第十一話 楽しい園芸部合宿始まるよ
十一月十日 土曜日。
「あやちゃん、まいちゃん、待たせてごめねーっ」
「うちもちょっと寝坊してもうてん」
由巳と千花は走りながらJR徳島駅構内にやって来た。
「はやくはやく、汽車出てまうじょ。はい切符」
彩は二人に手渡す。四人は急いで改札を出た。
まもなくやって来た特急剣山に乗り込む。本数が少ないJR四国は、一本逃しただけでもタイムロスは大きいのだ。
イスを回転させ、向かい合って座る四人。会話が弾む。
「今回の合宿費用は、部活動の一環としてもみじ狩りに行きたいって言ったら担任が快く出してくれたんじょ」
「合宿っていうか、彩はただ遊びに行きたかっただけやろ?」
「あったり! ちょうど紅葉シーズンじゃし」
彩はにこにこしながら答えた。
「ねえねえ、あやちゃん、いったいどこへ合宿しに行くの?」
「うちも聞いてへんな」
「わたしもよ。昨日いきなり合宿しようなんて言い出して」
「それは、着いてからのお楽しみなんじょ」
彩はにやりと微笑んだ。
四人は終点の阿波池田駅で下車したあと、特急南風に乗り換えた。
「彩ちゃん、もしかして、高知へ行くの?」
「高知かあ。それじゃ私、あの坂本竜馬さんの銅像見に行きたいな」
「彩もついに歴女になったんやな」
「ちがう、ちがう。次で降りるんじょ」
三人は彩に先導されるままに、大歩危駅ホームへ降り立った。
「オオボケって面白い駅名だよね」
「コボケと併せたらお笑いコンビみたいやな」
由巳と千花はホームの看板を眺めながらおしゃべりし合う。
「こっちへ来てね」
彩は三人を、駅構内にある遊歩道へと案内した。
「ここ、ええ眺めじゃろ?」
「うん。なんか岩の形がものすごいよな」
「自然の神秘を感じるわね」
川を楽しそうに見下ろす三人をよそに、
「こっ、怖いよう」
由巳はカタカタ震えていた。
「これくらいで怖がってたらあかんよユーミン。さあ、次は本命のあの場所行くよ」
四人は駅前へ戻り、しばらくしてやって来た路線バスに乗車した。
「ちかちゃん、ものすごい所だね、ここ。席、代わって」
窓側に座っていた由巳は顔をこわばらせながら、隣に座る麻衣に要求する。
「わっ、私も怖いから、ダメ」
麻衣はやんわり断る。
「あーん、早く着かないかなあ」
由巳の座席横側の窓を覗くと数百メートル下まである崖。向かい側の窓を覗くと落石注意の看板が所々に見られる石垣が聳え立つ。そんな道を、バスは軽快に走り抜けて行った。
二十五分ほどで到着したその場所は、大勢の観光客で賑わっていた。紅葉シーズンなので、一年のうちで最も訪れる客が多い時期らしい。
「さあ渡ろう!」
彩は嬉しそうに三人を誘う。
「ねえ、あやちゃん。もしかして、あっ、あれを、渡るの?」
由巳は怯えた表情を浮かべて、対象物を指差した。
「ほうじゃよ」
彩はさらりと答える。
それは、祖谷の“かずら橋”だった。シラクチカズラ(サルナシ)で編まれた幅二メートル、長さ四十五メートル、川面からの高さは十四メートル、国の重要有形民俗文化財にも指定されている、知る人ぞ知る吊り橋だ。かずら橋の向かい側には普通の橋も架けられており、そこからかずら橋の全景を眺めることが出来るようになっている。
「ここから眺めるにはすごくいいんだけどね、実際に渡るのは……祖谷だけに嫌だよ」
「ほなワタシ達三人で渡ってくるけん、ユーミンはここで待っといてな」
「それも嫌だ。迷子の子に間違えられちゃいそう」
「ほうじゃろ。さ、いこ」
「……」
こうして由巳は、否応無く連れて行かれたのであった。
通行料五百円を支払い、麻衣を先頭に橋床のさな木に足を踏み出す。千花が一番後ろだ。
「すっ、隙間が広くて落っこちそうだよう。すごく揺れてるううううう」
由巳は橋の真ん中より少し手前で立ち止まってしまった。彩と麻衣は、すでに渡り終えていた。
「ユーミン、後ろが支えるけん、さっさと渡り」
彩は側面にある手すりをつかみ、ゆらゆら揺らしてきた。
「あっ、あやちゃーん、揺らさないでーっ。怖いよう」
由巳は声を震わせながら懇願する。
「由巳ちゃん、ゆっくり渡れば大丈夫よ」
麻衣は対岸から少し心配そうに見守っていた。
「由巳、うちが助けたろか?」
「ちかちゃん、お願ぁーい」
由巳は結局、千花におんぶされる形で渡り切ることが出来たのだった。
「なっ、長かったぁ~、怖かったぁ~。もう二度と渡りたくないよう」
下ろされてホッと一息ついたあとも、まだ声が震えていた。
「これでこの合宿一番の目的は果たせたじょ」
彩はにんまり微笑む。
「ひどいよ、あやちゃん。わざとやったんだね」
由巳は彩の頬っぺたをガシッとつかみ、ぎゅーっと強くつねった。
「あいたたた、ごめんなユーミン。次は琴平へ行くけん。今夜はそこで泊まるんじょ」
「もう、怖いところへは行かないよねぇーっ?」
由巳はにっこり微笑みながら問い詰める。
「もっ、もちろんじょ」
「よかった」
ようやく手を放してくれた。彩の頬っぺたには、くっきりと爪の型がつけられていた。
路線バスで大歩危駅へ戻った四人は、岡山行き特急南風に乗り込む。その列車は途中、鉄道ファンにはお馴染みの秘境駅、坪尻を高速度で通過し、それからあまり経たないうちにJR琴平駅へ辿り着いた。
「彩ちゃん、ここに来たのは小学校の遠足以来になるね」
「うん。久々に登ってみたくなったけん、合宿場所に選んだわけなんじょ」
「うちんとこはニューレ○マワールドやったわ。琴平へ来たんは初めてや。町の中に燈籠や狛犬がいっぱい置かれてあって、独特な雰囲醸し出しとるな」
「まさに門前町って感じだね。私はちっちゃい頃連れてこられたことはあるらしいんだけど、全然覚えてないや」
四人は駅舎を出て、駅前に広がる風景を眺める。
今日は、金比羅参りはせずそのまま今夜泊まる旅館へと一直線。
「ご予約の美馬様ですね。ごゆっくりおくつろぎ下さいませ」
四人は一旦部屋に荷物を置いたあと、さっそく夕食。続いて露天風呂へ。
脱衣室で服を脱いでいる最中。
「あやちゃん、けっこうお胸あるね。ちかちゃんのより大きいかも」
由巳は羨望の眼差しで彩の胸元をじっと見つめる。
「そっ、そんなにないんじょ」
彩は遠慮がちに答えた。
「いいなあ、あやちゃん」
由巳は彩に前から抱きつき、胸にタッチ。
「あんっ! もうユーミンったら、くすぐったいからやめてー」
「スキンシップ、スキンシップーッ」
「由巳ちゃん、彩ちゃんのお胸って、温泉たまごみたいにふわふわしてて、とっても触り心地いいでしょう? わたしも時々触らせてもらってるの」
メガネ外し、脱衣カゴに移しながら麻衣は言う。
「絶対うちより大きいよ。彩はおしりもええ形しとるな。触らせてーっ」
そう言い、千花も便乗する。
「もっ、もう、チカリンまで」
前からも後ろからも揉まれる彩。嫌がりつつも、とても幸せそうな表情を浮かべていた。
「千花ちゃんもお胸じゅうぶん大きいよ。わたしと由巳ちゃんは、貧乳コンビだね」
麻衣は恥ずかしいのからなのか、バスタオルをしっかり全身に巻いていた。
由巳は洗い場に備えられてあった風呂イスにちょこんと腰掛け、シャンプーハットを被り、
「私、これがないとシャンプー出来ないの」
照れくさそうに呟いた。
「ユーミン、本当に幼稚園児みたいで萌える! ワタシがシャンプーしてあげるよ」
「あっ、ありがとうあやちゃん」
彩は由巳の後ろ側にひざまずくようにして座った。ポンプを押して泡を出し、由巳の髪の毛をゴシゴシこする。
「ユーミンの髪の毛って、すんごいサラサラじゃな。触り心地いい」
「お母さんにもよく言われてるんだ」
由巳はとっても嬉しがる。一人っ子の彩は由巳のことを自分の妹のように感じていた。シャワーをかけて、そっと洗い流してあげる。
「あっ、あの、彩ちゃん、わたしの髪も洗ってほしいの」
「OK.マイ」
麻衣は由巳のことをうらやましく思ったのか、彼女もおねだりしたのだった。
みんな同じようなタイミングで体を流し終え、湯船へ向かっていく。
「あっつぅぅぅーい!」
由巳は湯船に足をつけた途端、反射的に引っ込めた。
「ユーミンはお風呂、ぬるめ派で? ワタシは熱い方が好きやけんど」
「うん。こんな熱いのに入れないよ」
「わたしも由巳ちゃんと同じ。このお湯、四十度は余裕で超えてるよね」
「うちも彩と同じで熱め派。ゆっくりと浸かれば大丈夫やって」
由巳と麻衣は、千花に言われたとおりにしてみた。
「ほんとだ、入れた」
「慣れるととっても快適ね」
「せやろ?」
「ワタシんち、ジェットバスやけん、こういうお風呂にも入りたかったんじょ」
夜空に広がる満天の星空を眺めながら、四人はゆったりくつろいだ。
部屋に戻ってくると、すでにお布団が敷かれていた。この旅館のサービスだ。
「さーて、今からワタシがこわーい話をしてあげよう」
彩は両手をうらめしやポーズにして、ゆっくりとした口調で告げた。
「わっ、私、どれも聞きたくないよううううううう」
由巳は耳を塞ぎ、カタカタ震え出す。
「そんなこと言われると、ワタシ、ますますしたくなっちゃうんじょ」
「彩、それはやめてあげてや。由巳が“おねしょ”しちゃうから。小六の時の修学旅行でね、レクリエーションで怪談やったんやけど、それが原因で夜中にトイレ行けんなって……朝、由巳のお布団の上見たら、ジュワーッて」
「ちっ、ちかちゃん。恥ずかしいから教えちゃダメーッ!」
由巳は側に置かれてあった枕を千花に向けて投げた。見事顔面にヒット。
「すまんな由巳」
「それはそれでこの上なく萌える設定なんやけんどね」
彩はにんまり微笑んだ。
「おトイレ行きたくて真夜中に目が覚めて、行かなきゃって思ったんだけど怖くて行けなくて、それでそのまま二度寝したら、ああなっちゃったの。わっ、私、もう寝るね!」
由巳はリュックの中から、千花にゲームセンターでとってもらったあのタコのぬいぐるみを取り出し、布団にもぐり込む。
一分と経たないうちにすやすや寝息が聞こえてきた。
「由巳、の○太くん並みの早業やな。寝顔めっちゃかわいい」
「……キス、したい」
彩はそう呟き、由巳の唇に自分の唇をぐぐっと近づけた。
「あかんよ彩、こんなせこいやり方でしちゃ」
千花は彩の額を手で押してさらにでこピンして阻止した。
「彩ちゃん、めっ!」
麻衣は後頭部をペシッペシッと二回叩いておいた。
「いたたたっ、分かったよチカリン、マイ」
「わたしももう寝よう。今日は疲れちゃった。千花ちゃんと彩ちゃんも、あまり夜更かししちゃダメよ。おやすみなさい」
そう言い、麻衣もお布団に包まる。
あとの二人はこのあともしばらく、麻衣の忠告を無視しておウチから持ってきたマンガやラノベを読んで夜更かしした。やがてまもなく深夜一時になろうという頃。
「さてと、今からは大人の時間じゃな」
彩はテレビのリモコンスイッチを入れた。千花はテレビの上に置かれてあった番組表を手に取る。
「あっ、ここって、MBS映らんのや」
「ほうなん? しまったな。圏外じゃったんか。アニメが見れんじょ。サンテレビは映るようやけんど今夜はアニメ無いけんな。テレビ大阪もやっぱ映らんし」
「しゃあない。山陽放送でC○TVは見れるから、それ見終わったら寝よっか」
「ほうじゃな。たまには早寝するんもええな」
二人は早寝といっても、午前二時前にようやく就寝準備に入った。
千花が布団にもぐり込もうとした矢先、
「ねえチカリン、ワタシ、折り入って頼みがあるんじょ」
彩が頬をほんのり赤く染めながら、千花の瞳を見つめてきた。
「またなん? 何でも言ってみぃ」
千花はにこにこ微笑む。
「あの、いっしょのお布団で寝てもいいで? ワタシ、抱き枕がないと寝れんのじょ。持って行こうと思ったけど大きすぎてカバンに入らんかったけんね」
三秒ほどの沈黙ののち、
「……あっ、彩ってほんまに寂しがり屋さんなんやな。いっ、いいよ。べつに」
千花は頬をポッと赤く染めつつ、受け入れてくれた。
「ありがとうチカリン」
彩は千花のお布団に入り込む。
「あのう……出来れば……」
さらに二呼吸置いて、千花の耳元でささやいた。
「!?……なっ、何言うてるねんよ彩は」
予想外の要求に驚く千花。頬の赤みはますます増した。
「お願い。ワタシもなるけん。その方が、気持ちええし」
彩は艶やかな声色で念を押す。しかし。
「あかん、それは絶対あかんよ!」
千花はそう強く言い放ち、都合よくすぐ側に置かれてあったスリッパで彩の額をパシーンッと思いっきり叩いた。
「彩、寝込み襲わんといてな」
そう言い、手巻き寿司を作るかのごとく彩を転がしお布団から追い出した。
「ごめんねー、チカリン。冗談なんじょ。ひょっとして今、怒ってる?」
「いや、全然怒ってへんよ。彩がいきなりあんなこと言い出すからつい手が出てしもてん。うちの方こそすまんな」
「ほうか。よかった。ほんじゃチカリン、おやすみ」
彩はとても残念そうな表情を浮かべる。彼女の計画はあえなく失敗に終わった。それでも自分側の布団にもぐり込むと、ほどなくしてすやすや眠りに付いたのであった。
(もう! 彩ったら……ほんまは、やってあげたかったんよ。でもな、そんなことしたら朝起きた時、裸で抱き合っとるうちと彩の姿が、由巳と麻衣に見られてまうかもしれへんやんか)
千花は悶々として、なかなか眠りにつけなかったのであった。
☆ ☆
朝。大広間で朝食をとり、旅館をあとにした四人はさっそくこんぴら参りへ。
四人一斉に最初の一段を踏み出した。
三百段目の辺りで、
「ちかちゃん、疲れてきたーっ、おんぶーっ」
「わたしも足が痛くなってきちゃった」
「うちもやねん。想像以上にきついわ」
「ワタシもなんじょ。やっぱみんなも体力ないんじゃな」
四人とも根を上げ始めた。
「あっ、私、あの籠乗りたーい」
「うちはちょっと……なんか恥ずかしいわ。みんなに見られるし」
四人の横を、担ぎ手たちが追い越していった。ここではよく見られる光景なのだ。四人はひたすら歩いて上る。三百六十五段を上り切り、大門にたどり着いた。ここより奥が金刀比羅宮の境内となる。籠もここまでしか利用出来ない。
「この門をくぐるとすぐに五人百姓があって、トンカチで割らなきゃ硬くて食べれない、加美代飴が売られてるの」
麻衣は由巳と千花に説明した。
五人百姓とは、古くから薬師如来十二神将の一人である宮毘羅(金毘羅大権現)の神事に携わっていた功績により、境内の中で唯一、特別に商売を許された由緒ある五店の商家。四人は立ち寄り、例の飴を記念に購入した。
再び進み始めてからは、三十分ほどで本殿へ到着。ここまでで七百八十五段を上り切った。
「奥社までは、まだあと残り五百八十三段あるんじょ」
彩はやや息を切らしながら伝えた。
「えーっ、まだそんなにあるの?」
「遠足の時はここまでだったし、わたし、そこまで登れるか不安だな」
「きついけど、ここまで来たら登らんと確かに損した気分になるな」
「御利益半分って言うけん、登ろう。ワタシも未知の領域なんじょ」
ここで少し一休み。そのあとも何回か休憩をはさみながら、何とか千三百六十八段までを上りきり、ついに奥社へとたどり着くことが出来た。
お参りして、景色を眺める。
「おう! かなり寒いけどめっちゃええ眺めやーっ」
「ほんと、来てよかったよ。けど、ここからまた下らなきゃいけないのが酷だよね」
由巳は苦い表情を浮かべながら呟いた。
「……そやな」
「確かにね」
「ま、登る時よりはたぶん楽じゃろ」
三人もふと、その現実に気付かされる。
下り道もゆっくりペースで歩き、参道入り口へと戻っていく。
「ねえ、彩ちゃん、どれがいいと思う?」
「やっぱ定番は灸まんと讃岐うどんじゃろ。担任とニッシーと、ジャマノウチーにもついでやけん渡してあげるか」
「しょうゆ豆もええよな。甘辛くてうちの好みや」
「私は、金毘羅船々のおせんべい買おう」
途中、土産物屋へ立ち寄り、修学旅行気分で楽しそうにお土産を選んだ。四人ともとても充実した一泊二日の合宿を送れたようだ。




