ビッグコボルド
「エミ、後ろから来てるわよ!」
「え」
「アスカも!」
「嘘⁉︎」
高い位置からシンは見下ろしていた。物理的にも、精神的にも。眼下での戦いは稚拙そのものだ、と思いながら心配していた。
「やべ、囲まれたっぽい」
「《ファイアー》! 《ファイアー》! MPが⁉︎」
「んにょわぁっ!」
「エミ⁉︎ なんで突っ込むのよ⁉︎」
「大分カオスだね」
苦笑しながら飛び降りる。そのまま剣を抜く。彼女が創り上げた剣、《夜明けの剣》だ。《黄昏の剣》は抜かない。二本を扱うほどのモンスターではないから。
「んっ、と」
一回振って二体を倒す。そのまま二回振って六体を倒す。全滅させた。
「無茶は良くないと思うよ」
「……はい」
「無茶じゃないよ!」
「アリアもよくそう言うけどスキルもレベルも上げない、回復アイテムを準備しないでの連戦は無茶だよ」
彼女がやっている無茶とは程遠い。ソロで挑む、それだけの無茶だから。回復やスキル、レベルともに最大、それに比べて
「戦闘が終わっても経験値を使わない、貯めたい気持ちが分からないわけじゃないけどまだレベルの方が重要だよ」
「ほーい」
「分かりました」
「先生!」
「えっ⁉︎」
シンはそう呼ばれる経験が無いから驚いた。それに構わずピュアホワイトは
「近接で戦うコツを教えてください!」
「……扇で?」
「はい」
「うーん」
扇を使ったことが無いから分からない。だけど近接に共通するのは
「攻撃をするよりも防御を重視、かな。相手が自分より遅いときや隙がないと仕掛けないくらいの気持ちで」
「でもそれってモンスターを倒せないじゃないですか」
「MMOだよ、ここは」
「……?」
「君たちはパーティを組んでいる。だから協力ができるじゃないか」
ソロプレイに慣れ過ぎているのも考えものだ、シンが独りごちていると
「だとしたらソロプレイヤーはどうするんですか?」
「それは僕の場合? それとも……」
「お姉ちゃんの場合!」
エミが叫ぶ。それにシンは驚いたような表情を浮かべ、そして笑った。それに周囲が奇異の視線を向けるもシンは気にせず
「アリアはもっともソロプレイヤーらしくないソロプレイヤーだよ。他人との協力もするしソロプレイヤーとしても活躍する。回復はしないで良いほどに回避に専念しているし攻撃も誰よりも苛烈さ」
「えらく雄弁ですね」
「それは……」
シンが思わず口篭る。それにアスカは微笑ましく思い
「アリアさんが好きなんですね」
「…………はい」
「ええ⁉︎ あのお姉ちゃんを⁉︎」
「どんなお姉ちゃんなの?」
「お姉ちゃん家だとダメダメだよ! 部屋の電気を消し忘れるし服を脱いだら床に置きっ放しだし!」
エミの言葉の内容に温かい目線がシンを見つめる。しかしシンは微笑んで
「それでも好きだよ」
「むぅ……お姉ちゃんの果報者」
「あのアリアをここまで愛している奴がいるとはね」
愉快そうに笑うアヤに対してエミは頬を膨らませている。嫉妬だろう。
*****
「新年度イベントに備える?」
「うん。正確にはイベントの一つだけどね」
「何があるんですか?」
「星獣だよ」
「あー、アレかぁ」
「確かにあったなぁ」
仕様が変わって三箇所に出現、プレイヤーはどこか一箇所のみ参加可能となっているイベントだ。最上層と中盤の層、そして《始まりの街》に出現する。初心者でも参加できるようになった。
「アレ、本気で挑んでも無駄っぽいしな」
「そうかな? 攻撃するだけでスキル熟練度は上がるし攻撃しただけで参加したこととなるから経験値もアイテムももらえるよ」
「え、そうなの?」
「でも装備はもらえないんでしょ?」
「アレは……3人しかもらえないから」
3人? と、エミが呟く。
「確か初回はそうじゃなかったんですよね?」
「うん。1人のプレイヤーだけってのはバランスが悪いって運営が思ったんじゃないかな」
「その1人のプレイヤーって?」
シンは笑うだけで誰とは言わなかった。そして
「そろそろ経験値を使った方が良い。この先にはボスしか出ないから」
「挑むんですか?」
「ここのボス、《ビッグコボルド》は対人戦や大型モンスター戦の練習になるからね」
「シンさんもここで?」
「僕は別ゲーからだからね」
シンはそう言いながら洞窟の奥へと足を進める。そして
「ほら、ボスだよ」
「「「「えぇ」」」」
思わず全員が引くほどの巨大な、と言っても身長2メートル半くらいのコボルドが気炎を吐きながら剣を振りかぶっていた。しかし
「どうする? まずはお手本……になるかなぁ?」
不安そうに呟くシン、そしてその頭に向けて剣が振り下ろされた。
「シン⁉︎」
「シンさん⁉︎」
「マジか⁉︎」
「大丈夫でしょ」
シンというプレイヤーについて多少知っているピュアホワイトは心配しない。世界一のパーティメンバーがこんなところで負けるはずがないと分かっていたから。
「ちょっとくらい待ってくれても良いじゃないか」
そうぼやきながらシンは掴んでいる剣を手放す。そのまま腰の剣をゆっくりと引き抜いて
「防御はいらない」
そう言って軽々と剣を弾いた。しかし追撃を加えない。
「避けるか、そのサポート程度で充分」
薙がれた剣を足場に言う。
「攻めるのは確殺の時だけ」
そう言って《ビッグコボルド》がシンを見失って戸惑っている、その頭に柄での一撃を叩き込んだ。そしてその手の剣が砕け散った。
「剣が⁉︎」
「これはドロップアイテムだからね、気にしなくて良いよ」
気にしなくて良い、と言いながら倒れた《ビッグコボルド》を気にしていない。脳への一撃で起きる状態異常、《眩暈》だ。一定時間動けないそれを無視して
「続きで良いなら譲るけど?」
なんのことはなさそうに言った。それに女性陣は顔を見合わせて……己の武器を取り出した。
「レイピア……マリアに師事させたら良さそうだね」
「《スラスト》!」
「でもレイピアで切る……? アリアは何も教えていないのかな」
彼女が何を考えているのか、実のところシンにもあまり分かってはいなかった。肩入れはしない、と言い切った十秒後にマモンたちに心配だから、と頼んだりしていたから。
「しかし珍しい武器を使うね」
扇を見て、シンは呟く。
「防御主体の武器だけど攻撃だけをメインは初めて見たよ」
《炎舞》という焔を纏っての三連打の連発だけど。そしてアヤに関しては基本通りの動きだ。まぁ、若干バランスが悪いけど。アリアの言う通りの人物なら仕方ないのかもしれないが。
「《ファイアー》しか習得していないの?」
「はい、最初のスキルを高めておけば良いと魔王に言われたので」
「魔王……スキル使わないけどね」
「そうなんですか?」
「基本は防御ですし」
小回りの効く短剣での防御は崩すのが難しかった。崩してもすぐに立て直され、負けたんだった。しかし
「バランスが取れているのか分かり辛いなぁ」
シンはぼやく。遠距離一人に前衛三人。四人パーティなら仕方ないのかもしれないが、少しだけ気がかりだった。
本来の《扇》スキルなら遠距離からも攻撃できるのだけど……
「ま、個人のプレイスタイルに口は出さないよ」
自分の中でそう結論付けて、シンはボス戦の鑑賞を続けた。
アクセス数18万超えたよビックリだよ
ビッグコボルド
str50 vit50 int0 agi20 dex15
攻撃力30 防御力15
初心者が挑む最初にして基本のボス
剣を持ち、薙ぎ払いなどの範囲攻撃もしてくる
シン
str5642 vit417 int34 agi5408 dex803
攻撃力30398 防御力512
一撃もらったら即しレベルの紙耐久
次回、エミたちがビッグコボルド戦
ちなみにシンがアリアの平手打ちを喰らった場合即死します
夫婦喧嘩もおちおち出来ません




