同じサブの立場だからこそ、お前に同情してしまうんだよ
そんな訳で俺は今、東京タワーの前に呆けている。
何故かって、それは……。
『カナメ、何してる! 早く倒しに行けよ! この前決心して変わったんだろ!』
「無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理無理ぃいいいいいいいいいいい!」
通信している腕時計に向かって、俺は全力で何度も首を横に振りまくった。
「お前らは分からないからそんなこと言えるんだよ。どこにいるか分かるか? 屋内じゃなくててっぺんにいるんだよ!」
まあ、そういうことだ。何故そんなところにいることが分かったのかと言うと。
「グギャーゲギャー!」
さっきから絶え間なく大声で叫んできやがるからだ。その五月蠅さと言ったらもう説明するまでもないだろう。
あとは視力まかせ。地味に上がっているようだ。
『昇れ! 気合いで!』
「無茶言うなよ! んなこと出来るわけないだろ! 俺はトカゲか!」
『飛べ!』
「なお無茶だわ!」
これ以上何も期待できそうになかったからスイッチを切った。
さて、どうしようか。今までは公園やら道端やら簡単な所にいたのに、いきなり難易度上がり過ぎじゃないだろうか。
難易度とか敵は意識はしていないんだろうけど。
「そういえば、俺の身体能力ってどれだけ上がってんだろ」
これまで力と言う力を使った事がなかったからなあ。
あっても速度くらいかな。沙羅に負けていたけど。
なんとなく手をグーパーしてみる。やはりヒーローとしての実感が湧かないのだ。
自分にどれだけの力が秘められているのか、もしくは力が備わっているのかも分からない。
自信も持てやしない。
「ゲギャー!」
よくあれだけ声が出るものだ。あいつはそういうタイプの敵なのだろうか。
なんにしたって近づけれさえすれば蹴り一発で決着がつく。
問題はどうやってあそこまで辿り着くかだ。
確か全長は三三三メートルで、展望台が二五〇メートル地点だから、残りの一〇〇メートル近くをどう登ろうか。と、そんなことを考えながら俺は既に最上階までやってきていた。
考えていると時間ってあっというまに過ぎるよな。
数日前までは賑わっていたこのタワーも、今は俺以外誰も見受けられない。
昼間というのに不自然な光景だ。まるで世界に自分しかいないみたいだ。
さすがに近づいただけあって、敵の声は鼓膜が破れそうなほどになっていた。思わず両手で耳を押さえつける。
「よじ登るしかないのか……」
結論はこれしかなかった。敵を倒すには俺が直接攻撃するしか方法はない。
普通の飛び道具など奴らにはマシュマロ同然だ。
ふと思ったけど、俺たちの防御力ってどのくらいなのだろう。まさか足を滑らせて落下したら死んじゃうんじゃないだろうな。
嫌なことを考えてしまった。登りづらいじゃないか。
特別用の扉を開けてより上に登る俺。ここからは外気にさらされているため、下を見れば、そこはもう遥か上空であることを思い知らされるだろう。
足がすくむ。敵が叫んでいるせいか、こころなし鉄塔に声が響いて揺れている。命綱もない。
怖さ倍増だ。
「すう……はあ……」
大きく深呼吸して心を整える。
よし、いける。
気を引き締めて、震える手を少しずつ鉄棒へ伸ばして―――。
「おい、カナメ!」
「わひゃぁあああああああああ!?」
思いっきり変な声をあげてしまった。背筋がピンとたった。
やべ、少し涙目になってるよ。
「な、なんだよいきなり! ビックリしたじゃないか! そもそもなんで神歌が……ていうか皆がいるんだよ!」
一度屋内へ戻ってくると、皆が来ていて驚いた。
基地にいたんじゃなかったのか?
「早急にあいつを倒せ! やばいぞ!」
「へ? やばいって、何が」
「簡潔に言うとね、ようちゃん。あの変な敵はどうやら雑音をただ出しているだけじゃないみたいなのよ」
「と言うと?」
「あの騒音は人には無害だけど、機械にはかなりの被害があってね。今世界中の機器が使用不可になったり、オーバーヒートや暴走を起こしているの」
「うえぇえええええええええええええええええええええええええええええ!?」
何それ! 無茶苦茶やばいじゃん! これって意外に地球危機!? 俺ってそんな敵と対峙しようとしている訳!?
「うわっ! カナメ、すごい汗が出ているぞ!」
「そりゃ出るさ! あいつ実はあれか! ゲームで言う中ボスか! 早すぎるだろ、出現するの!」
「いや、ようちゃん。あれ自身はいつものと変わりないわ。精々ノーマルカードがノーマルレアになった感じね」
「何故トレーディングカードゲームで表現したかはさておき。成程、つまりなんだ、アビリティが付きましたってところか」
ひとつひとつの能力がこのレベルとなると恐れ入る。
次はどんな風に強くなるのだろうか。身体能力が増やされては困るな。
「じゃあさっさとあいつ倒さねえと。なんで俺を止めたんだよ」
「いや、あいつ他にも能力あるかもしれないじゃん。それなら下手にカナメを行かせる訳にはいかねえよ」
「へえ。俺のこと考えてくれてたんだ。ありがとな」
「な、何言い出すんだよ! リーダーだから当たり前だろ! ふん」
そう言うと神歌は俺からそっぽ向いてしまった。
でも俺は知っている。こいつはリーダー云々ではなくとも俺たちを心配してくれているって。
その神歌の姿に俺は思わず微笑んだ。
「私も心配したのよ」
「わたしも」
「はいはーい、私もー」
そんなにアピールしなくてもわかっている。なにせ昔からの幼馴染なのだから。
こんな状況でありながら俺たちは笑っていた。
「さて。で、作戦的にはどうするんだ? リーダーさん」
「ない」
「はい?」
なんとおっしゃりやがりました? このチビ。
「作戦は、今から考える!」
「偉そうに語ってんじゃねえよ! 来る途中に考えとけよ、そんなの!」
「私がそんなことするとでも思ったか!」
「開きなおるな!」
「要君、要君。まずは、敵の観察だよ」
そんなこと言って沙羅は俺に双眼鏡を渡してきた。まあ様子は見ていて損はないだろう。
そんな訳で、再び屋外へ登る。そして、レンズ越しに敵を見て――。
「て、あ?」
瞬間、俺は変な声をあげてしまった。
見間違いかと思ってもっと目を凝らして見てみた。が、やはり間違ってはいなかった。
敵の右手には確かにそれがあった。
まるでトランペットやチューバを連想させるような、大きく口の開いた形に、簡素な取っ手。
敵はそれを口元まで持ってきている。あれはまさに……。
「…………メガホン?」
何故? メガホンと言えば、あれだろ? 学校の朝礼や選挙時に使われる。それがなんで?
訳がわからず下に降りてきた俺に、皆がどうだったか訊いてきたので俺はメガホンの事を伝えた。
そしてやはり、皆も理解ができなかったらしい。
それは、メガホンがあったところで普通音が世界まで届くわけがなく、なおかつあれで世界に届いている時点であれを使う意味がないのでは? ということである。
そして数分後、やっと結論に辿り着いた。
『あれ(メガホン)が元凶かぁああああああああああああああああ!』
皆で一斉に叫んだ。しかし、敵の声でそれは一瞬でかき消された。
「盲点だった。まさか武器にタネがあるなんて……」
「私がいけなかったのよ。勝手に本体に能力があると決定してしまったのだから……」
「いや、那月のせいじゃないさ。誰がメガホンが武器と思う?」
「そうね。ありがとう」
那月の顔は一度青ざめたが、すぐに元に戻ってくれた。
「じゃあさ、那月ちゃん。あれは武器を手に入れたことによって強くなって、でも結果的にやられてしまう、お約束によくある敵ってことだね?」
「なんでそんな残酷な言い方するんだよ」
沙羅本人には悪気は一切ないのだろうが、聞いているこっちは敵に同情せざるをえなくなるんだよ。
一度溜息をついた俺は再び上へ向かった。
「まあ、あの機械を壊すだけでいいなら楽勝だな」
「! おいカナメ、何行こうとして――」
「大丈夫だって。一人で十分さ。さっさと終わらせちまうぜ。皆がわざわざ手を煩わせる必要なんかないさ」
右手をひらひらさせながら向かう俺。
でも、不意に足が止まった。いや、止められた。
未央にだ。左手の袖を掴まれていた。
「要、危ない、死んじゃう」
「さすがに死にはしねえよ。俺どれだけ雑魚だと思われてんだよ……」
振り返って俺は未央の頭を撫でた。
いたって未央は真剣に言っているようだ。
「大丈夫だから。な?」
「…………」
無言だったが、確かに未央は頷いた。
「そうだ、神歌」
「な、なんだ?」
「ちょっと手伝ってくれないか」