第四話 目指せ優勝! ジャンボ野菜コンテスト
十月十三日、土曜日。
いよいよジャンボ野菜コンテスト当日。年一回行われるこのイベントは、お隣香川県の県庁所在地、高松市にある屋島の地で開催される。
優勝賞金は十万円。千花と彩は特に目がくらんでいた。
四人はJR徳島駅から『特急うずしお』に乗り、会場最寄りの屋島駅へと向かう。
出発してから、五十分ほどが経った頃。
「あ、この駅、由巳と幼稚園の頃にいっしょに来たことがあったな。懐かしいわ」
千花はホームの看板を眺めた。
「時刻表見てたら偶然発見したんだよね。私、オレンジがたくさん食べられるファンタジーランドだと思ってたよ」
由巳は照れくさそうに語る。
「わたしもそう思ってたことがあったな」
麻衣はにっこり微笑んだ。
「そんで二人で行ってみようってことになって汽車に乗って実際行ってみたら何の変哲も無い住宅地やったっていうオチや。降りて周辺をうろうろしとったら道に迷って帰れんようになってもうてな。結局お巡りさんに助けられて、うちと由巳の母さんに迎えに来てもらったんよ。そのあと二人でめっちゃ叱られたけどな」
「自動販売機に壱億円札入れてジュース買おうとしたのも、今となってはいい思い出だよね」
「ぶどう饅頭に入ってるやつじゃな。ワタシも使おうとしたことあったんじょ」
その駅の名は、オレンジタウン。珍しいカタカナのみの駅名だ。
その駅を発ってからは十分ほどして、屋島駅に到着した。
駅舎を出て、正面方向を眺める。
「あのお山はいつ見ても壮観じゃなあ」
駅の北側には、台形状の独特な形をした山が聳え立っている。彩はデジタルカメラにその風景を収めておいた。
「プリンみたいでとっても美味しそうだね」
「こういうのが連想されるなんて、由巳は食いしん坊さんやな」
千花はくすりと笑った。
「もう、ちかちゃんったら」
この地は源平合戦(治承・寿永の乱)の舞台の一つとしてよく知られている。そのためかこのコンテストは“ジャンボ野菜の合戦”と呼び慕われているのだ。
四人はこの駅から徒歩で、その合戦会場へと出陣した。
○
「ただいまより、第九回ジャンボ野菜の合戦の火蓋が切って落とされます。出展者の皆様はこちらへお集まり下さい」
法螺貝の音が開始の合図だ。それに続いて司会のお姉さんからのお知らせが入る。
「やっぱかぼちゃがほとんどじゃな。有利やけん」
「あれが、うちらの高校のやつやな」
出展数は五十くらいあった。出場資格は香川県、もしくは徳島県の在住者だ。エントリーナンバー順に次々と計測されてゆく。
「エントリーナンバー一番、三好市の頭師稔さん……」
番号順に次々と計量されてゆく。
「おーい、ユーミン。マイ。そろそろワタシたちのが出るけん、見に行くよ」
「あっ、あんなとこにおったよ」
由巳と麻衣は、パンプキンソフトクリームが販売されている出店の行列に並んでいた。
「続きまして、エントリーナンバー十一番、徳島市の阿波東女子中・高等学校園芸部。去年に引き続き二度目のご出展でございます」
男性スタッフ七名によって持ち上げられ、計量器に乗せられた。
「すごいです。百五十六キログラムもあります。前回の記録を大幅に更新しましたね」
司会のお姉さんがそう告げると、会場内から「おおお!」という歓声と、拍手沸いた。
「確かに嬉しいねんけど、素直に喜べんな」
「あとはあのかぼちゃの結果を待つぎりじゃ」
千花と彩は一喜一憂せず、平静に保つ。
「エントリーナンバー二十三番、小豆島土庄町からお越しの多田羅雷五郎さん。第一回から連続出場しておられるジャンボ野菜作りのスペシャリストでございます」
司会のお姉さんから、その出展者のプロフィールが告げられた。
「……やっぱり、雷五郎爺ちゃんのじゃったか。今年も出したんじゃな。かなりまずい」
彩は焦りの表情を浮かべながら、ぽつりと告げた。
「なあ彩、あのお方、そんなにすごいん?」
「まあね。ここ数年連覇を重ねてるんよ。ワタシたちの、去年の雷五郎爺ちゃんの記録は超えれたんやけんど、あっちはさらにパワーアップさせとるけんね」
そのかぼちゃもついに、クレーンによって計量器に乗せられた。
「なんと……三百二十九キログラムです。昨年雷五郎さんが出された記録の倍以上ありますね」
表示された数値に、司会のお姉さんははっと驚く。会場内からも割れんばかりの拍手と喝采。
「まっ、負けた――」
「やっぱりあかんかったね。完敗じゃ」
千花と彩は唇を噛み締めながら、例のかぼちゃを眺める。
このあともこの記録を超えるものは出ず、全ての計量を終えた。
引き続き、表彰式が行われる。
「多田羅雷五郎さん、優勝おめでとうございます。これで見事五連覇ですね」
司会のお姉さんから祝福のお言葉。
「ありがとうございます」
「ここまで育てるのにかなり苦労されたでしょう?」
「うーん、船で運ぶのが一番苦労したかな。かぼちゃのやつは放って置いても勝手に育ってくれるきん。来年は、五百キロオーバーを目指しますぜ」
嬉しそうにインタビューに答え、Vサインをとる雷五郎さん。他の参加者や見物客から盛大な拍手が送られた。
阿波東女子中・高等学校園芸部は準優勝。
「今回で香川勢の七連覇らしいな。やっぱご当地は強いわ」
「賞金目当てのやましい気持ちでいったけん、バチが当たったみたいじょ」
千花と彩は苦笑いをしていた。内心とても悔しがっているのだろう。準優勝には賞金はないのだ。
由巳と麻衣も、この二人ほどではないにせよ、ちょっぴり残念そうな面持ちだった。
『みなさん落ち込まないで。Tomorrow is another day.よ』
彩が携帯電話で顧問=担任に結果報告。励ましのお言葉をかけてくれた。
屋島駅のホームで列車の到着を待っていたところ。
「うぉーい、準優勝の女子高生のみなさーん。ちょいと待ちなされ」
後方から一人のしゃがれた男性の声が聞こえてきた。
「あ、あなたは、優勝者の多田羅雷五郎さんじゃありませんか。一体どうして?」
千花は即振り返り、驚きの声を上げる。
「賞金をお嬢さんたちに全部差し上げようと思ったのよ。物欲しそうにしてたじゃろ?」
雷五郎さんはそうおっしゃり、彼の一番近くにいた麻衣に気前よく手渡した。
「そっ、そんな、このような大金、悪いですよ」
麻衣は丁重に断ろうとした。
「ホホホ、遠慮せずに受け取りなされ。俺にはまったく必要ないきん。俺は趣味の延長で作っておるからのう。お嬢さんたちは高校生じゃし、洋服買ったり、携帯代とかでいろいろ金使うことがあるじゃろ? 俺にもお嬢さんたちと同じくらいの孫娘でおるんで良く分かるのよう。これは俺からのお小遣いじゃ」
雷五郎さんはとても機嫌よく申された。
「ほんまにありがとうございます。このお金はうちらで大切に使わせてもらいます」
「雷五郎爺ちゃん、この恩義は一生忘れんじょ」
千花と彩は感謝の意を述べつつも、心の中では有頂天になっていた。