表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
曹操軍の雑務係、気づけば天下統一に貢献していました  作者: 水原伊織


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
73/87

第七十三話 華容道の決算報告

赤壁の炎から逃れた曹操軍を待っていたのは、

泥濘ぬかるみと絶望が支配する難所、

華容道だった。


もはや軍としてのていをなしておらず、

かつて十万を数えた兵の数は、

峻の計算によれば今や数千にまで目減りしている。


「……峻殿、もう歩けません。

この泥に、足だけでなく魂まで吸い取られそうです」


韓恢かんかいが泥まみれの手で、

かろうじて守り抜いた最後の帳簿を抱えながら、

力なく呟く。


峻は、泥濘に足を取られながらも、

手元の算盤を一度も手放さなかった。


「魂などという『評価不能な資産』に

構っている暇はありません。

……韓恢殿、聞こえますか。

……この泥濘を越えるには、

動けなくなった馬を敷き詰めてでも、

道を造るしかない。

……それは、現在の保有資産を、

すべて『消耗品』として使い潰し、

主君の命という『唯一の資本』を

無事に届けるための、究極の設備投資です」


峻の言葉は、冷徹さを通り越して、

ある種の狂気を帯びていた。


敗戦の混乱の中でも、

彼は「何を捨てれば何が残るか」を、

秒単位で計算し続けている。


----


だが、その行く手を阻むように、

一人の巨大な影が立ち塞がった。


燃えるような紅い顔に、長く美しい髭。

青龍偃月刀せいりゅうえんげつとうを携えた、

義の化身・関羽である。


「……ここまでか」


曹操が、覚悟を決めたように目を閉じる。


絶体絶命の瞬間。


峻は曹操の前に一歩踏み出し、

懐から一枚の、すすで、

汚れた古い「預かり証」を取り出した。


「……関羽殿。

貴方はかつて曹操様に仕えていた際、

膨大な『恩義』という名の無形資産を、

借り受けたはずだ。

……その利息を含めた総額は、

今、貴方が曹操様の首を跳ねることで得られる、

『手柄』という一時的な利益を、はるかに上回る」


関羽の眉が動く。


峻は構わず、算盤を弾くように言葉を重ねた。


「……今ここで曹操様を逃がせば、

貴方は天下に『義』という名の、

不滅のブランドを確立できる。

……逆に、弱り切った主君を討てば、

貴方の帳簿には『不義』という名の、

巨大な欠損が一生残り続ける。

……関羽殿。貴方という高潔な『経営者』にとって、

どちらが賢明な投資か、判断を仰ぎたい」


峻の主張は、感情に訴えかける「情」ではなく、

関羽という男の、

価値ブランド」を損なわないための、

冷徹な利益誘導だった。


沈黙が華容道を支配する。


やがて、関羽は静かに道を空け、

その重厚な背を向けた。


「……行け。……借りた恩は、これで『完済』とする」


----


「……助かったのか」


曹操が、震える声で呟く。


「……いえ。恩義という名の、

『特別利益』を使い果たしただけです」


峻は、泥に汚れた眼鏡を拭き、

関羽が去った道を冷ややかに見つめた。


「……曹操様。……これで我が軍の負債は、

歴史上類を見ない規模にまで膨れ上がりました。

……これからは、一分いちぶの無駄も許されない、

地獄の『再建計画』が始まりますよ」


峻の手元にある帳簿。


そこには、赤壁で失ったすべてを、

いつか必ず取り戻すための、

血の滲むような「再起の数式」が、

書き込まれようとしていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ