第九話 文化の日は遊園地で大はしゃぎ
《十一月三日 土曜日》
「瀬戸大橋からの眺めは最高やな」
「波も穏やかね」
「ユーミン、列車の中やけん怖くないで?」
「うん。むしろ楽しいよ」
昨日の疲れも諸共せず、快速マリンライナーの車内ではしゃぐ四人。
児島駅で降りたあと、バスに乗り換えた。
連休最終日となる今日、やって来たのは岡山県倉敷市児島にある、とあるテーマパークだ。
由巳と麻衣は、係の人に年齢確認されるまでもなく、小人(小学生)料金ですんなり入園することが出来てしまった。
(いいのかな?)
麻衣は多少の罪悪感を持つ。彼女も身長は147センチしかなく、由巳とほとんど変わらないのだ。
「由巳、昨日みたいに迷子にならんよう、うちと手つなごう」
千花は手を差した。
「ちかちゃん、そこまでしてくれなくても私、絶対大丈夫だよ」
由巳は手を背中側に回してかたくなに拒否し、自信満々に言い張る。
「そうかな? はぐれても知らんよ」
「ねえチカリン、やっぱ遊園地といったら、まずはあれに乗らんとあかんよね?」
「そりゃそうやろ」
彩と千花は目線を上に向けた。
「えっ!?」
「彩ちゃん、ちょっとそれは……」
由巳と麻衣も顔を上に向ける。
それは、スタンディングコースターだった。名前のとおり立った状態のままで乗るという、珍しいタイプのジェットコースターだ。
「わっ、私、あんな恐ろしいの乗りたくないよ」
「まあまあ、そんなこと言わずに。せっかく来たんじゃし。ユーミンも140センチの身長制限はいけるじゃろう」
「そうだけど……」
「まあまあ、物は試じゃって」
四人は乗車待ちの列に並ぶ。
三十分近く待ち、ようやく乗れることに。
「よっしゃ! 運よく一番前とれた」
「ラッキーじゃったね」
千花と彩はハイテンションになっている。
「なんで、こういう時だけ……」
「私、全然嬉しくなーい」
一方で麻衣と由巳は暗い表情。
「わたし、彩ちゃんのお隣がいいな」
麻衣は彩の背中にしがみ付いた。
「私も、ちかちゃんの隣がいい!」
由巳も千花の右手をがっちりつかむ。
「ほんじゃユーミン、一番前乗るで? ワタシ、席譲ってあげるよ」
「私、二列目でちかちゃんの隣が……」
「まあまあユーミン、遠慮せんと」
「ありがとな、彩。由巳、こっちおいで」
千花はつかんでいた由巳の右腕をグイッと引っ張り、最前列左側の席に行かせた。
「わぁ~ん。怖いよう」
すでに遅し。スタンディングコースターはカタン、カタンとゆっくり動き出した。
「わたし、この速くなるまでの時間が一番怖いの」
麻衣は周りの風景を見ないよう、目を閉じていた。
坂道を登り切り、最高地点に達した直後、
「いやあああああっん! ちかちゃあああああああん!」
「きゃあああああああーっ! 重力加速度gがあああああああっ、位置エネルギーが運動エネルギーにいいいいいいい」
急落下。と同時に、由巳と麻衣はかわいい叫び声を上げる。もちろん楽しんでいるからではない。恐怖心を強く感じていたのだ。宙返りした際には声すらも出なくなっていた。
スタンディングコースターから降りた直後、
「あー、めっちゃ気持ちよかった♪」
「無重力体験、最高じゃ! 宇宙飛行士気分が味わえたじょ」
千花と彩は、幸せいっぱいな表情をしていた。
「麻衣って物理大好きっ子なのに、これは苦手なんやね。問題文に出てくるやろ? 位置エネルギーとか回転運動のとこで」
「りっ、理論と実践は全く違うから。これとか、あの垂直に一気に落下するターボドロップについては、金輪際実体験はしたくないの」
「こっ、怖かったーっ。すごく怖かったよう」
麻衣と由巳は安堵の表情。
「このあとバックナンジャーに変わるけど、乗る? 後ろ向きに逆走するけん、よりすごい迫力が楽しめるんじょ」
「絶対嫌!」
「二度とあんなの乗りたくなーい」
麻衣と由巳は強く言い放つ。
「ごめん、ごめん」
彩は付き合ってくれたお詫びとして、この二人にクレープをおごってあげたのであった。
四人が次に向かったアトラクションは、メリーカップ。
「よぉーし、いっぱい回すけんね」
彩はこの乗り物の中央付近に設置されているハンドルに手をかけ、力いっぱい回してみた。
「あっ、あやちゃん、回し過ぎだって。私、外に飛ばされそう」
「彩ちゃん、遠心力効かせ過ぎよ」
「ほうか? まだまだもっと速く出来るけどな。ワタシは、まだ物足りんじょ」
「うちも平気なんやけど、由巳と麻衣が限界みたいやから、もうやめてあげてな」
千花は、気分がハイになっている彩に軽く注意しておいた。
「わっ、私、まだ目がペロペロキャンディーみたいになってるよ」
「わたしも。地面がゆらゆらしてる。気分悪い」
「ユーミン、マイ、ほんま、ごめんな」
下りた後、彩は二人にきちんと謝罪しておいた。
「あっ! あそこ見てみぃ、山ノ内先生がおるよ。なんでこんな所に? 一人で乗って楽しんではるし」
千花は、先ほど四人が乗っていたメリーカップの所に彼がいるのに気づいた。
「こんな所で偽物理に出会うなんて、ムードぶち壊しね」
麻衣はため息をついた。
「ぃよう! おまえさんら、さっきごっつい回転させとったじゃろ?」
山ノ内先生は、すでに四人がいるのに気付いていたようだ。彼はバンザイのポーズをとり、立ち上がって叫びかけた。
「なあなあジャマノウチー、男一人で遊園地、しかもメリーカップなんかに乗ってて虚しくならないの? よかったらワタシが遊んであげるよ」
「ええがのう美馬よ、そんな心配してくれんでも。遊園地は物理学の実験室じゃけぇ。ワシみたいな中年男一人で行っても全然問題ないんじゃ。ここなんかは園内でサンバの姉ちゃんようけ見かけるけぇごっつい楽しいし。ワシな、今遠心力の実演しよる。しっかり見ててよ。おまえさんらよりも、もっとはよう回転させたる!」
山ノ内先生の乗ったメリーカップはみるみるうちにどんどん回転速度を増していった。
「あーっ、やりすぎてもうたーっ。目がぐるぐる回る、回る。ワシ、今、扇風機の羽になってもとるのう。遠心力Fっていうのは質量mかける速度vの二乗、割ることの半径rで表されますじゃろ? つまり、回転速度が速ければ速いほど、この遊園地のメリーカップみたいに半径が小さいもんほど遠心力は強くなっていくわけじゃ。地球みたいにとてつもなくでっかいもんが自転するさいも、もちろん遠心力は働いとるけどな、ごっつい小さいけんのう。高校物理の範囲内では0として考えてもらってけっこうじゃ。回るアホウに見るアホウ、同じアホなら回らにゃソンソン♪……」
山ノ内先生は自身が回転しながらも大声で熱弁を振るう。
「「「「……」」」」
四人はそんな彼のことは赤の他人の振りをしておいてさっさとここから立ち去った。
お昼ごはんを食べたあと、メリーゴーランドなど園内他のアトラクションを巡って、最後の締めくくりとしてレインボーワープと呼ばれる大観覧車に乗ることにした。最高地点では地上からの高さがなんと二百二十二メートルにまで達する、超目玉アトラクションだ。
「わーい。いい眺めーっ」
「瀬戸内海は絵になるよな。背景描写の参考にしよう」
由巳と千花は大はしゃぎで窓から下を見下ろす。
「夕焼けがとってもきれいね。等速円運動のお勉強にもなるし、観覧車って最高」
麻衣が一番行きたがっていたアトラクションでもあった。
「やっぱユーミン、ここも平気なんじゃね」
「そうだよ。橋の上を歩くことだけが苦手なんだ」
由巳はにこにこしながら答える。
あっという間に過ぎた今日一日。ジャンボ野菜コンテストでいただいた賞金もほとんど使い果たしてしまったらしい。