどその動きは高いステータスを感じさせるものだった。アリアの脳内に?マークが乱立する。それどころか?マークがぐるぐると踊り出した。


「うーん、気になるなぁ」

「なにが?」

「あのプレイヤー。挙動不審だけどレベルが高いと思うよ」

「……みたいだね。でもそれだけじゃん」


シンはもぐもぐ、と食べながら結論を出した。そのまま食べ終えて弁当箱をしまった。そのままうーん、と伸びをして


「良い天気だね」

「夏だからね-」

こっち(ソーニョ)じゃ関係ないと思うけどね。とりあえずアリア、食べ終えたら?」

「あ、うん」


もぐもぐ、と食べているとシンの手が頭を撫でてきた。それに嬉しくなっていると


「アリア、これからはどうするの? あのプレイヤーに興味があるって言うのなら話しかけてみたら?」

「ん……なんだかさ、歩く様子に違和感があるんだよね……しばらく歩いてなかったみたいにおっかなびっくりだし。まるでアヤみたいだよ」

「あぁ、なるほどね……アリアが気にかけるのも分からなく無いよ」

「そう?」


にへらー、と笑ってシンに背中を預ける。シンは微笑みながらアリアの頭を撫でた。そしてアリアはそのプレイヤーから目を逸らしてシンを見つめた。そのままんー、と唇を突き出し、自然な感じでキスをした。

儚くも神秘的な雰囲気を纏ったあの少女は誰なんだろう、そう思いながら。


☆☆☆☆☆


「アリアちゃん、どうしたの?」

「うん……少し、気になるプレイヤーがいたんだ」

「ふーん? どんな感じの子だったの? 可愛い? かっこいい?」

「ん……」


印象は頭に残っている。だけどその顔は思い出せない。だからなんと言ったものか、アリアは思い出そうとして


「ん、思い出せないや」

「その程度の印象だったの?」

「……顔が分からないんだ。でもなんとなく見たら分かると思うよ」

「特徴的な子だったの?」

「うん。凄い儚い感じで……なんだか近寄りがたい感じ?」


マモンはアリアちゃんも近寄りがたいよ、と言おうとしたが止めた。藪蛇なような気がしたからだ。だから言葉を飲み込む。そして


「その子の性別はどうなの?」

「……むむむ」

「え、まさかそこも分からないの?」

「……どうだろう。なんて言うかさ、どっちでもありえそうな感じだったんだ」

「へぇ、アリアちゃんがそんな風に言うなんて珍しいね」


アリアとマモンがカーマインブラックスミスで談笑していると扉が開いた。


「いらっしゃい……なんだ、シェリ姉かぁ」

「そうよ、アリアちゃん」


最強と呼ばれるプレイヤー、アリア。その姉のシェリル。そして自称姉のマモン。暇なときは適当にお菓子や飲み物を飲んで駄弁る会の一員だ。しかしアリアたちがのんびりとしていると


「アリア、調べてきたよ」

「え? シン?」

「そうだよ……少し気になったからね。でもあのプレイヤー、ホノカは周囲から浮いていた。調べるのに苦労は無かったよ」

「シンが? アスモの得意分野だと思ったんだけど」

「なんて言ったら良いのかな……ちぐはぐなんだよ。レベルは高いのに初心者。装備はシリーズで揃えているみたいだけど初期エリアから移動しようとしない」

「矛盾存在だね」


アリアの言葉にマモンとシンの視線が交錯する。内容は「またアリアちゃんが変な知識付けたの?」「みたいだね」、というものだった。しかしアリアはそんなことをつゆ知らずふーむ、と考え込んだ。そして


「そのプレイヤー、ホノカって言うんだね。シンは話したの?」

「ううん。まだ遠目に眺めたのと情報収集だけだよ。多分気づかれてはいないよ」

「気づかれていたらどうするの?」

「その際は《魔王の傘下》の一員として勧誘に足るかを確かめに、とでも言うよ」

「ふーむ」


アリアは考える。シンがそこまで調べてくれたのなら、と思った。だから掲示板を開いて色々見ているとそのプレイヤー、ホノカについて載っていた。そしてどこにいる、かも。だから


「ひよちゃん、シン」

『ちぃ?』

「どうしたの?」

「行こうか。あのホノカってプレイヤーと話しに」


話すだけで済むのかなぁ、というマモンの呟きは誰にも聞こえなかった。そして窓から飛び出したアリアとシン、その二人の足下に巨鳥が飛び込んできた。


「ナイスタイミング、ひよちゃん」

『ちぃ!』

「それじゃ《星が見える丘》に出発!」

「アリア、行こうか」

「うん、そうだね」


何かが起きそうな、そんな予感を抱きながら、アリアたちは輪の中に飛び込んで下層へと降りていった。


☆☆☆☆☆


「へぃ、そこの嬢ちゃん、パーティ組まない?」

「ぁ、ぇ……」

「嫌なら良いんだよ」


ホノカは戸惑った。なんとか発声しようとしたが勧誘してきた男の人の仲間? が取り成してくれた。そして立ち去ってくれた。安堵して辺りを見回すと


「ぁ」


見られている。注目されている。思わず逃げ出してしまった。裏路地に飛び込んで慣れない足で走っていると


「ぁ……ぁんですヵぁ」


舌っ足らず、そう思った。しかし話慣れていないのだから仕方が無い。ホノカは自分にそう言い聞かせて大きく息を吐こうとした。しかし思っていたよりもスムーズに開いた口に驚き、咽せる。


「大丈夫?」

「ぁぇ……? だぇ?」

「僕はアリア、君は?」


知っているくせに、シンは内心でそう呟きながらアリアの背後で佇む。ちなみにその頭の上にひよちゃんがとまっているからかなりシュールだ。


「ホノカ……でも…… なんで(ぁんぇ)?」

「なんだか辛そうに見えたから」


優しい人? という思考がホノカの中を駆け巡った。現実リアルだとこんなに優しくしてくれた人なんて……家族しかいなかった。だからホノカは自分の知らない妹がいたのか、と父親の浮気を疑い始める。しかし目の前に可愛い顔があった。思わず下がろうとし、足が足と交差して倒れてしまった。でも痛くない。


「……大丈夫じゃなさそうだね。ログアウトしたら?」

「……ゃです」

「へ?」

「ゃです」


少し口の感覚が戻ってきた気がした。だから


「やです」

「ん、なら良いんだよ。でも本当に大丈夫なの?」

「はぃ……リアルに比べれば」


言う必要の無いそれを口にし、やってしまったと思った。顔が引き攣るのを実感していると


「確かにリアルは嫌だよねー。宿題あるし面倒なことばかりだよ」

「ぁ、はぃ」

「アリア、ホノカが困っているよ。忙しいんじゃないかな」

「あ、そっか。ごめんね、引き留めちゃって」

「ぁ」


思わず伸ばした手がアリアの手に触れた。それに自分とアリアが驚く。


「待っ、て」

「良いけど……どうしたの? 何かあった?」

「……えっと……」


戸惑う。そう言われるとどうしたら良いのか、と。するとアリアは微笑んで


「ひよちゃん」

「ぇ」


するとアリアの呼んだ大きな鳥に乗せられ、どこかへと連れて行かれるようだ。ホノカの脳内では誘拐という二文字がカラフルに輝きつつ、ダンシングしている。楽しそう。


「ホノカ、何か食べたい物とかある?」

「ぇ?」

「大体なら作れるけど……」


ホノカは思案する。何かを食べる、その感覚を長らく忘れていたから。だとすれば日本人らしい、和食? だがしばし待たれよ。今日日日本人が和食を食べる機会などどれほどあろうか。つまり、今私が食べるべきで食べたい物はーー


「ラーメン……ぃや、カレー?」

「おー、カレー! 良いね」

「アリアが作るの?」

「そうだけど?」


ホノカは絶句した。こんな可憐な美少女がそんなあっさりとそれを口走るとは……


「ただいま、マモン。鍋空いてる?」

「空いてるわよ-、シンに何か作ってあげるの?」


なるほど、アリアと親しい感じの男の人はシンと言うんですね。ホノカは自己紹介の必要性を改めて感じた。そして


「そっちの女の子は……あぁ、アリアちゃんの言っていた子ね」

「マモン」

「言っちゃダメなの?」

「うん」


何のやり取りか分からない、そう思いながらマモンという名前を覚える。すると何故かマモンは近づいてきて


「あなた……ひょっとして」

「ぁ、何ですか?」

「……強く生きて」


その声はホノカにしか聞こえなかった。だけどそれを聞いたホノカの様子を見てアリアとシンは疑問の声を出した。しかしその声はホノカの耳には入らなかった。ホノカの脳内が混乱に満ちあふれているからだ。


*****


「いただきます」

「いただきまーす」

「ぃただきます」


どうしてこうなったのだろう、シンはそう思いながらカレーを一口食べる。程良い辛さ、をあっさりと越えて激辛と言うべきだろう。アリアは激辛が好きなのか、とシンが思っていると


「辛いよ~」


涙目のアリアがいた。それを見てシンは驚き、そして微笑んだ。ふと気づくとホノカも同じことをしていたみたいだ。

ホノカというプレイヤーは不思議だ。シンの中ではもうその理由を説明できる、だがそれを口にするつもりは無い。ホノカとアリアを慮ってのことだ。


「ホノカ、レベルはどれくらいなの?」

「ぇっと……私のレベルは4999です……」

「4999、ね。カンストかぁ」

「アリア、それ以上は聞いたらダメだよ。隠しておきたいことかも知れないからね」

「あ、そっか。ごめんね、ホノカ」

「ぁ、気にしないで……ぇっと、何を聞きたいの?」

「ん、何でも無ーい。それよりもお替わり、いる?」


ホノカは逡巡して


「食べます。食べるのも久しぶりなので」

「久しぶり、か」


シンの言葉にホノカは我に返る。ひょっとして、気づかれた?


「カレーをそんなに作らないお家なんだね」

「ぁ、はぃ」


アリアの言葉に乗っかる。しかしシンは分かっているだろう。ホノカはどうしたら良いのか、と戸惑いつつカレーのお替わりを食べる。

そして食後、マモンの作ったというショートケーキを食べて


「ねぇ、ホノカ。ちょっと遊びに行かない?」

「ぇ? 遊びに行く?」

「うん」

「……ごめんなさい、今日はもう……」

「えー?」

「アリア」


窘めるようなシンの言葉にアリアは我に返った。そして頭を掻いて


「ごめんね、ホノカ。また明日、会える?」

「ぁ……良いんですか?」

「嫌なら止めとくけど? 呼んでくれたらいつでも会いに行くけど」


呼んでくれたらいつでも(・・・・)? いつでも、いつでも……


「無理ですよ」


☆☆☆☆☆


ログアウトをしたホノカの脳内は後悔しかなかった。アリアとシンはきっと私を見限ってしまっただろう、と。


「……(また会いたいなぁ)」


そう思うと少し悲しく、寂しくなった。逃げるようにしてログアウトをした自分を彼女たちはどう思っているのだろう。

シンはもう気づいているだろう。マモンも。アリアは知らない。だけど話しているだろう。そう考えるともう私は彼女たちに会えない。そう思うと扉が開いて


「やぁ、ホノカ。起きているかな?」

「……(起きていますよ)」


思考汲み取り型入力で返す。すると彼は少し安堵したように微笑んで


「どうだった? あの世界は」

「……(不思議でした。あんなに体が動くなんて思いませんでした)」

「レベルカンストにステータスカンストアバターだからな。本来は社員しか使えないんだぞ」

「……(ありがとうございます)」


ホノカは彼の言葉を素直にありがたく思う。すると彼の表情が少し困ったように変化した。そして


「ホノカ、もしかしてアリアと出会ったのか?」

「……(どうしてそれを知っているんですか?)」


しかし彼は応えずに私を見つめて


「……」

「……(どうしました?)」

「なに、アリアはきっとお前を気に入ったのだろうな」


その言葉にホノカは無性に恥ずかしくなって動かない口で『リンクイン』と呟いた。


☆☆☆☆☆


「アリア、剣を作って欲しいな」

「んー? 誰用の?」

「誰でも良いんじゃない?」


エミリアの適当な言葉に苦笑しながら使う素材を選別する。どんな剣にするか、値段を考えるとあんまり強い剣を作れない。

だがこれはアリアの大いなる勘違いである。実際はそれでもかなり強い剣なのだがアリアたち基準では弱いだけだ。さらに言えばアリアたちトッププレイヤーの中でも《魔王の傘下》のメンバーの装備が異常なだけであって他のプレイヤーからしてみれば喉から手が出るような装備品なのだ。


「アリア」

「ん? どうしたの?」

「……ううん、やっぱり何でも無い。でもーー」

「でも?」

「ホノカと仲良くしてあげて」


え、と聞き返したのにエミリアは何も応えなかった。それどころか僕の分のお茶を飲んだ。そして


「私たちの会社に関わっている、とだけ言っておくわ」


そしてエミリアは問いただす前に出て行ってしまった。仕方なくアリアが片付けをしていると


「ぇ!?」

「あ、ホノカだ。お帰り、何かあったの?」

「ぁ、ぃえ……えっと……」

「ま、とりあえず座りなよ。どうせ僕一人だからね」


ホノカは戸惑いつつ、怒られるんだろうな、と思いながら椅子に座った。すると何故かアリアはホノカの隣に座って


「んー、眠い?」

「私に聞かれても……」

「だよねー。ホノカは眠い?」

「ぁまり」


アリアは微笑んで


「ホノカってさ、どんな武器を使うの?」

「ぇえ?」

「だってほら、さ。せっかくのVRMMO何だから戦ってみたりしたいじゃん」

「そういうものなんですか?」

「うん」

「でも何でそんな好戦的なんですか?」

「だって僕が最強なんだから」


意味が分からない。薄々思っていたことが確信になっていた。しかしアリアはニコニコ顔のままで


「ねぇ、ホノカ。明日も一緒に遊べる?


「ぁ……」


いつでも、じゃなくなった。アリアはアリアなりに気にしている、ホノカはそう思ってなんとなくアリアの頭を撫でた。するとアリアはにゃー、と鳴いてホノカの膝の上で丸まった。猫みたいだ、とホノカが思っていると


「ホノカ、また明日」

「ぁ、また明日」


そう応えてから気づいた。アリアは明日を疑っていない、と。私にも自分にも未来があるのだ、と。羨ましく思う、そんな気持ちももはや無かったはずなのに……不思議な子だ。


☆☆☆☆☆


夏休みの宿題を全て終わらせたアリアはそのままスマホを取り出して電話をかけた。前にこの時間帯は昼休みだと言っていたから。


「もしもし?」

『アリア? 珍しいな、俺に掛けてくるなんて』

「達也は誤魔化しそうだからね」

『あー、なんだ。その口ぶりってことは……アレか?』

「うん、ホノカに関してだよ」

『少し待て。誰もいないところに移動する』


そう言ったジャックだが何故か


『もしもし、アリア?』

「え、亜美? どうして?」

『ジャックが電話していたから尾けてみたらいきなり替わられたのよ』

「お、おう」

『何言っているんだ。俺よりもお前たちの部署の方が詳しいだろう』

『なら何故アリアがジャックに掛けてきたと思うのよ』

『……なるほどな。アリア、聞こえるか?』

「聞こえているよ-」


それからジャックが語ったのはかつてのアヤたちの実験の話だった。私も関わっていたから知っていたのだがきちんと全部を説明したみたいだ。マニュアル人間だ。そして


『ホノカに関して聞きたいことがあるなら応えるが?』

「あー……いや、良いよ。それは僕が聞くから」

『そうか……亜美、何か言いたいことはあるか?』

『夏休みの宿題は早めに終わらせることね』


そう言って電話が切れた。とりあえず宿題は急いで終わらせたから良いとして……ジャックの言うとおりなら、と思ってデバイスを被った。そのまま目を閉じて


「リンク、イン」


私から僕へと切り替わった。そしてカーマインブラックスミスに到着すると


「ぁ、アリア」

「おはよー、ホノカ

「随分と早いんですね」

「今は夏休みだからね……ごめん」


アリアは自分の失言に気づいた。しかしホノカは何も言わずにアリアの頭を撫でた。そして


「夏休み、懐かしいですね」

「そうなんだ……」

「五年前ですから」


スムーズに話せるようになった、とホノカは思った。一人で発声練習をした意味があった。ちなみにその様子をマモンが見ていたのを知らない。


「アリア」

「ん、どうしたの?」

「剣を作ってください」

「剣?」

「握ってみたいんです。異世界に行ったような感じなので」

「そっか。だったら最高の一本を創り上げてみせるぜ」

「え」


そこまで望んでいない、アリアにそう言うと


「最高の一本はいつか追い抜く。そのための目標になっちゃうのさ」

「アリア……意外と考えているんですね」


ホノカの言葉にアリアは頬を膨らませつつ、奥の部屋に入っていった。それを見送ろうとするとアリアの手がホノカの手を掴んで連れ込んだ。手を繋ぐ、という感覚に戸惑いつつ、ホノカが着いて行っていると倉庫のような部屋に。そしてそこでアリアがごそごそやっている。


「勝手に漁って良いんですか?」

「ん? ここは僕の店だよ?」

「え!?」


この年で店を経営、とも思った。もっとも実年齢は知らない、だが落ち着き無さから15も無いだろうと判断した。


「……ホノカ、どんな剣が良い?」

「え?」

「攻撃力高めとか特定ステータスとか……見た目とか?」

「えっと……オーソドックスなもので」

「ほーい」


アリアは真剣な表情で剣を打ち始めた。その様子を眺めているととても年下とは思えないほどの気迫があった。生きている、それを楽しんでいる者としての何かがそこにはあった。自分には無い、それが。


「ホノカ、ちょっと良い?」

「え? 何かしちゃいました?」

「ううん、そうじゃなくてーーホノカの事情、知っちゃったんだ」

「ぅえっ!?」


これはホノカにとっては予想外の事態だった。まだ出会って二日の彼女だがそこまで聡明だとは思っていなかったのだ。慌てて何かを言おうとするがアリアはそれに先んじて


「事情を知ったからって僕は対応を変えないけど良いかな?」

「ぁ……できるの?」

「さぁ? やってみないと分かんないし」


アリアの言うとおりだ。ホノカは少しありがたく思い、胸をなで下ろした。するとその胸に向かって一本の剣が投げられた。


「え、これは?」

「《ホノカの剣》。特注の特注で創り上げた剣だよ。名前の通りホノカにしか扱えないってロックを掛けたから」


そんなものがあるんだ、とホノカが驚いているとアリアは目を細くして


「ホノカ、服も作る?」

「えーー!?」


女としてそれは嬉しい。だが好意に甘えすぎるのは良くないのでは無いか、そう思うと言えなかった。しかしアリアはあっさりとその葛藤を無視して


「ホノカに似合いそうなのは何かな……エミリアみたいなファッション系とかコスプレに近いのとか?」

「ぁ、えと」

「何か着てみたいのとかある?」


そのままアリアに着せ替え人形のように色々と服を着せ替えられた。楽しかった。そして結局一度着てみたいと思っていた緋色のドレスを着て


「どう? 似合う?」

「すっげーかっけぇ」


この二日の付き合いでアリアが本心から言っているのが分かった。だからそれを着ていると


「それじゃ行こうか!」

「ど、どこに!?」

「景色が良い場所!」

「え、ええ!?」


アリアに抱き上げられた。それに戸惑っているとアリアは窓を開けてそこから飛び出した。地上七階、地面は無い。死ぬ、死んじゃう。


「泣かないで、ホノカ」

「……ぁ?」

「空を飛んだことってある?」

「……ぇ」


飛んでいた。空を飛んでいた。それを理解するのに五秒ほどかかって


「えええええ!?」

「暴れないでよ!?」

「わぁっ!?」


アリアの腕の中から落下してしまった。それに気づいたのは橋がどんどん近づいてきているからだ。激突する、死ぬ? そう思ってーー目を閉じた。しかし衝撃は思っていたよりも小さかった。


(……アレ、考えられる? 死んでない?)


ホノカは驚きながら目を開けた。すると眩しい太陽の光、それを反射するカーマインの髪が見えた。


「……アリア?」

「ごめん、落としちゃった」

「ぁ、大丈夫です……びっくりしました」

「この街、落ちたら普通に死ぬんだからね」


アリアの言葉に反省する。暴れちゃったからだ。しかしアリアは何も言わずに再び高くまで舞い上がった。飛ぶと言うよりはこの表現が正しい、そう思った。


☆☆☆☆☆


「アリア」

「なに?」

「私の寿命を気にして何かを残そうとしてくれているの?」

「ん、んー?」


アリアは気まずそうに顔を顰めて


「寿命なんて決められるものじゃないよ」

「でも私の寿命はもう長くない。今週で終わってもおかしくないくらい」

「……ホノカ」

「はい?」

「でりゃ」


アリアのチョップがホノカの額に叩き込まれた。痛みは無いが衝撃はある。ホノカが不思議な感じだと思いながら自らの額を撫でる。無論瘤など無い。だが触れずにはいられなかった。


「なにをするんですか?」

「寿命だなんて気にしてたらつまらないよ。色々あっての人生じゃん」

「……人、生?」

「うん。まだホノカは死んじゃいない。生きているんだよ」

「……」


確かにアリアの言うとおりだ。リアルワールドと比べれば私の体は万全すぎる。だからと言って


「私の寿命は……もう、一週間にも満たないんですよ?」

「……一週間満たない?」

「はい」


どういう原理か分からないけど長くても、だそうだ。医者の言葉に両親が何を思ったのかは知らない。知る気にもならない。泣いたのかも知りたくない。だけど


「アリア」

「ん」

「ありがと」


少し気が楽になった。できるだけ楽しもうと思えるくらいには。


「アリア、お勧めの場所ある?」

「ん、ここ?」

「広い海だね」

「エリア名は《果て無き湖》、海じゃないよ」

「え!?」


驚いているホノカを無視してアリアはふっふっふ、と笑って


「ちゃんとホノカのための水着も用意したのさ!」


三分後


「どうして僕たちも?」

「良いじゃん良いじゃん。一緒に泳ごうよ」

「はぁ……分かったよ」


シンはやれやれ、といった様子で。マモンはノリノリだ。そして湖に水着姿で飛び込んだアリアが


「ホノカたちも早くおいでよ!」

「ぁ、はい!」

「はーい!」

「分かったよ」


マモンが惚れ惚れするようなスタイルで湖に飛び込んだ。わざわざ少し高いところまで移動したのが微笑ましい。ちなみにシンは普通に足から入った。


「ぁ、冷たい」

「だって湖だからね」

「アリアは泳げるの?」

「ふっふっふ、余裕のよっちゃんよ」


古い、ホノカがそう思っているとアリアはその細い体でどんどん湖の中心に向かって泳いでいった。それを追いかけていると


「アリアー! そっちに《瀑龍バクリュウ》が近づいているよ!」

「えー? 何? 聞こえなーい!」

「だから《瀑龍》が!」

「ばく何? もっと大きな声で!」


アリアがそういった瞬間、湖の水面に波紋が。それは徐々に数を増していって……水中から顔を出した。それはまるでネッシーのようだ。アリア一人なら一口でいける大きさだ。


「あー、《瀑龍》かぁ。これのことを言ってたんだね」

「ぁわ!? どどどうするの!? 逃げるの!?」

「んー、そだね。ホノカ!」

「ぇ、あ、はい!」


伸ばされたアリアの手を掴む。するとアリアは真剣な表情で


「フライ! マモン!」

「はーい!」


マモンも飛んでいる。アリアも飛んでいる。それに驚いているとホノカはマモンに手渡された。そして陸に降り立ち、降ろしてもらった。


「アリアは!?」

「アリアちゃんなら大丈夫よ」

「そんな……大きいんですよ!?」

「大きさなんて関係ないよ。アリアちゃんにとってはね」


どうして、そう聞き返そうとするとマモンは微笑んで


「アリアちゃんはね、《最強》なのよ」


そう言っている背後でアリアの剣がネッシーを倒していた。


☆☆☆☆☆


「達也、どうした?」

「ああ、ホノカの心拍数に異常が見られた。おそらく向こうだろう」

「それだけか?」


ジャックは目を細めてホノカの体を見下ろした。その目は哀れんでいるような目だった。


「ジャック、これを見てくれ」

「心拍数の計測データか……確かに異常なほどまでに高いな。だがそれだけだ」

「違う。そもそもホノカの体への負荷が大きいんだ。これは心拍数が多い少ないの話じゃ無い」

「だとすれば?」

「彼女の寿命だ。限られた量の寿命を削っているんだ」


ジャックはそれに深い、深いため息を吐いて


「ったく、俺たちの手の内を越えてんだろ」

「通称モルモット研究科だ、もう諦めろ」

「今回のは無茶ぶりが過ぎんだろ……臨床からのリンクに人体へ及ぼす結果を取れ? ふざけんなよマジで」

「ジャック、声が大きい」


達也はため息を吐いてホノカを見つめる。両足を失い、喉を負傷した少女を。話せず、食べられず、ものも持てない。そんな不憫な少女を眺めて


「アリアは彼女とどうなると思う?」

「さぁな。でもアリアのことだから影響を与えるだろうな……それが良いこととは限らんがな」

「だろうな……だがアリアなら、と期待してしまっても良いだろう?」

「ふん」


ジャックは呆れたように息を吐いて


「帰るのか?」

「ああ。お前はまだ残るのか?」

「いや、俺もそろそろ戻る。お前はどっちに帰るんだ?」

「家だよ。娘の誕生日が近いんだ」


そうか、と達也は頷いた。まだ子供がいない達也にとっては分からない感じだろう。とりあえずレポートを纏めていると


「……(達也さん)」

「ホノカ、ログアウトしたのか?」

「……(はい。今日は色々あって疲れました)」

「そうか」

「……(何度か死にそうな目に遭いましたけどね)」


これには達也の表情が固まった。アリアのせいでホノカが死にかけたのだから。いくら高度アカウントを使っていたとしても死ぬことはある。そしてホノカの場合、VRでの死を現実での死と脳と体が認識したのならばーーホノカは本当の意味で死ぬ。


「……アリアは……」

「……(大丈夫です。全部アリアに守ってもらいましたから)」

「そうか……良かったな」

「……(はい、アリアは良い子です。小学生のような天真爛漫さが凄いです)」


小学生、言い得て妙だ。知識などは中学生なのに性格は……言わないで良いか。とりあえず達也は


「ホノカ、明日もアリアと会うのか?」

「……(アリアは夏休みだそうで徹夜して一緒に遊ぼうと誘ってくれています。もう……)」

「死んでも良いとか思っているのか?」

「……(はい。もう思い残すことは……アリアにしかありません)」


☆☆☆☆☆


「ホノカ、お弁当作って行こうよ」

「それは良いですね。でも何を持って行くつもりなんですか?」

「んー、サンドイッチとか?」


わぁ、とホノカが笑顔になる。何か思い出でもあるのかな? アリアが推測しようとしたその瞬間!


「お母さんの作ったのを食べたの、何年前だっけ?」


あっさりと言われた上に踏み込み辛い領域だったのでアリアは冷蔵庫を開いた。そのまま


「何か食べたい味のサンドウィッチとかある?」

「林檎!」

「ほいほい、林檎ね……林檎?」

「林檎」

「アッポー?」

「Apple」


アリアがどうしたら良いのか、と悩んでいるとホノカが微笑んで


「うちのお母さんは甘い菓子パンとかが好きなの。だからサンドウィッチに自分が好きな林檎を挟んで……作ってくれたの」

「美味しいの?」

「微妙」

「え?」

「でも、思い出に残っているんだ。だから思い出をなぞろうかなって思って」

「……死ぬ気なんだね」

「うん。だから思い残すことをなくしていきたいの」


アリアはせっかく仲良くなれた友人に死んで欲しくない。だけど自分のわがままで何かを願うのはダメだ、とも理解していた。だから何も言えない。何も言えないままにパンを切り、林檎を切る。


「ハムとかは挟むの?」

「ううん。レタスと林檎だけ。林檎の甘みとレタスの苦みが混ざって本当に変な味なの」

「凄いお母さんだね」


アリアはそう言いながら昨日の晩ご飯はレタスのキャベツ巻きだったと思い出した。人のお母さんをどうにか思う前に自分の母親の凶行を止めないと。そう思いながら創り上げて


「どうかな?」

「ん……んむんむ」


ホノカは一瞬目を見開いて、勢いを増した。そしてあっという間に食べ終わった。


「ありがとう…………アリア」

「ん、同じ味だった?」

「全然」

「たはー」

「でも近い味だった。だからとてもーー嬉しいよ」


そのままホノカとアリアはピクニックに出かけた。しかしアリアはひよちゃんに乗って、ではなく歩いて行こうと提案した。もしくはルフで。その結果、ホノカと一緒にルフに乗ることになった。


「お願いね、ルフ」

『ばぉん!』

「ゎ!?」


ルフが吠え、それにホノカが驚く。しかしホノカは恐る恐るルフの頭に手を伸ばした。ルフは嬉しそうに尾を振り、ホノカの手を舐めた。狼だよね、というアリアの思考はガンスルーだ。


「可愛い、んだね」

「でしょでしょ?」

「でも乗ったままで動けるの?」

「ルフを舐めないでよね。ルフ、ゴー!」

『ばぉぉぉーん!』


ルフが床を蹴った。そのまま窓から飛び出した。今回はアリアに先に言われていたから驚きは無かった。

ルフは軽々と橋に着地してそのまま橋から橋へと飛び移りつつ、街から出る。疾走としか言いようのないそれは景色がビュンビュンと背後に流れていく。


「わぁ、凄い」

「でしょでしょ?」


実際はアリアが走った方が速いなどと野暮なことは言わない。そしてアリアとホノカが辿り着いた場所は


「お花畑?」

「うんうん。綺麗でしょ?」

「綺麗だね」


色が整然と並んでいるわけでは無い。乱雑に適当に散りばめられた花畑は自然界に存在するそれと同じような感じだ。ちなみにキノコは胞子で増えるため輪を描くように生える。


「ピクニックって言っても何をするのか知らないんだけどね」

「だって今の日本には花畑なんてお金を払わないと入れないでしょ」

「海外なら?」

「海外に行くのにお金がかかる」


アリアとホノカは笑った。

ここは街外ダメージ無効エリア、《永久の花園》。観光スポットのようなものだ。実際ここまで進めるプレイヤーが花畑に興味を持つかと言えば微妙だ。アリアも初めて訪れた。


「ホノカ、他に何かしたいことある?」

「え?」

「何でも良いよ」

「……それは……」


もう残り一週間も無いから、そう聞きたくなった。でもその問いはアリアを無意味に傷つけるだけだ。だからアリアの小柄な体を抱きしめて


「ありがと」

「ん、んん? あれ?」


アリアはホノカの言葉が自分の問いの答えじゃ無いのに気づく。だが別にそれでも良いかなって思った。


「ねぇ、アリア」

「ん? 何かしたいことあった?」

「剣を使ってみたい」

「え、そうなの?」

「うん。物語のキャラみたいに使ってみたいんだ」


そして十分後


「うーん、この辺りで良いかな?」

「こんな森の中も良いね」

「ロマンチック的な?」

「そうそう」


アリアは万が一に備えて《悪魔龍皇剣》をいつでも抜けるようにしている。しかし


「モンスターがいないね」

「みたいだね……なんでだろ? 狩りでも行ったのかな?」


アリアはそう言い、《感知》スキルと《探知》スキルの範囲内で動いた者に目を向けた、人型のモンスター……またはプレイヤーだろう。一応剣を抜いていつでも斬れるように構えていると


「アリア?」

「ん……PKプレイヤーキラーかな」

「ぷれいやーきらー?」

「名前の通りモンスターじゃ無くてプレイヤーを倒す、そんな奴らさ」


アリアの言葉に隠れていた男プレイヤーが顔を出した。もちろん見覚えは無いがその手のナイフを警戒する。しかしホノカは不用心としか言えない感じで一歩近づいた。伸びるナイフ。慌ててアリアの剣がその腕を飛ばす。


「ホノカ! 下がって!」

「ぇ!?」


アリアの剣が男の額を割り、全損させた。それに安堵していると


「アリア、今のってモンスターだったの?」

「え?」

「プレイヤーじゃないの?」

「プレイヤーの姿をしたモンスターだよ」


アリアは誤魔化した。そしてホノカはナイフが自分に向けられていたので大体を察した。


☆☆☆☆☆


アリアとホノカが知り合って四日目になった。ホノカの寿命が一週間になると同時にログインしたのだから残り三日だ。

アリアのおかげで思い残すことなどほとんど無い。だからホノカは正直満足していた。だがアリアは満足していなかった。正確には、死んで欲しくないと思っていた。


「ねぇ、ホノカ」

「なに?」

「死なないでって言ったらどうなる?」

「少し死にたくないって思うかも」

「死なないで」


アリアの言葉にホノカは目を閉じる。死んでも良いと思っている自分に死なないで欲しいと言ってくれる子がいる。そう思うと涙が出た。でもそれは叶わない願いだ。


「アリア、私ね、もう死ぬのは分かっているの」

「うん、分かってるよ」

「アリアが死なないで欲しいって言ってくれて本当に嬉しい。でも私の現実の体はどうにもならない。私の体は長くても今週末までだから」

「知ってるよ……」


アリアは知っているんだ。ホノカは驚いたけどアリアだから、という謎の納得をしていた。そして


「こっちのアリアは私と仲良くしてくれているけど向こうだときっと……アリアは私を忌避すると思うよ」

「それはホノカを見てみないと分からないよ」

「あ、否定しないんだ」

「だって分からないもん」


それもそうだよね、ホノカはそう思いながらアリアを抱きしめた。アリアはホノカを抱きしめ返して


「ホノカ」

「ん?」

「どこにいるか、聞いても良い?」

「ん……ダメ。私は見ない方が良いよ」

「そんなに?」


何があってアリアはホノカが体を損傷したのかを知らない。知っている者に聞くこともできるが踏み込まない。アリアはその辺りのモラルはあった。


「ホノカって名前はリアルのままだから探そうと思えば探せるよ」

「探せても探したらダメだと思うよ……ねぇ」

「なに?」

「最後まで、一緒にいて良い?」

「告白みたいだね」


アリアは何も言わず、顔も見せずに腕の力を強めた。可愛いアリアの挙動にホノカは顔を綻ばせた。そしてアリアの前髪を上げてキスをした、額に。


「にゅ?」

「妹みたいだから妹がいたらって思ったことをしてみたの」

「妹のおでこにキスしたかったの?」

「ダメ?」

「ダメー。僕にキスして良いのはシンだけ」

「旦那さん?」

「婚約者」


この子、私を越えている。ホノカの脳内は敗北の二文字がブレイクダンスを踊っていた。むかつくあいつら。


「婚約者……良いなぁ」

「羨ましい?」


自慢げなアリアの額を指で突いて


「羨ましくはないよ。結婚式に呼んでね」

「あ……うん、呼ぶよ。どこにいても」


☆☆☆☆☆


「……(そういうわけで寿命がギリギリの時に何をしたら良いか分かりますか?)」

「待て。少し待ってくれ。どうしてそうなったんだ」

「……(親友と最期の時間を過ごすんです)」

「アリアか……またアリアなのか……」


達也は困った口調で、しかし少し嬉しそうな笑顔だ。そして


「アリアに伝えてくれ。《星が見える丘》でこれから流星群が見える、と」

「……(分かりました。そろそろアリアも戻ってくると思いますので)」

「ああ、アリアによろしくな」


ホノカが向こうに行ったのを確認して達也は目を細くした。どれだけ頑張ろうと伸びない、寿命は縮む方になら……


「くそっ」


達也は人知れず毒づく。すると


「達也?」

「……ジャックか。お前も暇だな」

「はっ、暇なんかじゃねぇよ。VRの及ぼす精神状態を纏めろとさ……んなもん個人差がありますの一言で終わるだろうが」

「嫌な役目はいつも俺らだな」


達也が呟いた瞬間、メールが届いた。戻ってこいと言う内容に達也はため息を吐いた。


*****


ジャックが求めている精神状態、それはホノカと接触して話してみれば分かるの一言で終わる。しかしアリアは聞かれていないので何も言わなかった。


「ホノカ、どこか行きたい場所はあった? 山とか海でも良いよ」

「……アリア、《星が見える丘》に行きましょう」

「え、あそこに行くの? 良いけどなんで?」

「達也からそこに行くと良いことがあると教えられました」

「達也に?」


アリアはうーむ、と悩んで


「行っちゃおう!」


悩んだ時間は一瞬にも満たなかった。そしてアリアとホノカ、ひよちゃんの三人で移動していると


「あ、マモンだ」

「あ、アリアちゃんじゃない。何をしているの?」


何をしているの、と言っているマモンが何をしているの? ホノカの脳内が混乱している。何せマモンが空中に立っているのだ。なんで、どうやって、とホノカが混乱しているのを無視して


「私は矢の素材集めだけど……アリアちゃんたちは何をしているの?」

「ふっふっふ、分からん」

「なんでよ。どこに何をしに行くのよ」

「秘密ー」


もう、とマモンは言いながら螺旋大陸の中央の穴を降りていった。


「どこに行ったんでしょうか?」

「下層の最前線かな。森系ダンジョンがあるらしいよ」

「そうなんですか」


アリアの解説を聞きつつ、《星が見える丘》に到着した。しかしまだ星が降る時間ではないようだ。何をして時間を潰そう、とアリアが悩んでいると


「あの塔は何ですか?」

「ん? あぁ、結晶の塔だね。あのダンジョンを突破できたら一流プレイヤーって名乗って良いんだよ」

「そうなんですか?」

「うん」


まぁ、結局ホノカは行く気を持たなかったが。そしてそのまま街中を歩いていると


「アリア、ここってアリアのお店じゃないの?」

「ん、ああ、元ね。移転したんだ」


アリアに手を引かれてホノカは走る。そして元のお店の裏にある川に運ばれて


「あー、冷たい!」

「冷たいねー」

「あー、自由だなー! 自由って良いなー!」


軽い若者大好き自由という言葉がとても重く感じる。それは自由が奪われたホノカだからだろう。アリアは何も言えない。


「自由って羨ましいなぁ……」


泣いているホノカの背中を撫でる。ぐすぐす、と聞こえるのを無視して無言で撫で続ける。そしてホノカが顔を上げた。続けて目を見開いて


「ホノカ、ホノカ」

「……どうしたの?」

「流れ星だよ、流れ星」

「ぁ……そっか、流星群だもんね」

「げ」


アリアは何故か流星群という言葉に顔を顰めた。


「流星群は嫌なの?」

「あー、ちょっとねー」


五月のイベントでクリアするのが難しかったそうだ。それを聞いておかしく思いつつ、夜空を見上げる。


「今夜は止めないでね」

「止めないよ。見ていたいもん」

「そっか」


アリアと手を繋ぎながら屋根に寝転ぶ。振ってくる星々を眺めていると


「ホノカ」

「なにかな?」

「死ぬってどんな感じなの?」

「さぁ? 死んだこと無いし」

「僕も無いよ」

「そっか」


二人で流星群を眺めながら会話をしているとアリアは目を閉じて


「儚くも~遠い~星々の海《う~み》~」

「……」

「輝ける星達《ほした~ち》は~」

「歌うの、好きなの?」

「そういうわけじゃないんだけどね……ただ、適当に歌ってみたんだ。どう?」

「さぁ? 上手なんじゃない?」


そっかー、とアリアは呟いた。そして


「ホノカも星みたいだね」

「はぁ?」

「一瞬で掻き消えそうな命だから」


この子は気遣いを知らないのだな、とホノカは思いながらアリアの手をぎゅっと握った。残る人生は二日。多くても二日。それをアリアと過ごせるのなら、とても嬉しい。生きていたいって思えちゃうけど、嬉しい。


「ねぇ、アリア」

「ん?」

「死ぬときはアリアに斬られたいな」

「……ダメだよ。それだけはダメだよ」

「そう。だよね、私もそう思ったし」

「僕は斬らないよ。ホノカのこと、好きだもん」

「そうなの?」


まぁ、シェリ姉も好きだけど斬ったけどね。結局口先だけだった、とアリアは思いながらホノカと一緒に空を眺めていた。そして二人仲良く寝落ちした。


☆☆☆☆☆


最終日だ。アリアは慎重に、そして緊張と共にその日を迎えた。いや、正直迎えたいとは思っていなかった。もっと長く続けば良いのに、と思っていた。だからこそ


「おはよー、アリア」

「ホノカ……?」

「どうしたの? 変な顔しちゃって」

「あ、ごめん」


変なのはホノカだよ、アリアはそう思いながらホノカに謝った。そのまま


「今日はどうしよっか?」

「ん、最終日だからね……結局剣を使ってみなかったし、最期ぐらい戦ってみたいな」

「おー」

「戦いの中で死んでいくのって戦士みたいじゃない?」

「こんな貧弱な戦士がいて堪るか」


アリアの暴言にホノカは何がツボにはまったのか、と言うくらい爆笑した。そして涙混じりの笑顔で


「ありがとね、アリア」

「えーー?」

「何でも無いよ。ほら、行こう?」


覚悟を決めているのか諦めているのか、アリアの頭の中は混乱している。そしてそれに構わずにホノカはアリアの手を引いてカーマインブラックスミスを飛び出した。


「でもどんなのと戦ってみたいの?」

「アリアの戦いを観ていて思ったんだ。ドラゴンと戦ってみたいって」

「ほうほう」

「最期だし」

「最後だからかぁ」


アリアは深く頷いて


「一つだけ、一つだけで良いから聞いても良い?」

「今さらそんな前置きをするの? 結構いろいろ聞いてきたのに?」

「あー、うん。そだね、ごめん。でさ、良いかな?」

「どうぞ」


アリアは正面からホノカの目を見つめた。そして


「楽しかった?」

「……何が?」

「人生、じゃなくてこの一週間」


きっと人生って聞きたかったのだろう。ホノカは苦笑交じりに頷いて


「この一週間は本当に楽しかったよ。それまで何も無かった分の補正があるかも知れないけどね」

「余計な一言だね」

「あは」


アリアの額を突いて


「人生は空っぽだよ」

「……?」

「そこにどれだけものを詰め込めるか、それが人生」

「難しいよ」

「簡単な人生はお金持ちだけです」

「僕お金持ちだから良いの」


額を突きまくる。


「アリア、私が死んでもこれだけは覚えていてね」

「うん」

「私がいたこと。きっとお母さんたちも覚えていてくれるけど……最期を看てくれるアリアが良いな」


看取ってくれるアリアが良い。そう我が儘を言うとアリアは頷いて


「分かった。忘れない」

「無理だよ」

「ええ!?」


理不尽だよ、涙目のアリアの言葉にホノカは全力で爆笑した。


☆☆☆☆☆


えー、現在の状況をですね、簡単に説明しますとですね、はい、囲まれております。ドラゴンと戦うはずなのにたくさんの人に囲まれています。


「アリア、どうしよう」

「ん、んー? 全部斬れば良いんじゃないかな? PKっぽいし」

「そんな物騒な。話し合いで解決しようよ」

「じゃんけんでどうにかなるなら桐原くんは人気者のままだよ」


アリアはよく分からないことを呟きながら地面を蹴った。そのままの勢いで突いた。心臓のある位置を軽々と抜かれた人は光となって消えた。つくづくファンタジーだ。


「人質を取れ!」

「あの女を取り押さえろ!」

「てぃっ!」

「「「ぎゃぁぁぁぁ!?」」」


アリアの剣が振られる度に人がどんどん光になっていく。そしてあっさり囲んでいた皆さんは光となって消えてしまいました。あぁ無情。


「さっさとドラゴンと戦わないとね。時間は有限だよ」

「ホノカが言うと嫌な説得力があるよね」

「おっほっほ」

「何キャラなのさ」


アリアと談笑しながら森の中を歩いて移動する。そして森が開けた、半径十五メートルほどの広場にそのドラゴンはいた。丸まり、眠るかのように。そのドラゴンはアリアの遠慮無い足音で目を覚ました。そしてぐぁぁ、と吠えた。


「おはようございます」

「なんで当てレコしているの?」

「こんな朝っぱらから何の用じゃ小娘。ちょうど良い、朝ご飯にしてくれよう!」

「なんでテンション上がっているのさ!」


アリアの手がドラゴンの牙を受け止めた。痛そうだ、と思ったがアリアの体力に減る様子が無い。


「ほーら、さっさとやっちゃってよ」

「その前にどうしてダメージを受けてないの?」

「こいつ、体力はあるけど攻撃力無いの」


あらまぁ、と思いながらアリアの作ってくれた剣を握りしめる。《ホノカの剣》。私の名前がついた剣。それを両手で握りしめて振りかぶる。


「アリア」

「ん?」

「ありがと」


別れの言葉を口にすると、アリアの表情が劇的に変化した。


☆☆☆☆☆


もしかして死ぬ気なんじゃないかな。アリアはその疑念を晴らせずにいた。戦いのならもっと安全なモンスターで良いじゃない。ドラゴンである必要はない。そう思っていた。そして


(何で嫌な予感に限って当たるかなぁ!)


剣を握りしめて駆ける。全力で駆けても間に合うか分からない。剣を手放した。もう片方の剣を逆手に持ち替え、一瞬でも長生きさせるために駆ける。

逆手に持ち替えたのは単純、勢いを乗せた斬撃を放ちやすいからだ。


「ホノカぇぇぇぇぇっ!」

「嘘!?」

「だりゃぁぁっ!」


勢いを乗せた一撃はドラゴンを全損させた。それに目もくれずアリアはつかつか、と詰め寄った。それにホノカは一歩下がるが


「逃げるな」

「ぁ、はい」

「なんで死のうとしたの? 説明プリーズ!」


プンスカと怒っている姿が可愛い、そんな場違いな感想を抱くホノカ。そしてホノカは少し躊躇して


「死ぬときが悲しいのは嫌だったんだ」

「……?」

「だからアリアと仲良く入れて遊べて、そのままの気分で死んでいきたかった。リアルワールドに戻って惨めな思いをしながら死ぬよりもずっと良かった」


だから、ね?


「アリアの剣で私を斬って欲しい。アリアが私を終わらせて欲しい」

「……やだ」

「子供だなぁ」

「大人だってやだよ。なんで親友を殺さないといけないのさ」


婚約者シンをばっさり斬った者の言葉じゃない。アリアは自分の脳内のその言葉を叩き潰して


「ホノカ、死ぬまで死なないでよ」

「難しいなぁ」

「良いから。それとも無理?」


アリアの小柄な体を抱き上げて


「死ぬまで死なない。約束するよ」

「ん、よろしい。それじゃドラゴンを倒そっか」

「え?」

「死ぬためだけのドラゴンだったの? 戦ってみたいんでしょ?」

「ぁ、うん。それもある」


なので


「ホノカ、行きます」

「おー!」


何故かわざわざ木の上に昇ってチアガール衣装に着替えたアリアは謎の動きを始めた。ダンスっぽいけど何だろう。ボンボンを付け忘れているから間抜けっぽい。


「ふぅ」


《ホノカの剣》を両手で振り上げて振り下ろした。しかしドラゴンの牙と激突して……一撃だった。


「アリア、このドラゴン弱いよ」

「だってステータスが高いアカウントなんでしょ? それの僕が作った装備だし……」


アリアは口を噤んで木の上から飛び降りた。そのまま腰の剣を抜いた。


「その剣は?」

「静かに……囲まれている」

「え?」

「PK集団……意外と執念深いみたい」

「え!?」

「ホノカ、逃げるよ。戦うのは危険だ」


アリアが危険? そんなことはないはずだ。だとすれば何が危険なのか……私の身だろう。つまり


「私が戦うってのは?」

「万が一が有るから無し。それともーー」


アリアの目が睨むような感じになった。それはまるで死ぬ気なの、と問い詰めるような感じだ。だからおとなしく剣を鞘に収めて……納め……納……納まれよ! ぐらぐら揺れる鞘を掴んで無理矢理しまった。そのまま顔を上げて


「逃げるったってどうやって逃げるの? 囲まれているんでしょ?」

「うん。だから突き破る。ホノカはそこから出て街に逃げ込んで」

「ぇ!? アリアは?」

「僕もすぐに追いかける。十人以上いるんだ、無謀な戦いはしないよ」


アリアは嘘を吐いた。だがそれはホノカにはお見通しだった。だからなのか


「森の外で待っているから急いでよね」

「安全圏で待っててよ」

「大丈夫だって」


アリアは根拠のない地震を困惑の瞳で見つめた。それを正面から見つめ返していると


「分かった、僕の負けだ。さっさと突破して逃げるよ」

「ラジャー」


くるっと剣を順手に持ち替えてアリアは真剣な表情になった。今までに見たことのない表情だ。そしてーー


「行くよ!」

「うん!」


低い体勢で走り出した。この一週間でなんとか走れるようになったが全力疾走は無理だ。それをアリアは承知の上で走っている。走れという意思表示なのだろう。なんとも酷い妹だ、と思いながら走っていると


「だるぁっ!」


裂帛の気合いと共にアリアの姿が掻き消えた。そして何かが斬れる音が聞こえた。そのままその音は何度か聞こえて


「いまだよ!」

「何が!?」

「突破!」


アリアの声に苦笑しながら人の壁の隙間を抜ける。するとアリアは急に体の向きを変えて


「思った以上に速い。ホノカは先に行ってて!」

「え、でも「早く! このまま進めば街だから!」


叫ぶほどの事態なのか。これまた初めて見る本気の叫びにホノカは戸惑いつつ走り出した。こっちの方向に街がある、とアリアは言っていた。だったらそこで待とう。そう思っていたのだが


「二重防壁って訳ね……」

「あんたに恨みは無いが《最強》の人質になってもらうぜ」

「やだなぁ」


見回すと15,6人。多いと思いながら剣を抜く。そのまま両手で正眼に構えて


「精一杯抵抗してーー生きてやる」


死んでやる、と言おうとした。でもアリアは守ろうとしてくれている。だったら死ねない。まだ、死ねない。死ぬけど死ねない。


☆☆☆☆☆


アリアは焦っていた。焦りながら首をはね飛ばし、その勢いの回し蹴りで吹っ飛ばす。さらに心臓に剣を突き刺して着実に止めを刺す。


「あぁもう! 多い!」


ただでさえ追いつかないといけないのに。そう思ったアリアへ野卑な声がかけられた。


「今頃お前の連れは俺たちの仲間が捕まえているぜ?」

「……あぁ、そう。そうなんだ、そういうことなんだ」


捕まえているってことは人質にするのだろう。僕への人質にするんだろう。アリアは自分のせいでホノカを巻き込んでしまったのを悔やみ、剣を逆手に持ち替えた。


「死ね!」

「五月蠅い」


振り下ろされた剣を避けて心臓を刺す。光となって消える体を無視して剣を振るう。剣による防御の上から切り裂いて全損。


「がぁぁっ!」


獣のような叫びを上げてアリアは全てを殺し始めた。そして三十秒が過ぎた。そこには誰も残っていなかった。


「待っててね……ホノカ!」


逆手に握った剣を握りしめ、アリアは駆ける。失われようとしている命を一瞬でも長く生かすために。


☆☆☆☆☆


「達也! 一体どうなっている!」

「どうも中でPK集団に襲われているようだ……落ち着けジャック」

「はぁ!?」


達也の言葉に部屋から駆け出そうとしたジャックの動きが止まった。


「アリアが側にいるみたいだ。モニターしていて良かった」


達也はそう嘯きながらデバイスの電源を落とした。本当はいないのだから。だがアリアなら、と思った。アリアなら最後の時間まで一緒にいてあげられるだろうと。だから達也はメールを一件送った。


☆☆☆☆☆


「人質になるって人生初の経験だなぁ」

「そんな経験がある方が珍しいっての」


人質にした人は意外と気さくなようだ。だが椅子に縛られているのは納得いかない。


「逃げたいなー」

「アリアへの人質なんだから逃げられると困るんで、そこんとこよろしく」

「あなた方が困ろうと私関係ないんですけど」


それもそうか、と笑う人質にした人。何この人、悪い人じゃないみたい。例え悪人じゃなくても恨むけど。最期の時間に水を差した、それだけで恨むに事足りる。


「はぁぁ、ついてないなぁ」

「人質になるなんて人生で一度有るか無いかだよ。存分に楽しむと良い」

「人質の何を楽しめと?」

「さぁ?」


こいつアリアに斬られないかな、ホノカがそう思った瞬間ざわめきが聞こえた。そして光が何度も瞬いた。そのまま光は徐々に近づいてきて


「ホノカを返せ……っ!」

「よく来たな、アリア」

「ホノカを、親友を返せ!」


アリアは激昂している。それを眺めて動けないホノカは逃げたくなった。怖い。本能的なそれをホノカは感じながら椅子をがたがたさせる。逃げられないかな、と思いながら。まぁ、逃げられないよね。分かっていたことながらアリアの足を引っ張りそうだ。


「アリアー」

「なに?」

「私に構わずやっちゃって!」

「……オーケイ!」


そこからは本当に目で追うのがやっとだった。アリアの手にある細い剣が閃く度に人がどんどん倒れていく。光になって消えていく人をアリアは目も向けず、次々と切り倒していった。そして気さくな人が私を、人質を使おうとしたら


「ホノカには指一本触れさせない」


眼孔を貫いた。すっげー痛そう。

アリアの戦い方は舞うように苛烈だった。峻烈苛烈、言葉で表すには足りないと感じるくらいに。そんな姿を眺めていると一種の舞踊のように見えてきた。

だからなのか、満足したのだろう。満足してしまったのだろう。ホノカは目を閉じた。すでに音は聞こえなくなっている。戦闘が終わったのだろう。耳が聞こえなくなったわけじゃ無い。


「ホノカ、無事だよね?」

「うん、大丈夫だよ。ありがとね、アリア」

「うむ……ホノカ」

「ん?」

「私は絶対にホノカを殺さない。だけどホノカが本当にそれを望むのならーー斬っても良い」


アリアの目には迷いが見て取れた。斬っても良いと思うのは戦ったからだろう。そのテンションのままだから言えるのだろう。


「でも少しでも生きていたいのなら……一緒にいるよ」

「………………アリア」

「どっちを選んでも後悔が無いようにね」


逃げ道としての死ではない。でも生きていたいのか、と聞かれたら生きていたいと思える。でも死ぬしか無いのだ。涙などとうに流し尽くした。だからもう、ホノカは悲しい涙を出さない。


「あぁ、アリア」

「なに?」

「もう少し一緒にいて。でも止めを刺すのはアリアでお願い」

「……良いんだね?」

「今のこの時間にも少しずつきつくなって言っている。だからーータイミングは私が分かる」


達観したホノカの言葉にアリアは頷く。涙混じりの顔で頷いた。


「お話、しようか」

「はぁ? 最後なのに?」

「最期なのに」

「……うん、そうだね」


それからは他愛もない話を続けた。アリアの好きな色は赤系と青系だったり嫌いな食べ物はキノコだったり恋人くんとののろけ話。色々話して色々聞いて……その時が来るのはあっという間だった。


(アレ……? おかしいな)


目はちゃんと開いているのにぼやけているようだ。直接脳へ送られているはずの視覚情報なのに……そこまで考えてホノカは気づいた。


(そっか、リアルの体が終わりかけているんだ……)


ホノカは大きく嘆息した。それにアリアは驚く。今の話に嫌なところがあったのか、と。しかしホノカの表情は至って穏やかだ。


「アリア」

「ん?」

「お願い、私を殺して」

「……もう、お別れなの?」

「みたい」

「寂しいよ……嫌だよ」


アリアのか細い声に笑う。


「アリアはもっと堂々としているべきだよ。それに私は死んだってアリアを待っているから」

「……」


アリアは無言で剣を抜いて、立ち上がった。それに釣られて私も立ち上がる。


「お別れだよ、アリア」

「……だね」

「アリア、これだけは言っておくね。私の名前を子供の名前になんかしたらダメだよ」

「あ、良いアイデア」


やっちまった。ホノカは最期までそんな調子の自分を笑い、目を閉じた。そのまま両手を広げて


「お願い、アリア」


瞬間、何かが体に割り込んだ感触があった。


☆☆☆☆☆


うぇっぷ、といった感じで吐きそうになった。そのまま激痛を耐えながら咳き込もうとする。しかし私の体はそれを許さない。どこの器官が終わっているのか知らないけど、もう耐えられそうにない。いや、もう耐えなくて良い。


「……(お母さんとお父さんは?)」

「まだ来ていないな……ジャック」

「分かっている。もうタクシーを拾ったそうだ」

「……(ジャックさん、間に合うと思いますか?)」

「……さてな」


ジャックさんは優しい。間に合わないのを理解している上でそう言ってくれた。


「……(お二人に看取られるんですね)」

「悪いな、アリアじゃなくて」

「……(え?)」


何故そこでアリア? ……あぁ、でもアリアになら看取られても良い。家族じゃなくてもそう思える。


「……(でもアリアがここに来るはずがありません)」

「ほぅ?」

「……(だってそうでしょう?)」

「ふむ、俺はアリアが小学生の頃から知っているが……あいつならきっと


扉が開かれた。そして靡く洋紅色の髪。ぜぇぜぇ、と全力疾走したかのような荒い息。


「……(アリア!?)」

「……ホノカ……まだ生きているよね?」


両手片足無く、他にも色々と足りない私を見てもアリアはなんの感想も述べなかった。そして私に手を伸ばして


「よかった……間に合ったね」

「……(みたい)」


でももう意識が薄れ始めている。アリアの顔すらぼやけている。


「……(アリア)」

「なに?」

「……(一週間楽しかった、ありがとう)」

「……こちらこそ」


アリアの鮮明な髪の色だけが分かる。肌色に白に色々混ざった中でも鮮烈なその色を見つめて


「……(またね、アリ

「……ホノカ?」

「……ジャック」

「ああ。アリア、一旦出るぞ。本来なら部外者なんだからな」

「部外者じゃない、親友だよ!」


ジャックの手を振り払ってアリアは亡骸に駆け寄った。そのまま無言で見つめている。


「絶対に泣くもんか」


アリアは心に決めているかのように呟いた。そして


「達也、本名はなんだったの?」

「……ホノカ」

「なんだ、僕と同じか」


本名プレイだったんだ、とアリアは頷いてカプセルの表面に触れた。その中で眠る彼女にできるだけ近づくために。


「ねぇ、ホノカ」


アリアはそのままぽつりと呟いた。


「お疲れ様」


*****


実のところ、アリアがホノカの死に立ち会えたのはギリギリだった。ホノカを斬った直後、ログアウトをして直美に電話をした。そのまま直美の車に乗って


「達也たちの会社!」

「はいよ!」


急ぎの要件だ、と聞いて直美は何も聞かずに車を回してくれた。アリアは直美に感謝しながら会社へ向かった。そのまま受付に急いでいるから、と言って走った。顔パス程度には受付のおねーさんと知り合いだったからできることだ。

結果としては間に合った。だけど


「達也」

「なんだ」

「ホノカは楽しかったかな?」

「ああ」


達也はアリアに何も言葉をかけるつもりは無い。だがアリアは


「楽しかったのなら、良いや」


涙混じりの笑顔でそう呟いた。

月曜日体育あるんだよな……嫌だな……そんな憂鬱に追い打ちをかける今回の話

長い上に内容も無いよう(笑えよ、ベジータ)


次回からも普通に続きますんでよろしくお願いします

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