第十話 古本屋さんで小遣い稼ぎ。しかしそのあと起こる恐怖の――
十一月四日、日曜日。午前十時半頃、アニメイト徳島店にて。
「あー、これ欲しいなあ」
彩はアニメのブルーレイディスクが並べられた商品棚の前で嘆いていた。
(こうなったら、家にあるもう読まんなったマンガとか売りに行くか)
そう考えると、何も買わず店を出ておウチへ帰っていく。
そしてお昼過ぎ、彩は自転車に乗って千花のおウチを訪れた。
「チカリン、ちょっと折り入って頼み事があるんじょ」
「なあに? 困ったことがあったら遠慮せずに何でも相談してや」
千花はにこにこ微笑みかける。
「それじゃ、ダメもとでお願いしてみるね。ワタシ、今からいらんなった本とCDとゲーム売りに行きたいんやけんど、十八歳未満じゃと保護者の承諾書とサインが必要じゃろ? ワタシのママ、そういうのは許可してくれなくってさ。お金が絡むとか個人情報の漏洩が心配やけんとか言って。レンタルビデオ店の会員になることも禁止されてるんじょ。そんなわけで、チカリンに保護者、ようするにワタシのママの代わりをしてもらおうかなーって……」
彩はもじもじしながら申し訳なさそうに腹を割った。
「なあんや、そんなことか。もちろんOKや。いつも勉強で助けてもらってるしね」
「ほっ、本当!? サンキュー、チカリン。持つべきものはオタ友じゃな」
嬉しさのあまり、千花の両手をぎゅっと握り締めピョンピョン飛び跳ねた。
「ほな彩、待機しとくな」
「すまんねえ。たぶん、バレんと思うけん。ほんじゃ行ってくるね」
彩は売ろうとしているものが詰められたリュックを前カゴに乗せて、楽しそうに口笛を吹きながらペダルをこいで古本屋さんへと向かう。
(あっ、あそこ雑誌がいっぱい捨てられとる。しかもアニメやゲーム――ワタシは全部保存しとく派やけんど、こういう系の雑誌は古本屋で買い取ってくれるとこ多いんじょ。もったいないけんちゃんとリサイクルしてあげよう。エコロジストじゃなワタシ……さすがに、全部は持てんな)
途中、廃品回収で出されていた、紐でくくられた雑誌も拾い、荷台に積んで再び進む。
(あっ、回収車じゃ。危な危なっ。もう一分遅れてたら持っていかれるとこじゃったよ)
お目当ての古本屋へ入店すると、すぐさま買取りカウンターへ一直線。両手に持っていた拾った雑誌を置き、リュックを下ろして中身を全て取り出した。
(あー、すんごい重たかったーっ)
「買取りですね。身分証明書と承諾書はお持ちでしょうか?」
「はい」
彩は生徒証と買取承諾書を店員さんに手渡した。
記載された保護者氏名と捺印は本物。しかし住所と電話番号については千花のおウチのものを使わせてもらった。本来ならば彩の保護者の方が署名して印鑑を押さなければならないのだが、全て彩が自筆した。なるべく丁寧な字で慎重に。
「では、保護者の方に確認をとらせていただきます。今のお時間、保護者様はご自宅にいらっしゃいますでしょうか?」
「あ、はい」
「それではしばらくお待ちくださいませ」
店員さんはそう告げ、レジ横に備え付けられてある受話器に手をかけた。そして承諾書を見ながらボタンを押す。
(チカリンんちに、かかってるはずじゃな)
彩の胸の鼓動はやや高まる。
【もしもし】
受話器の向こうの声が、彩にも聞こえた。繋がったみたいだ。
(あれは、チカリンの声じゃよな。なんかちょっと違うような……)
鼓動はさらに高まった。
「こちらブックママ沖浜店、レジ担当の新居と申します。美馬さんのお宅でしょうか?」
店員さんは尋ねる。
【はい。そうですけど】
「お母様でいらっしゃいますか。本日、娘さんが本などを売りに来ていらっしゃることはご存知でしょうか?」
【はい。知っていますよ】
「了解しました。では、失礼いたします」
店員さんは受話器を置いた。
「お母様方にご承諾が取れましたので、買取りさせていただきます」
(よかった。うまくいった)
見事成功したようだ。続いて彩は、生徒証のコピーをとられた。
「番号札六番でお待ち下さいませ」
彩は呼ばれるまでのしばらくの間、店内の商品を物色するため、コミックコーナーへ向かった。本棚から中古マンガ本を選んで手に取り、立ち読みを始める。
二十五分ほどして、
「……買い取りお待ちの番号札六番をお持ちのお客様、査定が終了致しましたので買取りカウンターまでお越し下さいませ」
店員さんからのアナウンスが流された。
(おっ、やっとか。けっこういっぱいあったけんね。新居の兄さん、手間かけさせてごめんな)
彩は本を元の場所へと戻し、小走りでそこへと向かう。
「お待たせしました。雑誌につきまして、こちらの二十一冊については年数が経ちすぎておりますので買取り不可となります。こちらのコミックにつきましても、色あせやページの破れが一部見られましたので買取り表表示価格の半額となります。CD、DVDの方、こちらの五枚分につきましては申し訳ございません。ケースのキズや盤表面の汚れが目立ちますのでお値段がつかないことになります。ゲームソフトが三本、マンガ本が十四冊、CDが四枚、DVDが三本で買い取り金額合計三千五百三十円になりますが、以上でよろしいでしょうか?」
店員さんからこの査定金額で良いかどうかを確認される。
(あっちゃあ、やっぱあれは全部無理じゃったか。家にあった本とかも、もう少し丁寧に扱えばよかったな。五千は軽くいくと思ったけど、まいっか。他の店でも同じじゃろうし)
「はい」
彩は少々不満に思いながらも了承した。
「ではこちら、三千五百三十円になります。お確かめ下さいませ。買い取り不可となった雑誌等はお持ち帰られますか? それともこちらで処分致しましょうか?」
「処分してもらって結構です」
「了解いたしました。ではまたご利用下さいませ」
彩は受け取ったお金を財布に入れ、意気揚々とお店をあとにする。
「チカリン、ありがとな。おかげでアルバム一枚分くらいは稼げたじょ」
【いやいや、どうたしまして。うちも声優さんになった気分で楽しかった。よかったな、彩】
「うん。ほんじゃ明日学校でな」
携帯で連絡し、千花にお礼を言って自転車にまたがろうとした。
その時――。
「彩ちゃーん、ちょーっといいかしら?」
「へ?」
背後から誰かに肩をポン、ポン、と叩かれ呼び止められた。
振り向くと、
「あっ……マッ……ママ……」
予期せぬ人物が目の前に――彩の顔は瞬く間に蒼ざめた。
「なっ、なんで……ママが、古本屋さんなんかに?……」
「絶版になった西洋美術史関係の本が欲しくて、ここならあるかなーって思って探しに来たのよ。それより彩ちゃん、なーんかさっき、エッシャーさんもびっくりしちゃうようなとっても不可思議なことがママの目の前で起きてたんだけど、ここじゃなんだから、おウチに帰ったら詳しく聞かせてくれるかしら? 彩ちゃんとってもいい子やけん、きっと正直に話してくれるわよねー?」
彩のママは二カッと笑い、とても穏やかな口調で問い詰めた。
「うっ……うん」
彩は震えながら返事をした。
「さ、彩ちゃん。雲行きが怪しくなってるから、早くおウチへ帰りましょうね」
彩のお母さんも自転車で来ていた。彩はその後ろをついて帰ってゆくのであった。
※※※
翌朝。
「チッ、チカリイイイイイイイン」
由巳と千花が教室に入るなり、彩がふらふらとした足取りで、しくしく泣きながら二人のもとへと寄って来た。
「あっ、彩。一体何があったん? 何か恐ろしいものでも見たような顔して」
「あやちゃん、大丈夫?」
由巳も心配そうに声をかけた。
「ワタシ、ママにめちゃめちゃ叱られたんじょ。『ママはいつも口酸っぱく言ってるわよねえ? こういうことは絶対やっちゃいけないことだって……』ってモナリザ以上の微笑み顔で言われて、ほんでそのあと往復ビンタ食らわされて、夕飯抜きにされて、真っ暗なクローゼットに一晩中閉じ込められて、もうお小遣いあげないわよって言われて……」
彩は長々と、昨日帰ってからの出来事を、目を赤くさせながら打ち明けた。
「……たっぷりとお仕置きされたみたいやね」
「あやちゃんかわいそう」
由巳と千花は、彩の茶色みがかったショートボブヘアーをそっとなでてあげる。
「よちよち彩ちゃん。泣かないの」
麻衣もハンカチを彩の目に押し当ててあげた。
「悪いんはワタシの方やけん、気にせんといてな」
ママからきつーく叱られたことがトラウマとなり、もう二度と古本屋さんに物を売りに行かないと心に誓った彩であった。
一時限目のチャイムが鳴り、ほどなくして、
「それじゃ……授業、始めるよん」
西島先生がかなり沈んだ表情で教室に入ってきた。おぼつかなげな声で授業開始の合図を告げる。
「あ、ニッシー。ニッシーも、ぐんにゃりして元気なさそうじゃね」
彩も元気なさそうに声をかけた。
「その通りっさ。おいら、大切に保管してたアニメ雑誌やゲーム雑誌をママにまとめて捨てられたんだよん。付録ごと。床が抜けるからって」
「それはワタシのママ以上にひどいことしますね」
「そんでおいら、慌てて回収しに探し回ったんだけどさ、どこに捨てられてるか分からなかったんだよん。おいらのママ、おいらに回収されないように遠くの方へ捨てに行く習性があるんだもんな」
「無念じゃな。すごいかわいそうに思うじょ」
彩は目から涙をポロリと流した。
「美馬さーん、おいらの気持ちを理解してくれるのはきみだけさ。同志よおおおおお!」
西島先生は敬礼ポーズをとり、声を張り上げる。
「だってニッシー、ワタシとニッシーは、雑誌コレクター仲間でないで」
彩はそんな彼をなぐさめてあげた。
その日の晩、優しいパパからの説得により、彩はママから本だけなら売っても良いよということになり、お小遣いも無事もらい続けることが出来るようになったとさ。
「うーん、なんかちょっとだけ気になることがあるんやけんど……まあ、ええか」




