第十五章 二年目が終わり、三年目が始まる
一
翌年の春。
みずはの大学受験の結果が出た。
合格だった。
「合格です」とみずはが通知書を持ってきた。
「やった!」
「……やりました」みずははこくりと頷いた。「農学部、合格しました」
「おめでとう!」
「ありがとうございます」
「これで同じ大学だ」
「はい。同じ大学になりました」
「授業、被るといいな」
「被るように、シラバスを調べます」
「シラバスって何かわかってる?」
「授業の内容が書いてある一覧表、ですよね? 悠太さんのを見せてもらって、覚えました」
「しっかりしてるな」
「入学したら、頼ってください」
「こちらのセリフ」
「私の方が、農学部向きかもしれません。水のことは」
「確かに。みずはの方が専門家かも」
「……専門家、と呼んでもらえる日が来るとは思いませんでした」
みずははちょっと感慨深そうな顔をした。
二
入学式。
みずはは普通の服を着て、普通に大学の入学式に出た。
頭に皿はない。普通の女の子だ。でも川の水を聞く耳は、まだ少し残っているらしい。「水の声が聞こえる時と、聞こえない時があります」と言っていた。
入学式の後、農学部の新入生オリエンテーションで高橋・さくら・田中と合流した。
「みずはちゃん、入ってきたじゃん!」と高橋が言った。
「はい、よろしくお願いします」
「皿なくなったんだ?」
「はい、最近」
「寂しい気もするな」と高橋が言った。
「そうですか?」
「なんかトレードマークだった」
「……悠太さんも最初は皿がきれいと言ってくれました」
「そうそう、なんか光ってたよな奥多摩で」と田中が言った。「あれはかっこよかった」
「かっこよかったですか?」
「うん、よかったのに」
「まあ……今も、たまに出ます」とみずはが言った。
「え? 出るの?」
「少し疲れた時とか、水が好きな日とか……うっすら皿が出ることがあります」
「え、じゃあ完全になくなったわけじゃないんだ」
「完全ではないかもしれません」
「なんか安心した」と高橋が言った。「みずはちゃんのアイデンティティが残ってる感じで」
みずはは少し驚いた顔をした。「……アイデンティティ、ですか」
「うん、なんかそういう感じがする」
みずはははっとして、それから「……そうかもしれません」と静かに言った。
人間にもなりたい、でもカッパでもある。その両方が、みずははみずはだ。
三
同じゼミに入ることができた。
水環境生態学ゼミ。指導教員は水質研究の権威で、みずはの知識を見て「即戦力だ」と言った。
「みずはの体験的な知識が評価された」と僕は言った。
「それより、悠太さんの農地水管理の視点が評価されていましたよ」とみずはが言った。
「え?」
「先生が『農業側からのアプローチと水生生物側からのアプローチが両方揃っている、良いペアだ』と言っていました」
「良いペア……」
「……嬉しくないですか?」
「嬉しい。すごく」
「私も嬉しいです」
みずははにっこりと笑った。
ゼミが始まり、研究が始まり、二人で毎日大学に通うようになった。
電車の中でみずははいつも窓の外を見る。川が見える時は、特に目が輝く。
「川の声、聞こえてる?」
「少し……今日は。昨日の雨の影響で、川が増水していると思います」
「そういうの、ゼミで発表できるな」
「フィールド調査に持っていけますか?」
「持っていこう。みずはの感覚、研究データに使える」
「……カッパの感覚が、農学の研究に使えるとは思いませんでした」
「カッパと農家の合わせ技、けっこう強いと思う」
みずははくすくすと笑った。「……そうかもしれませんね」
電車が橋を渡る。下に川が見えた。みずははそれをじっと見た。
「……きれい」
「川が?」
「川も。それを見ている悠太さんも」
「僕は川じゃないけど」
「比喩です」
「わかった。じゃあ、みずはもきれい」
「急に直球を言いますね」
「農家は回りくどくない」
みずははまた笑った。
電車は次の駅へ向かった。




