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999の魔法  作者: 潮 かお
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第一章 妹



 遠くの空は夕焼けに染まりつつあり、青空とのグラデーションを作り出している。見上げたこちら側の空はまだ青々しいが、直に茜色に色づいていくだろう。


 学校からの帰路、小此木出流は、空を仰ぎながら夕飯のメニューを考えていた。



 出流は、天涯孤独の身であった。女手一つで育ててくれた母親をなくし、たった一人で生活している。父親は出流が生まれる前に遠くに行ってしまったと聞かされ、頼れる親戚もいない。……はず、だった。このときまで、その認識が一人の少女によって覆されることになるとは、夢にも思っていなかったのだが……。



「夕飯はロールキャベツにしようかなー」



 母親が亡くなってから、出流の料理の腕もずいぶんと上がってきたものだ。料理などほとんどしたこともなく、最初は、切って炒めるくらいの簡単なことしか出来なかった。だんだんと、インターネットでレシピを探していろいろな料理に挑戦するようになり、レパートリーを増やしていっている。



「ん?」



 曲がり角を過ぎたとき、視界の端で何かが動いたような気がした。しかし、辺りを見回しても、特に何か変わった様子もない。気のせいだったかと、再び家路に着こうとする。すると。



「う、うわあっ?」



 出流から伸びた影が、波打つように動き始める。初めはゆっくりとしたものだったのが、だんだんと動きが早くなる。



「は、ちょっと待って、なんだこれ」




 波打っていた影は、徐々に大きくど膨らんでいく。状況がまったく掴めないまま、震える足で後退る。


 その間も形を変えていた影は、鳥のような姿になった。影であるのに立体的で、鋭いその嘴が、出流目掛けて迫ってくる。



「っ…!」



 巨大な嘴が近づき息を飲む出流だが、足が上手く動かせない。




「え…?」



 まさか、この鳥に食べられてしまうのでは。そんな恐怖にかられていたが、予想に反して、鳥はその嘴を出流の頬にあて、甘えるように擦り付けてくる。



「なんなんだよもう…お前、なんなの?」



 命拾いをしたらしい。鳥に話しかけてみても、当然、返答もないが。一先ず助かったとはいえ、完全に油断も出来ない状況だ。身動きを取れずにいると、黒いものが鳥に向かって飛びかかってきた。



「え、猫?」



 その黒いものが鳥に飛び付くと、鳥は小さく萎んでいく。あっという間に、鳥は元の姿…出流の影に戻っていった。


 鳥に向かってきた正体を見てみれば、形からして、猫のようだった。こちらは大きさは普通の猫と変わらないくらいだと言えるが、恐らく、鳥と同様に影だろう。



 猫は、出流を一瞥すると、走り去ってしまう。その様子を目で追っていると、その先には、いつからいたのか、一人の少女がたっていた。



「よくやったわ」



 ダークグレーの肩につかないくらいの長さのボブヘアーに、真紅のカチューシャをつけた可憐な少女だった。小さな鼻もピンク色の唇も可愛らしく、長い睫毛に縁とられたライムグリーンの瞳は、カラコン等ではない、天然物だろう。外国人に見えるが、鈴のような声で話すのは日本語。誉められた猫は、少女の足元に頬擦りすると、少女の影に溶け込んで消えてしまった。



「お怪我はありませんか?」


「はあ、はい、大丈夫、です」



 影が動き出す、などと到底理解の及ばない事態。少女は何者なのだろう。先程の影はなんなのだ。いくつもの疑問が浮かんでくるも、どこから質問すればよいのかもわからない。摩訶不思議なものに遭遇してしまったことだけは確かだ。




「ご無事なようで何よりです、お兄さま」


「……え?」



 出流は、思わず自分の耳を疑った。初対面の上品な美少女が、自分を“お兄さま”なんて呼んできたら。驚かない人間などいないはずだ。まだ何も解決していないのに、またおかしな疑問が増えてしまった。



「お兄さまの魔力ですから、もちろん大事には至らないとは思っておりましたが。ですが、魔力も気まぐれなところがあります。ここで使えるのか不安ではありましたが、わたくしの魔力がお兄さまを探知できたのは幸運でした」



 すらすらと淀みなく話す少女だが。日本語であるはずなのに、内容を理解できない。



「ま、魔力って……魔法とかそういうあれ?」

「はい、お兄さまのおっしゃる通りです」

「お兄さま……えーと、人違い……じゃない?君、どうみても日本人じゃないし」

「正真正銘、わたくしは、お兄さまの妹です」



 夢見がちな少女の妄想物語に、巻き込まれてしまったのだろうか。そうだとしても、それでは影のことは説明がつかない。とすると、魔力だとか魔法だとか、非現実的な話が真実だということになってしまうが、そんな夢だか漫画のようなことがありえるのか。出流は、気が遠くなるのを感じた。



「母親が違いますから、似ていなくてもおかしくはありません。わたくしの存在については……そうですね。まずは、わたくしがどこから、なんのためにここにやってきたのか、そこから話した方が良いでしょうね」

「いや、あの……」



 父親のことは、顔すら知らないが。突然腹違いの妹だなどと言われても、正直、理解もできなければ納得もできない。新手の美人局じゃなかろうな、なんてことも出流の頭を過る。しかし、表情なく淡々と言葉を紡ぐ少女は、ただただ事実を説明しているだけ、といった風に見える。そこに裏はまったく見えない。


 どうしたものか……。気になることは多々あり、不審者だと性急に判断し、追い返すのも憚られる。これから、大した用事があるわけでもない。話くらいは聞いても良いだろう。そう結論を出した。



「とりあえず、俺の家、近くなんだ。良ければ、あがってく?」



 家の方向を指差せば、少女は、こくりと頷いた。



 

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