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(6)気持ちが同じということ。:1

 着替えを終えて、重たい足取りでトボトボと教室へと向かう。重たいと感じるのは足だけではなくて、鉛が詰まっているかのように胃の辺りも重かった。


 自分の想いが報われるはずないって分かっていたけれど。

 いつかは磯崎君に可愛い彼女が出来るって分かっていたけれど。

 

 そんな時が、こんなにも早く訪れるなんて。


 こんなことなら、もっと優しく接していればよかったのかもしれない。もっと素直になっていれば良かったかもしれない。

 だけど、それも今更だ。

「もう、軽口を叩きあえないね……」

 自分の気持ちを隠して磯崎君と接するのはちょっと大変だったけれど、それでも楽しかった。

 まるで口喧嘩のようなやり取りも、彼とだったら面白かった。

 磯崎君の手が私の髪を撫でてくれるのが嬉しかった。髪を褒められるのも嬉しかった。

 これまでの事が過去になってしまうことに、私はどうにもならないため息を零すことしかできなかった。


 教室に戻った私を、さっきと同じように菊池さんと田岡さんが出迎えてくれる。

「ねぇ、まだ顔色が悪いよ」

「今度こそ、早退したほうがいいって」

 こんな調子では授業の内容もまともに頭に入らないだろう。

 自分の不甲斐なさを反省しつつ、私は二人にノートを見せてもらう約束をして教室を後にした。

 その足で何とか職員室にたどり着き、担任に早退したいことを告げる。

 私達より一回り年上で、親しみやすい親戚のお兄ちゃんという感じの加藤先生だけど、いつも生徒に向き合ってくれる優しい先生だ。

 私が何かしらを抱えて塞ぎこんでいる様子に、『病気じゃないなら、授業を受けろ』とは言ってこなかった。

「ま、いろいろあるよな。とりあえず、一晩ぐっすり寝ろ」

 と、苦笑している。

「はい」

 私はペコリと頭を下げて、職員室を出ていった。 




 翌日、まだ胃の辺りが重たかったものの、起き上がれないほどではない。身支度を整え、普段よりもだいぶ早い時間に学校へ向かう。

 家から歩いて20分ほどで学校に着くのだが、その途中に大きな公園がある。私はいつもその公園にある大きな噴水をグルリと一周してから、学校に向かうことにしていた。

 不規則なようでいて規則的な水の動きを見るのは何だか面白くて、とても好きだ。

 嫌なことがあっても、夜に怖い夢を見ても、滑らかに動く水を眺めているうちに、いつの間にか気分が切り替わるから。

 私はまず深呼吸して、水分を含む少し冷たい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。

 そして普段よりもゆっくりと足を進め、円形の噴水の周りを歩く。一歩進むたびに、『磯崎君を諦める』と自分に言い聞かせて。

 4分の1ほど進んだ時、その先に誰かが立っていることに気が付いた。

 見慣れた学生服に身を包んで、私をじっと見つめていたのは……、磯崎君。

「え?」

 私は自分の目を疑った。


 どうして彼がここにいるのだろうか。

 何のためにここにいるのだろうか。


 もしかして、私はまだ夢の中なのだろうか。


 だけど、頬に伝わるひんやりとした空気は、明らかに現実のもの。



 足を止めた私に、彼は

「おはよ」

 と、いつもより少しだけ硬い声で声をかけてきた。

「……どうして、ここにいるの?」

 地元が同じ磯崎君。でも、この公園は彼の通学路とは違ったはず。

 パチパチと瞬きを繰り返していると、磯崎君が静かに歩み寄ってくる。

「もう、タイミングは外せないなって思って」

「タイミング?」

 何気なく聞き返した私は、少しずつゆっくり、それでも確実に距離が縮まってくると、怖いくらいに真剣なものになっている磯崎君の顔が見て取れた。

 一体、彼はどうしたのだろう。それにその表情は?

 見たことのない磯崎君の様子に首を傾げる私。すると彼は真っ直ぐに私を見つめながらポツリと呟く。

「うん。これ以上引き延ばしたら、まずいなって思って」

「何がマズいの?」

 ここで私は昨日の事を思い出した。

 菅原さんに告白された磯崎君が、私と一緒にいるのは、それこそマズいのではないだろうか。こんなところを、誰かに見られたとしたら……。

 今はまだ始業には早い時間ではあるけれど、もう少ししたら公園横の道路は高校へ向かう生徒たちが徒歩や自転車で通りかかるのだ。


―――万が一、菅原さんが誤解するような噂が立ったら……。


 ハッと我に返った私は、踵を返して駆け去ろうとした。

 すると、磯崎君が

「待って!」

 と、すかさず声をかけてくる。

 いつもの私なら彼の事を無視して駆け去ってしまうけれど、それが出来そうにないくらいに磯崎君の声は必死だった。

 思わず足を止める。

 それでも振り返ることは出来なくて、私はジッと地面を見つめた。

「あのさ……」

 こんな話をするなんて、お節介だって分かっている。それなのに、つい、口が動いてしまったのだ。


『やっぱり何でもない、気にしないで』


 そう言って、今すぐ立ち去ってしまえばいいのかもしれない。

 でも、磯崎君の事を諦めるには、彼の口からハッキリと告げてもらったほうが踏ん切りがつく。

 視線を落としたまま、私はバッグの取っ手をギュッと握り締めた。

「あ、あの、さ。6組の菅原さんに告白されたんだってね。昨日、チラッと耳にしたよ」

「……ああ、うん」

 私の言葉に、珍しく歯切れの悪い調子で返してくる磯崎君。

 女の子が告白をするって、どれだけ勇気が必要なのか分かっていないのだろうか。気が強い私でさえ出来なかった告白をやってのけた菅原さんは、磯崎君を呼び出すためにどれだけの勇気を振り絞ったのか。

 そんな彼女の事を思ったら、やたらと腹が立った。

「何なのよ、その態度。可愛いって評判の菅原さんと付き合うことになって、何でそんなにつまらなそうなの?そういう態度って、菅原さんに失礼だわ!」

 カッとなって振り返れば、いつの間にかすぐそばに磯崎くんが立っていた。

 あまりに近い距離にビックリして一歩後ずされば、磯崎君が私の左手をパッと掴んでくる。

 そして、


「俺、菅原さんとは付き合わないよ」


 と言った。


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