表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1LDKカッパ付き  作者: hiro
15/17

第十四章 お母さんに会いに


 お母さんは、長野に住んでいた。


 武川から連絡先を教えてもらい、みずはが電話した。その時の声は、緊張して震えていた。でも電話が終わった後のみずはの顔は、少し温かくなっていた。


 「……会ってくれるって」


 「そりゃそうだよ」


 「電話で、泣いていました、お母さん」


 「みずはも泣いてた」


 「……泣いてませんでした」


 「泣いてたよ」


 みずははちょっと黙った後、「……少し、泣きました」と認めた。


 長野への日帰り旅行を計画した。新幹線で長野まで行き、在来線に乗り換え、小さな駅で降りる。


 お母さんは駅まで迎えに来ていた。


 四十代くらいの、温かそうな雰囲気の女性だった。みずはに少し似た目をしている。みずはを見た瞬間、顔が崩れた。


 「みずは……」


 「……お母さん」


 二人は駅のホームで抱き合った。


 僕はちょっと離れて待った。


 「……大きくなった」とお母さんが言った。


 「五年経ちましたから」


 「皿が……なくなったのね」


 「はい。最近」


 「よかった。これで……もっと楽になれるかもね」


 「そうかもしれません」


 お母さんが僕を見た。「あなたが悠太くん?」


 「はい、片桐悠太です。みずはの……友人です」


 「友人?」とみずはが横から言った。


 「えと、友人以上の」


 「彼氏です、お母さん」とみずはがきっぱり言った。


 「……みずは」


 「本当のことです」


 お母さんは少し驚いた顔をして、それから笑った。「そうなの。ありがとう、みずはをよろしくね」


 「こちらこそ、よろしくお願いします」


 お母さんの家で、昼ご飯をごちそうになった。みずははしきりにお母さんの料理を手伝っていた。「料理が上手になったね」とお母さんが言うと、「悠太さんから米の炊き方を教わって」とみずはが答えた。「農家の人ね」「はい、岐阜の」という会話が聞こえた。


 帰り際、お母さんが僕に言った。「みずはが一人で出ていった時、毎日心配していたの。でも、ちゃんと生きていてくれて……良かった。悠太くんのことは、信頼しています」


 「ありがとうございます。大切にします」


 「そうしてあげて」


 帰りの電車の中、みずははずっと窓の外を見ていた。


 「良かった?」


 「……はい。すごく」


 「また行けばいい、定期的に」


 「……お母さんに、長野の川を教えてもらいました。綺麗な川があるらしくて」


 「今度行こう」


 「悠太さんも来ますか?」


 「行きたい」


 みずはは窓の外を見たまま、「……ありがとうございます」と言った。


 「何に対して?」


 「全部に」


 全部、か。


 「こちらこそ」と言った。「全部に」



 十一月。


 大学受験の願書を出した。


 農学部、生態環境コース。みずはの第一志望だ。


 「受かるといいな」と言ったら、みずはは「受かります」と言った。


 「自信ある?」


 「水生生態学は自信があります。あとは国語をもう少し」


 「国語は?」


 「現代文は大丈夫ですが、古文が……時代劇だけでは限界があります」


 「古文、一緒にやろう」


 「はい、お願いします」


 二人で古文の参考書を開いた。


 「この助動詞の使い方が」


 「はい?」


 「カッパが出てくる昔話の言葉に近いですね」


 「それ、本当に時代劇で覚えてるな」


 「時代劇の恩恵は大きいです」


 「ニッチな恩恵だけど」


 勉強は続いた。毎晩、テーブルを挟んで。それは大学一年の春から変わらない習慣になっていた。



 十二月。


 クリスマス。


 去年は圭介のパーティに参加したが、今年は二人で近所を散歩することにした。


 イルミネーションの多い通りを歩いた。みずはは光の装飾を見て「ほう」と言った。


 「きれい?」


 「きれいです。水のように光が揺れているので」


 「それはどういう見え方なの?」


 「光が……波みたいに見えます。水面がきらきら光る感じと似ていて」


 「それ、詩みたいだな」


 「詩?」


 「きれいな表現。みずはって、たまにそういうことを言う」


 みずははちょっと照れた。「……普通に感じたことを言っているだけです」


 「普通の感じ方が、人間とちょっと違う。それが面白い」


 「変、ですか?」


 「いや、好き。そういうところが」


 みずははまた照れて、顔を逸らした。


 光の通りを歩きながら、気づいたら手が繋がっていた。


 「……手、温かいです」


 「みずははいつも冷たいな。冷え性?」


 「川育ちなので」


 「川育ちで冷え性。なるほど」


 「悠太さんは農業育ちで、手が荒れています」


 「バレてたか」


 「好きですよ、そういう手」


 「荒れた手が?」


 「ちゃんと働いてきた手だと思うので」


 「……それはなんか、上手いな」


 「上手い、というか本当のことです」


 「ありがとう」


 みずははにっこりと笑った。


 光の中を、二人で歩き続けた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ