マグナ
「ごめん、本当に迷惑を掛けた」
アリアが頭を下げる。それにその場にいた7人が驚く。アリアがそんなことをする、できる人間だと思っていなかったから。その後、それを口にしたレヴィにアリアが怒ったのは当然とも言えるだろう。
*****
「もしもし、優さん?」
『はい。お久しぶりです』
「久しぶり。今日はどうしたの?」
『アリアさんは《悪魔の肝》事件を覚えていますか?』
それにアリアの手が止まる。そしてこくり、と頷いたのを確認して優さんは
『AIベースのサンプルの思考が偏っている、私たちはそう結論を出しました。ですからアリアさんにお願いがあります。もちろんお給料もあります』
「んー? 何をするの?」
『AIベースと一緒に生活してください』
「え? 同居ってこと?」
『詳しくはまた顔を合わせて、ということで』
非常に気になる引きで優さんは電話を切った。それにアリアは大きくため息を吐いて達也に電話をかけた。そしてワン切り。これで着信履歴から掛け直してくれるはずだ。そう思っていると
『もしもし、どうした?』
「ん、今時間良い?」
『構わんぞ』
とりあえずベランダに出て
「優さんにAI関係のことを言われたんだけど」
『ああ、例の件か。俺も説明の際に同行する予定だ』
「あ、なら良いや」
『それとまた親御さんに伝えて欲しい』
「ん?」
『お前の日常生活にも関わるからだ。頼めるか?』
「お母さん土日は時間があるよ」
そのまましばらく達也と話していた。
*****
「お姉ちゃん、それ何?」
「んー? これはマグナだね」
『マグナです』
「マグナ、こっちは妹のエミ」
『エミさんですね。プレイヤーネームエミと一致しますね』
「同一人物だよ」
「あの……お姉ちゃん、結局何なの?」
エミの言葉にアリアはたはは、と笑って
「マグナはAIベースのコピーだよ。少しの間私と一緒の生活をするんだ」
『よろしくお願いします』
「うむ」
アリアの言葉にアリアの肩の機械が動いた。エミの顔をズームにし、記録した。そのままアリアに連れられてアリアの部屋に。そして机の上に置かれた。きょろきょろ、と室内を眺めて
「マグナ、何かあったらすぐに言ってね」
『では率直に申しまして埃が積もっていますね』
「ん、そうだね。掃除しないといけないかもね」
『掃除の仕方を検索します』
「良いよ。うちのやり方があるし」
雑巾が万能だという我が家の家訓をマグナに言うと機械からそんなはずは無い、みたいな雰囲気が。達也やジャックを始めとしてサンプル数を増やした、計5000人のサンプル精神ですらおかしいというのか。
「みーんなおかしいって言うんだよ」
『率直に申し上げれば私もです』
「マグナのけち」
『けち……? 守銭奴という意味ですか?』
「自分で考えてみたら?」
雑巾を絞って本棚の上を拭く。マグナがその様子を眺めているのにアリアは気づかなかった。その様子がまるで観察しているようなのにも。
『アリアさん、その本は?』
「ん……昔読んでた本かな」
『懐かしい、とでも言うべき感情が湧いてきました。多くの人が知っている過去の名作のようですね』
「うん」
ポッターなハリーが主人公の本のページを捲る。
『アリアさん、電子媒体で良いのではないでしょうか』
「本はね、こうやって捲るのが良いんだよ」
『私は手が無いので』
「そっか……だったらいつかはロボットみたいに体を得るのかな?」
『何をロボットと定義するのですか?』
*****
分からなかった。たくさんのサンプルから人格を創り上げた彼女との接し方が。だからアリアは自分が自分らしくいられる世界へ行こうとした。デバイスにUSBケーブルを繋いで仮想空間へ。そこでマグナの容姿を創り上げようとしたのだが
「どのような容姿が良いのでしょうか?」
しきりに疑問を投げかけてくる彼女にアリアは戸惑うばかりだった。なんとか全員で相談してみたら、と言ってマグナが納得したのを見て安堵する。そして
「透き通る薄緑の髪に赤い瞳が良いとの意見が鶴の一声となりました」
「ほうほう」
「髪型はツインドリル、マカロニのようです」
「中々不思議な感じのキャラクターになりそうだね」
アリアはマグナと話している。だがその姿を見ることができない。なぜならリアルの体をスキャンしたわけじゃ無いからだ。
「ってことでマグナに体をください」
「お前は何を言っているんだ」
「お願いします!」
「説明も挨拶も無しでいきなりだぞ? そもそもマグナって誰だ」
『私です』
「AIベース……? アリアのネーミングか」
「うん」
「だと思った」
残念だ、と呟く達也。何が残念なんだろう? そう思いながら
「マグナをソーニョの、僕たちの世界に連れて行きたいんだ」
「……なるほどね。少しAIベースを借りるぞ」
「AIベースじゃ無いよ。マグナだよ」
「わかった」
達也は肩に乗せていたデバイスを受け取って奥に引っ込んでいった。そして一五分もしただろうか、達也が帰ってきた。その手に私が持っているのと同じデバイスを二つ持って。
「達也?」
「アリア、お前のはこっちだ」
ご丁寧なことに『アリア用』と書かれたシールが貼ってある。それに疑問を感じていると
「アリア、《最強》としてのお前じゃ無くてもう一度、最初のレベルからでお願いしたい」
「……どうして?」
「同じ目線でやって欲しい。給料もちゃんと出す」
「まだ就職してないんだけどね」
達也が苦笑している。それにマグナのカメラが録画するかのように動いた。そして
『何か面白いことがありましたか?』
「ん? ああ、これは俺にとっては面白かったことだ。大衆的にはそうでも無いだろうな」
『分かりました』
達也とマグナは事務的に会話をして
「アリア」
「なに?」
「この前の社員会議でな、あの馬鹿がお前を採用したいと言いやがった」
「社員会議で何しているのさ!?」
「そして業績のあるお前なら、と言うことでうちの会社の全員がお前が入社してくるのを心待ちにしているぞ」
「えぇ……」
「まぁ、ひねくれ者もいるだろうが」
どうしてそんなことになっているのさ……訳が分からないよ。軽くQB化しつつ三年になってから返事する、そう言うと
「ああ、それが良い。義務教育を受け終えないで入社すると色々大変だろうからな」
「そんな人もいるんだ」
「ああ。だがアリア、ちゃんと卒業してくれ」
「はーい」
五分後
『アリアさん』
「なに?」
『人には良い人と悪い人がいる。それぞれの定義は様々で、誰一人として同じじゃ無い。そう言い切ったサンプルがいました』
「ジャック?」
『はい』
あの哲学的思考愛好者め。言葉遊びが好きらしい。何でも日本語が愉快だとか言っていた。英語は難しくて不愉快だけどね。ローマ字で良いじゃん。
『達也さんは良い人です。アリアさんもそう思います』
「んー?」
『この世は何をもって善悪を判断するのか、アリアさんの定義を教えてください』
「……私にとっても善悪、かぁ。中々難しいなぁ」
そうだなぁ、
「僕が善だと思うのは良いことをする人。悪い人は悪いことをする人だね」
『アリアさんの主観でですか?』
「うん、だって人間ってそんなもんだよ」
言い切るとマグナは何故か家に帰るまで沈黙していた。
マグナ、アリアちゃんの斜め上を行くネーミングセンスで名付けられたAIベース
たくさんの人格サンプルがあるため喜怒哀楽などの人間的思考は理解している
アリアちゃんの就職祝いでどこかに食事でも行きたい気分です




