第一章 兄弟
「ピアも座ったら?出流様も一人でお茶を飲むのも寂しいでしょうし、落ち着かないわよ」
「そうだよ。座って座って」
「そこまで気を張らなくても心配ないわよ。あなたもいるし、何より、出流様がいらっしゃるのよ?」
「いやいや、俺は戦力外でしょ」
敵襲に即座に対応できるように、窓際に配置しようとしたピア。そんな彼女を、紅と出流の二人がかりで説得して、やっとソファーに座ってくれた。
「みんなは、どうやって相手の魔力量ってのを測ってるんだ」
「正確な大きさはわからないです。でも、自分を基準にすればなんとなくわかってきます」
「俺は、守護の魔法ってやつで魔力を隠してもらってたんだろ?」
「魔力を察知する魔法なんてのもあるんです」
ピアは、出流の隣で紅茶を少しずつ飲みながら、説明をしてくれる。やらなければないことは数多くある。それでも、美人なメイドと美しい騎士に囲まれているこの状況、緊迫感はまるでなかった。なんなら、楽しいくらいだ。
「でもな、もう……学校に通う自信がなくなってきた」
「ガエルが策を講じてくれています、大丈夫ですよ。あれでも、魔術師としての腕は最高峰ですから」
一度魔力を暴走させたことで、魔法を使うことに恐怖が生まれていた。そんな状態で件の相手と対峙することなど、出流には恐ろしくてたまらない。メイジーや、紅が使う魔法は、便利なものに見えた。だが実際は、使い方を間違えれば、人を傷つけかねないものなのだ。
「そうだわ、学園にはクロエ様もいますものね。クロエ様も素敵なお方よねえ……紅もぜひ、学園までついていきたいです」
「クロエ、さん?」
ガエルの言っていた信頼できる貴族、であろうか。自分を見目麗しい、などといった紅だ。彼女の評価での素敵なお方……なんてものは信じられない。そんな失礼なことを考える出流だ。
クロエとは可愛らしい名前だが、紅の口ぶりではどうも男性のようだ。
「あらぁ、バタバタしていたからまだ誰もご説明していなかったのね。クロエ様は、出流様の弟君で、メイジー様のお兄さまですわあ。つまり、第二王子ですわね」
「弟っ!?」
飲みかけていた紅茶を吹き出しかけた。妹に引き続き、弟。メイジーのときでも衝撃的だったのに、他にも兄弟がいたらしい。
「うふふ、国王様のご側室は現在6名いらっしゃいます。おかしなことではありません」
「6人か羨まし……じゃなくて。なんか生々しい話になってきたな」
「メイジー様と同じ年令でいらしたから、出流様の一つ年下になるのかしら?紅ったら、どうしましょう?出流様とクロエ様、選べないわ」
新事実に驚愕する出流をよそに、紅は自分の世界に入ってしまっている。衝撃を与えたくせに、詳しいことは話してくれない。なかなか非道なメイドだ。
「クロエ様は元々学園に通っておいでなのですよ。メイジー様は名門女子校に通われていましたが」
「クロエくん?は今日も学校?昨日は帰って来てないのか?」
「学園内に宿泊施設のようなものがあるそうです。なかなかお戻りになりませんね」
弟にも会いたかったのだが、ピアの話では、クロエは数ヶ月に一度帰ってくるくらいだとか。今夜辺り、メイジーにもクロエのことを聞いてみようか。学園に一足早く入学した、彼女の姿を思い浮かべた。