第七十七話 砂塵の貸借対照表
赤壁の敗北から数年。
峻の「再建計画」によって、
曹操軍の国力は以前を、
凌駕する規模にまで回復していた。
しかし、その肥大化した資本を脅かす、
新たな「不確定要素」が、
西方の涼州から現れる。
「……馬超。西涼の錦馬超ですか。
……あの男が率いる騎馬隊は、
一騎あたりの『維持コスト』が我々の歩兵の五倍。
ですが、その『瞬発的な破壊力』は、
計算式を容易に破壊します」
峻は、砂にまみれた西方地図を前に、
冷徹に算盤の珠を弾いた。
馬超率いる西涼軍は、その圧倒的な機動力で、
曹操軍の供給線を、
寸断しようとしている。
「峻殿、西涼の軍勢は風のように現れ、
風のように去ります。
……補給部隊が次々と『貸し倒れ(全滅)』に遭い、
前線の予算が完全にショートしています!」
韓恢が、悲鳴に近い報告を上げる。
「……追う必要はありません、韓恢殿。
……速すぎる敵を追いかけるのは、燃料の無駄です。
……ならば、彼らが、
『止まらざるを得ない場所』をこちらで作ればいい」
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峻が打ち出した対馬超戦略。
それは、武勇による衝突ではなく、
「凍土の建築学」だった。
厳冬の渭水。
馬超の騎馬隊は、
曹操軍が陣を築く前に潰そうと、
連日猛攻を仕掛けてくる。
しかし、峻は兵たちに剣を置かせ
、代わりに「水」と「砂」を運ばせた。
「――全作業員に告ぐ!
今夜の気温は零下五度。
……砂を盛り、水をかけろ。
……明朝までに、この砂漠に『氷の城』を計上する!」
峻の命令は、狂気の沙汰に見えた。
しかし、翌朝。
馬超が目にしたのは、
一夜にして出現した、
鏡のように輝く巨大な氷の城壁だった。
「……何だと!? 幻術か、あるいは……」
馬超の精鋭騎馬隊が突撃を試みるが、
氷の壁に阻まれ、滑り、
その自慢の「速度」が、
自らを打ち砕く凶器へと変わる。
「……魔法ではありません。
……これは、自然の『冷却エネルギー』を、
無償の建築資材として活用した、
極めて低コストな防衛工事です」
峻は、氷の城壁の上から、
混乱する西涼軍を見下ろした。
「……馬超殿。貴方の強みは『速度』ですが、
その弱点は『持久力』だ。
……この氷の城を一つ維持するコストは、
貴方の軍が凍えながら包囲を続ける、
コストの百分の一にも満たない。
……この勝負、開始時点で貴方の、
『破産』は確定していました」
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その光景を、曹操は毛皮の外套に身を包みながら、
満足げに眺めていた。
「……峻。お前はついに、
天候という名の『外注先』まで、
使いこなすようになったか」
「……使えるリソースは、
神の吐息であっても計上するのが事務屋です」
峻の眼鏡に、朝日を浴びて輝く氷の城が映る。
赤字を乗り越え、再び天下へと手を伸ばす曹操軍。
その最前線には、
常に「不可能な数字」を、
「確実な成果」へと変える、
一人の事務屋の姿があった。




