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正義の始まり

 正義の味方。

 幼い頃から口に出していた言葉。

 きっかけなんてとうに忘れた夢の言葉。


 部活動に汗を流す人。

 大会へ準備する楽器の音。

「そろそろ帰るか」

 ビニール袋の口を縛る。

 後はこの袋を捨てるだけ。いつもと変わらない風景だ。

 いつもと変わらない。明日、明後日も繰り返す日常。最高とは言えなくてもいいものだ。

 正義とは何かわからない。一生をかけて問うものだ。長い、長い時間をかけて。ただ今はこの日常が優雅で美しくて醜くて、世界はたまらなく平和で過ぎていく。それが例え幼馴染の彼女が生贄になっても....。


 話は少し何時間か前になる。

「……であるからにして我が国、は宇宙からおいでなさった神により平和に統治されている。神様への感謝の捧げとして様々な法が制定されたが最も重要なのは捧げものだ。」

 先生がいつもと同じことを喋る。

 いつもと変わらない授業。

 他愛もなくこの日々は過ぎ、明日も同じ授業をするのだろう。

 変わらない登下校。つまらない学校。人を襲う怪物。

 昔、怪物はいなかった。全ては宇宙人が来たせいだ。

 ふと外を見ると今日も人が襲われている。

 名状しがたい醜い怪物。いつも通りだ。

 怪物が人を襲い食う。そのあと神が作ったらしい機械が倒しに来て倒す。

 人は怪物に勝てないのだ。故に宇宙人を敬う。

 硬いのか柔らかいのか分からない体、一説では音速並に速いだとか。

 もの思いに更けていると、先生の言葉が止まる。

 珍しさに生徒が同じ人、先生を見る。

「捧げものと言えば今朝のことだが、サチカ我らが学びやから初の捧げものになった!よって明日は送別会があるから全員出席すように。」

 サチカは俺の幼馴染だ。この後は何も覚えていない。

 

 夕暮れの公園。

 親の帰りを待つ子供の中、俺は錆びた遊具に身を任せている。

 ただ項垂れる。

 夕日に照らされた木はただ影を写し続ける。

 あいつが、生贄に?...。

 言葉に出すが実感出来ない。

 もっと話すべきだった、もっと遊ぶべきだった、もっと 関わるべきだった。告白しておけば良かった。

 口に出しても遅いのことは分かりきっていた。

 もうどうしようもない事が。

 一時、また一時と日が沈む。

 ここに黄昏ていても項垂れていても、どうすることも無い。

「帰るか...」

 重い腰を上げ、帰路に着こうと準備をする。

 帰るのか?本当に?今からでも遅くは無いはず。

 俺は告白するべきなのか 。

 未だ重い腰はまた座り込んでしまった。

 

 

「なるほど。悩んでいるな。ずいぶんと人間らしい。」

 突然の声に驚き、誰もいなかったはずの暗闇に振り向く。

 そこに居たのは白。そう表現するしかない人らしきものが立っていた。白いスーツ、白い手袋、白い髪。そして一際目を引く真っ白な面。素肌が見えず、白の塊にしか見えない不審者が立っていた。3m近く声色から恐らく男だろう。

「悩む素晴らしきかな、それも人間らしさそのもの人間である故の特権」

 不審者はミュージカルのように、大げさに動きセリフのように言葉をはく。

 当然ながらこの不審者とは面識などない。

 この不審者にどう対応すべきか...。

「まぁこの少年にするか。そうしよう。」

 この言葉を聞いた時には俺は胸を貫かれていた。

 口から、空いた胸からあらゆる体液を流し、意識を無くしていく。

 薄れゆく意識の中かすかな声がこう聞こえた。

「おめでとう。喜ばしい。キミは選ばれたんだ。キミは正義の味方になれる。」


 目が覚めるといつもと変わらない天井だ。いつの間にか家に帰っていたらしい。

 いつの間にか朝になり学校へ行かなければならないが、多分休校だ。

 鳴り響く電話を無視して、外に出かける準備をする。

 あの夢、あの不審者は選ばれたと言っていた。

 選ばれた?何に?

 外の戸に手をかけ、足を踏み出すと同時にインターホンが鳴る。

 来ちゃったと軽いいつもの声がする。サチカだ。

 きっと休んだ事を心配して来てくれたのだ。

 いつもと変わらない日常きっと昨日のことは夢だったんだ。

 ドアを開けるとそこにはいつもと変わらないサチカがいた。

「私も遅刻しちゃった、一緒に学校行こ?」

 学校への途中、サチカとの会話はいつもより盛り上がった気がする。

「アハハ!捧げものって生贄だと思ってたんだ!」

「そりゃあ捧げものって名前なんだから。」

「捧げものって名前だけど、ただ引っ越しするだけらしいよ?神様との共生プロジェクトらしくて手紙とか出せるし、ちょっと時間たてば帰れるんだって。」

 いつも通りサチカの笑う顔は綺麗で、きっとよく笑い皆と仲良くできるから選ばれたんだな。

「その女を殺さないのか?」

 また不審者かと思い、後ろへ振り向く。

 不審者ではなく子供がいた。

 子供らしくない達観した瞳が、冷たく俺を値踏みしている。

「...くんどうしたの?」

 困った事にこの子供は俺にしか見えないらしい。

「腹をくくれ。その女は危険だぞ。人を襲う様になる。意識がある、言葉を伝えられる今のうちに殺すべきだ。」

「何の事か知らないけど有り得ない。」

 子供相手に言い切る。サチカが人を襲う?有り得ないことだ。

「はぁ。忠告はしたからな。」

 そう言い残すと子供は水に溶けるように消えていった。

 

 何事もなく、日々はすぎる。そして現在に戻る。

 正義の味方になる。今の時代ではどれほど難しいか。

 怪物を倒す機械。毎日怪物は出るが、毎秒といううわけではない。

 街のゴミ拾い、迷子も探し物も全部やってしまうからだ。

 ビニール袋の口を縛る。

 後はこの袋を捨てるだけ。いつもと変わらない風景だ。

 いつもと変わらない。

 はずだった。

 響く轟音、耳を刺す叫び声。

 怪物が学校に侵入したらしい。

 人は怪物には勝てないのだ。龍とミジンコなみの差がある。

 怪物の皮膚はライフルの弾を通さず、燃え盛り炭になっても、凍結し崩れ落ちても怪物はすぐに再生人を襲う。とある国の軍隊は総力を挙げても怪物1体すら殺せなかったのだ。だから皆神にすがる。

 だから人が怪物に敵うはずがないのだ。敵うはずが。

「なんで俺は怪物の前にいるんだよ...」

 意識に反して体は声のする方へ、抗いようにも勝手に動き出していた。

 足が、震える。

 何らかの運動着を着た少女2人が涙を震わせている。壁に追い詰められ、もう声すら出ないようだ。

 怪物はあざ笑うように逃げ道を1本残し、じわじわと距離を詰めていた。

 しつこいが何度でも言う。人は怪物には勝てない。

 考えるがうまく頭が回らない、俺も殺されるからだ。

 だが、それでも体は勝手に走り出していた。


 情けない雄叫びを挙げながら突進する。

 怪物にぶつかり、弾力にはじき飛ばされる。

「速く立て!逃げろ!」

 涙ながら逃げる少女を背に立ち上がる。

 怪物はどうやら俺の方に興味が出てきたようだ。これならあの2人は無事に逃げ出せる。

 怪物を殴る。怪物が殴る。

 怪物を蹴る。怪物が蹴る。

 手加減されている。対峙して初めて分かる。怪物はただ遊んでいるだけだ。

「これは...逃げらんねぇな。」

 口からでる血を拭う。

 圧倒的に生物としての格が違う。手加減していても怪物の一挙一動全てが致命傷。

 後ろを気にする余裕はない。ただ俺の次はあの少女たちなんだろうなとは思う。

「馬鹿だな。無謀にも程がある。」

 いつの間にかあの時の子供が立っていた。

「はや...お前も逃げ...」

 血が出て上手く言葉が出ない。

「イメージをするんだ。自分と正義味方の切り替えを。おあつらえむきの言葉があるだろ?」

 イメージ。ヒーロー...正義の味方のイメージ。

 幼い頃見ていたあの画面を。

 痛みによって思考がクリアになる。迫りくる触手が、怪物がスローモーションになるほどに。

 切り替えのトリガー。

 そうだ。

 ポーズはなくていい。今はただ正義のために。


「変ッ...身...」


 体から蒸気が出る。

 体の中がうごめく。

 蛹が蝶になるように、体が変わっていく。

 自分のイメージに。正義の味方になりゆく。

 最初は足元から、次に腰、胸、肩、腕。ありえない速さで変身の装甲が展開される。肉体を食い破り。その感触はまるで自分が新たな「自分」へと生まれ変わるような、恐怖と同時に高揚感を呼び起こした。

 触手が迫る。風を切り裂き、心臓を狙った突きだった。並みの装甲であれば貫かれ死んでいただろう。

 意識が揺らぐ、胸の痛みが思考を、動きを鈍らせる。歯を食いしばって意識をとどめる。

「痛い、痛いけれども耐えられる!」

 自分を鼓舞し一歩前へ歩く。

 迫りくる触手はドンドンと数を増やしていたがヒーローは止められない。

「理解したんだよ...正義の味方になるって。俺は選ばれたんだ1」

 遂に怪物の眼前にまで来た彼は、拳を握り構える。

 怪物は触手で彼を捕らえ阻止しようとする。

 しかし怪物の抵抗は虚しく、触手はちぎれていく。

「これがァ!正義の味方だアァァァァァ!!!」

 無我夢中で放った拳は音を置き去りにした。

 彼の、光にすら届きうる拳は怪物の顔を正確に捉え、爆発的な衝撃が走った。

 とどろく轟音。立ち上る煙。

 怪物は地面に叩きつけられ動かなくなる。

 息が切れる、膝が崩れる。怪我の激痛が襲い来る。

 しかしそれよりも嬉しさが勝った。

 あの怪物に勝てたのだ。

 緊張が解けたのか、体力がなくなったのか自動的に変身は解除されていた。

 そしてあの子供も変身の最中にいなくなっていた。


 彼の怪物退治を見届けた影が2人。

 1人はかっての白い不審者。そしてもう1人はあの子供。

「初戦から勝利するとは。やはりあの少年を選んで良かった。そう思わないか!モガミくん?」

 不審者は踊る、声高らかに上機嫌に。

 そしてモガミと呼ばれた子供は、静かに口を開く。

「だから忠告したのにな。哀れなものだな。」

「適合者が遂に現れたのだ!喜ばしい、すぐに戻らなくては!」

 上機嫌な不審者と対称にモガミは静かに語る。

「僕は祈るだけだよ。セラフィム、お前の思い通りにいかない事をね。」

 不審者、セラフィムはより上機嫌に踊る。

「えぇ!目的は一致しているようでありがたい!頑張って楽しませてくださいねアキラくん」


 こうして俺。神代アキラは正義の味方への一歩目を歩みだした。

 


 

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