(7)気持ちが同じということ :2
―――磯崎君は『菅原さんと付き合わない』って言った?
自分の耳を疑ったが、彼は確かにそう言ったはず。そのことを理解すると、
「ええっ、そうなの⁉」
ビックリして声を上げ、マジマジと磯崎君を見てしまう。
笑顔が可愛くて、素直そうで、明るくて。磯崎君にぴったりだと思うのに。そんな菅原さんと付き合わない理由が分からない。
―――どうして?男子だったら、菅原さんのような女の子と付き合いたいんじゃないの?磯崎君、何で?
あれこれと考えを巡らせていたら真正面に磯崎君の顔があり、私と同じ位置にある瞳を逸らすことなく向けてきた。
そしてフンワリと目を細めると、
「好きだよ、高塚」
と、優しい声で告げてきたのだ。
―――今、何て……?
今度こそ本気で自分の耳を疑った。
だって、磯崎君が“そんなこと”を言うなんてありえないのだ。これが夢じゃなければ、自分の耳がまともに動いていないとしか考えられない。
ポカンと口を開けて立ち尽くしていれば、磯崎君がクスッと笑っておでこをコツンと合わせてきた。
「高塚の事が好きだって言ったんだよ。今のはちゃんと聞こえた?」
優しく微笑みを浮かべて、優しい声で告白されて、吐息が掛かる距離で見つめられれば、私の混乱は更に加速する。
「う、う、嘘っ‼」
大きな声を上げれば、掴まれた左手首が彼の手でキュッと握り締められる。
「嘘じゃないよ。自分から積極的に話しかける女子は高塚だけだし、まして髪に触るなんて、他の女子には一度だってしたことない。俺にとって、高塚だけが特別なんだよ」
この前、私の唇へ不意に触れてきた磯崎君の唇が信じられない言葉を紡いだ。
「そんなの、信じられない!」
首を大きく横に振って言えば、
「どうして?」
と、不思議そうな口調が返ってくる。
私は手首を掴んでいる自分よりも少し大きな彼の手を見つめながら、唇を噛みしめた。
私が磯崎君に好きだと言ってもらえる資格がないことは、自分でもよく分かっているのだ。
「ねぇ、どうして俺の告白を信じてくれないの?」
掴んだ私の手首を軽くゆすって、磯崎君が答えを促す。
私はしばらくの間黙っていたけれど、やがて小さなため息とともに口を開いた。
「……だって、私、いっつも磯崎君にはきついことばっかり言って、素直じゃないし」
こんな私を好きだと言われて、信じられるはずがない。
それなのに、
「でもさ、俺はそんな高塚を可愛いって思うんだから。大好きで大好きで、独り占めしたいって思うんだから」
磯崎君は優しい声でそう言ってきた。
「か、可愛い!?」
予想外の言葉に、ガバッと顔を上げた私の目がまん丸になる。
そんな私を見て、磯崎君がクスッと小さく笑った。
「そうだよ。俺のことが好きなのに、必死に隠そうとして意地っ張りになってるところとか。俺にきついことを言って、密かに反省しているところとか。そういう高塚を見て、“バレバレなのに、仕方がないなぁ”っていつも思ってた」
笑顔で告げられたセリフに、私は衝撃を受けた。
「えっ!?そ、そんな、私の気持ち……」
焦る私を見てもう一度クスリと笑った磯崎君は、次の瞬間に、また真剣な顔になる。
「かなり前から気付いてたよ。だって、ずっとずっと高塚を見てきたから」
そう告げてきた磯崎君は握っていた手を解くと、その手を徐々に上へと移動させる。左手も右手と同じように移動させ、そして私の事を抱きしめてきた。
はじめはやんわりとした感じだったのに、気が付いた時には強く抱きしめられていて、同じ身長なのに彼の腕の力は強く、私は身動きが取れない。
「い、磯崎君⁉」
彼の腕の中でもがいてみるけれど、一向に腕の力は弱まらず、それどころか更にきつく抱きしめられた。
「ね、ねぇ、ちょっと!磯崎君!」
大声で彼を呼べば、磯崎君は私の耳元に口を寄せ、ソッと囁いてくる。
「俺、言ったよね?“次は覚悟しておいてね”って」
彼がそう言ったことは覚えている。だけど、そう言った意味はいまだに分かっていなかった。
「そ、それって、どういうこと……?」
腕の中から逃げ出そうともがきながら尋ねれば、またしてもクスッと笑う磯崎君。私の背中に回されている腕にますます力が篭められた。
「今度二人きりになるチャンスがあったら、告白しようって決めたんだ。つまり、俺の彼女になる心構えをしておいてねっていう意味」
抱きしめられているこの体勢では彼の顔が見えないが、その声が本気だと教えてくれていた。
それでも、私には信じられないことで。
「ええっ!で、でも、私、磯崎君に酷いことばかり言って……。そんな私を彼女にしたいとか、やっぱりありえないから……」
しょんぼりとした口調の私に、磯崎君は抱きしめていた腕を解く。そして私の肩に手を置いて、静かにこちらの顔を覗きこんできた。
「酷いことって?」
訊かれた私はチラッとだけ彼に視線を向け、目を伏せる。
「ほら、身体測定のあと、身長のことで……。だから、仕返しされるんじゃないかって、少しだけ考えたりして……」
「あの時の事か。まぁ、言われた時はちょっとだけ気にはしたけど」
ヒョイっと肩を竦めた磯崎君は、穏やかに口を開いた。
「でも、俺はその程度のことで仕返しをするほど、器は小さくないよ。ああ、そうか。そんな風に考えていたから、高塚はやたらに怯えていたんだね。ごめん、怖がらせて」
「ううん、謝らないで。元はと言えば、私が悪いの。私の方こそ、ごめんなさい。ごめんなさい」
今更だけど、本当に今更だけど。私は何度も頭を下げて、彼に謝った。
「だから、もう、いいんだって」
私の肩をポンと叩き、ニコッと笑う磯崎君。
「俺の父さんも兄さんも、185センチを超えてるんだ。俺の身長も、そのうちすげぇ伸びるさ」
彼の顔は晴れやかで、無理をしているようには見えなかった。そのことにホッとしていると、名前を呼ばれる。
「それより、高塚は?」
「え?」
「俺は好きだって言ったよ。今度は高塚の気持ちを聞かせて」
安心したのもつかの間、そんな事を言われては心臓がドキドキとうるさくなる。
「そ、それは、もう、知ってるって磯崎君が自分で言ったじゃない!」
改めて告白なんて、出来る訳がない。
恥ずかしくてプイッと横を向けば、肩に置かれている磯崎君の手に軽く力が入った。
「知ってるけどさ、やっぱり言葉にしてほしいんだよね。俺のこと、どう思ってる?ねぇ、言ってよ。」
優しいけれど、切ない声でお願いされて、私はしばらく悩んだ挙句に小さく口を開く。
「……」
だけどあまりに小さな声だったから、彼の耳には届かなかったようで。
「聞こえないよ。もっと、大きな声で言って」
もう一度お願いされてしまい、私は覚悟を決める。とはいえ、はっきり言うことがどうしても恥ずかしくて、私は彼の耳元に唇を寄せて、
「……好き」
と、微かに囁くのが精いっぱい。
恥ずかしさで真っ赤になった顔を見られたくなくて磯崎君の肩口に顔を埋めると、途端に磯崎君がギュウッと私を抱きしめてくる。
「何だよ、その可愛い告白は!本当に高塚ってば可愛い!普段は意地っ張りのくせに、何でこういう時はこんなに可愛いんだよ!ああ、もう、可愛すぎる!」
痛いくらいに抱きしめられ、そして大きな声でそんな事を叫ばれ、私の顔はこれ以上ないくらいに赤く染まったのだった。
同じ身長の私と磯崎君。
なのに手の大きさは違うし、力の強さも違う。背中の広さだって違う。
女の子と男の子だから、これから先も、もっともっと違うところが出てくる。時が経つにつれ、私も磯崎君も、それぞれが変わってゆくだろう。
それこそ、身長だって変わるはず。
だけど、磯崎君の事を好きでいる気持ちは変わらないと思う。
―――彼の気持ちも変わらないといいな。
意地っ張りでちっとも素直じゃないけれど、そんな事をこっそりと願う私だった。
●これにて本編は終了です。
小話的な後日談をこの後に持ってくる予定。
もう少しお付き合いくださいませ。