第七章 文化祭と妖怪の集会
一
九月に入り、大学では学祭準備が始まった。
農学部の出店は毎年好評だということで、僕たちも出ることになった。高橋が積極的にプランを立て、「農産物販売と、農業体験コーナー」という方向で決まった。
「みずはちゃんも手伝ってくれない?」と高橋がみずはに頼んだ。
みずははちょっと考えた。「……人が多いところは」
「裏方でもいい! 料理班とか、お米の試食担当とか」
「お米の……試食?」
「農学部のお米の食べ比べ。いろんな品種を炊いて、食べ比べてもらう。みずはちゃん、米の炊き方上手いって悠太から聞いてたから」
「私が炊いていいんですか?」
「上手い人に頼みたい」
みずはは少し考えた後、「……やってみます」と言った。
文化祭当日、みずはは帽子をかぶって裏方で米を炊き続けた。六品種、計十キロ以上。全部微妙に水加減を変え、炊き加減を変え、「この品種は少し固めの方が美味しいです」「こちらは柔らかめに炊いた方が甘みが出ます」と一品ずつコメントをつけた。
「みずはちゃん、スゴいな」とさくらが言った。「お米の違い、ちゃんとわかってるんだ」
「水の使い方が、品種によって違うので」
「それって、どうやって学んだの?」
「……悠太さんに教わりながら、自分で試して」
「悠太すごいじゃん」
「悠太さんは農家なので、自然に知っています」
「農家出身って強いな」と田中が言った。自分も農家出身なくせに、田中は米の品種差に鈍感だった。「なんか全部一緒に見えるんだよな」
「水と土の違いを見ているかどうかだと思います」とみずはが静かに言った。
「みずはちゃん、なんか農学部っぽいな」と高橋が笑った。
「農学部は、生き物と水と土のことを考えているんですよね?」
「まあそうだな」
「私も……水のことをずっと考えているので、似ているかもしれません」
こうして文化祭は好評のうちに終わった。農学部の米試食コーナーは例年以上の人気で、みずはの炊いた米を「美味しい!」と言いながら食べる一般客の姿が後を絶たなかった。
みずはは裏方でそれを見ながら、ほっとした顔をしていた。
二
十月のある夜、武川が再び現れた。
今回は珍しく玄関から来た。
「窓からじゃないんですか?」とみずはが言った。
「今日は荷物を持ってきたから」
武川は大きな鞄を持っていた。中身は……魚だった。大量の魚。
「これ……」
「東京湾で取ってきた。みずはが干物を作れるはずだから」
「干物?」
「俺が取った魚を、お前が干物にして売れ。酒場に。前よりもっといい値段がつく」
武川とみずはの間で、小さなビジネスが始まりそうだった。
「悠太、お前もっとでかい場所があれば貸してくれ。干物を干す場所が必要だ」
「うちのベランダくらいしかないですよ」
「ベランダか……まあ、最初はそれで。狭いが」
「干物ってそんなに売れるの?」とさくらに後日聞いたら、「居酒屋の仕入れルートとしては、新鮮な魚の干物は価値があるよ」という答えが返ってきた(さくらの実家が料理屋らしい)。
かくしてベランダに干物が並ぶ光景が出現し、近所のおばさんに「何ですかあれ?」と聞かれる羽目になった。「趣味の干物です」と答えたら「若いのに渋いわね」と言われた。
三
十月の第三週。
武川が「集まりに来い」と言ってきた。
「集まり?」
「東京の妖怪の集まりだ。年に一度ある。みずはも来い。お前も来い」
「僕も? 人間だけど」
「いい。顔を見せておきたい」
「顔を見せておくって、誰に?」
「お前がみずはを面倒みてるって話が広まってる。来てないと格好がつかん」
どういう文脈の格好なのかはよくわからなかったが、みずははちょっと緊張した顔で「行くべきだと思います。叔父さんの顔を立てないといけないので」と言った。
「……どんな集まりなの?」
「妖怪たちが、近況報告をする場です。人間社会でどう暮らしているか、困ったことはないか、など」
「妖怪たちが近況報告する集まり……」
「はい」
「普通っちゃ普通だな。町内会みたいな」
「……たぶん、そういう感じです」
集まりは深夜の善福寺公園で行われた。
公園には、十五人ほどが集まっていた。人間のような見た目から、明らかにそうでないものまで様々だ。狐のような耳を持つ人、一つ目の老人、二メートル近い長身の女性(後から天狗だと聞いた)、そして何人かのカッパ。
「来たぞ」と武川が言った。
「おう」と誰かが言った。
みずははそっと僕の隣に寄ってきた。少し緊張しているのが伝わってきた。
「大丈夫?」と小声で聞いた。
「……知っている方もいますが、久しぶりなので」
「一人じゃないし、大丈夫」
みずははちょっと僕を見た。「……はい」
集まりは案外和やかだった。妖怪たちは近況を話し合い、困ったことを共有し、情報を交換していた。「今年は水が少なかった」「河川工事がうるさい」「人間の食べ物が美味しくなった」「コンビニのおでんは秀逸」という話が飛び交った。
天狗の女性が僕のところに来た。
「あなたが悠太さんね」
「はい」
「みずはちゃんの人間ですって?」
「みずはの……」
「面倒をみてる人、という意味よ。若いのに、怖がらないのね」
「怖がるより、おもしろい方が強くて」
天狗の女性はほほほと笑った。「農家の方なのって?」
「はい、岐阜出身です」
「道理で。農家の方は、自然と仲良くする力がある。妖怪とも折り合いをつけやすい」
それは祖父が言っていたことと同じだった。
「……じいちゃんも同じようなことを言ってました」
「賢いお祖父様ね。いつかご挨拶したいわ」
「岐阜に来れば、します」
「岐阜ねえ……長良川があるわね」
「はい」
「あそこはいいところ。いつか行こうかしら」
妖怪の集まりはそんな感じで、深夜の公園で静かに進んでいった。
帰り道、みずはは少し疲れた顔をしていたが、悪い顔ではなかった。
「楽しかった?」と聞いた。
「……久しぶりに、仲間と話せて、よかったです」
「仲間か。いいな」
「悠太さんも……仲間ですよ」
「え? 妖怪じゃないけど」
「妖怪じゃなくても……仲間です」
みずははちょっと照れたように顔を逸らした。
その横顔が、街灯に照らされていた。




