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曹操軍の雑務係、気づけば天下統一に貢献していました  作者: 水原伊織


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第七話 補給横領の黒幕

「犯人は、この営の中にいます」


 静まり返った兵舎に、俺の声だけが響いた。


 一瞬。


 誰も動かなかった。


 次の瞬間――ざわめきが爆発する。


「何だと!?」

「内通者だと!?」

「馬鹿な!」


 兵たちが互いを睨み始める。


 空気が一気に険悪になった。


 当然だ。


 敵は外ではなく、内側にいると言ったのだから。


 俺の前で腕を組んでいた夏侯惇将軍が、低く問う。


「……根拠はあるのだろうな、雑務係」


 鋭い視線。


 試している。


「あります」


 即答した。


 だが副官が怒鳴った。


「待て! 証拠もなく兵を疑うなど軍律違反だぞ!」


 周囲の視線が俺に集まる。


 敵意。


 警戒。


 そして――疑念。


 当然だろう。


 突然現れた名もない雑務係が、犯人がいるなどと言い出したのだ。


 夏侯惇が口を開く。


「良いだろう」


 低く、重い声。


「証明できねば貴様を拘束する」


 空気が凍った。


「虚言で軍を乱した罪は重い」


 つまり――失敗すれば終わり。


「構いません」


 自分でも驚くほど落ち着いた声が出た。


 逃げ場は最初からない。


----


「まず確認させてください」


 俺は兵糧袋を指した。


「この袋、誰が結びましたか?」


 副官が答える。


「補給係だ。当然だろう」


「全員同じ人ですか?」


「……いや、複数だ」


 俺は一つ袋を持ち上げた。


 結び目を見せる。


「これ、結び方が三種類あります」


 兵たちが顔を見合わせた。


「普通なら問題ありません。でも――」


 別の袋を指す。


「中身を誤魔化している袋だけ、同じ結び目です」


 沈黙。


 夏侯惇が近づいてくる。


「続けろ」


「つまり、量を減らした人間がいる」


 ざわめき。


「ですが――」


 俺はゆっくり首を振った。


「一人ではありません」


 副官が目を見開く。


「何?」


「帳簿が完璧すぎるんです」


 竹簡を広げる。


「搬入担当、保管担当、配給担当。全員の数字が一致している」


 俺は言った。


「誰か一人では、こうはなりません」


 理解が広がっていく。


 兵たちの顔色が変わる。


「複数人が辻褄を合わせている」


 静寂。


 風の音だけが聞こえた。


----


 夏侯惇が兵糧袋を踏みつける。


「……面白い」


 低く笑った。


「つまり、この営に小さな“共犯関係”があると?」


「はい」


「理由は」


「恐らく最初は少量だった」


 俺は答えた。


「見逃した者がいる。気づいた者も黙った。結果、全員が抜けられなくなった」


 副官が唸る。


「……あり得る」


 戦場では珍しくない。


 小さな不正が連鎖する。


 だが今回は規模が違う。


 兵站を揺るがす問題だ。


 夏侯惇が振り返る。


「では雑務係」


「はい」


「誰が中心だ」


 全員の視線が刺さる。


 俺は息を吸った。


「それは――」


 言いかけた瞬間。


----


「報告!」


 兵が駆け込んできた。


 息を切らし、膝をつく。


「本営より急使!」


 場の空気が変わる。


「読め」


 夏侯惇が命じた。


 伝令が竹簡を差し出す。


 封を見た瞬間、将軍の片目が細くなった。


「……ほう」


 ゆっくり俺を見る。


「雑務係」


「はい」


「話が大きくなったぞ」


 竹簡を投げ渡された。


 受け取る。


 そこには短く書かれていた。


『補給異常の件、詳細を報告せよ』

『丞相直命』


 息が止まる。


 さらに下。


 もう一行。


『本人を同席させよ』


 俺は顔を上げた。


「将軍……これは」


 夏侯惇が笑った。


 戦場の獣の笑みだった。


「決まっている」


 ゆっくり告げる。


「曹操様がお呼びだ」


 その瞬間、理解した。


 これはもう――前線の問題ではない。


 俺の“仕事”が、国の中心に届いてしまったのだ。


(……なんで雑務係が丞相に呼ばれるんだよ)


 誰にも聞こえない声で呟いた。


 だが答えは、もう分かっている気がした。


 郭嘉は最初から、ここまで見越していたのだ。

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