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第六話 中間テスト始まる みんなで楽しく勉強会

十月十五日、月曜日。

休み明け、朝のホームルームにて。

「それではみなさん、中間テストの範囲表を配るわね。もう一週間しかないわよ。頭を切り替えて、しっかりお勉強しましょうね」

担任から配布されたA4サイズの紙。

「範囲広すぎ。やだなあテスト」

「四日間は長すぎや」

 びっしり詰められた文字。由巳と千花はため息をついた。

 中間テストは五教科十科目。

高等部では同じ学年でもクラスによって試験科目や範囲が異なる。国公立大理系学部への進学用カリキュラムが組まれてある自然科学コースでは、当然のように科目数が一番多くなっているのだ。


             ※※※


十月二十二日、月曜日。中間テスト前日。

 九時二十五分、一時限目数学Ⅱ終了のチャイムが鳴り終わった直後のこと。

「今回も試験問題、はっきり言うと超難しくしてるからねん。高校数学の厳しさがそろそろ分かってくると思うよん。今回は、平均30点下回っちゃうんじゃないかな。いつも言ってるけどおいらの採点基準に△マークなんてものはないから。少しでも間違ったこと書いてたら、厳しく採点してその問題は配点0にしちゃうよーん。部分点なんて一切あげないもんねー」

 西島先生は薄ら笑いを浮かべながら警鐘を鳴らした。

 クラスメートたちの多くが「えーっ」とため息をつく中、

「お好きにどうぞ。楽しみじゃなあニッシー作のテスト」

彩はこう切り返した。

「むむむっ! 言うではないかあ。美馬さんのさっきの発言、おいらを本気にさせてしまったようだな。ふふふ、見ていろよん!」

 西島先生はウ○ト○マンの変身ポーズのごとく右こぶしを高く上げ、教室から立ち去った。

今日は特別時間割となっていて、授業は四時限目までで終わり。

帰り道。

「いよいよ明日からかあ」

「ほんま、憂鬱やわー」

 由巳と千花は気分が沈んでいる。テスト前はいつもこんな感じだ。

「ほんじゃ、これからワタシんちに来て勉強しない? 夕方までワタシ一人なんじょ。分からない問題は教えてあげるよ」

「そりゃええな。彩に教えてもらった方が効率的に勉強できそうやし」

「私あやちゃんち行くの、初めてだーっ。楽しみーっ」

 彩からのお誘いに、二人はすぐに乗った。麻衣も家庭教師代わりとしてついていくことにした。

         ○

「すごーい、あやちゃんのお部屋って、お店みたいだ」

「うちの部屋よりも上を行っとるな。うちも負けてられん!」

彩のお部屋にある本棚にはマンガやラノベ、アニメ雑誌などが数え切れないほどたくさん並べられていた。そして壁一面と、天井にまで美少女キャラクターの描かれたポスターがびっしり貼られていた。

 他にもまだまだ。

「……ねえ、彩ちゃん。この女の子のお人形さん使って、人形浄瑠璃でもするの?」

 麻衣は少し呆れ返っている。机の上に飾られていた。

「かわいいお人形さんいっぱい持ってるね。私、お人形さんごっこ大好きなんだ。あやちゃんも好きなの?」

 由巳は嬉しそうに尋ねる。

「鑑賞用なんじょ。ユーミンがぬいぐるみ集めてるのと同じような感覚なんよ。いい素材のは高過ぎるけん、ピンキーストリートとか、カプセルフィギュアがほとんどやけんどね」

 彩はちょっぴり照れくさそうに答えた。

「あ、これもかわいいーっ」

 ベッドの上には、水着姿の美少女キャラの絵がプリントされた抱き枕が置かれてあった。

「夜寂しいけん、これに抱きついて寝るんじょ」

「……」

 彩がそう打ち明けると、麻衣の表情が少しだけ引きつった。

「私もぬいぐるみさん横に置いていっしょに寝てるよ。あ、CDがいっぱいあるう」

 由巳は、ベッドの下にプラスチック製の半透明な衣装ケースが置かれてあるのを発見した。

「全部アニソンか声優さんの歌なんじょ」

 彩はケースを開けて、三人に見せびらかした。

「彩ちゃん、そこって普通は服を入れる場所でしょう」

 麻衣は呆れ顔で上から見下ろす。

「まあね」

「DVDとゲームソフトも何本かは持ってるんやな」

 千花は中を物色してみた。

「うん。やっぱ高いけん、たまーに気が向いた時しか買わんけどね」

彩のお部屋の広さは八畳ほどある。けれどもかなり狭く感じられた。

「さてと、そろそろ勉強始めよっか。そのために来たんやし」

「そうだね、ちかちゃん。本来の目的忘れるとこだったよ」

由巳と千花は教科書や問題集、ノートを取り出し、ミニテーブルの上に並べた。

「ちかちゃん、明日の英語か世界史やろっか?」

「数学の方がええんとちゃう。そっちの方が赤点やばいし」

「確かにそうだね」

こうして二人は数学ⅠとⅡの問題集に取り掛かる。

五分ほどして、

「なんか、全然落ち着かないよ」

 由巳はお部屋をきょろきょろ見渡し始める。

「由巳ちゃん、気持ちは良く分かるよ。あ、千花ちゃん。マンガに手が伸びてる。めっ!」

 麻衣は、千花の頭を平手でペチッと叩いた。

「すまんな麻衣、つい手が」

 ぺろりと舌を出して謝る。

「千花ちゃん、サボっちゃダメよ。あのう彩ちゃん、こんな環境じゃ勉強にならないと思うの」

「確かにな。彩、ここは誘惑が多すぎや」

「ほうかな? ワタシは慣れてるやけんどね」

 そう言いつつ、彩もアニメ雑誌に手が伸びていた。

三人は一時間ほどの滞在で、彩のおウチをあとにしたのであった。


         ※※※


十月二十三日、火曜日。中間テスト初日。

午前七時半頃。

千花はいつもより三十分ほど早く、由巳のおウチを訪れた。

「おはよう、ちかちゃん」

 インターホンを押すと、由巳が出て来た。

「おう由巳、もう制服に着替えとるやん。今日は珍しく早起きしたんやな」

「うん。今、朝ごはん食べてるところ。入試の時みたいに緊張してなかなか眠れなかったよ」

 由巳の目には、ちょっぴりくまが出来ていた。

「さすがの由巳も、昨晩は勉強したよな?」

「いやいやー。いつの間にか絵本読んでたよ」

 苦笑いしながら語る。

「うちも似たようなもんや。アニメ三時頃まで見とったし。勉強の息抜きと思ったら、ついつい。中学の時と同じ過ちしてもとるな。眠ぃ」

 千花は一回あくびをして、言った。

「きっと、なんとかなるよね?」

「……たぶんな」

 無理やり楽観的な考えをしてみる二人であった。

七時四十五分過ぎ、今日は時間にゆとりを持っておウチを出た。


二人が一組の教室へたどり着いたのは八時頃のこと。

「あっ、おはよう彩、麻衣」

「あやちゃんもまいちゃんも、やっぱりもう来てたんだ」

「うん。今日は一時間くらい前には来てたんじょ。開門時間が七時頃やけんね。テストの日に朝早く来るんは、中学の時からの習慣なんじょ」

「わたしは彩ちゃんの付き添いで仕方なく来てるの。眠いのに。早起きするために九時頃に布団入っても、なかなか眠れないもん」

「マイ、ワタシは普段と同じく深夜アニメ三時頃まで見てたんじょ。マイ以上に睡眠時間削ってるんよ」

「うちと全く同じやん。けど彩は余裕の構えやな。サン○ー読んで。マ○ジンまで持ってきとるし。さて、うちは最後の悪あがきでもしよう」

 千花は『速読英単語入門編』という高校生にはお馴染みの参考書を取り出し、試験範囲のページに書かれている英文と英単語に目を通す。

ところが五分も経つと、

「あー、飽きてきたわ」

 千花は嫌気がさしたのか、教科書をパタリと閉じた。

「ちかちゃん、英文って今から勉強してもあんまり意味ないよね? 暗記系の世界史の方やろうよ」

 由巳は教科書の太字で書かれた用語を一生懸命覚えようとしていた。

「確かにその方がええかもな」

 千花も世界史Bの教科書を取り出す。

 そうこうしているうちに八時半のチャイムが鳴り、担任がやって来た。

「グッモーニン、エブリワン。いつもようにリラックスして臨んで下さいね。机の中、携帯の電源、確認はいいかな? それでは冊子を配るね。中に問題用紙と解答用紙が入っているかチェックしてね」

そして八時四十分。

「それでは始めて下さいね」

 チャイムの音と共に、担任から合図がかかった。

【一科目目 英語Ⅰ】

 試験時間は授業時間よりも五分長く、五十分間設けられている。

 由巳と千花は一問目から手をつけた。

(えっ!? この問題、教科書の英文と違うやつだよね。聞いてないよこんなの。えっと、問い一の(1)、下線部の英文を日本語に訳しなさい……見たこともない単語も混じってるし。全然分からないよう)

(こっ、こんなはずじゃ……どないしょう)

 由巳と千花、想定外の難易度の高さに戸惑う。


 九時半、試験時間終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。

「みなさんシャープペンシルを置いて下さい。一番後ろの人が回収してね」

「先生、あと五分だけ下さーっい」

 由巳は焦りの表情を浮かべながら挙手をして、担任に懇願した。

「いけません。不正をすると全科目0点になりますからね」

 担任はにこにこ微笑みながら由巳に優しく注意。

「わーん。まだ半分くらいしか埋まってないのにーっ」

「……あのう、板東さん」

由巳の答案を回収しに来た子は、申し訳なさそうに回収していた。

休み時間。

「ちかちゃんも、英語出来なかったよね?」

「うん。二学期になってますます複雑な構文になって、文も長くなったよな。リスニングも速すぎて全然聞き取れんかった。ラノベやったら長文になっても余裕で読めるのに」

「ほんと、高校の英語って難しすぎる。発音が同じやつとかアクセントの位置選ぶ問題もほとんど分からなかったし。中学の頃はいつも80点以上取れてたのにな。高校に入ってからは50点以上とれたことがないよ」

 由巳と千花はぶつぶつ不平を述べていた。けれどもIt’s no use crying over spilt milk.だ。

【二科目目 世界史B】

[問い一の(一) 次の(   )の中に最も適当な語句を当てはめよ。

1620年9月16日、イングランド南西部プリマスの地を出発した( ① )は、同年12月26日にアメリカ大陸の( ② )に上陸した]

(あっ、①分かった。あれだよね。美味しいとは言えないけどあのブロッコリーに似たやつ、カリフラワー号だ!)

 由巳は解答用紙にこの問題はもらったとばかりに “カリフラワー号“と記述した。

 これは誤答で正しくはメイフラワー号。由巳は勘違いして覚えていたのだ。

(そういえば、カリフラワーさんってブロッコリーさんをお洗剤で洗濯したら出来るのかな?)

そんな妄想により、五分ほどタイムロス。

「②は何だろう。ハワイ、いやハワイは大陸じゃないし……ニューヨークでいいや」

 正解は、出発地と同じ地名のプリマス。この問題もミス。


十時半、チャイムが鳴って一日目の試験日程は終了。

「由巳、世界史の方はどうやった?」

「すごく難しかった。50点あればいい方かな」

 由巳はがっくり肩を落としていた。

「うちも、そんくらいかな、たぶん。理系クラスやから全部マーク式でええのにな」

「ワタシも歴史はちょっと苦手なんじょ」

 彩は二人に励ましのお言葉をかけた。


帰り道。

「ハァ……明日は私の一番苦手な数Ⅰ・Ⅱに、物理まであるよ。理系科目二連続だ」

 由巳はため息をつく。

「つーか山ノ内先生、全然物理の授業をしてくれてないよな。物理とは全く関係ない話ばっかしとるし。カモノハシの話とか」

「それは愛称、偽物理だからね。やはりわたし達の方で自主的にお勉強するしかないの。偽物理による物理の授業は全くあてにならないもん」

「この学校って、正直言って教師の水準はかなり低いけん、やっぱ自主学習が大事なんじょ。予備校に頼る子も大勢」

「ちょっとそれ、教師の面目丸つぶれやんか」

 千花は笑いながらも心中呆れていた。

「ちかちゃん、物理って力学の最初の単元から難しかったよね」

「ほんま、意味不明や。サインかウサインか知らんけど、記号がいっぱい出てきて」

「ユーミン、チカリン、そう思い悩まんと。これから気晴らしにゲーセン行こう」

「たまには脳をリフレッシュすることも大事よ」

 彩と麻衣は、すっかり自信を無くしてしまっている二人を勇気づけようとした。

「学校帰りに、しかもテスト期間中に、ええんかな?」

「もっちろん! 校則にはないけんね。ワタシ中学の頃から行きまくってるんじょ」

 後ろめたそうにしている千花に、彩はきっぱりと言い張った。

「そういや私、ゲームセンターってもう何年も行ってないな」

「うちもや。うちの出た中学では、校則で保護者同伴でも出入り禁止にやったからな。久々にめっちゃ行きたくなって来た」

二人は、彩と麻衣行きつけのゲームセンターへ案内された。

四人は自動ドアを抜けて、店内へ足を踏み入れる。

「あれ? ゲームセンターってもっと暗い雰囲気じゃなかったっけ? けっこうオシャレだね。ピコピコうるさいけど」

「うちも思った。最近のはこんな感じなんか」

 由巳と千花は店内をきょろきょろ見渡す。

「ここはファミリーや女の子向けやけんね。ユーミンとチカリンはどれで遊びたい?」

「私、あそこのクレーンゲームやりたーい!」

 由巳はやや興奮気味に言った。

「ユーミンはぬいぐるみが取りたいんじゃな?」

「うん!」

四人はそのゲーム機の所へと歩み寄った。

「あっ、あのタコさんのぬいぐるみかわいいな。私、めちゃくちゃ欲しい!」

 お気に入りのものを見つけると、由巳はケースに手の平を張り付けて叫ぶ。

「由巳ちゃん、あれは隅の方にあるし、他のぬいぐるみの間に少し埋もれてるよ。物理学的視点で考えても難易度は相当高いよ」

「大丈夫!」

 麻衣のアドバイスに対し、由巳は自信満々に答えた。コイン投入口に百円硬貨を入れ、押しボタンに両手を添える。

「由巳、頑張りや!」

「よーし。絶対とるよ!」

慎重にボタンを操作してクレーンを操り、目的のぬいぐるみの真上まで持ってゆくことが出来た。

 続いてクレーンを下げて、アームを広げる操作。 

「あっ、失敗しちゃった。もう一度」

 ぬいぐるみはアームの左側に触れたものの、つかみ上げることは出来なかった。再度クレーンを下げようとしたところ、制限時間がいっぱいとなってしまった。

「もう一回やるう!」

 由巳はもう一度お金を入れて、再チャレンジ。しかし今回も失敗。

「今度こそ絶対とるよ!」

この作業をさらに三度繰り返した。けれども一度もクレーンでつかみ上げることすら出来ず、

「わぁーん、ちかちゃあああっん。あれとってえええええええ」

 とうとう泣き出してしまった。お目当てのものを指差しながら千花に抱きつく。

「まかせとき、機械に食われた由巳のお小遣い五百円の敵、うちが討ったる!」

「あっ、ありがとう。ちかちゃん、いつも頼りにしてごめんね」

「ええって、ええって」

 千花は由巳の頭をそっとなでた。

「チカリン、優しいな」

「由巳ちゃんもよく頑張ってたよ」

その様子を、彩と麻衣はほのぼのと眺めていた。


「まっ、まさかこんなに上手くいくとは――」

 取り出し口に、ポトリと落ちたタコのぬいぐるみ。

千花は、一発でいとも簡単に由巳お目当てのものをゲットしてしまったのだ。

「おーっ、チカリンすげえな。ワタシでもあれは無理っぽいのに。二人の友情パワーはそれだけ強いんじゃね」

「千花ちゃんお見事です!」

「さすが、ちかちゃんだ」

三人は大きく拍手した。

「うち、別に得意でもないのにたまたま取れただけやって。先に由巳がちょっとだけ取り易いところに動かしてくれたおかげでもあるねんで。はい、由巳」

 千花は照れくさそうに語る。一番驚いていたのは彼女自身だった。

「ありがとう、ちかちゃん。タコノスケさん、こんにちは」

 由巳はさっそく名前をつけた。受け取った時の彼女の瞳は、ステンドグラスのようにキラキラ光り輝いていた。そのぬいぐるみを抱きしめて、頬ずりをし始める。

その時、

「おーい、きみたち。そこで何やってるのかなー?」

 と、四人は背後から何者かに声をかけられた。由巳は肩をポンポンッと叩かれた。

「え? こっ、この、トーンの高いお声は……」

 恐る恐る振り向く。

「きゃっ、きゃあああああああっ! やっ、やっぱり、北島町に住んでるのに苗字は西島先生だぁ!」

 びっくりして、ぬいぐるみを床に落っことした。ほぼ初速度0の自由落下だった。

「あっ、タコノスケさんが――」

慌てて拾い上げる。

「うわっ、出よった」

 千花も慌てふためいた。

しかし彩と麻衣は冷静だった。

「西島先生、やはりテリトリーであるこのお店では出没率が高いですね」

「勇者彩は『ニッシー』に出くわしてしまった。攻撃した。しかし空振りした」

「彩ちゃん、毒魔法を使うと効果的だよ」

「おいおいおい、きみたちにとっておいらはRPGのモンスター的存在なのかよん? ま、それはそれで嬉しいけどなん。それにしてもきみたち、制服姿でゲーセンとは素晴らしい心構えではないかーっ」

 西島先生は彩のそばににじり寄って来た。

「ひょっとしたら来るかなあ、とは思ってたんじょワタシ」

「テスト期間中は教員も昼まででお勤め終わりだからねん。暇だから遊びに来たのさ。それよりきみたちいいのっかなん? 明日おいら作のメガ難しーい試験があるのに、おいらの聖地で遊んでてさ」

「西島先生、これは遊びではなくて実践的な数学と物理のお勉強なの。クレーンゲームからは確率論と力学が学べるでしょう」

 麻衣は強く主張した。

「確かに一理あるがなん。まあ美馬さんと伊月さんには全然問題ないだろうけど、板東さんと紅露さんはどうなんだろうかなん? 普段の小テストの結果を見ていると、おいら非常に心配だよん」

 西島先生は苦笑いをした。

「だっ、大丈夫やって」

「私、明日の試験はいつも以上に本気出しますよ」

「そいつは楽しみだなあ。そうだ! きみたち、おいらとあそこにある音ゲーで勝負してみるかい? もしも、きみたちが勝つようなことがあったならば、明日のテストできみたちが取得した点数に、さらに30点分サービスで加点してあげるよーん。ま、おいらが負けるなんてことは千パーありえないけどな」

西島先生はクレーンゲームから少し離れた場所に設置されてある筐体をびっと指差す。画面右から流れてくる音符に合わせて太鼓を叩き、スコアを増やしていく業務用音楽ゲームであった。

「いいよ。ワタシがやったる!」

 彩は即、西島先生の挑発に乗った。

「ふふふ、おいらはお子様相手だからって一切手加減なんてしない主義なんだよーん。カードゲーム大会では幼稚園児や小学生を何度も泣かせたことがあるよん。おいらは自慢じゃあないが学生時代、学校にいる時間よりもゲーセンにいたり、家に引きこもってテレビゲームしたりしている時間の方が遥かに長かったんだよーん。ゲーム歴は四十年近く。まだファ○コンすら出てなかった、ス○ースイン○ーダー時代からのベテランゲーマーであるおいらの実力をお見せしてあげるよん。おいらはね、きみたちが生きて来た時間の倍以上はゲームに親しんでいるんだぞ! 今までに発売されたコンシューマーゲームも数え切れないほどありとあらゆるジャンルを遊んで来たんだぞ。そんなおいらに勝てるなんて、まさか本気で思ってないよねん?」

西島先生はどうでもいい自慢話を長々と続ける。

「まあ見てなってニッシー。ワタシも音ゲーには自信あるけん」

「ふふーん。そいつは楽しみだなあ。ハッハッハ」

 彩と西島先生はじっと睨み合う。二人の間には、目には見えない激しい火花がバチバチ飛び交っていた。

「ニッシーからお先にどうぞ」

「親切だなあ美馬さんは。だが、そんなことしてくれたっておいらは本気でやるからねん」

西島先生は百円硬貨を二枚、財布から取り出し投入口に入れ、難易度は『むずかしい』を選択した。選んだ曲は、今流行のアニソンだった。

「ほいさっ、ほいさっ」

 開始直後から西島先生は、必死に太鼓のバチをドンドコ連打する。

「どうだ! はぁはぁはぁ……」

 曲が流れ終わったあと、西島先生は全身汗びっしょりになっていた。

 西島先生の叩き出した点数は、1036800点。

「おいらの自己ベスト、更新しちゃったよ。大人げなかったかなあ」

 中腰姿勢で画面を見つめながら、にやにや微笑む。

「次は、ワタシの番じゃな。公平な勝負するけん、同じ曲同じ難易度にしてあげるじょ」

「ふふふ、おいらの記録、ぬっけるかなん」

「やってみないと分からんじょ」

 彩もバチを両手に持ち、流れてくる演奏に合わせて叩き始めた。

「んぬ!? なっ、なかなか上手いではないかあ美馬さん、だが、そんな程度でこのおいらに勝てるなんて思うなよん。経験の差ってのが違うんだよーん」

 西島先生は嘲笑う。

それから約二分後、

「よっしゃ! ワタシの勝ちーっ。気分爽快じゃ!」

 彩はガッツポーズをして快哉を叫んだ。画面には、1053200の文字がピカピカ光り輝いていたのだ。

「彩ちゃん、おめでとう!」 

「あやちゃん強過ぎだーっ」

「やるな彩、自称ベテランゲーマーの西島先生をボロ負けにさせてまうなんて。先生、約束どおり加点してな」

 彩の後ろ側に立って応援していた三人は、パチパチ大きく拍手した。

「まっ、負けただと。この、おいらが――」

 西島先生は口をあんぐり開けた。

「どうよ、ニッシー」

 彩は西島先生に向かってパチッとウィンクした。

「もっ、もう一度だけ勝負してくれないかなん? 今のはね、おいらのきみたちに対する優しさが無意識の内に芽生えて不覚にも手加減してしまっただけなんだよん」

 西島先生は焦りの表情を見せながら、やや早口調で彩に頼み込んでみる。

「嫌じょ。ワタシたち、早く帰って試験勉強せんといかんけん」

 彩はスッと席を立つ。

「なっ、何だよもう! どうせやらないくせにーっ。いいもん! ママに言いつけてやるもんねっ!」

 すると西島先生は突然両手をド○えもんの手の形にして、筐体をバンバンバンバン激しく叩き始めた。その音が店内中に鳴り響く。

「お客様、機械が故障致しますのでおやめ下さーい!」

 案の定、すぐに店員さんがすっ飛んできた。

「だってだってだってー。というかこれさあ、始めっから一部の機能がぶっ壊れてたんじゃないのかい? 店員君。どう考えても不自然なんだよ。このおいらが女子高生ごときに負けたんだからさ」

 西島先生はいろいろケチつけて、尚も筐体をバシバシ叩き続ける。

「お客様……」

 店員さんの表情はますます険しくなってゆく。

「西島先生、そういうのはワ○ワ○パニックでやった方がいいですよ」

「それではニッシーよ、さらばだ。グッバイ!」

 彩と麻衣はにこにこ笑いながら、いい年をして店員さんにくどくど叱られている西島先生を楽しそうに眺めていた。

こんな哀れな彼のことなど放っておいて、四人はゲームセンターをあとにした。

「もう夕方かーっ。ついつい遊びすぎてしもうたじょ。ゲーセンの魔力じゃな。ユーミン、チカリン、すまんね、一時間くらいで帰るつもりやったんやけど」

「いやいやあやちゃん、すごい楽しかったよ。それにしても生徒と一緒になって遊んでくれる西島先生ってやっぱ素敵だよね。私、数学は大嫌いだけど西島先生は好きだから、なんとかやっていけてるもん」

「なかなかええやつやで、あいつ」

 由巳と千花の、西島先生に対する株はさらに上昇したようだ。

「さあ、帰ったら明日の試験勉強をしなきゃ」

「やる気出んけど、せなあかんよな、やっぱ」

 この二人は気持ちを切り替えようとしている。

「わたし、由巳ちゃんと千花ちゃんのためにテストに出ると思われる分野の予想問題集を作ったの」

 麻衣はクリアファイルからホッチキスで留められたプリントの束を取り出し、二人に手渡す。

「サンキュー麻衣、めっちゃ助かるわーっ」

「まいちゃんお手製のプリント、これを丸暗記すれば百点間違いなしだね」

「あのう、あくまでもわたしが勝手に予想して作ったものなので、あまり過度な期待はしないでね」

 麻衣は困惑顔で、完全に頼りきっている二人に釘を刺しておいた。


            ※※※


十月二十四日、水曜日。中間テスト二日目。

八時頃、一組の教室。

「おはよう、あやちゃん、まいちゃん、昨日は私、ばっちり勉強してきたよ」

「うちも、一生懸命答え覚えたよ」

 由巳と千花は、今日は特に自信に満ちあふれていた。

「あのね、由巳ちゃんも千花ちゃんも、答えよりも解き方を覚えた方がいいよ」

 麻衣は少し困惑した表情を見せる。

こうして始まった三科目目、物理基礎。

[問い1の(1) 質量40kgの物体に人が鉛直上向きの力を加え続け、ゆっくりと0.5m引き上げたとき、人の加えた力がした仕事は何Jか]

(いきなり分からん。次の問題いこ)

 千花は即パス。

(仕事量の公式はW=F・sだから、これに当てはめて……あれ? 一体どれがFとsになるのかな? きっとこの二つを掛け合わせればいいんだよね? 40×0.5で20Jだね)

 由巳はあることをし忘れて痛恨のミスをしてしまった。


【四科目目 数学Ⅰ・Ⅱ】

[問い一の(1)サイコロを投げたとき、2の倍数が出る確率を求めよ]

(なーんや、めっちゃ簡単やん。中学でも習ったし。2、4、6の3通りやから2分の1やな)

(これ、2分の1だよね。教科書の例題に同じやつあったよ)

 由巳と千花、見事正解。好調な出だし。ところが――。

[問い一の(2)サイコロを繰り返しn回投げて、出た目の数を掛け合わせた積をXとする。すなわち、k回目に出た目の数をYkとすると、X=Y₁Y₂Y₃……Yn

(ア)Xが3で割り切れる確率Pnを求めよ。

(イ)Xが4で割り切れる確率Qnを求めよ。

(ちょっ、ちょっと待って、さっきの問題とレベル全然ちゃうやん。西島のやつめ)

(……問題の意味すらよく分からないよう)

 次の問いにはなすすべ無し。


二日目終了後、四人は学校帰りに新町川水際公園に立ち寄った。市内中心部を流れる新町川沿いに作られた公園で、市民憩いの場となっている。

「物理も数Ⅰ・Ⅱも、今回もほんま難しかったな。もうどうでもええわって感じ。今思えば一学期の試験が簡単に感じるわ。ところどころにめっちゃ簡単な問題混ざってたおかげで0点は免れそうやけど」

「私も解答欄全然埋まらなかったよ。まいちゃんの予想問題と似たようなのもいくつかあったけど、数値が全然違うから解けなかった」

「……」

 麻衣は少し顔をしかめた。

「嫌味に聞こえるかもしれんけど、ワタシは今日が一番楽じゃった」

 彩はとても嬉しそうに言いふらす。

「ほんまに嫌味に聞こえるよ、彩。そういやお腹空いてきたわ。お昼ごはん、あそこのユーフォーテーブルカフェで食べへん?」

 千花は対岸に見える、該当する建物を指差した。

「そうだね。私もお腹空いてきちゃったよ」

「チカリン、ユーミン。そこもええんやけんど、ここからちょっと離れた場所にお勧めのファミレスがあるんよ。今日はそっち寄ってみん?」

「じゃあ、そうしようかな」

「うちも賛成。ユーフォーテーブルカフェは頻繁に行っとるし」

          ○

「ここなんじょ」

バス停から数分歩いたところにあるそのファミレスは、彩と麻衣の行きつけらしい。

 四人はテーブル席に着く。彩はメニュー表を手に取った。

「チカリン、ここには超激辛メニュー、“特盛りハバネロ地獄ラーメン”があるんよ。お汁まで全部食べれたらタダになるんじょ」

「ほう」

 千花はそのメニュー表に記載された写真をじっと眺める。

「うわっ、マグマみたい。見るからにめっちゃ辛そうやん。けどうち、挑戦してみるよ!」

 そして即、決意した。

「さすがちかちゃん」

 由巳は手をパチパチ叩く。

「今までワタシたちの学校の先生が何人も挑戦してきて、みんな失敗に終わっとるんじょ。自称辛党のジャマノウチーでも無理じゃった。けどチカリンならきっと出来る! ワタシ、期待してる!」

 彩は千花の手をがっちり握りしめた。千花は少し照れた。

三人もメニューを選ぶ。


「お待たせしましたーっ。特盛りハバネロ地獄ラーメンでございます。ごゆっくりどうぞ」

 千花の注文したメニューは、最後に運ばれてきた。ウェイトレスは涼しい表情でそのメニューをテーブルに置いていく。

「うっわ!」

 千花は目にした瞬間、目を疑った。

「まっ、まさか、ここまでとは――写真のより量多んとちゃう?」

「チカリン、時間制限ないから余裕じゃろ?」

「いやあ、ちょっと厳しいなあ全部は」

 千花は途端に自信を無くしてしまった。

「千花ちゃん。もし失敗しても千円なので安心してね。わたしがおごるから」

 麻衣も期待の眼差しで見守る。

「分かった。そっ、それじゃ……いっ、いただきます」

 こうなったら後戻りは香車の駒のごとくもう出来ない、と感じた千花は、恐る恐るお箸で麺をつかみ取り、口の中へと運んだ。

「……あれ? 思ったより辛くないな。それにめっちゃ美味いやん! いけるかも――」

 千花は二口三口と、どんどんつかみ取って口に入れてゆく。

 ところが七口目を食べた直後のこと、

「もっ、もうあかん! 耐えられん!」

 千花は勢いよく立ち上がった。そして一目散にセルフサービスドリンクコーナーへと向かった。スダチジュースを紙コップ満タンまで入れて、ゴクゴクゴクゴク飲み干す。辛さはあとになってじわり、じわりと効いてきたのだ。

「まっ、まだからあああっい」

 もう一杯おかわりした。

「なっ、なんとか落ち着いた」

 千花は、目から涙を流しながら席へ戻ってきた。

「ちかちゃん、そんなに辛かったの?」

由巳は心配そうに尋ねる。

「無理、無理、無理、無理! 全部は絶対無理やーっ」

 千花はさらにもう一杯、由巳が入れていたレモンスカッシュも飲み干した。

「汗いっぱいかいてる」

 由巳はハンカチをポケットから取り出し、千花の額をフキフキしてあげた。

「サンキュー由巳。だいぶ楽になったよ」

「にしても噂以上じゃったな。チカリンを唸らせるとは。こうなったら高○名人召還してくるしかないな」

「千花ちゃんごめんなさい。こんな兵器をお勧めしてしまって」

 麻衣はぺこりと頭を下げて千花に謝った。

「麻衣、気にしないで。ていうかうち、辛さの新次元が見られて嬉しかったよ」

「私、怖いもの見たさで一口だけ食べてみようかな」

 由巳は前屈みになってラーメン皿をじっと見つめる。

「あかん! 由巳は絶対やめたほうがええって。リアルに火を噴いちゃうよ」

「確かに、ちかちゃんの言う通りかも。お皿からすごいオーラが出てる」

 千花は麺が半分以上残されたラーメン皿をカウンターへ返却してきた。代わりに麻婆豆腐を注文することで、千花の昼食は片付く。食べ切れなかった分の代金も約束どおり麻衣が支払ってくれ、四人は喫茶店をあとにした。

「めっちゃ辛かったけど、なんか妙に頭が冴えてきたよ。勉強やる気出て来た」

「きっとカプサイシンの効力じゃね。この調子で明日の試験も頑張ってな」

 彩は千花にエールを送る。

「うん、全力を尽くすよ!」

千花のやる気はさらにアップ。意気揚々と家路につく。


「たっ、ただいま、母さん」

「どうしたの千花? やけにしんどそうにして」

 千花は背中を丸めて、ゆっくりとした歩みで廊下を歩いている。

「なっ、なんか胃が、急に燃えるように痛くなってきてん」

「千花ったら、またお昼に辛いもの食べたんでしょ。食べ過ぎはよくないよ」

 母はにこにこしながら助言した。

「分かってるって」

自分のお部屋に入ると、すぐに横になった千花。結局、余計に勉強に集中出来なくなってしまったのであった。

「もうあんな激辛料理はこりごりやーっ」


※※※


 十月二十五日、木曜日。中間テスト三日目。

【五科目目 数学A・B】

[問い3の(1) 次の等差数列の和を求めよ。 10,15,20,……,90]

(これは、等差数列の和の公式を使うやつやったな。どないやったかな? 忘れた。ガウス君助けてーっ)

 千花、この問題は手に負えず。

(あれ? 公式の通りの形じゃないよ。えっと……もう全部手計算でやっちゃえ。10タス15は25、25タス20は45……)

 由巳はその地道かつ非効率的なやり方で、なんとかこの問題の答えである850を求めることが出来た。


休み時間。

「ユーミン、チカリン、数ABどうじゃった? ⅠⅡに比べたら楽勝やったじゃろ?」

 彩は嬉しそうに話しかけてきた。

「いやいや。全く、出来へんかった。時間が全然足りへんわ」

「私も全体の五分の二くらいまのところで時間切れになっちゃった」

「平均点80は超えそうやけんど、やっぱ編入組の子にとっては厳しかったか」

中間テスト三日目終了後、四人とも今日はお昼ご飯を学食でとり、そのあと学内にある図書館でお勉強することになった。

ここなら勉強に集中出来る、と由巳と千花が提案した。

「ここの図書館ってすごく快適だよね」

「そやな。ここに住みたいくらいや」

「あのう、由巳ちゃん、千花ちゃん。図書館のルールは守ってね」

 麻衣は、はしゃぐ二人を人差し指でシーッのポーズをとって優しく注意した。

「あっ、いけない、いけない」

「すまんな」

 四人が奥の方にあるイス席へ向かう途中、

「あっ、ここって絵本もいっぱい置いてるんだね」

由巳は本棚のとある箇所に目を向けた。

「これは家庭科の保育の分野で扱われるの。休日は一般開放もしてるから、乳幼児向けや小学生向けの図書もたくさんあるよ」

「そうなんだ。早くその分野習いたいなあ」

 由巳は本棚へ吸い寄せられるように歩み寄り、絵本を何冊か手に取った。

「由巳、お勉強は?」

 千花は笑顔で問いかけた。

「これ読み終わったらやるよ」

 

それから一時間ほど経った。

由巳はまだ絵本を読み耽っていた。

「なあ、由巳もそろそろ勉強し始めた方がいいよ。うちもやっとるねんよ」

 千花は明日の試験科目の一つ、古文に出てくる単語の暗記をしている。

「あともう少しだけーっ」

 由巳は駄々をこね始めた。

「ダーメ! 彩と麻衣も何とか言って……っていうか二人ともマンガとラノベ読んどるやん。いつの間に持ってきたん?」

 彩と麻衣もイスにもたれてゆったりくつろいでいた。

「新刊が入っていたので、つい手が伸びてしまったの。読書の秋だし」

「チカリン、ここには本だけじゃなく、アニメのDVDもいっぱい置いてあるんじょ」

「へぇ、そんなのも揃えてるんや」

「向かいに鑑賞ルームがあるんじょ」

 彩はその場所を手で指し示した。

「……ちょっとだけ、見に行ってみよか」

 千花は席を立ち、興味本位でそのコーナーへと足を運んだ。

 

           ○


「ああーっ、やってもうた。つい夢中になって一話から最終話まで見てもうたわ」

 千花は嘆きながら、三人のもとへ戻ってきた。

「もうすぐ六時やん。あれから四時間以上経っとるし。あっという間やったな。家帰ったら今度こそ本気でやらな」

 時計を眺め、悲しげな声で呟く。

「チカリン、この学校の図書館はもちろん学術専門書も豊富に揃ってあるけど、娯楽の誘惑も多いけんな。意志の弱い子は勉強には不適かもしれへんじょ」

 彩はこう忠告した。彼女自身ラノベにもしっかり目を通しながら。

「そっ、それを先に言ってーっ。うちは意志がめっちゃ弱い子やねんよ」

「まあまあ、ちかちゃん、なんくるないさーっ」

 由巳は沖縄の暮らしについて書かれた、小学生向けの社会科副読本を床に寝転がって読み耽っていた。

「うち、こんなんで明日のテスト、大丈夫なんかなーっ」

 千花は四人の中で一番危機感を感じているみたい。

いよいよ明日が中間テスト最終日。


          ※※※


十月二十六日、金曜日。

 十一時半、全ての科目が終了した。

「やっとテスト終わったよ。ちかちゃん、とても長かったよね」

「うん。一週間くらいに感じた。今度もどの教科も全然あかんかったけどな。結果が怖い」

 嬉しさ半分、不安半分の千花。

「わたしは今回もいい結果が残せそう」

「早く期末にならんかな。昼までで終わるけん、あと遊べるし」

 ご満悦な彩と麻衣。二人にとって、定期考査は高校生活の楽しみの一つなのだ。

部活動も今日から再開。四人は農園に植えられてあるサツマイモを収穫する。品種は、鳴門金時だ。

「おイモさん、おイモさん。私、この日をずっと待ってたよ」

 一番喜んでいるのは由巳。

四人はスコップ片手に楽しそうに土を掘ってゆく。

「これ、抜けないよ。かなり大物みたいだ」

 由巳は葉っぱと茎の部分を持って、懸命に引っ張りながら助けを求める。

「うちにまかせてや」

 千花が挑戦するも、

「……あっ、ありゃ? 何よこれ。ビクともせえへん」

 全く歯が立たず。彩と麻衣にも助けを求めた。

千花は彩を、彩は麻衣を、麻衣は由巳を、由巳は本体を引っ張った。こうして四人で力を合わせ、ようやく引き抜くことが出来たのだ。

そのサツマイモは、十本以上絡み合っていた。千花は勢いで地面にしりもちをつく。

「いたたた、彩、はよのいて。重たーい」

 千花の膝の上に、彩のおしりがどっかり。

「もう、チカリン。女の子に重たいは失礼なんじょ」

 彩はそう注意しておいて、立ち上がった。

「なんかロシア民話『大きなかぶ』のさつまいもバージョンじゃな」

「小学校の時、劇でやったよ。私はネコの役だった」

「うちはお婆さん役やったよ。懐かしい。さてと、おイモ掘りのあとはこれやらな始まらんな」

 千花は通学カバンの中からチャッカマンとアルミホイルを取り出した。

「さすがあやちゃん、準備がいいね。焼きイモ、焼きイモーッ」

 落ち葉や枝を集め、おイモをアルミホイルに包んでその中に埋めて、火をつけた。

 おイモの香ばしい香りが漂ってきた頃、

「ぃよう、おまえさんら。いいもん作ってるやないけぇ」

 山ノ内先生がどこからともなく現れた。

「げっ、最悪。一つもやらんよ。帰った、帰った。しっし」

 千花は迷惑そうな表情を浮かべる。他の三人も同じだ。敵意を持って彼をにらみつける。

「ハッハッハ。ワシ、焼きイモなんか飽きるほど食うてるけん取らせんって。安心しーな。おまえさんら焚き火始めたけん、面白いもんお見せしたろうと思ってな。あのことわざじゃ」

「あーっ、先生、それは絶対やめてーっ」

 由巳は大声で叫んだ。

「板東よ、よう感づいたな。大当たり。ワシ、今から『火中の栗を拾う』をビジュアルでお見せしたる」

 そう言い山ノ内先生は、右手に持っていた竹カゴの中から栗を一粒取り出した。

「ダメダメダメーッ!」

 由巳は目にも留まらぬ速さでそれをパッと奪い取り、遠くへ投げ捨てた。

「きれいな放物線運動じゃのう、板東よ。一番飛距離を出せる45度の角度に限りなく近かったのう。それより残念じゃったのう、まだまだいっぱいあるけぇ」

「えーっ」

 由巳は慌てふためく。

「偽物理、やめて下さい」

 麻衣も止めに入る。しかし山ノ内先生は学習した。今度は手を上に伸ばしカゴを高く掲げ、二人に届かないようにしたのだ。

「ほいっ!」

 山ノ内先生が焚き火目掛けて残りの栗を投げようとしたその時――。

「先生、こんな所で油売ってたんですか」

 と、一人の女生徒が叫んだ。

「あっ……見つかってしもた」

 その瞬間、山ノ内先生の動きがピタッと止まる。

「園芸部員の皆さま、本当に申し訳ございません。すぐに片付けますので」

この隙にその子は山ノ内先生の後首襟をぐいっとつかんだ。

「あー、あともう少しじゃったのにーっ」

 こうして彼は、ずるずる引きずられ、連れ戻されていったのであった。

「どなたか知りませんが、ありがとう」

 由巳は礼を言っておいた。

「これで邪魔者は消えたな」

 千花はトングを使っておイモをつかみ、アルミホイルをのけた。みんなに分ける。

「美味しいーっ」

「やっぱうちらで育てたやつはめっちゃ美味いな」

「また太っちゃいそうじゃ」

「甘くて最高♪ さすがは鳴門金時ね」

 四人は満面の笑みを浮かべながら幸せそうに頬張る。

収穫したおイモの残りはスーパーの袋に詰めて、おウチへ持ち帰ることにした。

続いて稲刈り。四人はきちんと火の後始末をし、学校近くの田んぼへと向かった。

「あーっ、なんかとってもかわいらしい案山子さんが増えてる」

 由巳は好奇な目で対象物を眺める。

「うちと彩とで一週間くらい前に作ってん。いわゆる“痛案山子”ってやつや。大阪行った時買ったコスプレ衣装を使ってるんよ」

「これからは案山子にも萌えが求められる時代なんじょ。スズメやカラスには効果なかったみたいやけんど、まあいいんじょ」

 千花と彩は、たわわに実ったお米をついばむ鳥達を、ほのぼのと眺めていた。

「奇抜な光景に見えるね」

 麻衣はやや呆れ顔で呟く。

ともあれ四人は軍手をはめ、鎌を手に持った。

「由巳、気ぃつけてな」

「うん」

手作業で一本一本刈り取っていく昔ながらのやり方だ。刈り取った稲穂は五、六本ずつ藁で束ね、稲架に干して作業を終えた。

この光景は、秋の深まりを感じさせていた。


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