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第八話 だるい物理の再試験 でもそのあとお楽しみの……

十月三十一日、水曜日。

「さむーぃ」

「今朝はよう冷えとるな。吐く息も白いし」

午前六時五十五分頃。由巳と千花は物理基礎の再試験を受けなければならないため、今日は普段より一時間以上早くおウチを出発した。


「おっす! よう寝坊せんとこれたのう」

教室に入ると、すでに山ノ内先生が教卓横に立っておられた。

「おはよう山ノ内先生。ねむぅい」

「おはよー先生、うちもめっちゃ眠いねんよ。まだ放課後してくれた方ががええわ」

「ワシ、放課後は阿波おどり部の顧問せんとあかんのに。板東とか紅露の入ってる遊んでばっかりのお気楽クラブとは違って、みんな本気で取り組んでるけぇのう」

 山ノ内先生は微笑みながらおっしゃる。

「わがままやなあ」

「ワシは、年がら年中思う存分阿波おどりを踊りたいがために徳島へ赴任してきたけぇのう。それじゃ、揃ったとこじゃし始めます」

二人の他にも、十人くらいはいた。今回は仲間がいっぱい。

制限時間は本試験と同じく五十分間行われる。


八時十分、再試験が終了した。

「おーい、板東、紅露、グッドモーニン!」

 山ノ内先生は二人の耳元で、応援メガホンを持って交互に叫んだ。

「ひゃう!」

「うわ、びっくりした」

二人ともビクリと反応し、目を覚ます。

「テスト終了!」

「え!? もう時間なん?」

「寝ちゃってたの私……まだ、全然埋まってないよ」

「自業自得じゃ。集めるけんのう」

 容赦ないお言葉。

「あーん。今のは不可抗力なのにーっ」

「せっ、先生、ちょっと待ってーや、せめてあと二、三分」

 由巳と千花はかなり焦り表情を見せる。

「ダメダメ。ワシはせっかちじゃけぇ」

 けれども山ノ内先生はおかまいなしに二人の答案をパパッとすばやく奪い取り、教室から走り去っていった。


 その日の四時限目終了後。

「ユーミン、チカリン。今日はお弁当食べる前に職員室行くじょ」

 彩が声をかけてきた。何か少し焦っているような感じだった。

「何かあるの?」

「そういや、いつも以上に廊下が騒がしいな」

「今日はね、年に一度のお楽しみ行事があるの。急いだ方がいいよ」

麻衣はとても嬉しそうに伝えた。

四人は早足で二階にある職員室へと向かう。すでに廊下にまで長蛇の列が出来ていた。

「何や? この行列」

千花は列に並ぶ前に、職員室の中をちらりと覗いてみた。するとそこには、黒ずくめの服に黒いウィッチハットを身に纏い、ジャコランタンのお面を被った人の姿があった。

「あっ、やっぱハロウィンか。中の人誰や?」

 千花は麻衣に尋ねる。

「一応いないって設定になってるけど、竹本先生なの」

「ああ、あいつか。アメリカ文化をしっかり享受してはるな」

 千花はほとほと感心する。

「竹本先生に向かって“トリック・オア・トリート”って叫べばお菓子がもらえるの」

「お菓子!? やったあ!」

 麻衣の伝言を聞き、由巳の興奮度が一気に増した。わくわくしながら列が進むのを待つ。

「わ、すごーい! あんなにたくさんもらえるんだ」

 その最中、由巳は大声で叫んだ。五十センチ四方は優にある巨大なプレゼント箱を抱えた女生徒たちが四人の横を通り過ぎていったのだ。

「この学校の名物なんじょ。タケエモンが全部自腹で用意してるんじゃって。何十万かかかってると思うよ」 

「太っ腹やな」

「授業で当てられるのはちょっと嫌だけど、素敵な先生だね」

並び始めてから三十分近くが経ち、ついに四人の番が回ってきた。

「「「「トリック・オア・トリート!」」」」

 声を揃えて叫ぶ。

「Very good! 園芸部員のみんな、とても素晴らしいアクセントだったよ。でも残念。もうなくなっちゃったんだ」

 竹本先生は、表情は確認できないが何か嬉しそうにおっしゃった。

「えーっ、そんなあ」

 由巳は愕然とする。目には涙が浮かんだ。確かに段ボール箱は全て無くなっていた。

「まあまあまあミズ板東。先生もまさか、こんなにいっぱいもらいに来る子がいるなんて思わなかったんだ。去年の倍以上はいたんじゃないかな。学外の子も何人か紛れていた気もするんだけれど。Please don‘t cry.お詫びに先生にイタズラしてもいいから」

 竹本先生は由巳の頭をそっとなでであげ、お面を外した。

「そっ、それじゃあ私、思いっきりやっちゃうよ!」

 由巳は机の上になぜか置かれてあった、ホイップクリームのたっぷり盛られたパイ皿を右手につかみ、竹本先生の顔面に思いっきり押し付けた。

「ミズ板東、グッドジョブ!」

 竹本先生はウィンクし、OKの指サインをとる。

「でもやっぱり、お菓子欲しいよう」

 しかし由巳は、まだ悲しい表情のままだった。

「由巳、足蹴ってやり」

 千花はそうアドバイスした。

「ウェッ、ウェイト、ウェイト。そっ、それは絶対ダメなんだな」

 竹本先生は焦りの表情を浮かべた。彼は長年に渡って続けていたアメリカンスタイルな食生活が祟ってか最近、痛風を患ってしまわれたのだ。

「蹴りたい、蹴りたーい」

由巳は攻めようとする。

「ノッ、ノーノーノー。ドントキックマイレッグプリーズ。もう二度とVIP特別席には招かないから」

 竹本先生はあの顔のまま逃げ惑う。職員室で笑いが起こる。

「あのう、先輩。これあげます」

 由巳のことをかわいそうに思ったのか、一つ前に並んでいた中等部の子たちが親切に分けてくれた。

「えっ、いいの? ありがとう」

 受け取った途端に、満面の笑みを浮かべ、幼い子供のようにはしゃぐ由巳であった。

「See you the next Monday of fourth period.園芸部員のみんな、来年はもっとたくさん用意してあげるからね」

 竹本先生は再びジャックランタンのお面を被り、別れの挨拶を告げた。

「アウチ!」

その直後、膝を押さえる。さっき走ったことで痛みが再発してしまったらしい。


「ひゃうーっ!」

 教室へ戻る途中の廊下で、由巳は背後から肩をぽんぽんっと叩かれた。

「だっ、誰?」

 恐る恐る振り返った。そこには――。

「きゃああああああああああああっ!」

とても恐ろしい狼男の姿が。

由巳は同じ階の廊下中に響き渡るほどの金切り声をあげた。スナック菓子の袋でパシパシパシパシ叩き続ける。

「いててててて、ばっ、板東さん。おいらだよ、おいら」

「え!? 西島先生」

 声を聞くと、由巳は攻撃をぴたりと止めた。

「その通りっさ」

西島先生は着ぐるみを脱ぐ。顔は汗びっしょりになっていた。

「おいら、コスプレ大好きだから、ハロウィンイベントにも便乗しているのさ。驚かせちゃってごめんね、板東さん」

「もう! 西島先生」

 由巳はぷっくりふくれる。

「お詫びとして、お菓子下さい!」

 手を差し出した。

「持ってないよん」

「それじゃ、これからの小テスト、全部免除して下さいね」

「それは無理だよん」

 西島先生は困惑顔を浮かべる。

「あーん、先生のケチッ!」

 ご機嫌斜めな由巳。けれども竹本先生から中等部の子を経由していただいたアメリカのお菓子を口にすると、あっという間に機嫌が直ったのであった。


今日までに中間テストの全ての科目が返却され、その日の帰りのホームルームで担任から合計得点表が配布された。平均点と偏差値、それにクラス内での順位も記載されている。

 1000点満点。

「また今回もとれて良かった。嬉しい。期末も頑張ろう」

麻衣のお顔に笑みがこぼれた。彼女の総合得点は975点。このクラスで断トツトップだったのだ。定期テストのトップ成績維持は、中学時代からずっと続いているらしい。

「ええなあミツリン。ワタシ、国語と英語でかなり足引っ張ってもうたんじょ」

 彩は837点だった。化学基礎、数学A・B、数学Ⅰ・Ⅱで満点をとるも、八位に終わる。

 平均点は682点。

「私、クラス順位三十三番だ」

「うちは三十二番やった。由巳の下にもまだ五人おるな」

「世界史と現社だけはかろうじて平均点超えてたよ。お母さんとお父さんに自慢しよう」

 二人とも決して良い結果ではないのだが、由巳はとても満足していたようだ

物理基礎の再試験も、併せて担任から返却された。

「やったあ。本試験より点数上がってる。奇跡だーっ」

それでも由巳は17点。

「うちなんか危うく一桁やったよ」

千花は12点。

本試験との合計点でなんとか赤点をクリアー。二人は安堵の胸をなで下ろした。


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