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第一話 私の通う高校は、授業は大変だけどユニークな先生が多くてけっこう楽しいよ

5年以上前に書いた作品なので最近投稿した作品よりも拙い部分が多いかも。

「ちかちゃん、ジャンボかぼちゃ、今日にも収穫してみる?」

「まだ大会まで日にちあるし、うちはもう少し待った方がええと思うな」

「やっぱそう思う? それよりちかちゃん、走るの速過ぎ。待ってよーっ」

「だって、遅刻してまうやん」

 十月もまもなく中旬に差し掛かるある火曜日の朝。板東由巳と紅露千花は学校へ向かって一目散に走っていた。

由巳は丸顔くりくりした目、ほんのり栗色な髪をみかんのチャーム付きリボンでお団子風にくくっている。

千花はサラサラな濡れ羽色の髪を、和風なアジサイ柄シュシュで二つ結びにし、胸の辺りまで下ろしている。面長ぱっちり垂れ目、背丈は一七〇センチ近くあり、由巳よりも20センチくらい高い。

幼馴染同士のこの二人は、並んでいると同級生には見えないほどだ。

ここは、阿波おどりで有名な徳島県徳島市。二人が通うのは市内にある阿波東女子中学校・高等学校。私立中高一貫校となっているが、由巳と千花は高校からの外部入学生だ。部活は同じ、園芸部に所属している。

三つボタンのついたえんじ色ブレザーと、緑色チェック柄スカートがこの学校の生徒である証。制服の色は徳島の名産品、鳴門金時とすだちの色を表しているらしい。

        ○

「ふーっ、なんとか間に待ったわーっ」

「間一髪だったね」

「由巳のせいでね」

 千花はニカッと笑い、由巳の肩をパシンッと叩く。

「あいたたた、ごめんね、ちかちゃん」

二人は八時二十五分の予鈴チャイムが鳴り終わるのとほぼ同時に正門へ飛び込んだ。この学校ではそれ以降の登校は遅刻扱いとされてしまう。毎朝正門前に立つ、生活指導部の先生方にきちんとチェックされるのだ。

八時半の、朝のホームルーム開始を知らせるチャイムが鳴るまでに急いで教室へ。二人ともクラスも同じく一年一組。進学校であるこの学校の中でも入学難易度最上位の、普通科自然科学コースだ。

「おっはよう」

「おはよー。一組の教室は下駄箱から近いし楽やわー」

 やや息を切らしながら挨拶すると、

「おはよ。お二人さん今日はかなりギリギリじゃったね」

「おはよう由巳ちゃん、千花ちゃん」

美馬彩あやと伊月麻衣が挨拶を返してくれた。これにて園芸部仲良し四人組が集う。

彩はほんのり茶色な髪をセミロングウェーブにしている。たぬきっぽい顔ぱっちり瞳ですらりとした体つき、背丈は一五〇センチ台後半とごく普通だ。

麻衣は一五〇センチにも満たない小柄さ、丸顔眼鏡。墨色の髪を三つ編み二つ結びにしているのがいつもヘアスタイル。とても真面目そう、加えてお淑やかで大人しそうな感じの子だ。

「朝がめっきり涼しくなったし、ついつい熟睡しちゃうよね。秋眠暁を覚えずだよ」

「ユーミン、それを言うなら春眠なんじょ」

 彩はにっこり笑顔で軽くツッコミを入れておいた。彼女は普段から阿波弁で話し、この四人の中では最も徳島県民らしさが出ている。

「あ、そうだったかな……それにしても、まだまだ冬服は暑いよね」

「ほんまやな。うち、汗びっしょりや。今日なんかまだ半袖でもいけるし」

由巳と千花はイスに座ったあと、ブレザーを脱いで背もたれに掛けた。他のクラスメートたちの多くも同じようにしていた。

「みなさん、おはようございます。今週も頑張りましょうね」

八時半のチャイムが鳴り、ほどなくしてクラス担任がやって来た。背丈は一五〇センチをほんのちょっと超えるくらい。ぱっちりした瞳に丸っこいお顔。ほんのり栗色なサラサラヘアーはミディアムボブにしている。二八歳の実年齢よりも若く見え、女子大生っぽさもまだ感じられるそんな彼女はいつも通り出席を取り、諸連絡を伝えて、次の授業が組まれてある他のクラスへと向かっていった。

一時限目は八時四十分から始まる。一組では、月曜日は数学の授業だ。

「それでは告知したとおり、今回から数Ⅱの教科書に入るよーん。数Ⅰよりもさらにレベルアップするから覚悟しといてねー」 

授業開始直後、西島という名の教科担任から伝えられる。

その約二秒後、

「しまったぁーっ!」

 と、由巳は大きな声で叫んだ。

「おやおやー、どうしたのっかな? 板東さん」

 西島先生は由巳に視線を送る。

「先生、私、間違えて今日も数Ⅰの方持って来ちゃいましたぁ」

 由巳は爽やかな笑顔を作り、堂々と答えた。彼女の机の上には、しっかりと数学Ⅰの教科書が置かれていた。

「うっかり屋さんの板東さんならそう来るだろうなあ、とおいらは予測してたよ。それでは、ペナルティーとして……」

 西島先生はにやりと怪しげな笑みを浮かべて白チョークを右手に取り、黒板に問題文を書き記した。

「板東さーん、こいつを解いてみってねん」

「はっ、はいー」

 指名されてしまった由巳は、急ぎ足で黒板の前へ駆け寄る。

出題されたのは、

2x+y:2y+z:2z+x=5:-4:8のとき、次の比を求めよ。x²+y²+z²:(x+y)(y+z)

 という問題。

「えっと……全く、分かりませーん」

 由巳はチョークを手に持つ前に、にこにこしながら告げた。その時――。

「先生、わたしが解きますよ」

 麻衣が挙手をした。

「まいちゃん。いつもありがとね」

 由巳はバトンタッチしてそそくさ自分の席へと戻る。

「なーんだ。またきみがやってあげちゃうのか。それじゃ、つまらないよん」

 西島先生は不満を漏らした。

「先生、この問題けっこう難易度が高い方ですよ。由巳ちゃんに当てたらかわいそうです」

 麻衣はスッと立ち上がって黒板の前へとゆっくり足を進めた。

「出来ました。答えは、29:-1です」

そして由巳が即投げ出した問題を、一分足らずで解いてしまった。見るからに賢そうな麻衣。見た目どおりであった。 

「途中の計算式も含め、文句なしの正解だよん。面白みがないよなあ」

 西島先生はそう声にし、とても残念そうな表情を浮かべた。続いて千花にも似たような問題を当てたが、またしてもこの子にあっさりと解かれてしまったのであった。


この学校では四十五分授業となっているため、一時限目は九時二十五分まで。

「おっとっと、言い忘れるところだった。次回、さっそく今日習ったとこまで小テストするよん。しっかり勉強しといてねん。かなり難しい問題にするから覚悟しといてねーん」

 西島先生は一組の教室から出ようとした際くるりと振り返り、そう宣告した。案の定クラスメートたちからは「えーっ」というため息が漏れた。

十分間の休み時間。四人は由巳の席を中心に寄り添う。

「まいちゃん、いつもごめんね、迷惑かけて」

「うちからも感謝、感謝や」

「全然気にしないで。わたし、問題解くのがすごく楽しいから」

由巳と千花は高校に入学した当初から数学の授業につまずいており、このように当てられて困っていたところを助けてもらったのがきっかけで、麻衣、そして麻衣の親友である彩とも仲良くなった。

それ以来、二人にとって麻衣は、当てられた時にいつも助けてくれるありがたい存在となったのだ。

「西島先生って私とか、ちかちゃんとか、大体決まった子に当ててくるよね」

 由巳は困惑顔で不平を呟く。

「ニッシーはワタシたちが中学入った頃から、意図的に出来の悪い子を集中的に当てて、難しい問題に困っている様子を見て楽しんどったけんね」

「マッシュルームカット、牛乳瓶の底みたいなメガネ、の○太顔、まさしく絵に描いたような秋葉原にでも出没しそうなオタクなのはええんやけど、性格は子供っぽいよな」

 千花は笑いながら西島先生の悪口を言う。

「ほんと、ほんと。でも話し口調はすごく面白いから、人柄は嫌いじゃないよ」

 由巳は機嫌良さそうな笑顔へと変わった。


【四時限目 英語Ⅰ】

 受け持つのは担任ではなく、竹本という名の三十代半ばくらいの男の先生。丸刈りに丸顔、そしてくりくりした丸い目という特徴を併せ持ち、一部の生徒たちからは“マンボウ”という愛称でも親しまれている。学内でも人気の高い先生の一人らしい。

担任は英語科のうち、英文法とオーラル・コミュニケーションの授業を受け持っている。

「それではテキスト94ページの、一行目から五行目までを訳してね。ミズ紅露、プリーズ、スタンダップ」

千花はいきなり指名されてしまった。先生からの指示通り立ち上がり、英文に目を通す。

「……えっと、何やったっけ? この単語の意味……うーん、分かりません」

「ミズ紅露、予習はやって来たのかなー?」

 竹本先生は教卓から、にこにこしながら問い詰める。

「そんなもん当然やってへんよ。秋の新作アニメ見るのに忙しかったし」

 千花は彼の目を見つめながらきっぱりと言い張った。

「おいおいおい。それでは代わりに、ミズ板東、プリーズ、スタンダップ」

 先生は苦笑いしながら指名した。

「私もやってませーん。完璧に忘れてましたーっ」

 由巳は座ったまんま先生に向かってはっきりと伝えた。

「OK.では二人とも、こちらの“VIP特別席”へカモーン!」

 竹本先生はとても穏やかな表情で、手招きのジェスチャーをとった。

「えー、またですか?」

「ああもう。先生、なんでいつもうちと由巳ばっかり集中的に当ててくるんよ?」

 由巳と千花は迷惑そうに言い放つ。

「だって、二人とも予習や宿題頻繁に忘れてくるじゃないか」

 竹本先生はため息混じりに述べた。

「それはまあ、反論出来へんな」

「行けばいいんでしょ、先生」

こうしてこの二人は、教卓すぐ隣にこの授業時限定で設けられた例の座席へとしぶしぶ移動したのであった。

「おいおいおい、ミズ紅露。この席にいるのに平然と携帯いじらないでおくれよ」

 千花のとった態度に、竹本先生は苦笑する。


この授業が終わり、お昼休み。

 四人は普段、お弁当を持って来ている。しかし今日は、学生食堂(学食)を利用することに前々から決めていた。

 なぜなら――。

「思ったよりもたくさん種類があるね」

「どれにしよう。迷うわー」

今日から、北海道フェアが始まったからだ。

 由巳と千花はメニュー一覧をじっくり眺める。

「スープカレーがお勧めなんじょ。ワタシ、それにする。インスタントでしか食べたこと無いけんね」

「じゃ、うちも」

 彩の選んだメニューに、千花も同調する。

「ほんじゃチカリン、辛さどのグレードにする? いろいろ選べるんじょ」

「うちは、虚空や」

 千花は迷わず答えた。

「ほう、一番辛いやつか。チカリン勇気あるね。辛いもの好きで?」

「うん。めっちゃ好き。韓国料理とか四川料理も大好物なんよ」

「すごいねチカリン。ワタシも辛いものはわりと平気な方やけんど、そこまでする勇気はないじょ。本当に、虚空にするつもりで?」

 彩は念を押して訊いてみる。

「もっちろん! オッスおら虚空、いっちょやってみっか! てな意気込みや」

 千花は気合十分だ。

「ちかちゃんって昔から激辛料理には目が無いもんね。幼稚園の頃、遠足でおやつにキムチ持ってきてたんだよ。私は、チーズケーキとじゃがバターにするよ」

「わたしは海鮮丼食べようかな」

 四人は注文を受け取ったあと、屋外テラス席へと移動した。本日は清々しい秋晴れ。そのため多くの女生徒達がそこでランチタイムを過ごしていた。

「ちかちゃんすごーい。途中で水も飲まずに全部平らげちゃった」

「完食おめでとう!」

 千花の成し遂げた偉業? に、由巳と麻衣はパチパチ拍手した。

「楽勝やったよ。全然辛くなかったし。チキンは美味かったけどちょっと期待外れや。調理のおばちゃんは学生相手やからって基準控えめにしとるな、これは」

「ねえチカリン、胃は、大丈夫で?」

 彩は少し心配そうに尋ねた。彼女はツーランク下の極楽を注文したが、まだ半分くらいまでしか食べ終わっていなかった。冷たい麦茶も口にしながらつらそうにスプーンを進めている。

「平気、平気」

 千花は爽やかな表情で答えた。

「チカリンには適わんじょ」

 彩はほとほと感心する。結局、残り四分の一くらいは千花に食べてもらったのであった。


お昼休みは一時間。五時限目開始は午後一時十分からだ。月曜日は化学基礎の授業が組まれてある。

「それでは、前回の復習からやりましょう」

化学担当は六十代前半のお爺さん先生。ゆっくりのんびりとした口調で講義されてれた。このお方は理科総合Aの授業も兼任しておられる。

「さっそくやけんど、この原子の酸化数はいくらなりますかな? 板東さん」

「……」

 由巳は当てられたことには気づかず、すやすやと眠っていた。

「おやおや? お休み中か」

 先生は、由巳のもとへと陸地を歩くウミガメのようなゆっくりとした速度で歩み寄り、

「おーい」

 と、一声かけた。

「……」

 しかしまだ目を覚まさず。

すると先生は、ある行動をとった。

「起きて下さいなー」

由巳のうなじを指示棒で軽くチョン、チョン。

「ひゃっ、ひゃう!」

 由巳はびくんっと反応し、パチッと目を覚ました。上手くいったみたいだ。

「おはよう板東さん」

「……あっ、私、いつの間にか、寝ちゃってたんだ」

 垂れたよだれを制服の袖で慌てて拭き取る。

「季節もようなって、お昼ご飯食べて眠いところやけんど、今授業中じゃよう。ところでさっきから質問なんやけんど、この原子の酸化数はいくらになりますかな? リン酸のP原子や」

 先生は優しく問いかける。

「えっと……リン酸、リン酸……あのう先生、リン酸ってリンゴ酸のニックネームですよね?」

 由巳はお目覚め爽やかスマイルで逆に質問した。

その瞬間、他のクラスメートたちからドッと笑い声が起きる。

「板東さん、リン酸とリンゴ酸は、名前は確かによう似とるけど全然違う物質なんよう……まあ、いいや。この問題は……伊月さんに答えてもらおう」

「+Ⅴです」

 代わりに指名された麻衣は即答した。

「はい正解。お見事」

先生はそう褒めて、またもゆっくりとした歩みで教卓のところへと戻っていった。

(まいちゃんすごいなあ。あー、ねむぃ。この先生の話し方、子守唄みたいだよ……)

 由巳は、再び眠りについてしまった。彼女以外にも何人か、居眠りしている子はいた。マンガやラノベを読んでいる子までいた。けれどもこの先生は、そんな子たちのことは注意もせず、完全放置して授業を進めておられたのであった。


次の六時限目、情報Aの授業は移動教室。一組のクラスメートたちは情報処理実習室へと向かう。そこには最新式に近いデスクトップパソコンが50台ほど設置されており、一人一台ずつ利用出来るようになっていた。

 園芸部仲良し四人組は隣り合うようにまとまって座った。

「まいちゃん、今日も動物さん探しゲームして遊ぼう」

「うん。あれ面白いよね」

電源ボタンを入れ、生徒それぞれに振り分けられている学生番号とパスワードを入力することで起動するような仕組みとなっており、セキュリティ対策も万全なのだ。

「由巳ちゃん、新しく設定したパスワードはちゃんと覚えてる?」

「うん。今回は大丈夫だよ」 

 うっかり屋さんの由巳はこれまでに何度もパスワードを忘れたことがあり、そのたびに再発行してもらっていた。

 午後二時五分、授業開始のチャイムが鳴り、入口自動扉が開かれ、教科担任がやって来た。

「それじゃ、始めるよーん」

 担当は、数学Ⅱと同じく西島先生。この授業も兼任していた。


「おーい、きみたち。遊ぶのはちゃんと今日の課題済ませてからにしてねん」

 授業が始まってから十五分ほど経ち、四人でわいわい騒いでいたところに西島先生が歩み寄って来た。

「はいはい。分かってますって」

 千花は迷惑そうな表情で切り返す。

「この前みたいにインターネットから探してきたやつをコピー&ペーストして手抜きなんかしたら、大減点するからねん。美馬さんも、高校生には相応しくない如何わしいもの見ているではないかあ」

 西島先生は彩が使用していたパソコンのディスプレイに顔をググッと近づけた。

「いいでないで。ニッシーも好きなんじゃろ? 二次元美少女たちのエローいイラスト」

「まさにその通りだよん。おいら、特に中学生くらいの妹系キャラが大好きなのさ」

 大きな声で堂々と言い張る。クラスメートの中には、彼のようなタイプの人間を怖がる子もいるだろうに。

「ニッシーは駅前の南海ブックスが聖地やけんな。ワタシとそこでしょうちゅう会うし」

「おいらは普段はそこをよく利用するけど、きみたちとは違ってリッチだから、週末は毎週のように高速バスを使ってポンバシまで遠征してるよーん。そっちの方がはるかに品揃えがいいもんね」

「いいなあニッシー。今度ワタシも連れてってよ。もちろんバス代は全額ニッシー持ちで」

「なんで美馬さんの分までおいらが支払わなくちゃいけないのさー」

 彩のちょっぴり理不尽な要求に、西島先生は苦笑いをした。

「ねえ、先生。パソコン好きなんですよね。一日どれくらいやってるんですか?」

 由巳は嬉しそうに彼に話しかける。

「そうだねえ、平日五時間、休日十時間くらいかなあ。パソゲーで遊んだり、動画投稿サイトをウォッチングしたり、プログラミングしたりして有効に活用してるよん。プログラミングといえばおいらさ、本当はゲームクリエイターになりたかったんだよねん」

「その方が教師よりもお似合いやな」

 千花は相槌を打った。

「そう思うだろう。けどさあ、昔就活してた頃、おいらのパパとママに大反対されてさあ、仕方なく教師になってあげたんだよん。おいら、東京のゲー専行きたかったのに地元の四年制大学行かされてさ。おいらの家系、代々教師ばかりなんだよねん。パパもママも教師だし。グランパは校長先生もやってたんだよん。そんでおいらも無理やり教師にされちゃったわけさ」

 西島先生は不平不満を独り言のようにぶつぶつ呟く。

「子どもの頃、テレビゲーム禁止されてたんやね。ちょっとかわいそう。うちはもとからあんまやらへんけど。どっちかって言うとアニメ見る方が大好きや」

「ノンノンノン。テレビゲームで遊ぶこと自体はおいら世代のヒーロー、高○名人が提唱しておられた一日一時間どころか何時間でも思う存分、自由にやらせてもらえていたよん。欲しいゲームは何でも買ってもらえたよん。ただね、条件としてゲームに関わる職業についちゃ絶対にダメだって厳しく言われてただけなのさ」

 西島先生はため息混じりに答えた。

「先生のご両親の気持ち、分からんでもないなあ。ゲームクリエイターっていったら、連日徹夜続きで、安月給でこき使われる過酷な労働環境みたいやし。アニメーターよりはマシなんやろけど。中学の時、テレビゲームやアニメ、マンガにも否定的で昔気質な前川って先生がそう言っとったよ。高校行かずにそれ系の学校進もうとしてた子、必死に引き止めてはったし」

「そういえばおいらの小学校時代からの友人は、漫画家を目指してたよん。『ボクちん将来はジャ○プで連載して、アニメ化したらヒロインは林○め○みさんに演じてもらうんだ!』って宣言して、高校卒業後は某予備校みたいな名前の教育施設に進んだんだけど、そこ中退して以来二十数年経った今でもずっとニート兼ヒッキー続けてるなあ。ママやパパの言ってたことはあながち嘘ではないことがよく分かったよん。大学進学を勧めてくれたことに今でも感謝してるさ」

「確かに前川も、そういう系のとこ進んでも、その道で食っていけるのは極々一部の才能に恵まれたやつだけだっておっしゃってました」 

千花は楽しそうに、西島先生と会話を弾ませる。 

「そういやおいら、就活の時はママと揉めたなあ。大反対を押し切って受けたんだよん、その手の企業。プログラマー、デザイナー、プランナー、サウンドクリエイター……どれも作品選考と筆記までは大方通るんだけど、面接でことごとく落とされ続けて結局はどこからも雇ってもらえなかったっていう悲しい出来事もあるからね。おいら、あの時惜しくもゲームクリエイターになれなかった悔しさをバネにして、最近はホームページに趣味で自作したゲームを公開するようになったのさ」

 西島先生はどんなもんだいと言わんばかりに自信満々におっしゃった。

「先生すごいやんか」

「ゲームが作れるなんて、天才だね」

 由巳と千花はそんな西島先生を褒めてあげた。 

「いやいやあ、それほどたいしたことでもないよん」

 西島先生は謙遜する。

「じゃ、うちにも作れますか?」

 千花はやや興奮気味に尋ねる。

「無理だろうな、高校レベル以上の数学と物理の知識も必要だし、紅露さんには難し過ぎて理解は絶対不可能だよん」

 西島先生はにやけ顔で言い張った。

「今の発言さりげなくひどっ。まあうち、それらがどんなもんなんか全然知らんし」

 千花はぷくっとふくれる。

「C言語の基礎はもう少ししたら教えてあげるから楽しみにしててねーん」

「ニッシーの作ったゲームって、どんなのか気になるーっ」

 彩は興味心身な様子で西島先生のお顔を見つめる。

「ふふふ、見たいかい?」

 西島先生はそう告げて、URLをキーボートで打ち込み、彼が製作したというホームページを開いた。

「ほほう、ニッシーマウスか。かなりまずいよね、このタイトル。ありゃ? 算数パズルとか中心に、まともなゲームばっかじゃん。意外や意外。ワタシのイメージしてたアレ系のとは全然ちゃうな」

彩は感心しながらページ内のリンクボタンをクリックしていく。

「おいおい美馬さん、イメージだけで想像するなよーん」

 西島先生はにんまり微笑みながら、照れ隠しをするように頭を掻く。彼はさらにこんな話を続ける。

「おいらはねえ、算数嫌いな子供たちに、算数というのはとても面白いものなんだよってことをもっと教えてあげたいのさ。苦手な教科を勉強するというのは嫌なことだけど、ゲームという媒体を使えば親しみを持ってくれやすくなるだろ。子供たちに算数を、ゲーム感覚で遊びながら楽しく学んでもらう。そうなってくれたらおいらとしてもとても嬉しいのさ。ここで嫌いになっちゃった子は、中学高校に入ってますますついていけなくなるだろうからねん」

「あ、分かります。私も小学校の頃から算数大嫌いでしたし」

「うちもや。数式とか図形とかグラフとか、見るだけで頭が痛くなってくるわ」

 由巳と千花は笑いながら打ち明ける。

「それならなんで自然科学コースに来た、それ以前に入学出来たのか摩訶不思議だな」

西島先生はこのあともしばらく、自身が小学生の頃に遊んだゲームソフトの思い出話を四人に語ってくれた。その時の彼の表情は、おもちゃに夢中になっている幼い子供のように、とても生き生きとしていた。

今日の七時限目は現国。進学校らしく、水曜以外はこの時限まで授業が行われる。終了は午後三時四十五分。そのあと帰りのホームルームがあり、放課後に掃除が行われる。

掃除の班のメンバーは、一学期の初めに担任に決めてもらった。その際、四人とも同じ班にしてもらえたのだ。今週は理科室(化学実験室)の担当だった。

「わーっ、何これ? リンゴの木みたいだ」

 由巳は室内に入った途端、壁に貼られてあったポスターに目が向いた。

「これは一九九一年に徳島文理大の研究グループによって発見された“シクロアワオドリン”っていう物質の構造式なの」

 麻衣は快く教えてあげる。

「へえ、変わったお名前だね。私、化学は覚えることも計算も多いから大嫌いだけど、これは一度聞いたら忘れない自信があるよ」

「うちはボイル・シャルルの法則とかへスの法則とか、法則の名前自体は覚えれるねんけど、それがどういうもんか説明せえって言われたら困ってまうな」

「ユーミンもチカリンも理系科目苦手にしてるようやけんど、このコースに来たってことは、少しは興味があったんじゃろ?」

 彩は興味心身に尋ねる。

「うん。私、オープン・ジュニア・ハイスクールでやってた、巨大シャボン玉体験とスライム作りがすごく楽しかったから、この学校受験しようって思ったの。家からも近かったし」

「うちも同じような理由や。まあ由巳が受ける言うから受けたってのもあるけど」

「中学入試、ちかちゃんと受けたよね。だけどその時はいっしょに落ちちゃって、高校にいっしょに合格出来た時は本当に嬉しかったよ。三年間同じクラスになれるし。でもこんなに授業が大変とは思わなかった。授業数も多いし」

「ほんま、今思えば自然科学コースに合格出来たことがめっちゃ不思議なんよ」

「普通コースでも無謀だって中三の頃、進路指導の先生に何度も言われたよね」

「合格伝えた時のあいつの驚いたリアクション、おもろかったな」

 楽しそうに思い出を語り合う由巳と千花。

「それはきっとお二人の強い友情パワーがあったからと思うじょ。ほなけどまあ、この学校って言っちゃ悪いけど高等部は偏差値50台半ば、自然科学でも60無いみたいやけん、進学校といっても超難関校ってわけでもないけんね。東大京大に合格する子なんて数年に一人出るくらいなんじょ」

「徳大医学部で毎年五、六人程度なの」

「一学年三百人くらいの内、国公立大に合格してるんが毎年百人前後ってとこじゃな」

麻衣と彩は卒業後の進路状況をありのままに伝える。

「そうなんだ。どうりで私やちかちゃんが入れたわけだね」

「あとは卒業、っていうか進級出来るかが心配や」

 千花は一抹の不安が脳裏によぎった。

「由巳ちゃんと千花ちゃんに、化学がもっと好きになってもらえるように、面白い実験見せてあげる。彩ちゃん、においが心配だから窓開けてね」

「あれやるんじゃな。OK」

 麻衣は棚を開け、フェノールフタレイン溶液、丸底フラスコ、ガラス管付きゴム栓、ホールピペット、さらに“濃アンモニア水”も取り出した。それらを机の上に運ぶさい、彩も手伝ってくれた。

麻衣は丸底フラスコに濃アンモニア水をごく少量入れ、ガラス管付きゴム栓をはめて、隙間に水を入れたスポイトを通した。続いてガスバーナーに火をつけ、丸底フラスコを熱する。

その間に、彩はビーカーに水を入れ、そこにホールピペットを使ってフェノールフタレインを数滴垂らした。

二人は馴れた手つきで共同作業を進めていく。

「それじゃ、やるよ。よく見ててね」

 麻衣は熱したフラスコを逆さにして、ビーカーに浸した。

そしてスポイトを押すと、

「わ、すごーい。赤―い。麻衣ちゃん魔法使いみたいだーっ」

「なんか、ちょっとエロいな」

 由巳と千花はパチパチ拍手をした。

「アンモニアの噴水実験をしてみたの。アンモニアはアルカリ性だから、フェノールフタレイン溶液が赤色を示すの」

「ちなみにフェノールフタレインの化学式はC20H14O4なんじょ」

彩が得意げに豆知識を伝えた直後、掃除時間終了を知らせるチャイムが鳴り響いた。

「あっ、結局掃除やらないまま終わっちゃったね」

 由巳はにこにこ顔で呟いた。

「まあ別にいいんじょ。どうせ見回りには来ないじゃろうし」

「わたしたちが掃除しなくても、化学部の子たちがあとでやってくれるから」

 真面目な性格の麻衣もこういった考えだ。

「理科室掃除はほんま楽やな。うち、ずっとここがええわ」

先生が監視に来ないのをいいことに、他の班が担当する時もまともに掃除をしてくれる子は誰一人としていないらしい。

四人は手分けして、使用した道具だけはきちんと片付けておいた。

このあと、四人は花壇へと向かう。

これから部活動の時間だ。

園芸部の活動は週二、三回ペース。園芸部員は今、この四人しかいない。

「ちょうどコスモスの花が満開だね。きれーい」

 由巳は校内花壇に植えられてあるお花に水遣りをしている途中足を止め、うっとり眺める。

「うちはキンモクセイの香りもめっちゃ好きや」

 千花はそのお花に鼻を近づけた。

「そうかなあ? 私はちょっと……おトイレのにおい思い浮かべちゃうし」 

「わたし、秋のお花ではリンドウが一番好きなの」

「ワタシは、菊じゃな」

四人は他に野菜や果物の栽培もしている。 その中でかぼちゃだけは通常サイズよりも跳びぬけて大きい。このかぼちゃは食べるためではなく、もうすぐ開催される、ジャンボ野菜の大きさを競うコンテストに向けて丹精込めて育てているのだ。

「あらまあ、今年はびっくりするくらい上出来ね」

顧問の先生がやって来た。

「あっ、先生、一時間振りですね」

由巳がそのお方に声をかけた。担任と同じなのだ。

「板東さんに紅露さん、初めてのジャンボかぼちゃを作りは楽しめたかな?」

 担任はにこやかな表情で尋ねる。

「はい。お花を育てるのと同じくらいめちゃくちゃ楽しかったです」

「うちも同じです。大きなかぼちゃには、夢もようさん詰まってはりますからね」

二人はとても嬉しそうに答えた。

彩も麻衣も中学入学時からこの学校にいる内部生で、当時から園芸部に所属していた。由巳と千花は誘われて、興味本位でこの部に入部することに決めたのだ。

「コンテスト、頑張ってね。See you tomorrow.」

 担任はそう告げて、ESSの活動場所へと向かった。そちらをメインで受け持っているのだ。園芸部にはたまーに見回りに来る程度で、基本的に四人にお任せしている。


四人が作業を続けていくうち、時計の針はいつの間にか午後五時半を指していた。残っている生徒は下校するように促す校内放送が流れる。今の時期は、最終下校時刻は午後六時だ。

「……そろそろかな。今からいいもの見せてあげるね。こっちへ来て」

 麻衣はそう言い、三人を体育館へ繋がる渡り廊下の二階部分へ案内した。

「あそこを見て」

 辿り着くと小声でそう告げ、手で指し示す。

「ん? あれは、ニッシーじゃないで?」

 彩は目を見開いた。

「あ、ほんまやな。なんかきょろきょろしとるし」

「言ったら悪いけど、全然知らない人が見たら不審者に見えちゃうかも」

 千花と由巳は食い入るように眺める。

 その場所から三十メートルほど離れた裏門の所に、西島先生が立っておられるのが見えた。

それからほどなくして、そこにお車が一台止まる。そして中から、女の人が降りて来た。

「わあ、すんごい高級外車やな。長っ。あれ、ひょっとして西島の彼女? いや、ちゃうかな。六十過ぎくらいやし。もしかして、あいつの母さんか?」

「その通りよ、千花ちゃん。西島先生は、毎日お母様に送り迎えしてもらってるみたいなの。この間の金曜日、忘れ物取りに学校へ戻ったらばったり遭遇しちゃった。このことはみんなにはナイショにしといてねって言われたけど。どうしても教えたくて」

 麻衣はにこにこしながら答えた。

「マジか? ええこと知ってしもたわ」

「ニッシーったら、かわいらしい一面あるな」

 彩と千花はくすくす笑い出した。

「いいなあ、お母さんが毎日迎えに来てくれるなんて」

 由巳はうらやましそうに、お車に乗せられる西島先生を眺める。

「そうか? うちは絶対いややわ」

「お母様から聞かせてもらったんだけど、西島先生は北島町に住んでるんだって」

 麻衣は嬉しそうに教えた。

「西やのに北なんか。ちょっとしたギャグやな」

「豊崎愛生ちゃんと同じ出身地じゃ。うらやましいじょ」

「あと、おウチは二百坪の豪邸だってお母様は自慢されてたの」

「ニッシーはお坊ちゃん育ちなんじゃなあ。確かにそれっぽい」

かくして三人も、西島先生の知られたくない恥ずかしい秘密を知ってしまったのであった。


帰り道の途中。

「うち、今日発売のマンガ買いに行きたいねんよ。みんなでいっしょに行こう」

「ちかちゃん、私、六時半から見たいテレビ番組があるから先に帰るね」

「わたしも」

「ワタシがついてってあげるよチカリン。閉店は七時やけん、まだ大丈夫じゃね」

千花と彩は、馴染みのアニメイト徳島店へ向かった。

「あっ、これ、サ○テレビで今放送中のやつじゃ。ブルーレイのCM流れてる」

 彩は店内設置の小型テレビに目を留める。

「うちもブルーレイ欲しい。本放送のは湯気多すぎやし、おっぱい全然拝められんもんな」

「ワタシ達高校生にとっては高過ぎるんじょ。もう少し規制緩めて欲しいよな」

「ほんまよ。このトレーディングフィギュアBOXもめっちゃ欲しいーっ。けど五〇四〇円もするんか。高いなあ。これ買ったら今月分の小遣いすっからかんや」

千花は商品の箱を手に取り、顔に近づけじっくり眺める。

「今度のジャンボ野菜コンテストで賞金掴めること見越して、買っちゃえ!」

 魅力に負け、購入することに決めた。

「チカリン、取らぬ狸の皮算用じゃな。ワタシも欲しいグッズたくさんあるんじょ」

 二人は当初買う予定の無かった商品もカゴに詰め、レジに商品を持っていく。

「一一八〇〇円になります」

二人でお金を出し合う。ポイントカードも差し出した。二人とも文芸部も兼部しており、画材などを手に入れるために度々この店を利用する常連客なのだ。

「そんじゃ彩、また明日な」

「おう、ばいばいチカリン」

 アニメグッズのたくさん詰められたレジ袋をカバンに入れて、それぞれのおウチへと帰っていく千花と彩。

そんな二人のことを、眉山はほっこり和やかな表情で見下ろしているに違いない。


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