第七十九話 定軍山の在庫管理
漢中を手に入れた曹操軍の前に、
険峻な山脈を超えて「蜀」の軍勢が姿を現した。
率いるは、劉備の軍師・諸葛亮。
峻が最も警戒していた、
「数字の読める敵」だった。
「……諸葛亮。
彼は蜀の貧弱な資本を、
高度な『内政の自動化』と、
『木牛流馬』という、
効率的な物流機械で補っている。
……極めて優秀な、競合他社のCEOですね」
定軍山の険しい山岳地帯。
峻は前線の陣屋で、
蜀軍の補給ルートを赤ペンで塗り潰していた。
諸葛亮の策は、地形を活かしたゲリラ戦ではない。
峻と同じく、
いかに「最小の糧食で最大の戦果を挙げるか」という、
徹底した合理主義に基づいていた。
「峻殿、敵の補給部隊が捕捉できません!
奴ら、道なき道を通って、
こちらの裏側に物資を『計上』してきます!」
韓恢が、
翻弄される輸送隊の損害報告を持って駆け込む。
峻は算盤を置き、窓の外に広がる峻険な峰々を睨んだ。
「……地形という『天然のコスト』を、
機械(木牛流馬)で無効化しているわけですか。
……面白い。
ならば、
私はその機械の『稼働率』をゼロに叩き落とす」
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峻が命じたのは、迎撃ではなく、
「偽の物流拠点の設置」だった。
峻は定軍山の麓に、
あえて防御の薄い「巨大な兵糧庫」を、
いくつも建設させた。
中身は空、あるいは砂を詰めた俵だ。
だが、その周辺には大量の「新魏通宝」と、
贅沢な酒の香りを漂わせた。
「――蜀の兵たちは、
諸葛亮の厳しい規律と『質素倹約』という名の、
コスト削減に耐えています。
……そこに、我々の圧倒的な、
『資本の誘惑』を投げ込む。
……奪いたくなるような在庫を見せつけ、
彼らの行軍ルートを、
こちらの計算通りに誘導するのです」
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案の定、蜀の将軍・魏延が、
その「在庫」の誘惑に耐えきれず、
諸葛亮の制止を振り切って突出した。
「……かかりましたね。
……魏延将軍、貴方の勇猛さは、
組織の規律を乱す『不良債権』です。
……諸葛亮殿の完璧な計算式も、
貴方という『制御不能な変数』一人で、
すべて崩壊する」
峻は冷徹に旗を振った。
蜀軍が「在庫」を奪おうと密集した瞬間、
峻が事前に配置していた伏兵と、
山の上から流し込まれた「煮えたぎる油」が、
魏延の部隊を包囲する。
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遠く離れた本陣で、羽扇を止める諸葛亮。
「……定軍山の地利を、物欲で上書きされたか。
……曹操軍に、これほどまで『人の欲』を、
価格に転換できる事務屋がいようとは」
峻は、炎上する偽の兵糧庫を眺めながら、
手元の帳簿にチェックを入れた。
「……魏延部隊、壊滅。
……蜀の物流コスト、三割増。
……諸葛亮殿、これが『資本の暴力』です。
……理想では、腹は膨れませんよ」
定軍山の戦い。
それは、天才軍師の知略を、
事務屋が「欲望の流動性」で飲み込んでいく、
新しい時代の戦いだった。




