(8)おまけ
ドタバタしながらもお互いの気持ちが通じ合って嬉しいけれど、それ以上に恥ずかしいという思いの方が強かった。
だから私としては磯崎君と少しだけ時間も距離も置きたいと願うものの、彼はと言えば私の手を握ったまま放そうとしてくれない。
「あ、あの、磯崎君。そろそろ学校に向かわないと……」
「ん?それで?」
ニコッと笑って楽しそうに私を見てくる彼に、
「……手」
と、小さく言ってみる。
すると磯崎君は、
「あ、ごめんね」
苦笑いをしてスルリと手を解いてくれた。
これで一安心と思ったら、離れた彼の右手が再び私の左手に戻ってくる。しかも、今度はただ手を繋ぐといったものではなく、指同士を絡めあうといったもの。
俗にいう“恋人繋ぎ”だ。
「俺たち付き合うんだし、こういう繋ぎ方のほうが自然だよね」
整った顔に楽しそうな表情を浮かべ、弾むような声で言われ、私の方はといえば恥ずかしさが最高潮に達する。
「ち、ち、違うってば!手を離してっていう意味なの‼」
繋がれた手を解こうとブンブン振り回してみるが、しっかりと重ねられた手はちっとも離れてくれない。
「何で離さないといけないの?」
首を傾げて尋ねてくる磯崎君をキッと睨み付ける。
「だ、だって、恥ずかしいもん!それに、みんなに見られちゃうし」
「見られたっていいでしょ、俺と高塚は恋人同士なんだから」
「こっ⁉」
―――恋人同士⁉
言葉にすると恥ずかしいセリフを心の中で喚く。
顔を真っ赤にしてパクパクと口を動かしていると、クスリと磯崎君が笑った。
「そうだよ、俺と高塚は正真正銘、恋人同士。両想いなんだから、そういう事でしょ。だからこうやって手を繋いでも問題ないし、みんなに見られても問題ないよ」
そう言って磯崎君は歩き出す。
その彼をグイッと手を引いて止める。
「で、で、で、で、でも!私、こういう事、慣れてないから!」
―――だから、今日のところは勘弁してほしい。
そういう思いを言外に篭めたのだが、
「じゃ、慣れるためにも、なおさら繋いでおいた方がいいね」
と、綺麗にニッコリとほほ笑まれてしまったのだった。
◆◇◆◇◆
結局、磯崎君に何を言っても離してもらえず、手を繋いだまま登校する羽目に。
周りからはジロジロ見られ、その視線が自分に突き刺さるようで居心地が悪い。
校門まであと数メートルのところで、私はやたら楽しそうに歩いている彼に声をかけた。
「ね、ねぇ、磯崎君……」
「なぁに、波那」
同じ学校の生徒がたくさんいる中で突如名前を呼ばれ、私の顔がギクリと強張る。
「……名前っ⁉」
「高塚の名前は波那でしょ。恋人なのに、名字で呼ぶなんて変だからね。そうでしょ、波那」
やわらかな笑顔と共に名前を呼ばれ、私はますます落ち着かない。
とてもじゃないが顔を上げていられないので、俯いたまま、磯崎君に手を引かれるまま大人しく歩いてゆく。
ひたすら下を向いていた私には、得意げな顔で周囲を見渡す彼の様子と、そして、
「……波那は俺のモノだからな」
という低い声の小さな囁きには全く気が付かなかった。
◆◇◆◇◆
何を言っても睨んでも磯崎君はニコニコと笑うだけで、ちっとも手を離そうとはしてくれなかった。
あれからも手を繋いだまま磯崎君と歩き、校門を過ぎてゆく。
外履きから上履きに替える間は離してもらえたけれど、上履きに足を入れたとたんにまた手を繋ぎなおされる。
私と同じ身長なのに手や腕の力は私とは比べ物にならなくて、私は諦めるしかなかった。
それにしても、磯崎君はこんな人だっただろうか。
いつもニコニコ笑っていて、私が怒鳴っても静かに笑っている人だった。
それにすごく優しい人でもある。強引に自分の意見を通すところなど、これまでに見たことがなかった。
なのに、今は……。
いや、まぁ、ニコニコと笑顔なのはこれまでと変わりないけれど。
何度お願いしても私の言うことを聞いてもらえないなんてことは、一度だってなかったのだ。
一体、今日の磯崎君はどうしたのだろうか。
そんな疑問を胸に抱きつつ廊下を歩けば、やはりみんなの視線は私たちに向けられる。
二人の顔を見て、そして繋がれた手を見て、また二人の顔を見るみんな。
真赤な顔をして泣きそうな私と、ニコニコと楽しそうに歩く磯崎君。
何だかアンバランスは私たちに、誰もが呆気にとられていた。
とうとう教室に到着。そして今も繋がれたままの手。
「あ、高塚さん!」
「元気になった?」
いつものように声をかけてきた菊地さんと田岡さんは、私の隣で手を繋いで立っている磯崎君を見て、目を丸くした。
「え?」
「あれ?」
二人とも菅原さんが磯崎君に告白したことを知っているので、それがどうしてこういう展開になったのかピンと来ていないらしい。私だって、いまだに混乱しているのだ。
菊地さんたちと目を合わせることも出来ず、俯いたままで、
「……おはよ」
と言えば、
「お、おはよ」
戸惑いながらの挨拶が返ってきた。
「ええと、これって……」
菊池さんがおずおずと声をかけてくる。
「俺と波那、今日から付き合うことになったから」
それに答えたのは、磯崎君。やたら晴れやかに、そしてハッキリとした声で言ったので、そのとたんに教室内がざわついた。
「あ、あの、でも、昨日、菅原さんに……」
菊池さんと同じようにおずおずと訪ねてくる田岡さん。周りのクラスメートも密かに聞き耳を立てていることが気配で分かる。
そこが気になるのは仕方がないだろう。
可愛いと評判の彼女の告白を受けて、なぜ、私とこうなっているのか。誰だって多少は気になるものだ。
みんなから注目されても磯崎君の堂々とした態度は変わらず、
「だって、俺の好きな人は波那だから。これまでも、これからもね」
堂々と言ってのけたのだった。
◆◇◆◇◆
放課後。
穏やかに晴れ渡っている春の日の午後。
磯崎君はバスケ部の見学には行かないで、私と帰り道を歩いている。
何度も『体育館には行かないの?』と訊いたのに。何度も『私は一人で帰っても気にしないから、遠慮しないでいいのに』と言ったのに。
彼は頑なに私と一緒に帰ると言い張り、そしてそんな磯崎君に押し切られ、二人並んで歩いていた。
もちろん、私たちの手は繋がれている。
手の平から伝わってくる彼の体温にドキドキしながら、私は声をかける。
「今朝はどうしてあの公園にいたの?」
あの時間に磯崎君が噴水のところにいたということは、かなり早起きをしたに違いない。
わざわざ公園で待ち伏せしなくても、私が登校してからでも顏を合わせれば良かっただろうにと思ったのだ。
問いかけた私に、磯崎君はクスリと笑う。
「二人きりのところで告白したかったなって。だって、高塚はものすっごい恥ずかしがり屋だから、誰かに見られたら絶対に嫌がると思ってさ。俺の告白なんか途中で振り切って、すごい勢いで逃げだすだろうし」
彼の言葉に何も言い返せない。図星であるからだ。
なんだか私以上に私の事を理解している気がする。ちょっと悔しい。
「でも、だったら何で手を繋いで登校したの?しかも、みんなの前で付き合ってるって言っちゃうし。私、本当に恥ずかしかったんだから!」
私の事を分かってくれているなら、どうしてみんなの前であんな態度をしたのか分からない。
磯崎君が優しい人なのか、優しくない人なのか、全く分からない。
ムッとむくれた口調で彼に言えば、
「でも、もう波那のことは捕まえたし、何があっても逃がさないから、みんなに見せびらかしてもいいかなって」
ニッコリとした笑顔が返ってくる。
だけどその笑顔は優しいだけのものではなくて、真っ直ぐに見つめてくる瞳が鋭かった。
そんな磯崎君がちょっとだけ怖いけれど、でもすごくかっこよくて。それに、何だか嬉しいとも思ってしまう。
なのに、やっぱり意地っ張りな私はツンと顎を上げてそっぽを向いた。
「知らない!そんな勝手なことを言う磯崎君なんて、もう知らない!」
いつものように可愛げなく大きく怒鳴る。
ところが、磯崎君はクスリと楽しそうに笑った。そして繋いでいる手を解くと、私のものよりちょっと大きな手の平をこちらに伸ばしてきて、頬を包み込んだ。
両頬が彼の手に包まれて、ものすごくビックリする。
「え?な、なに⁉」
戸惑う私に構わずにやんわりと、だけど抵抗を許さない力で私の顔を自分の方に向けさせる磯崎君。
無理やり合わせられた視線の先にいる彼は、やけに楽しそうだ。
「ふぅん、そんな事を言うんだ。……ま、いいけど。波那が俺の事を大好きだっていうことはよく知ってるしね」
彼のセリフに私の顔が真っ赤になったのは、言うまでもない。
●これにて、この作品はおしまいです。
波那ちゃんが磯崎君の事を名前で呼ぶシーンが書けなかったことが、少々心残りではありますが…。
真っ赤になって照れまくる波那ちゃんが目に浮かびます。そんな波那ちゃんを可愛いと思っている磯崎君も、ありありと目に浮かびます(苦笑)
機会があれば書いてみたいと思いますが、どうなることやら。
●ひっさびさに初々しい高校生同士の恋愛ものだったので、KOBAYASHIシリーズとはまた違う楽しみがありました。
意地っ張りの波那ちゃんが、とにかく可愛くて。
かなりお気に入りのキャラですね。
恋愛に不器用で素直になれない女の子、大好きです♪
磯崎君は、ちょっとだけ策士なところもありますが、そこはやはりまだまだ人生経験のない高校一年生ですので、完全な策士にはなり切れないところもあり(苦笑)
作者としては、そういうところも若さゆえで可愛らしいかと。
ちょっと駆け足で書き進めた作品ですが、読んでくださった方が楽しんでいただければ幸いです。
ここまで目を通してくださった皆様、本当にありがとうございました。
そして、素敵なネタ振りをしてくださった篠宮 楓様。本当に本当にありがとうございました。