第一章 発動条件
「この世界では、大抵の者が魔法を使うことが出来まして、魔力量の多いものほど、大きな魔法を使用できます」
「魔力量……」
「大気にある様々な要素の力を借り、自分の魔力と合わせて、一つの魔法にします」
魔法など存在もしていない世界からやって来た出流に、ガエルは極めてわかりやすく説明をしてくれる。本来ならば、魔法の根源に纏わる話だけで、1日は余裕で語れるほどの魔法好きだ。だが今回ばかりは、簡潔に、簡素に話すよう努めた。出流の想像しやすいように。
「魔法って、杖を使うんだよな?呪文を唱えたりはしないの?」
「個人差がありますね。一人一人、発動条件は異なります」
「メイジーは杖を使ってたけど、みんな違うってこと?ガエルさんは?」
「私の場合は、指を鳴らすことですね」
全員が全員、杖を使うわけではないそうだ。魔法といえば、黒いローブを着た魔法使いが杖を振りながら呪文を唱える……そんな姿を思い浮かべたが、現実はまたイメージとは違うようだ。
「ピアは?」
「私は、魔法陣を用いています」
ピアによると、即興で描くこともあるが、あらかじめ紙に書いておいたり、魔法陣の刻まれたアクセサリーや道具を使用し、魔法を発動させる方法もあるらしい。魔法陣は、その図形自体が意味を持つので魔力を操るのが容易となると教えてくれた。
「いいなあ。呪文とか唱えてみたいなー。魔法陣も描けるようになりたい」
「試しに1つ、使ってみては?」
とはいえ、自分ができるようになるのはまだまだ先だろうと踏んでいた出流であるが、ガエルは、事も無げに魔法を使うことを勧めてきた。
「魔法を理解することも大切ですが、最も重要なのは、想像することです。大気の力を借り、魔力と練り合わせ体外に放つ……そのようなイメージをしてみてください」
「イメージか。魔法を使う、イメージ……」
「まずは……そうですね、浮遊の魔法などはどうでしょうか?」
「浮遊……。メイジーが見せてくれたやつかな」
メイジーはあの時、基本中の基本技だと言っていた。出流がそのときのことを話せば、ガエルはこう分析した。
慣れない土地で大技を使うのは負担がかかるために、浮遊の魔法を使ったのではないかということ。それだけでなく、初歩的な技を出流に見せることで、出流が魔法を使うときにイメージしやすくしてくれたのだろう、と。妹の気遣いに感激せざるはいられない出流である。
「想像か。うう……魔法、魔法……」
テーブルの上に置かれた、フルーツバスケット。紅が、あとで剥いて差し上げます、なんて言い残して置いていったものだが、その中の一つ、りんごに狙いをつける。
軽く開いた手のひらをりんごに向けて、意識を右手に集中させた。身体中には魔力が満ちており、それを右手に流すイメージをする。メイジーの放つ魔法が金色だったために、出流のイメージの中でも自身の中にある魔力は金色で、靄のようなものであった。
浮いてくれ!じゃなきゃ、何も始められない!出流が切に願ったそのとき、右手に、熱が集まってくる。
「おおお」
火傷しそうなほどに、右手が熱い。これが魔力なのか。ガエルに問いかける前に、バスケットの中のりんごが、徐々に徐々に、宙に浮かんでいく。
「よし、よかった、夢か幻でもなければ、これが、魔法……うわあっ」
りんごが無事、宙に浮かんでくれて安堵する。だがしかし、安心している場合ではなかった。りんごはどんどんと上へと昇っていき、それ以外のバスケットの中の果物が、出流の意思に反して、次から次へと飛び出してきた。話している途中でみかんが顔めがけて飛んできたので、慌てて避ける。
「あれ?なにこれ、どうすればいいの」
気付けば、バスケットの中味だけではない。扉脇の水差しや、棚の上に飾られた花瓶、背後のキングサイズのベッド。果ては天井に吊るされたシャンデリアまでもが、音をたてて揺れだし、好き勝手に辺りを動き出している。室内は大惨事、まるでポルターガイストだ。
「えーと、止まってくれ!お願いだから!」
とにかくどうにか止めなければ、と出流は再び念じる。そうすれば、周りの家具たちの動きは止まった……止まりはしたが、魔力の干渉がなくなってしまった。つまり、なんの力もかけられていない家具たちは、そのままその場に落下するしかなかった。
それと同時に。それまではなんとか天井にとどまってくれていたシャンデリアが、不吉な音を出し始めた。まさか、と全員が息を飲む。
「主!」
「出流様!」
ちょうど出流の真上辺りにあるシャンデリアは、とうとう根元からはずれて、出流のもとへ落下してきた。出流は、咄嗟のことに身動きなど取れない。
逃げなければ。出流がそう思った瞬間に、駆けつけたピアが出流の腕を引き、その場から引っ張り出してくれる。直径三メートルはあるであろう巨大なシャンデリアだ、落ちてきたときの破片でも、怪我の危険がある。