結晶の塔
「《夜明けと黄昏の天剣》……強そう」
「そっちの《天魔斬刀》も」
シンとエミリアが新しく作った装備を見せ合っている。仲が良さそうだ。
「さて、それじゃ1人2Gね」
「10億ね。なんとか稼げる額ね」
「え、稼げる額なの?」
エミリアの言葉にシンが訝しげな視線を向けた。
*****
「さてと、それじゃ僕は少しダンジョンに挑んで来るよ」
「どこの?」
「そこの結晶の塔。初めて足を踏み入れるからさ」
背中の二本に腰の一本の感触を確かめつつ、装備全部の耐久を確認する。特に注意して確認したのは《韋駄天のネックレス》だ。
防御力にマイナスがある、しかしそれを補ってなお余るほどのagiの上昇がある。
「僕も行きます」
「私も」
「一気にバイト2人に抜けられると困るんだけど」
「その2人なら問題無いわね」
「無いですよ」
2人の言葉にうーむ、と悩み
「足を引っ張らないように……して欲しいな」
シンなら強い、だからエミリアにそう言ったんだけど
「私も強いから大丈夫」
だってさ。
とりあえず《結晶の塔》の入り口に向かう。色々声が掛けられる。それにおざなりに応えつつ中に入る。中は透き通った結晶に包まれた幻想的な空間だ。そう、思ったけど
「出て来るのがリザードマンとかだと場違い感あるよね」
「うん」
「はい」
2人も剣と刀を納めて頷く。どっちも強かった。だけど僕の方が強い。だって
「僕が最強なんだから」
「……? 何を今さら?」
「そうですね」
2人の言葉に満足して……ふと思う。
「プレイヤーいないね」
「そりゃそうよ」
「なんで?」
「生産系スキルに応じたドロップアイテムなのに生産系がいないと意味が無いのよ」
「むぅ?」
「つまり生産系スキルを習得していて、かつ強くないとここには来れないから不人気なの」
「両方を育てているプレイヤーも珍しいですからね」
と、すると僕たちカーマインブラックスミス組は珍しいんだね。
「あ、そろそろ十階層じゃない?」
「うん」
「何かあるの?」
「モンスターハウス」
「「え」」
驚きの束の間、踏み出した足が次の階層に乗った。そして結晶の中にたくさんの何かがいる反応が!
「モンスターハウス!?」
「たくさん沸いてきて全滅させないと進めない感じの奴!」
「大体把握!」
シンはそう言って《夜明けと黄昏の天剣》を構えた。そして
「先に行く」
「僕の方が先だ!」
シンと競うように前に出て、リザードマンを斬る。1から10階層は人型のモンスターしかいないらしい。だから両手両足に注意すれば問題ない、って入る前に魔王から聞いた。だけどそんなの僕には、僕たちには関係ない。何かされるより早く、動けるのだから。
「アリア!」
「大丈夫だよ!」
結晶の床を駆け抜ける際にいくつもの足を切り払う。誰も僕の速度には着いて来られていない。
「《居合い・月天》!」
エミリアの刀がリザードマンを纏めて切り裂く。
「っと」
シンの剣戟がリザードマンを切り裂く。
「どりゃあ!」
僕の跳び蹴りでリザードマンが吹っ飛ぶ。コンビネーションなんて無い、誰もが自由に動いているけどそれはそれでチームワークができている気がした。
*****
「で、今何階だっけ?」
「30くらい」
「そこら辺から100までボスラッシュ……製作者は何を考えているのよ……」
「楽しいから良いじゃん」
「気楽だなぁ……」
シンがため息をついてヴォルケイノドラゴンを見つめる。
「外から見た感じと中のエリアは切り離されているから出来る芸当ね」
「まさかいきなり火山が出てくるとは思わなかったなぁ」
「ま、あれはアリアが一人でもやれるから問題ないでしょ」
「うん、そうだね」
2本の天剣を構えてヴォルケイノドラゴンのいるフロアに足を下ろした。瞬間、大きな声で吠えられた。咄嗟に剣で音の衝撃波を切り裂いて駆ける。振り下ろされる前足を目前にしてさらに加速する。股の下を抜けて尾を避け、背後を取る。そのまま尾を切る。一撃じゃ足りない。だから続けて3度切り裂く。そして
「《アークスラッシュ》!」
一刀両断。一瞬にも満たないスキル硬直を抜けて
「《ソードリバーサル》! 《ダブルッサイクロン》ッ!」
噛み付きを両方の剣で逸らして首筋に叩き込む。飛び散るダメージエフェクトに目を細めつつ切り続けていると
「お疲れー」
「お疲れ……で、良いのかな」
スキルが終わるより早く倒れたヴォルケイノドラゴンの残滓に向けて剣を振り続けた僕に二人の温かい目が。そんな目で見ないで。悲しくなるから。
「次は二人がやってよね」
「はいはい」
「そもそも装備でお金掛かったんだから稼がないといけないんでしょ?」
「「うっ」」
二人して遠い目を。どっちも学生なら金欠の苦しみがよく分かるだろう。同士よ。
「……次は私が前ね」
「いや、僕が前だよ」
「引っ込んでなさい」
「お姉ちゃんこそ」
「お姉ちゃん?」
二人の動きが揃って固まった。シンと仲が良さそうだし刀使いだから万が一……とは思っていたけどさ。
「エミリアなの? それともエアリミなの?」
「……もう、これからはエミリアよ」
「なら良いや。さっさと進も」
二人の呆気に取られた表情に苦笑しつつ階段を上る。
このダンジョンでドロップしたのは《皮系》《糸系》《金属系》《木系》《結晶系》《食材系》だ。つまり僕が習得していない生産系スキルならもっとバリエーションが違う……と思うよ、多分。
「《居合い・羅刹》!」
「《デスペラート》!」
競うようにして繰り出される攻撃に何とか龍何とかドラゴンの体力が全損した。そのまま僕を置いてけぼりにしようと次への階段を上り始めている。酷い。
「協力って言葉を知らないの!?」
「「お前が言うな」」
「あ、はい。ごめん」
謝り、顔を上げた時にはまた何とかドラゴンが倒されていた。パーティだから経験値やお金、素材が何もしないで手に入るのって物凄く居心地が悪いんだけど。だから階段を使うなんてのんびりは止める。
「っ!?」
「壁を走って!?」
「遅いね、二人共」
二人の頭上を駆けて次のフロアに。どこかの森のエリアボスである木が葉を振り下ろしてきた。一枚一枚が刃の葉だ。当たったら一気に削り取られる。だから当たらない。
「回転剣舞!?」
「懐かしい技ね」
円環運動と遠心力を利用して連続で切りつける。僕の剣が届く範囲は僕の攻撃範囲。不用意に飛び込めばこの木のように切り裂かれて終わるだけだ。
「ねぇ」
「なに?」
「なんですか?」
「三人で協力して進もうよ」
「「お前だけは言うな」」
さっきよりも語気が荒く、二人はそう言った。そんな目で睨まないで。
*****
「らっしゃっせー」
「うわ、やる気無さ過ぎ」
「この時間帯は人がいないのよー」
マモンがのっそりと体を起こす。
「どーしたの、魔王?」
「アリアに伝え忘れていたがあの結晶の塔にな、アラクネーが出るらしいんだ」
「あー、上半身蜘蛛の」
「ああ。だから手伝おうと思ってきたんだが……アリアは?」
「もう遅いよ。行っちゃったわよ」
私の言葉に魔王が顔色を変え、店を飛び出して行った。
「ダァシエリイェス」
マモンのやる気の無い呟きにため息が出た。




