7話
7話
ソフィアから話を聞いた次の日、暁は普通に学校にきていた。
隣の席の御咲は、当然欠席だ。
「はぁ」
空席を眺め、暁はため息をつく。
「どうした?」
淡希が話しかけてきた。
「いや、別に...」
「なるほど、愛しの転校生が欠席でショックな訳だ」
「どうしてそういう解釈になったのか説明もらおうか?」
拳を固めながら、暁は淡希を睨む。
「おー恐っ。そんなおこんなって」
苦笑いしながら、淡希は引き下がった。
あの後、言いたいことをすべて言ったソフィアは、とっとと寝てしまった。
なので、さらに詳しい話は聞いていない。
(...どうすりゃいいんだよ)
放課後、夕飯をファミレスで済ませた暁はアテも無くぶらぶらしていた。
気がつけば、天空市内にある人工山のふもとにいた。
スマホを見ると時間は18:00だ。
適当なとこに座り、街を見下ろす。
そして気がついた。
辺りに、全く人がいないことに...
通常、この時間にはカップルがデートしてたり、子供たちが遊んでたり、人通りは多いはずだ。
「なん...だ?」
異様なまでの静けさに、暁は鳥肌をたてる。
...後ろで、ジャリという音がなった。
暁はブレザーから雷天の杖を取り出し、振り返った。
そこには、予想通り御咲が立っていた。
「御咲...」
「今日は逃がさないよ」
御咲が言うと、日本のなぎなたのような物が、彼女の手に現れる。
青龍偃月刀。
中国式のなぎなたである。
御咲は偃月刀を暁に向けて八双に構え、斬りかかる。
ジャコンと音が響いた。
雷天の杖が伸びる。
カキイイイイインという乾いた金属音とともに、雷天の杖と偃月刀が激突する。
両者の交差は一瞬。
軽く武器を合わせただけで同時に下がる。
「...。手加減はしないぞ?」
覚悟を決めたように暁は言う。
「何を今さら!!」
御咲の手の中で、偃月刀が姿を変える。
今度は、諸刃の剣に。
「たあぁっ!」
気合いとともに放たれた刺突。
暁は磁力を操り、強引に剣の軌道を捻じ曲げる。
ズサァッという空気を切る音が、耳のすぐそばで響いた。
御咲はすぐに諸刃剣を引き、今度は暁の首めがけて横薙ぎの一撃を見舞う。
あまりの速さに対応しきれなかった暁は、とっさに雷天の杖を諸刃剣に叩きつける。
上に弾かれた諸刃剣が暁の頬をかすめ、紅い血を滲ませた。
「くっ」
暁は後ろに下がり、御咲と距離をとる。
そして、雷天の杖から雷撃を放った。
「白虎」
御咲が呟くと同時、諸刃剣はまたしても姿を変える。
今度は、拳銃。
なんの型かはわからないが、現代的なデザインの拳銃はパパパッと数回光った。
拳銃から放たれた弾丸は雷撃と衝突し、互いに相殺させる。
「なっ」
「次、行くよ」
拳銃が消える。
瞬間、ズバッと空気が裂けた。
見ると、暁の身体を囲うようにものすごく細いピアノ線のようなものが張っている。
鋼糸。
一瞬にして動きを封じられた暁は、その場を動けない。
「そろそろ終わりよ」
御咲はそう宣言する。
暁は恐る恐る鋼糸に指をつける。
しかし神の手は、鋼糸を打ち消せない。
「本物...か」
「しかも、絶縁性のね」
絶縁性。
能力の電撃も使わせないと告げられ、暁は打つ手を失う。
「君に与えられた選択肢は二つ。一つは、このまま鋼糸に斬り殺されるか。もう一つはこれ」
御咲はポケットからマーブルチョコのケースのようなものを取り出し、暁に投げる。
暁は鋼糸に触れないようにそれをキャッチした。
「即効性の毒薬」
「つまり、自殺しろと...?」
聞くが、御咲は答えない。
その顔は今にも沈みそうな夕陽に照らされている。
(...どうする?例えこの場を脱しても、御咲の能力の幅広さに対処できねえ。...あれ?)
ここまで考えて、暁は違和感を覚えた。
御咲ははじめに、偃月刀を出した。
次に諸刃剣。
次は拳銃。
そして鋼糸。
次々と色んな武器を使っていたが、もしもそれら全てが本物なら...
(御咲は武器の切り替え以外では、能力を使っていない?)
ソフィアの話では、御咲の能力は、四聖獣を操るものだった。
四聖獣は暁でも知っている。
夜の象徴、玄武。
夕方の象徴、白虎。
昼の象徴、朱雀。
夜明けの象徴、青龍。
(そういうことか...)
暁の口元がゆがむ。
その顔には微笑が浮かんでいた。
「何がおかしいの?」
暁の表情に気がついた御咲が問う。
「どうやら、このケンカも終わりみたいだな」
この殺し合いを、暁はケンカと言った。
それはまだ、暁が御咲を敵と思っていないという意味が込められている。
雷天の杖が、赤く光った。
電撃によって、温度があがったのだ。
ブンと、暁は雷天の杖を振る。
それに当たった鋼糸は、高温によって溶かされ、切断される。
御咲の二重の目が、大きく見開かれた。
「さっきお前が言った選択肢に追加しといてくれ。...ケンカに勝って、仲直りするってなっ!!」
雷天の杖から、電撃の球体が放たれる。
突然のことに、御咲は身をひねって避ける。
「やっぱりな」
「?」
「お前、能力使えねえだろ?」
「なっ!?」
「つーか、制限があるんだよな?四聖獣。今はまだ陽が落ちてないから夕方の象徴、白虎しか使えねえだろ」
御咲は答えない。
しかし、構わず暁はつづける。
「白虎は雷を使える。けど、それは俺には効かねえ。だから、能力を使わなかった。いや、使えなかった。しかもお前、俺を殺すこと躊躇ってんじゃん。鋼糸。初撃で俺を殺せたはずだし、なにもこの時間じゃなくて、日がくれて能力が使える時に襲撃すれば俺を殺しやすかった。他にも拳銃で暗殺とか、もっと楽な殺り方はたくさんあった。なのにお前は...」
「うるさいっ!!」
ピュンと鋼糸が空気を裂く。
しかし、鋼糸は暁には当たらず、その横を通過した。
「諦めろ。お前みたいな優しい奴に、人を殺すのは無理だ」
御咲の目を見据え、暁は告げる。
「...どうして?私は...自分の世界を守るためなら何でもする!なのに、何でそんなこというの?私は!私はそんな臆病じゃないっ!」
御咲の手に諸刃剣が握られ、暁の顔へ向かう。
だがそれは、暁の顔には当たらず、まるで見えない壁にぶつかるかのように制止する。
「なんで...よ。どうして...」
御咲の頬を、一筋の涙がなぞるように落ちる。
それと同時に、御咲の手から諸刃剣が滑り落ち、地面で一度跳ねて、消える。
「御咲...」
「私は、私は...うわぁぁぁ」
御咲はその場で泣き出してしまった。
暁は子供のように泣く御咲を、そっと抱き締める。
「どうして私なの?私たちが何をしたの?」
御咲は暁の腕の中で言う。
「私は頑張った!誰も不幸にしないように!けど、それでもお父さんは助けられなかった!!」
きっと、御咲は自力で父親を救う努力をしたのだろう。
でも、助けられなかったから一番憎む相手に従うしかなかった。
「お前は一人でずっと戦ってきたんだよな...。すげえよ。誰にでもできることじゃない。きっとほとんどは努力もせず、諦めるだろう。けどお前はそうしなかった。足掻いて、足掻いたんだろ」
御咲は泣きながら頷く。
「けどな、一人で戦う必要なんてないんだよ」
「え?」
すっかり戦意の失われた目で、御咲は暁を見る。
「お前は一人じゃない。少なくとも、俺はお前の味方だ」
きっとソフィアもな、と心の中で付け足す。
「...あなたを殺そうとしたのに?」
「さっきも言ったろ。お前が俺を本気で殺しにきてたら、俺はもう死んでる」
「私に、お父さんを救う力を貸し...」
「もっと簡単でいいんじゃねえの?仲間なんだからさ」
暁はそう言って笑いかける。
「...助けて...」
「任せろ」
舞台は動き出した。
悲しいバッドエンドではなく、誰も不幸にならないハッピーエンドを迎えるために。