第十三章 新しい日々
一
八月。
高卒認定試験の結果が出た。
みずはは合格した。
「全科目合格です」とみずはが通知書を持ってリビングに来た。
「おめでとう!」
「……ありがとうございます」
みずははちょっと照れた顔をしながらも、嬉しそうだった。
「全科目って、歴史も?」
「なんとか。時代劇の知識が、思ったより役に立ちました」
「やっぱり時代劇すごいな」
「あと、悠太さんが教えてくれたので」
「じゃあ次は大学受験だ」
「はい」みずはは頷いた。「農学部、受けてみます。受かるかどうかはわかりませんが」
「受かる、たぶん」
「なんでそう思いますか?」
「みずははちゃんと勉強してるし、水生生態学の問題は専門家レベルだし」
「専門家ではありません」
「体験的な知識がある、という意味で」
みずはは少し考えた。「……悠太さんと一緒に授業を受けたいです、やっぱり」
「一緒に受けよう。同じゼミに入れるかもしれないし」
「ゼミって何ですか?」
「専門的な研究をする少人数の授業グループ。指導教員の研究室に所属して」
「……水環境学のゼミがありますか?」
「農学部の生態環境コースなら近いものがある」
「入れますか?」
「入れるように勉強しよう、一緒に」
みずはは「はい」と言って、頷いた。その目が、はっきりとした意志で輝いていた。
二
九月。
みずはの外出頻度が増えた。
皿がなくなって帽子の必要がなくなり、外出のハードルが下がったのかもしれない。スーパーに一人で行けるようになり、近所の図書館にも行くようになった。
「図書館、いいですね」とある日みずはが言った。
「好きなの?」
「静かで、本がたくさんあって、水の音はしませんが……落ち着きます」
「落ち着く場所が増えた」
「はい。東京が、少し広くなりました」
「広くなった?」
「行ける場所が増えた、という意味です。前は部屋と川だけだったので」
「それは良かった」
「悠太さんのおかげです」
「みずはが頑張ったおかげだよ」
「半々です」
「そうかな」
「半々、です」とみずはは言い張った。
珍しく強情だった。でもその強情さは、なんか嬉しかった。
三
十月。
武川が最後に来た。
「用件がある」と言って座った。
「なんですか?」
「みずはのお母さんから連絡が来た」
みずはが少し固まった。「……お母さんから?」
「ああ。お前のことを心配しているそうだ。連絡を取りたいと言っている」
みずははしばらく黙った。「……お母さんは、私がいなくなったことを」
「心配していた。ずっと」
「でも迷惑をかけると思って……」
「お前が決めたことだから、強くは言えなかったそうだ。でも今は、お前が大丈夫そうだと聞いて、連絡したいと」
みずはは少し目を伏せた。
「……会えますか?」と僕はみずはに聞いた。
「会いたい……です。でも怖い」
「何が怖い?」
「迷惑をかけたのに……歓迎してもらえるかどうか」
「歓迎しているから連絡してきたんじゃないの?」
みずはは少し考えた。「……そうかもしれません」
「会ってみたら? 一緒に行こうか?」
みずははちょっと驚いた顔をした。「……一緒に来てくれるんですか?」
「一人で行くより、誰かいた方が気楽じゃないか」
「……でも、悠太さんに見せるようなものが」
「みずはのお母さん、見てみたい」
「え?」
「カッパと人間が好きになった話でしょ。どんな人なんだろうと思って」
みずはははっとした顔をした。それから、また少しだけ泣きそうになった。
「……一緒に来てください」
「うん」
「悠太さんを、見せたいです。お母さんに」
それはとても嬉しい言葉だった。




