誘拐
瑠璃の朝は早い。いかに近所の大学とは言え、一講目に授業が入っているのだから。
朝起きてベッドから体を起こし、そのまま着替えて朝ご飯を食べる。歯を磨いて身だしなみを整えて家を出る。
*****
亜美の朝は少し襲い。亜美の勤めている部署が動き出す時間が遅いのもその一因だろう。しかし亜美はこう思っている。
ツゲオが私を起こすのが遅い、と。学校に行く前に起こすのじゃ遅い、と不満を口にしても弟は一切取り合わなかったのだ。
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直美の朝は早い。朝5時半のアラームで目を覚まし、そこで寝ている妹たちを見てにへら、と頬を緩ませる。そのまま音を立てずに着替えて
「行ってきます」
軽いランニング。直美はそう思っているが15キロを軽いと感じるかは人次第だろう。
そのまま誰も起きていない家に帰る。音を立てないようにシャワーを浴びるのは不可能だ。だからなのか直美の両親はシャワーの音で目を覚ます。
着替えてサッパリした後、授業を確認して三人の妹たちを起こす。シェリルはあっさりと目覚め、アリアとエミは中々目覚めなかった。そこで二人の寝顔の写真を撮った。
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柘雄の朝は少し早い。姉を起こすのもあるが家族全員の分の朝ご飯を作るからだ。別に強制されているわけではない。
「いただきます」
食べながらニュースに目を通す。特に気になるニュースは無かった。とりあえず着替えていると
「直美?」
直美からメールが届いた。添付されたjpgファイルを開くと
「……」
アリアの間の抜けた寝顔を見て柘雄は穏やかな気持ちで1日を過ごした。
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真白の朝は普通だ。早くもなく遅くもない。それっぽい時間に起きて朝ご飯を食べてぼんやりしながら頭を覚醒させる。
「む……」
ニュースを眺めていると電車が事故を起こしたみたいだ。いつもと違う時間に家を出ないと、そう思いながらお茶を飲んだ。
*****
アリアの朝は波がある。早いときもあれは遅いときもある。そんな感じだ。
「うなーぁ」
「あ、起きたみたいね」
「む……シェリ姉?」
「そうよ。エミも起きなさい」
「まだ良いよー」
ほわほわと笑いながら顔を出した直美に驚く。そもそもどうして私とエミが同じ部屋で寝ているの?
「ここどこ?」
「私の部屋よ。ほら、早く顔洗ってご飯食べないと」
「あ、うん」
スマホを見ると今は朝の6時。眠いはずだ。そう思いながらのそのそ、とお布団から出て
「おはよ」
「おはよー。なんで私たちここにいるの?」
「寝ちゃったからよ」
「むむ?」
*****
「ごめんね、送ってもらって」
「良いの良いの。これからこのまま大学だからね」
「頑張ってねー!」
「うん。アリアちゃんもね」
直美は車の運転席から手を振って
「学校はどう? 慣れた?」
「慣れたわよ。直美の方こそどうなの?」
「どうもしない。大学は変化が薄いのよ」
「そうなの?」
二人で会話を続けていると二人の姉妹が家を飛び出した。そしてそのまま駆け出すのをシェリルが器用に両手で掴んで止めた。
「はいはい、止まりなさい。直美が送ってくれるってよ」
「そっか、ありがと」
「良いの?」
「良いの良いの。さっさと乗りなって」
*****
「……アリアちゃん、結構辛そうね」
「……知ってるわよそんなの」
「でも助けない、と。いや助けられないんじゃないかな」
「……」
シェリルは何も言わない。そして大きくため息を吐いて
「あの子、変わったわ」
「知ってるわよ。アリアちゃんは私たちを頼らないのは変わってないけどね」
「……直美、お願いがあるの」
「ん?」
「あいつを誘拐して」
*****
直美やシェリルの言うとおり、アリアは憔悴していた。本人が気づいていないところで。
生徒会長という役職、それのプレッシャー。さらには同じ学年、上からの嫉妬などの精神的なダメージ。それらが彼女を蝕んでいた。だから彼女のそばにいると彼女は決めていた。
「きり、この書類ってどうするの?」
「……ん、ああ。ごめん、聞いてなかった」
「もう。この書類はどうしたら良いの?」
「あー、それね。それは高城先生に出す奴だね。朝日どんと才人どんの名前が必須でね」
「へぇ」
アリアは頷いた。その顔は疲れている。しかしアリア自身はそれに気づいていない。直美の狙いも失敗に終わったのだから。正直に言えば直美はアリアを起こさないつもりだった。そして起きるまで一緒にいるつもりだった。しかし意外にも起きてしまった。
「ドン朝日、サインプリーズ」
「あーい……ってアリアの名前はいらないの?」
「会長のもいるけど代筆するから」
「おい」
アリアの突っ込みを無視して
「ミスター才人、ゼロ魔の才人のサインください」
「無理だろそれ……するけどさ」
きりはそれに頷いて最後に自分の名前を書いた。そしてアリアを眺めて
(書けそうな感じじゃ無いなー)
そう勝手に判断した。それは間違っていない。だが
「アリア、書きたい?」
「うんにゃ」
「やっぱり」
でしょうね、と思いながら書き込んでいると
「きり、眠いから甘いコーヒー買って来て」
「んー、エメマン?」
「エメマン」
何の略か知らないけどとりあえず口に出すと合っていたようだ。とりあえず生徒会室を出て廊下を歩く。そのまま職員室に入って提出し、購買と食堂近くの自販機の前で躊躇った。今のアリアに必要なのは別の者だ、と。だから
「あ、これください」
「はいよ」
自販機でカフェオレと無糖のコーヒーを買い、そのまま購買で団子を買った。食べたいからだ、私が。
「……あるぇ?」
電話を掛けたが相手が出ない。それに戸惑っていると
『もーしもーし。きりちゃん?』
「あ、直美さん? 江利先輩は?」
『今猿轡で喋れないよ』
「え!?」
『今ちょっと誘拐中なの』
『馬鹿なこと言ってないでデバイス返してよ』
「あ、江利先輩。ちょっと良いですか?」
江利先輩が肯定したのに頷いて
「ちょっとお願いしたいことがあるんです」
*****
何でか知らないけどまた誘拐された。ただ直美が「ちょっと誘拐するねー」と言ってきたので「良いよー」と返したから仕方ないのかもしれない。とりあえずぐるぐる巻きを楽しんでいると
「わ、本当に簀巻きだ」
「……シェリ姉?」
「それじゃ私帰るから」
「じゃーねー」
「直美、あんまり遅くならないうちに帰してね」
「それは私じゃどうにもならないわよ」
「そうかもね」
*****
エミは知っている。シェリルも知っている。お母さんもお父さんも知っている。
直美も知っている。瑠璃も知っている。亜美も知っている。
きりも知っている。朝日も知っている。アリアと親しい者たちは大体みんなが知っている。
アリアが頑張り屋さんで、心が弱いことに。アリアが頑張っているのを知っている。だからみんながアリアを好きなのだろう。しかしアリアを助けられるのは彼女たちではどうにも出来なかった。
「だからお願いしたのよ。アリアちゃんをよろしくってね」
「……シェリル、僕は……そんなことが出来るとでも思うの?」
「まさか。思うはずないでしょ」
シェリルの言葉に彼は困ったような顔をした。そして
「アリアちゃんを抱きしめてあげて。きっとそれだけで……何かが変わるから」
そう言われ、彼は背中を押され、アリアがいる部屋に倒れ込んだ。そして顔を打って地味に涙目になった。
直美は講義を週3日に集中させて残りの四日を自由にしています
なので暇人そうに見えますが気のせいです
次回、ツゲオとアリアのいちゃいちゃ回の予定
爆ぜろツゲオ
作者が登場人物に殺意を抱く初めての例である
何かしらの感想ください
作者のモチベのためにもください




