以心伝心するまでもないよな
再び目を覚ます。ちゃんとベッドの中に収まっていた。
ただし、何故か居心地がいつもと違う。なんというか、いつもは無臭であるはずの空間に甘い香りが漂っている。身体の芯から温かさに包まれているような、そんな感覚。
というか此処、俺の部屋じゃねえ。
寝起き早々嫌な汗が出る。こんなフラグは立てた覚えはないはずなのだが。考えようとしても頭が回らない。さっきより体調は悪くなっている一方な気がする。
ようやく絞り出した解答の選択肢がこれ。
①神歌の部屋
②那月の部屋
③未央の部屋
④沙羅の部屋
⑤俺の部屋が改装
⑥まさかの自宅帰還
⑦ほんとにまさかの葬式。この匂いって線香?
⑤と⑥と⑦はまずあり得ないだろう。⑥の選択肢を割りきっていた自分に悲しさを感じてしまう。まあ、一番の有力候補は……。
「すぅ……むにゃむにゃ……」
顔を横に向ければすぐそこに神歌の寝顔があった。……ですよね。さっきこいつに眠らされた(いや、気絶させられた)のだから。確かに思い返してみれば、「俺」の部屋に運ぶとは一度も言っていなかったけど、まさか自室に運ばれようとは。なんの意図があるのだろうか。
しかし何だ。あれだな。可愛い。
こいつは性格こそ難があるが、おとなしくしていればまるで天使の如く煌びやかな顔が、そこにはある。まあ、学校でもいつもつんつんしていた神歌なので、こんな顔を見たことがあるのは俺ら四人くらいしかいない。
ただし、彼女自身は綺麗と言われたくないのだが……。
「…………」
こんな無邪気で唯我独尊なやつにまさかとんでもない過去があるなんて、誰が思うだろうか。
いや、神歌だけじゃない。那月も、未央も、沙羅も。
そして俺も。
「……むにゃ? ああ……カナメ。起きたのか……」
見つめていた先にいた神歌は目を擦らせながら反応してきた。寝起きは低血圧らしく、感情の起伏が現れないのだ。普段ならこんなに近づけば即刻ボディーブロウが鳩尾に決まっていたことだろう。
「起こして悪かったな」
「いや、いいさ。それより……」
神歌は身体ごとこっちへ向けるなり、俺の胸部に腕を回して抱きついてきた。左半分に温度を感じる。脈動も直に伝わる。
「――っ。神歌、おま――」
「少しの間、このままでいさせて……」
そして、微力ながらも、神歌の身体は震えていた。
「…………」
俺は無言でいた。神歌は意味を理解したらしく、「ありがとう」と小さな声で言った。
それから少しの間沈黙が続いた。十分も経っていないはずなのに、感覚は既に三十分を越えている。時計の針の鳴らす一秒一秒がとてもゆっくりに聞こえる。少しずつだが、神歌の脈拍が落ち着いているのがわかる。
とても懐かしく思えた。小さな頃は五人そろって仲良く寝たものだ。寝るたびに俺が誰の隣で寝るのか四人でもめていたりもした。俺は端っこで寝た記憶がないなあ。
今隣にいる彼女だって俺を奪い合っていた。というか、一番頑固で執念深かった。じゃんけんで負けて隣になれなかったらすぐに「いやだいやだ」と喚いていたものだ。
今思い返せばそれは当然なのかもしれない。神歌は昔、四人の中でも一番大きな悲痛に遭っていたのだから。
だから今でもこんな形で、彼女たちは俺に依存している。俺もそんなことはわかっている。それでも俺は彼女たちをつき離そうとはしない。彼女たちが今を望むなら、俺はそれに従おう。傍にいたいと言うなら、いいと言うまでいてあげよう。それが、俺が昔、心に決意したことだから。
なのに俺ときたら、つい最近まで反抗的になってたっけ。
「なあ、カナメ……」
長いこと考えていた途中に、数分ぶりに神歌が口を開いた。
「なんだ?」
「私はさ、本当は怖いんだよ。この世界が」
「…………」
「いきなり訳わかんない奴現れてさ。地球侵略とか始めるしさ。しかもそいつらは滅茶苦茶強いしさ。そいつらを倒す使命を担われたのが私たちでさ。頭の中ぐちゃぐちゃになってさ……」
また、震えだしている。
「でも、カナメまで戸惑いだしたからさ。私が……いや、私達がどうかしないとって……私達がカナメを安心させないとって思ったからさ……」
「…………」
「カナメもわかっていたんだろ。あんなに怒っていたのだって、本当は私達が無理しているのに気付いていて、私達がそれでも上っ面の笑顔を振りまいていたからだろ」
「…………」
「それでもカナメはそんな私達を受け入れた。カナメもいつものように振りまきはじめた」
見透かしていくように神歌はどんどん俺の深層を語りだす。勿論全て当っている。幼馴染……いや、それ以上に知り合い過ぎている俺たちは、お互いに何を考えているのかわかってしまう。
「でも、私達が一番恐れていることは地球侵略なんかじゃないんだ。確かに地球がなくなったら元も子もないんだけどさ、それでもやっぱり……」
俺にはこの後神歌が何を言おうとしているのか、まるで自分の考えていることかのように頭に浮かんだ。そしてそれは当っているだろう。神歌の続けられる言葉と俺の頭の中の言葉は、完全に一致した。
「『私達は、カナメを失うことが怖いんだ』」