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(4)背中の大きさが違うということ。:1

「次は覚悟しておいてね」


 そう言ってニッコリ笑った磯崎君は、カーテンをザッと開いて歩いて行ってしまった。

 やたら楽しそうな足取りの磯崎君の背中を見送っていた私は、彼の姿が完全に見えなくなったところで不意にガクリと膝から力が抜ける。

 そのまま崩れ落ちそうなところを、横でヒラリと揺れているカーテンへ咄嗟にしがみつくことでどうにか防いだ。

「覚悟って、どういうこと……?」

 彼の口ぶりからは、私に怪我をさせるような意味合いではないようだ。では、何を覚悟しろと言うのか。

 それに磯崎君が言っていた『本当のこと』が何を指しているのか、私には全く見当がつかない。

 混乱が極限に達し、ジワリと涙が浮かぶ。

「もう、何なのよ……」

 涙声でポツリと呟いた私は、手の中のカーテンをギュウッと握り締めた。




 その日はとても部活見学に行ける状態ではなく、私はトボトボと家に帰った。

 重い足取りで階段を上り、やっとの思いで自分の部屋に着く。そして制服から部屋着に着替えると、背中からバタンとベッドに倒れこんだ。

 天井をぼんやりと眺めていると、自然にハァと大きなため息が零れる。

「本当に、訳が分からないよ……」

 このところの磯崎君の言動は意味不明で、特に今日はいつもよりも更に意味不明だった。


 彼は何がしたいのだろう。

 私にどうしろというのだろう。


 静かに目を閉じて、これまでの事を思い出してみる。何かヒントが見つかるんじゃないかと、一生懸命に記憶を辿った。

 だけど、大好きな彼の笑顔や真剣な横顔が瞼の裏に浮かんでは消え、浮かんでは消えと、それを繰り返すばかり。

 おまけに磯崎君の言ったセリフが、頭の中でグルグルと忙しなく駆け巡る。

 おかげで一向に答えは出ない。

「もう、どうしたらいいの……」

 胸の中の空気が空っぽになるくらい、大きな大きなため息をついたのだった。


 やがて夕飯の時間となり、母親が階段の下から声をかけてくる。

 食欲はなかったけれど、親に余計な心配をかけたくなくて、何とか普段の半分は食べ終えた。

 それからお風呂に入って、再び足を引きずるようにして階段を上る。

 いつもはこんな早い時間に寝ることなんてしない。だけど、もう何もする気が起きなかったのだ。幸いにも今日は宿題がない。

 部屋の電気を消してベッドに潜り込むと、頭の上まですっぽりと布団を被って真っ暗な中でポツリと零す。


「私、磯崎君のことを諦めたほうがいいのかな?」


 分からないことだらけで、ちょっとだけ気持ちが疲れてしまった。

 それに彼の前ではちっとも可愛くなれなくて、そんな自分が心底嫌になる。


 だけど心の中で、『諦めるなんて出来るはずがない』と、もう一人の私が告げた。

 いつだって、私の心は磯崎君でいっぱいなのだ。今もこうして彼のことで、胸も頭もいっぱいなのだ。


 それならば、私はどうするべきなのだろうか。

 どうしたら、これまでのような気やすい友人関係に戻れるのだろうか。


 そんな事を考えているうちに、いつの間にか眠りについていた。




 ふと目を開け、ベッドヘッドに置いてある目覚まし時計に手を伸ばす。時計を見れば、あと30分で起きる時間だった。

 このままずっと眠っていたいけれど、病気でもないのに学校を休むことはしたくない。

 変なところで真面目な私は、ズルズルとベッドから抜け出した。

 

 早い時間に寝たけれど、ずっとうつらうつらとしていたのでちっとも頭が休まっていない。しかも食欲がなくて、今朝も半分ほどしか食べられなかったのだ。

 そのせいで、登校直後に三日連続友達から心配されることに。

「高塚さん、大丈夫なの?」

「顔色も良くないみたい」

「平気。今日も寝不足なだけ」

 菊池さんと田岡さんに弱々しいながらも微笑みかけるけれど、二人はますます心配してくる。

「でも、1時間目は体育だよ。休んだほうがいいんじゃない?」

「私、保健室についていこうか?」

「本当に平気だって。ほら、二人とも、急いで支度しなくちゃ」

 私はいまだにこちらを心配そうに見やってくる友達の肩を叩いて着替えを促した。


 今日の体育は、チームワークが大切なバレーボール。

 あまり運動神経がよくない自分としては更に周りへ迷惑をかける訳にはいかず、懸命に自分に喝を入れてボールを追いかける。

 菊池さんと田岡さんに平気だとは言ったものの、実のところ体調はかなり悪かった。頭はクラクラするし、時々目の前がチカチカしている。

 それでもどうにか試合をこなし、ようやく試合終了の笛が鳴った。

 その音に気が抜けてしまったのか、気合だけではカバーしきれなかったのか、とうとう限界が来てしまったようだ。

 コートを出ようと歩き始めた時、目の前がスウッと暗くなる。

 その時、運が悪いことに、隣のコートでふざけあっていた男子が手を滑らせ、バレーボールを女子がいる方へと暴投させてしまったのだ。

 そのボールが避けることのできなかった私の右肩に当たり、結果、グラリと体が大きく傾ぐ。

 慌てて足を踏ん張ろうにも力が全く入らずに、私はボールの勢いのままに床へと倒れ込んだ。

 ドサッという音がして、左半身に鈍い痛みが走る。でも、その痛みに反応することができず、どんどん暗くなってゆく視界。


 そして意識が遠のく中、『高塚!』と、必死な声でひときわ大きく自分を呼ぶ誰かの声を聴いたような気がした。




 フワフワというか、ユラユラというか、自分の体が小刻みに上下運動していることに気が付いた。

 それと同時に、自分の視界一面にこげ茶色の何かが映り込んでいる。


―――これ、何?それに、温かい……。


 自分の体にピタリと寄り添う温もりがすごく心地よく、思わず頬ずりをしてしまった。

 すると、

「高塚、気が付いたのか⁉」

 と、どこか焦った声が聞こえてくる。

「え?」

 ハッとして目の前をよく見れば、こげ茶の何かというのは誰かの髪の毛で。温もりを感じるのは、誰かに背負われているからだった。

「え?」

 もう一度声を上げると、私を背負ってくれている誰かが、

「高塚、俺の声が聞こえてるか⁉ちゃんと返事しろよ!」

 と、再び焦った声で話しかけてくる。


 なんと、その“誰か”というのは磯崎君だったのだ。


「ええっ⁉」

 三度驚く私。


―――何で?どうして?私、磯崎君におんぶされてるってこと⁉


 貧血を起こしかけたところにボールが当たって、そこで倒れかけたところまではかろうじて覚えている。自分の名前を呼ばれたような記憶もうっすらと残っている。

 だけど、どうして私が磯崎君におぶわれているのかは分からない。


―――ちょっと待ってよ!嘘でしょ⁉


 今の状況が呑み込めずに言葉を失ってしまえば、

「高塚ってば!」

 足を止めた磯崎君が、振り返って私を呼んだ。

 肩越しに後ろを向いた磯崎君と目が合う。彼の表情は、声と同じように、どこか焦った様子がある。

「ええと……、磯崎君?」

 オロオロと口を開けば、ようやく磯崎君がホッとしたような顔になった。

「よかった、意識はしっかりしているみたいだな。でも、念のために保健室で見てもらうぞ」

「あ、あの、私、自分で歩くから。だから、下ろして……」

「あれだけ盛大に倒れたくせに、何、言ってんだよ。ちゃんとおぶってやるから、心配すんな」

「でも……」

 素直じゃないし、天邪鬼で可愛くない私だけど、好きな人に重たいと思われたくないという乙女心はかろうじて持ち合わせていたようだ。

 なのに。

「うるさい。黙って俺におぶわれてろ」

 と言って、彼は歩き出してしまう。

「い、磯崎君?」

「俺は男だぞ。お前をおぶって歩くくらいの力はあるんだよ。それと高塚、ちゃんと飯を食え。俺と同じ背のくせに、お前は軽すぎだ」

 ちょっとだけぶっきらぼうな口調でそう言うと、磯崎君はそれきり何も言わずに足を速めた。 


 彼におぶわれて上下に小さく揺れながら、私の心臓も揺れ始める。

 同じ身長なのに、どうして磯崎君の背中はこんなにも大きく頼もしく感じるのだろうか。

 体操着越しにほんのりと伝わる彼の温もりを感じていると、それだけで切なくなって胸が痛いほど締め付けられる。

  

―――やっぱり磯崎君のこと、諦められないよ……。


 彼の肩に置いた指先に、ほんの少しだけ力を篭めた。

 


●突然波那ちゃんが倒れて、自分のほうが青ざめた磯崎君。いつも元気な彼女が今日は調子が悪そうだと心配していたところに倒れたとなれば、それはもう驚きでしょうね。

そして咄嗟に波那ちゃんのところへ駆けつけると、即座に抱き上げて背負った磯崎君。

更にはひそかに波那ちゃんを狙っている男子たちを睨み付けて、『コイツは俺のモノだ』とさりげなく威嚇したりして(苦笑)


●倒れた女子を颯爽とお姫様抱っこにする男子というシチュエーションも萌えるのですが、同じ身長となれば、いくら男女の違いはあっても流石に難しいかと。


でも、高校生同士のおんぶって、なんか可愛くないですか?(ニマニマ)




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