第一章 存在の消失
「魔法が切れかかってるって、なんでなの?」
やっと質問が許されたようなので、気になったことをどんどんと問いかけることにした。守護の魔法とやらには、時効があったりするのだろうか。あるのだとしても、それは魔法をかけた側も承知をしているはずだ。となると、出流の守護の魔法が消えてしまっているのは、異世界の方でも想定外の出来事なのだろう。
「お兄さまの存在を脅かすものがいるということです。守護の魔法をかけたのは、王国最高の魔術師だったのですが」
「それなら、その魔法使いがこっちに来てくれたらいいのに」
「その魔術師は亡くなってしまったのです。それに、わたくしがこちらに来ることができたのも、お兄さまと血の繋がりがあるからなのですよ」
血の繋がり。出流には理屈はさっぱりだが、とにかくそういうものなのだろう。魔法の存在さえ、出流の世界ではイレギュラーなのだ。わからなくて当然の話だった。
「うーん、俺なんか狙ってどうするわけ?」
「真意はわかりませんが、お兄さまの命を狙っているのでしょう。狙われているのは、出流お兄さまだけでなく力のある魔術師たちもそうですが。先刻お話しした王国最高魔術師も被害者です」
「連続犯か」
「王族であり、お兄さまほどの魔力がある方でしたら、殺すことにも意味はありますし、死体一つでも使い道はたくさんありますから」
「死体って……」
その使い道、とやらについては知りたい気もするが、知らぬが仏、ということもある。平々凡々な毎日を過ごしてきた出流にとって、受け入れにくい話ではあるが、事態は緊迫しているのだということだけは理解できた。なにせ、自分の命が狙われているらしいのだから。
「お兄さまにこちらの世界にいらしていただければ、守護の魔法も新たにかけられますし、お守りするのも容易くなります」
「俺も死ぬのはごめんだし、そっちとしても、俺が殺されたらいろいろ不味いことがあるんだな」
そうなれば、答えは一つしかない。
「ついていくよ」
「お兄さま!」
出流が頷けば、メイジーは顔の前で両手を合わせ、瞳を輝かせた。妹がかわいすぎてどうしよう。出流は真面目に悩んだ。家族のいない出流にとって、幸せともいえる悩みだった。
「わたくし、こちらの世界にいられる時間が限られているのです。いつ、完全に魔法が破られるかわかりません。ぜひすぐに、準備を」
「あ、了解です」
妹のかわいさに感動できたのも、束の間だった。テンションの違いに物悲しくなるが、出流の身を案じて、先を急いでいるのだ。そう信じることとしよう。
「では、わたくしの手に捕まってください」
出流が最小限の荷物をまとめてくると、つい先ほどまで向かい合って座っていた居間に、今度は隣り合わせで腰を下ろす。
急遽異世界へいくことになってしまったが、出流の通う学校や近所の人たちなど、出流に関わりのある人々には、魔法で上手く“説明”してくれるとのことだ。どんな方法なのか物凄く気になるが、聞いていけないことのような気もする。
「おおう……魔法初体験か。厳密には違うらしいけど、実感としては」
「あちらに行けば、魔法が日常になりますわよ。……さて、手は離さないでくださいね」
「うん、お願いします」
出流がメイジーの小さな手を握ると、またもや金色の光が現れ、二人を包み込む。あまりの目映さに出流が固く目を瞑ったとき、二人の存在は、その世界から消えてしまった。