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999の魔法  作者: 潮 かお
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第一章 出生の秘話




「どーぞ」



 日本語はペラペラだが、ライムグリーンの瞳をした少女に、隣のおばさんからお裾分けでもらった玄米茶をだすのも躊躇われた。出流は、自分でもあまり飲まない、食器棚の一角に潜んでいたティーバッグの紅茶を淹れて、居間で大人しく正座をしている少女の前に出した。



「まあ……お兄さまにお茶をいれていただけるなんて……」



 先ほどからあまり感情を顔に出さない少女であったが、紅茶と、お茶請けにクッキーを出してみると、僅かに頬を緩めた。喜ばれてしまうと、ただお湯を注いだだけのものと、缶から小皿に移しただけのものなので、申し訳なくなる。でもまあ、これはこれでお手軽で美味しいからいいよな、と出流は自分に言い聞かせるようにした。それにしても。



「……かわいいなあ」

「え?」

「ああ、なんでもないよ」



 美少女の笑顔に素直な感想が漏れてしまい、慌てる。こんなに可愛い子が真実、妹なのならば、出流にとっては願ってもいないことではあった。可愛い妹がいて、困る男などいないだろう。



「わたくしが来たのは、この世界とは少し軸の違う、隣り合わせた世界です。簡単に言えば異世界ですね」

「……い、異世界っ?……え、ええと……」



 ちゃぶ台を挟んだ向かい側に出流が座ったところで始まった、突拍子のなさすぎる少女の語りだし。予想も出来ない内容に、間抜けな声を発してしまった。隣り合わせた世界。少女はその世界から来たと言うのか。出流は、一気に話に信憑性がなくなってきたな、と冷静に判断する。



「驚くのも無理はありませんが、質問や疑問があれば後ほど伺います」

「あ、はい」



 リアクションは不要だと、そういうことらしかった。



「わたくしは、その世界にある王国、ラーシャルードの王の娘なのです。メイジー・ラーシャルードと申します」

「……お姫様?」

「そうなりますわね」



 相変わらず淡々とした語り口だが、内容は斜めの方向にディープだ。確かに、その美貌と丁寧な口調は、単なるその辺りの女子高生とも言い難い。


 質問は禁じられているので、出流は脳内で自問自答を繰り返していく。この近辺に住んではいないのは、恐らくその通りだ。こんな少女がいたら、ご近所で死ぬほど噂になっている。



「そして、この世界とそちらの世界では、決定的に違うことがあります。それは、わたくしが来た世界には、魔法が存在するということ」



 異世界。お姫様。魔法。聞きなれない言葉ばかりで、出流としても反応しづらい。笑って茶化していい話なのか、なんなのか。どう対応するべきなのだろうか。検討もつかなかった。



「初めてこちらにきましたけれど、たいへん驚きましたわ。話には聞いていましたが、魔法なしに生活しているなんて。なんだか不思議な感覚です。だからこそ、わたくし一人でここに来ることができたとも言えますが」

「こっちは魔法がないから?」

「その通りです。それだけではありませんが」



 少女は魔法使いであるから、王族の身であれ、こちらの世界で一人でも出歩くことが可能である。なぜなら、こちらの世界には魔法など存在せず、少女はいわゆるチートに該当するからだと、出流はそう解釈した。少女に問えば、その考えで粗方間違いはないようだ。



「質問タイムはまだですか?」

「ではひとまずどうぞ」

「あのさ、茶化したくはないんだけど、ほんとに言ってる?」

「……わたくしのこと、信じてくださらないのですか?」



 大きな瞳で見上げられ、もう騙されてもいいかも。なんて思ってしまう出流である。少女に悲愴な顔をさせてしまうよりも、自らが騙されて何かしらの被害を被る方が良い。そんな気すらしてきた。



「魔法って?君も魔女ってこと?」

「メイジーです」

「め、メイジーも魔女なのか?」

「そうです。こちらは大気があちらとはだいぶ違うのですが、さほど問題なく魔力が使えそうですわ」



 今までの話すべてがメイジーと名乗る少女の妄想だとすれば、なぜ出流が巻き込まれるのか。山もなく谷もない……平凡に生きてきた出流が、初対面の美少女の、魔法少女ごっこに付き合わされる理由はないはずだ。



「証拠をお見せします。出流お兄さま相手に出し惜しむものなどないのですから」

「メイジー?」



 証拠。流れからして、魔法のことであろう。異世界から来た魔女である証拠とは。


 メイジーは辺りを見回すと、視線を出流の背後の本棚で止めた。その古びた本棚の上段には、いつからあるのかも定かではない、体長30センチメートルほどの黒猫のぬいぐるみが飾ってあった。



「では、そのぬいぐるみにしましょう」



 そういうと、メイジーは膝の上に行儀良く乗せていた右手を、出流からも見える位置に上げる。何が始まるのかと見つめていると、メイジーの手の周りが金色に輝き出した。そして、手元に銀色の細長い棒状のものが現れる。魔法の杖、だろうか。そんなまさか。



「うわっ、えっ」



 杖の登場に驚いている間に、メイジーはその杖をぬいぐるみへと向けた。杖の動きに合わせて出流が後ろを振り向くと、ふよふよとぬいぐるみが宙を舞い、出流の方へゆっくりと進んでくる。呆然としていると、ぬいぐるみは静かに、出流の手元へと落ちてきた。



「どうです?魔術の中でも、初歩の初歩ですが」

「今のが魔法?すごいな……」



 手の中のぬいぐるみと目があってしまっては、否定もできない。念のため、ベタな方法だが、頬をつねって確かめてみた。……痛い。つまりこれは、現実なのか。これが魔法だとすれば、メイジーの話は真実であることになる。



「それじゃあ、妹ってのは……」

「王族は一夫多妻制ですの。わたくしと出流お兄さまの父親……王も例外ではありません」

「てことは、なにか、俺は王子様ってことか?」

「はい。それも、長男であり第一王子です」

「ちょっと待って、それは、王位継承権とかそういう話にもなるわけ?」

「ええ。まあ、第一王子が必ずしも次期国王となるわけではないのですが……」



 魔法が使えることは本当なら、二人が兄弟だという話も信じてみる価値はある。17歳にして出生の秘密を知ることになるとは、思ってもみなかった出流である。




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