扉の先
龍は一生でただ一度だけ恋をする。
その相手を番と呼ぶ
力が大きければ大きいほど執着は増し、番が死ぬと狂う龍も少なくない。
神龍とうたわれた私の祖父は今でも番を人に見せず囲っているのがいい例だ。そのため龍王となった今でも私は祖母の顔を見たことがなかった。
番は一目見れば直感で分かるという。
しかし私は3千年生きてきた中で一度も感じたことがなかった。家臣たちの強力の元世界中の女達を集めてくれたがどれも自分の番ではない。
ここまでくると結果はひとつしかないだろう。
私の番はもう死んでいるのだ。
恋に狂わなくてすむならよかったと自分に言い聞かせ、半ば諦めていたときに不思議な扉はあらわれ。
突然現れたそれに反して、城中に張り巡らされた結界が破られた様子はない。そんな魔術は聞いたことがなく周囲にいた者たちは全て身構えた。
そんな時扉から顔を出したのは小さい女。
顔のつくりがこちらとは違い、黒い瞳を持っている。
なにより特徴的なのは存在が異質でこの世界のものではないことが分かる。
その少女はこちらの様子に全く気付かず、陽気な曲かなにかを口ずさみながら扉を越え、こちらにやってきた。女が振り返りもせずに扉を閉めるとそのまま消える。数歩歩いた所で足を不自然に動かしている。違和感でも感じたのか眉を顰めそのまま周りを見渡し、ようやくこちらに気付いたようで酷く驚いた表情をしているのが分かる。
「ĎıčþþğìĝŚIJIJ!?」
娘がなにかを言ったようだ。
「曲者だ、殺せ!」
「よせ!やめろ、それは俺のものだ!」
出てきたのが力のない娘だと分かり興味をなくした私と違い、剣を振りかざし兵士達が少女に近寄るのを制するように側近のラウドが声を発した。そういえばラウドも番が見つかっていなかったな。
ラウドが娘を必死に庇うが、いきなり沸いてでた少女をそのままにするわけにはいかないと怒鳴る宰相とで意見がぶつかる。だが龍は基本的に身内には甘い、その上ラウドの番が見つかったとなれば殺すということにはならず、摂関案として娘を縛り、ラウドが監視する事になった。
ラウドがすまないと何度もいいながら柔らかいが伸びないロープで娘を縛っていく。娘も自分が危機を脱したのはなんとなく感じたのだろう、おとなしく縛られる。
その後、宰相が娘に様々な事を問いかけるが娘は頭をかしげながら分からない言語で返すため何もわからないままだ。
その時また扉は現れた。
現れたのは同じ年頃の女だった。
ああ、これは。
私の番だ
本能が全身で私に応えるように力がみなぎっていくのが分かる。
私の名前をよんでほしい。私の腕の中にいるお前はどんな表情をするのだろうか?なぜお前は周りの男に姿をさらしているのだ。次から次に感じたことのない欲が自分を支配していくのが分かる。
私がずっと見つめていたからだろうか、怪訝な目をされた。そんな目をされたことは悲しいがお前の新しい表情が見えて嬉しい!
娘達がなにかを話しているようで、とても聞き心地のいい声が耳を刺激する。
ラウドもうっとりとした表情でロープの先を見つめていたがいきなり頭を打ち付けた娘にぎょっとしている。
そんな時扉を閉めようとしている姿が見える。
私の側を離れるというのだろうか?それだけはさせない。
私は本能的に扉に足をかけその小さい体を見下ろした。
小さい体、黒い髪、黒い瞳。先ほどの娘と同じ筈なのに全く違うのは何故だろうか。
近くでみるとより愛おしさが増し自然と頬の筋肉が緩むのが判る。
潤んだ瞳と目が合う、話しかけてもいい許可が与えられた。
「Ļijıēň…」
「私のつがい。名前を呼んでくれ!!」
目が合うことは話しかけてもいいということ、オスはメスに自分の名前を呼んでもらい始めて番となる許しをもらえる。
愛おしさがあふれ彼女を抱きしめ、柔らかな頬に思わず口付けをする。お前はどこもかしこも甘い味がする。
だが非情にも彼女は私の名前を呼ぶことを拒否した。
瞬間、私は悲しみのあまり周りの時間すべてを止めた。
愛おしい彼女を除いて。
いやだ、時間が過ぎたら彼女は私の許を去ってしまう。
もう会えない。
そんなことになったら私は狂ってしまう。
わからない。
どうしたら
どうたしたらいい?
ああ
いっそ手足をとってしまおうか。
嫌われても側にいられるならその方がずっといい
そうしよう
それがいい
黒いなにかが疼き目が細まるのが分かる
そんな時に彼女は目の前に現れ微笑んだ。
紛れもなくこの私に!
止まっていた時間が再び動きだす。
いつのまに近くにいたのが驚いている娘に怒鳴りつけ彼女は扉の中に入ろうとしていた。
「待ってくれ!」
逃がすまいと腕を伸ばすが振りほどかれてしまう。そのまま彼女をじっと見つめていると怯えた瞳と視線がすれ違うがそのまま扉の中に消えていった。
そして扉もまた消えていく。
周りで私が番を見つけたことを喜ぶ声とそれが違う世界の女だと困惑する声が聞こえるがあまり耳に入らない。
自分の手を見る。先ほどまでは番に触れていた手だ。
無理やりひきとめることも出来たがそうすると彼女がいずれこの世界から逃げ出してしまうだろう。
ため息をつく。大丈夫だ、瞳から向こうの情報は入手できた。難しいが行くことも可能だろう。
やることはたくさんある。向こうの言葉を覚えよう、私だけが彼女と話せればいい。ああ、ラウドくらいなら教えてもいい。
そして囲いを作らせよう。
誰の目にも触れさせない大きな箱庭を
数時間前の私には考えられないくらい世界は色に満ち溢れていた
今なら祖父の気持ちもよくわかる
そして彼女を迎えたらこう言うのだ
「愛してるよ、私の番」