第一章 進行
「お兄さま?よろしいですか」
紅に通されたのは、元の世界の出流の部屋がまるまる4つは入りそうなほどの、広々とした大きな部屋だった。ここで寛げるようになるまで、時間を要しそうだ。
湯浴みの準備をしてくる、と言って出ていった紅とちょうど入れ替わりで、部屋のドアが小さくノックされる。どうぞ、と声をかけると、メイジーがひょこりと顔を出した。
「ガエルから聞きましたわ。お兄さま、学園に通われることにしたのですね」
二人して、肌触りの良いシーツに覆われたキングサイズのベッドに腰を掛けると、メイジーが話を切り出してきた。他愛もない世間話など、余計な前置きがないのが、メイジーである。
「うん。まずは勉強してからだけど」
「わたくしも、お手伝い出来ればよかったのですが。一足先に、学園に入学しますわ」
「のんびりもしてられないよな」
こうしている今も、どこかで魔術師が危険な目に合っているのかもしれないのだ。それを止められはしないにしても、力にはなりたい。魔法のことも、何もかも知らない自分が、歯がゆかった。
「メイジー強いんだってね」
「お兄さまほどでは。それに、ガエルにもまだまだ及びません」
「あの人すごいんだな……」
ただの美青年でなく、実力まであるのだから憎い。初対面時のガエルの様子から察するに、魔術師同士ではお互いの実力がわかるのかもしれないが、出流には誰が強いかなんてことは、見ただけでは検討もつかない。
「学園に通うとしても、お兄さまのご身分は明かさない方がよいかと」
「王子ってこと?俺の存在って公にはなってないんだよな。王子ってことをバラさない方が、情報収集をしやすいこともあるかもしれないしな」
城の外の人間には会ったことはなくとも、想像はつく。出流にその気がなくとも、王子とわかれば、他の生徒たちが萎縮してしまうことも充分に考えられる。そんな中で情報集めなど、困難だ。
「魔術師狩りが、出流お兄さまのことをどこまで知っているかもわかりません。もしかしたら、お兄さまのお顔は知らないということもあるかも。わざわざ、こちらからそれを明かすことはありませんわ」
「俺ですら、俺が王子だなんて未だに信じられないからな」
「お兄さまの身分を隠すことは、また別の問題が起こる気がしなくもないですが」
「……だね」
正体を隠していようと、王子であることは確かだ。それを隠すということは、後々面倒なことにもなりかねない。まだまだ問題は山積みだが、ここまで来たら、後戻りはできない。自分で決めたことではあるものの、先が思いやられるなと、出流は小さくため息をついた。